特別展「生誕100年 ドナルド・キーン展―日本文化へのひとすじの道」
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特別展「生誕100年 ドナルド・キーン展―日本文化へのひとすじの道」は、
神奈川県近代文学館で開催されています。
会期 2022年5月28日(土)~7月24日(日)
ドナルド・キーンさんには、丸の内の出光美術館に来られていたのを偶然お見掛けしたことがあります。
この展覧会で、日本文学研究の幅広さ、その深さに敬意を再確認しました。
日本文学との出会い、海軍日本語学校で日本語を習得し従軍。さらなる日本への関心から京都大学に留学、谷崎潤一郎、のちの文部大臣永井道夫、中央公論の嶋中鵬二などとの交流を経て帰国。コロンビア大学で教鞭をとり、(沢山の日本文学研究者を育てました)日本との行き来を含め世界を旅しました。
日本研究者として、日本文学の翻訳、評論と活躍。美術、能、文楽にの関心を寄せました。文学者と交流、書簡の交換も多く展示されています。
そして、東日本大震災を契機に日本人として帰化しました。
つまり、私は信じられないほど幸運だったのだ。 ギリシャ悲劇の結末は次のような戒めで終わることが多くて、それは死ぬまではその人間を幸福と呼んではならないということだった。これは、私にもあてはまることかもしれない。しかし現在、私の身体を満たしているのは感謝の気持で、それは世界の様々な土地にいる私の友人たち、とりわけ日本に対する感謝の気持である。
-「私と20世紀のクロニクル」(角地幸男訳)から
展示構成は以下の通りです。
キーンの経歴を軸に、教えを受けた研究者、交流のあった作家、纏わる書簡などの紹介 、世界各地への旅、普段の生活などを紹介展示しています。
Ⅰ Meeting with Japan 日本との出会い
Ryusaku Tunoda 角田柳作(1877~4963)
コロンビア大学で「日本研究施設」の解説を進めるとともに日本史の講義を行った。
キーンは1941年に角田から日本思想史の講義を受ける。
Ⅱ 日本研究の扉を開く
Arthur Waley アーサー・ウエーリ(1889~1966)
1929年まで大英博物館に勤務。東洋版画・素描部に所属。
キーンはケンブリッジ在学中の1949年1月にウェーリに面会、以後親しく言葉を交わすようになった。
Ⅲ 碧い目の日本学者(ジャパノロジスト)
Michio Nagai 永井道夫(1923~2000)
三木武夫内閣の文部大臣
キーンが京都大学留学時代の下宿奥村家で出会い生涯の親友となった。
Hojo Shimanaka 嶋中鵬二(1923~1997)
1949年、25歳で中央公論社の社長に就任。キーンに三島由紀夫ら文学者を紹介、無名のキーンの評論を「中央公論」に掲載するなど協力を惜しまなかった。
キーンは嶋中を「友人」「大恩人」と呼んでいる。
ー日本の文壇の中へー
Junichiro Tanizaki 谷崎潤一郎(1886~1965)
谷崎が京都に住んでいたことが留学先を京都に選んだ理由のひとつともなった。
1954年に初対面、留学期間終了後も親しく交際を続けた。
Yasunari Kawabata 川端康成(1899~1972)
キーンは川端から受け続けた「親切とやさしさ」は「川端康成という人間の肝要にして欠くことのできない一部」と評している。
Yukio Mishima 三島由紀夫(1925~1970)三島作品の翻訳や紹介で国際作家としての三島の名声の確立を後押しした。三島に関する多くの回想や作品論を書き残し、三島からキーンに送られた97通の書簡とともに、その貴重な証言となっている。
Kobo Abe 安部公房(1924~1993)
科学知識には詳しいが外国語に弱い安部との会話はユーモアに満ちて笑いが絶えなかったと回想している。
ー日本の演劇を世界へー
ー世界に広がる日本文化研究の裾野ー
Ⅳ 時を旅する ―文学史と日記からみた日本
ー日本文学史に取り組むー
Ryotaro Shiba 司馬遼太郎(1923~1996)
供に従軍の経験を持つ司馬とキーン。キーンは司馬を「戦友だった」と考えている。また、司馬の推挙によって、キーンは朝日新聞社客員編集委員に就任している。
ー百代の過客ー
ー忘れえぬ戦争の記憶ー
Ⅴ 日本人の心性を探る ー 伝記作者として
明治天皇(1852~1912)
渡辺崋山(1793~1841)
足利義政(1436~1490)
正岡子規(1867~1902)
石川啄木(1886~1912)
Ⅵ 私の大事な場所
オペラこそわが命
―HPの解説ー
太平洋戦争目前の1940年(昭和15)に偶然手にしたアーサー・ウエーリ訳「源氏物語」との運命的な出会いに導かれて、ジャパノロジストの道へと進み、日本文化の魅力を世界へ、そして日本の人々へ伝えたドナルド・キーン(1922~2019)。アメリカと日本を往来しながら、古代から現代までの文学、歴史、芸能と幅広いジャンルの研究や翻訳に取り組み、後に続く日本文化研究者の教育にも力を注ぎます。書斎の人に留まらず、谷崎潤一郎、川端康成、三島由紀夫、安部公房、司馬遼太郎ら、著名な文学者とも親交を結び、折に触れて書き残した彼らのプロフィールは、近代文学史の貴重な証言となっています。
松尾芭蕉の「つひに無能無芸にして只此一筋に繋る」(「笈(おい)の小文(こぶみ)」)に日本研究を選択した心境を重ねてから70年余、キーンがひたすらに歩んだジャパノロジストとしての足跡と、オペラや旅、日本の人々と日本文化を愛した情熱的な生涯を紹介します。
日本文学を世界へ~ドナルド・キーンの生涯~
The Japan Foundation国際交流基金
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