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2020.02.26

三島由紀夫展-「肉体」という second language

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写真 薔薇刑#25、1961 細江英公

「三島由紀夫展-「肉体」という second language」は、
町田市民文学館 ことばらんどで開催されています。

会期 2020年1月18日(土)〜3月22日(日)

三島由紀夫の死から50年、「青空文庫で読めるようになるのかな~」なんて思ったりして・・・
昨年、NHKでノーベル賞に纏わる三島由紀夫と川端康成の関係、経緯などについての特集が放映されたりで、ちらほらと三島に対する話題が取り上げられています。
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「三島由紀夫VS東大全共闘 50年目の真実」なる映画も公開予定です。
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予告編


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三島由紀夫展-「肉体」という second language
この展覧会は、「肉体」をキーワードに三島由紀夫の生涯を紐解くという企画展です。
タイムリーな企画だと思いました。

各章には、自筆原稿・創作ノート、写真・書簡が展示されていて、添えられたコラムが三島の全体像理解を助けてくれます。
作家が、思想家が社会問題や政治について大いに語った、マスコミも取り上げた、あの時代を懐かしみながら観てきました。


展覧会の構成は次のとおりです。
プロローグ 
言葉が先にあらわれて、次に言葉に蝕まれた肉体があらわれた。「太陽と鉄」より

第一章 言葉の記録  ー 生からの隔絶
「詩を書く少年」のころ
三島由紀夫と二・二六事件
「三島由紀夫」の誕生
夭折への憧れ
戦後文壇へ
書くことによる生の恢復

第二章 second languageとしての肉体の発見
眷恋の地・ギリシャ
肉体改造の開始
「オブジェトしての肉体」

第三章「文武両道」の行く末
「言葉から行動」へ
作家としての集大成
 
エピローグ
肉体の終わり ー三島由紀夫の死
散るという世にも人にもさきがけて
散るこそ花と吹く小夜嵐

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東京オリンピックと三島由紀夫
三島は、東京オリンピック観戦記を各紙に書いている。
東洋と西洋を結ぶ火 ー開会式 (毎日新聞)
競技初日の風景 ーボクシングを見て (朝日新聞)
彼女も泣いた、私も泣いた ー女子バレー (読売新聞)
「別れも楽し」の祭典 ー閉会式 (報知新聞)


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図録 山中湖文学の森 三島由紀夫文学館

ーHPの解説ー
没後50年を迎える現在まで、世界中で読み継がれている作家・三島由紀夫の文学展を開催します。
少年期から類いまれな文学の才能を発揮し、川端康成の支持を受けて戦後文壇に登場した三島は、『仮面の告白』で職業作家としての地位を確立します。初期作品に肉体の存在感が希薄だったのは、生来虚弱であったがゆえに、常に健康への不安と肉体的コンプレックスを感じていたことが影響していました。しかし、30歳でのボディビルとの出会いが、「福音が訪れた」と表すほど大きな変化をもたらします。肉体改造に取り組み、外国語を学ぶように「肉体」と向き合ううちに、他者と自分の現実感覚の一致を確信し、『金閣寺』『鏡子の家』『憂国』などの代表作を次々に発表。作家としての充実期を迎えます。やがて健康を目指すために鍛えられた肉体は、作品にも繰り返し描かれた、三島が心の深部で願う「悲劇」を実現するためのものとなっていきました。本展では、この「肉体」をキーワードに、自筆原稿や創作ノート、書簡などから、三島作品を紐解きます。
また、三島は1964年の東京オリンピックの際に新聞社の特派員となり、開会式や各競技の観戦記を執筆しています。会場内にはそれらを紹介するコーナーも設け、作家の言葉から先の東京オリンピックを回顧します。

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2020.02.22

ハマスホイとデンマーク絵画

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ハマスホイとデンマーク絵画展は、
東京都美術館で開催されています。

会期 2020年1月21日(火)~3月26日(木)


「私はかねてより、古い部屋には、たとえそこに誰もいなかったとしても、独特の美しさがあると思っています。あるいは、まさに誰もいないときにこそ、それは美しいものかもしれません」
1907年 ヴィルヘルム・ハマスホイ
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ヴィルフェルム・ハマスホイ《室内ー開いた扉、ストランゲーゼ30番地》 1905年 油彩/カンヴァス デーヴィズ・コレクション蔵
1989年から 約10年間住んだストランゲーゼ30番地の住まいの食堂からの眺めを描いた作品。この住まいを描いた一連の室内画はハマスホイの評価を決定ずけるものとなった。(キャプションより)

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ヴィルヘルム・ハマスホイ《カード・テーブルと鉢植えのある室内、ブレスゲーゼ25番地 1910-11年 油彩/カンヴァス マルムー美術館増
室内に差し込む柔らかい光は、フェルメールの表現を想起させます。

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《背を向けた若い女性のいる室内》 1903-4年 油彩/カンヴァス ラナス美術館蔵
幾何学的な画面構成と女性の肩の曲線が、画面に柔らかさを与えている。

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《室内》1898年 油彩/カンヴァス スウェーデン国立美術館蔵

ハマスホイは当初肖像画を描いていました、本展でも自画像をはじめ数々の肖像画・人物画が展示されています。

そして風景画も・・・ハマスホイの光、空気感が心地よい。

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《農場の家屋、レスネス》 1900年 油彩/カンヴァス デーヴィズ・コレクション蔵
煙突からまっすぐに立ち上る白い煙は、そこが無風であることを表している。
ハマスホイの風景画は、その場の光、空気感を見事に伝えている。

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《聖ペテロ聖堂》 1906年 油彩/カンヴァス デンマーク国立美術館蔵


ハマスホイの展覧会は、「ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情」というタイトルで
2008(平成20)年9月30日(火)~12月7日(日)の会期で国立西洋美術館で開催されて好評でした。
「ハンマースホイの芸術世界を日本で初めて紹介する本展」ということでした。
私も「ハンマースホイ」と記憶していたのですが・・・

同じ国立西洋美術館で、
「日本・デンマーク外交関係樹立150周年記念 スケーエン:デンマークの芸術家村」展も開催されました。
会期 2017年2月10日(金)~5月28日(日)

都美のこの展覧会でも、
「第2章スケーイン派と北欧の光」でスケーイン派の作品を展示しています。(スケーエンではなくスケーインなんですね)
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ピーザ・スィヴェリーン・クロイア 《スケーイン南海岸の夏の夕べ、アナ・アンガと マリーイ・クロイア 》 1893年  油彩/カンヴァス 
ヒアシュプロング・コレクション蔵
クロイアは「芸術家たちの自由研究学校」で教鞭をとっており、そこでハマスホイたちを指導していました。

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ミカエル・アンカー《ボートを漕ぎ出す漁師たち》1881年油彩、カンヴァス スケーイン美術館蔵
ミカエル・アンカーは救助のために嵐の海へ乗り出そうとするスケーインの漁師たちを当代の英雄として描いた大作により、デンマークの美術界で大きな成功を収めました。

もう一つこの展覧会で、取り上げているのがデンマーク文化”ヒュゲ(hygge)くつろいだ心地よい雰囲気”にまつわる作品です。
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ヴィゴ・ヨハンスン 《きよししこの夜》 1891 油彩/カンヴァス  ヒアシュプロング・コレクション蔵
デンマーク人が大切にする価値観”ヒュゲ(hygge)くつろいだ心地よい雰囲気”をこの上なく温かく、そして美しく描き出したイメージとして親しまれている作品。(キャプションより)

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ヴィゴ・ヨハンスン 《春の草花を描く子供たち》 1894 油彩/カンヴァス  スケーイン美術館蔵 

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カール・ホルスーウ《読書する女性のいる室内》 1913年以前 油彩/カンヴァス  アロス・オーフース美術館蔵

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ピーダ・イルステズ《ピアノに向かう少女》 1897年  油彩/カンヴァス  アロス・オーフース美術館蔵  

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クレステン・クプゲ《海岸通りと入り江の風景、静かな夏の午後》 1837年  油彩/カンヴァス  デンマーク国立美術館蔵

HPの「本展のみどころ」から・・
コペンハーゲンで19世紀前半に華開いた、“デンマーク絵画の黄金期”の素朴で純粋な絵画から、印象派風の光の描写を取り入れたスケーイン派、世紀末の首都で活躍した画家たちによる室内画まで、魅力あふれるデンマーク絵画を日本で初めて本格的に紹介します。

展覧会の構成は以下の通りです。
1、日常礼賛─デンマーク絵画の黄金期
2、スケーイン派と北欧の光
3、19世紀末のデンマーク絵画─国際化と室内画の隆盛
4、ヴィルヘルム・ハマスホイ─首都の静寂の中で

 

ーHPの解説ー
身近な人物の肖像、風景、そして静まりかえった室内――限られた主題を黙々と描いたデンマークを代表する画家ヴィルヘルム・ハマスホイ(1864-1916)。17世紀オランダ風俗画の影響が認められることから “北欧のフェルメール” とも呼ばれるハマスホイの作品は、西洋美術の古典を想起させる空気を纏いつつ、近代の都市生活者特有の、ある種の郷愁を感じさせます。
欧米の主要な美術館が続々と作品をコレクションに加えるなど、近年、ハマスホイの評価は世界的に高まり続けています。日本でも2008年にはじめての展覧会が開催され、それまでほぼ無名の画家だったにもかかわらず、多くの美術ファンを魅了しました。
静かなる衝撃から10年余り。日本ではじめての本格的な紹介となる19世紀デンマークの名画とともに、ハマスホイの珠玉の作品が再び来日します。

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2020.02.18

生誕120年・没後100年 関根正二展

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生誕120年・没後100年 関根正二展は、
神奈川県立近代美術館 鎌倉別館で開催されています。

会期 2020年2月1日〜 2020年3月22日
前期 2月1日~16日 後期2月18日~3月22日
会期中展示替えがあります。

「関根のバーミリオン」と讃えられた夭折の画家関根正二の回顧展です。

関根は1899(明治32年)福島県白河で、四男五女の次男として生まれました。

天保の飢饉以来といわれる大凶作に見舞われた関根一家は東京への移住を決め、
1907年(明治40年)に江東深川の棟割長屋に住むことになります。(正二は一年遅れで上京、9歳になっていました)

1914(大正3年)関根は15歳。
共に貧しい生活だった幼馴染の伊藤深水の紹介で東京印刷図案部で働くことになります。
(深水は小学校3年で中退し東京印刷で印刷工として働き、後に図案部に所属する)
伊藤深水に出合って話すうちに「私は興奮のあまり芸術に身を投ずる気になった」という。

1915(大正4年)ニーチェ、クリムト、オスカー・ワイルドなどを知り、刺激を受けた関根は、オスカー・ワイルドかぶれのデカダン的な行動をとるようになり、東京印刷を退社し無銭旅行にでかけました。

この旅行で河野満通勢と出会います。
河野のもとで、ダビンチ、ミケランジェロ、デューラーのルネッサンスの画家、新印象派の画家を知って衝撃を受けるとともに、河野の素描に圧倒されます。河野は、美術教師で敬虔なクリスチャンでした。

1914年に二科展が始まると、第2回二科展に《死を思う日》を出品し入選します。
本格的な画壇デビューです。
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《死を思う日》1915(大正4)年 油彩、カンヴァス 福島県立美術館蔵

表裏に描かれた作品
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表《大樹(子供と木登り)》
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裏《裸婦》1915(大正4)年 福島県立美術館蔵

この二科展に出品された欧州帰りの安井曾太郎の作品に、セザンヌを知り衝撃を受けます。
色彩と造形思考に・・・・
関根は、借金までして本郷洋画研究所に通うことにします。
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《少年》1917(大正6)年 油彩、カンヴァス 個人蔵

 
1918(大正7)年、第5回二科展で《信仰の悲しみ》《姉弟》《自画像》が二科展の新人賞にあたる樗牛賞を受賞します。
この年、結核の症状が現れ、関根の作品は死期を悟ったような作品へと変化していく。
そして年末には病の床に着きます。
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重要文化財《信仰の悲しみ》1918(大正7)年 油彩、カンヴァス 大原美術館蔵
関根の最も大きな作品。730×100

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《姉弟》1918(大正7)年 油彩、カンヴァス 福島県立美術館蔵

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《自画像》1918(大正7)年 油彩、カンヴァス 福島県立美術館蔵

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《神の祈り》1918(大正7)年 油彩、カンヴァス 福島県立美術館蔵

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《チューリップ》1918(大正7)年 油彩、カンヴァス 個人蔵

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《子供》1918(大正7)年 油彩、カンヴァス 個人蔵

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《一本杉の風景》1918(大正7) 油彩、カンヴァス 福島県立美術館蔵


1919(大正8)年6月スペイン風邪により体調は急激に悪化し20年と2か月の生涯(画家として5年)を終えました。
9月の第6回二科展に《慰められつゝなやむ》が展示され、ほぼ同時期に神田で遺作展覧会が開催されました。
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《少女》1919(大正8)年 パステル 、紙 個人蔵
パステルは、病によって体力を奪われた関根が最後に多用した画材。

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《三星》1919(大正8)年 油彩、カンヴァス 東京国立近代美術館蔵
東京国立近代美術館の常設展に行くと、一段と目を引くのがこの作品です。
この作品で関根正二に興味を持った人も多いのではないでしょうか。
左が姉のクラ、右が田口真咲、中央が関根。
最初は中央に女性像を描いたものの、ゴッホの自画像になぞらえた関根の自画像を上描きしている。


展覧会の構成は次の通りです。
第Ⅰ章  関根正二 作品
第Ⅱ章 関根正二 資料・書簡
第Ⅲ章  関連作家 作品・資料
関連作家資料

 

—HPの解説—
大正という日本近代の青春時代を駆け抜け、20歳で世を去った画家、関根正二(1899–1919)。ほぼ独学で絵を志した関根は、北方ルネサンスをはじめとする西洋絵画に感銘をうけ、天性の素描力に独自の色彩感覚を開花させました。
16歳で二科展に初入選、その後5年に満たない画業のなかで、「関根のヴァーミリオン」と称賛された美しい朱色を特徴とし、デカダンス文学や独自の宗教観に基づいた幻視性を帯びる作品群には、時代を越えてみる者に訴える、儚くも鮮烈な魂の響きが感じられます。
短い生涯に残した貴重な油彩作品に加え、このほど100年ぶりに発見されたパステル画《少女》や初公開の作品・資料類、関連作家らの紹介を交えて関根正二を顧みる、当館では20年ぶりにして過去最大規模の回顧展です。

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2020.02.14

壁に世界をみるー吉田穂高展

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壁に世界をみるー吉田穂高展は、
三鷹市美術館ギャラリーで開催されています。

会期  2019年12月7日(土)〜2020年2月16日(日)

どこかで見たことのある、記憶に残っている版画・・・
そして吉田博の次男であることを知ったことがきっかけで見に行きました。

「穂高」は、山を愛した画家、版画家であった博のこだわりの命名なのでしょうね。
本展には、スケッチブック(吉田博、兄の遠志、穂高)や吉田博手製のカードゲーム、漢詩かるたの展示もありました。

両親と兄も画家という家庭に育った穂高は、学生の頃は現代短歌に傾倒しますが、やがて独学で油彩を始めます。1950年前半には短歌を離れ、版画製作へと軸足を移します。

55年に兄と共に訪れたアメリカ、・中南米への旅行をきっかけに、45以上の国を訪れた旅の画家でもありました。

そこで、見た何気ない風景を収めた写真を元に作り始めた作品が、木版に写真製版を併用した独自の手法による作品です。

まさに、吉田穂高の個性が現れた作品・・・本展には、大判の作品が多数展示されていて、充実した鑑賞となりました。

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《サンミゲル旧一番通り》1987年 亜鉛凸版・木版、紙

 

展覧会の構成は、次の通りです。

Ⅰ.誕生から形成期
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《秋》1948年 油彩、カンヴァス

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《Old City Mud Wall》1954年木版、紙    

Ⅱ.メキシコとの出会い(1950年代中頃-60年代前半)
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《地佑(黒い輪 No.3)》1961年 木版、紙

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《呪術者》1956年 モノタイプ木版、紙 東京国立近代美術館蔵

Ⅲ.コラージュと写真製版(1960年代後半-70年代)
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《湖畔の神話 A)1970年 シルクスクリーン、紙 町田市立国際版画美術館蔵

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《町外れの神話、昼》1977年 亜鉛凸版、木版、紙 町田市立国際版画美術館蔵


Ⅳ.私のコレクション(1970年代末-没年・1995年)
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《新しい壁の中の古い壁》1982年 亜鉛凸版、木版・紙

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《赤の壁》1992年 亜鉛凸版・木版、紙 三鷹市美術ギャラリー蔵

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《赭の壁、B》1995年 亜鉛凸版・木版、紙 


ーHPの解説ー

𠮷田穂高(1926-1995)は旅を愛し、45カ国以上の地を訪れた版画家です。旅先で彼の心をとらえたのは名所風景ではなく、その土地に息づく無名の壁や塀、柱、標識、家といった身近な対象物でした。穂高の画風は時代ごとに大きく変化していますが、こうした対象物への偏愛は創作活動と並行して継続し、彼が旅先で撮影した膨大な写真のコレクションはやがて穂高の作品世界を創る際に欠くことのできない要素となっていきます。

穂高の創作活動に大きな影響を与えたのは、「𠮷田家」という家族の存在です。父は太平洋画会の創立に関わった洋画家で後年は版画家となった𠮷田博、母は女流画家の𠮷田ふじを、15歳年上の兄・遠志も画家への道を歩み、世界を旅する「美術一家」のなかで成長しました。中学時代に開戦となり、徴兵猶予のため1944年旧制第一高等学校理系に進学。そこで現代短歌へ傾倒し、家族に習うことなく独学で油彩を始めます。

戦後は短歌活動のほか日本アンデパンダン展などに油彩画を出品し、画家としての一歩を踏み出しますが、50年代前半には短歌から離れて活動の軸足を版画に移します。

55年兄とともにアメリカ・中米を旅行した際、古代マヤ文明に強い衝撃を受け、この後は生命感をテーマにした力強い抽象木版画へと作風を変化させていきます。

63年に再び渡米した際には、当時全盛であったポップアートに触発され、木版に写真製版を併用した独自の技法を開拓します。

72年にはオーストラリアで撮影したスナップ写真を素材にした作品を制作し、『私のコレクション』シリーズを開始します。それまで撮り溜めた各地の写真を素材にしたこのシリーズには、アトリエがある三鷹市井の頭で取材した題材も描かれています。

本展では、穂高の没後25年を機にこれまで紹介されていなかった油彩画や初期版画作品にも注目し、その原点から晩年にいたる作品をご紹介します。もの云わぬ〈壁〉と語り、無限に広がる世界をみた𠮷田穂高の感性は、今なお新鮮な輝きを放っています。

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2020.02.11

白髪一雄展

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白髪一雄展は、
東京オペラシティアートギャラリーで開催されています。

会期 2020年1月11日[土]─ 3月22日[日]

撮影可能作品が数点あります。

ポロックの伝記映画?の中でピカソに対して「くそっ、あいつが全部やっちまった!」と言葉を発する場面があったと記憶しています。

やがてポロックは、キャンバスを床に置き一面に塗料を撒き散らす、ポーリング(流しこみ)やドロッピング(滴らし)などの技法で描き始めました。

白髪一雄は、キャンバスに絵の具を置き、足で描き始めました。
天井からつるしたロープにつかまって、足で描く白髪の姿、その映像を思い出す人も多いのではないでしょうか。

白髪の没後10年以上を経て開催する本展は、東京で初の本格的な個展として、初期から晩年までの絵画約90点をはじめ、実験的な立体作品や伝説的パフォーマンスの映像、ドローイングや資料も加え、総数約130点で作家の活動の全容に迫ります。(HPの解説から)

初期作品は本展で初めて観ました。
初めに日本画を学んだ白髪は、京都の美術専門学校を出てから油彩画に転向します。

1952年に金山明、村上三郎、田中敦子らと「0会(ゼロ会)」を結成。その2年後には、床に広げた支持体に足で描く「フット・ペインティング」を創始します。

1955年、白髪は「0会(ゼロ会)」の仲間とともに、吉原治良率いる「具体美術協会」に参加。以後、実験的作品やパフォーマンスを次々と発表します。

「具体」の国際的評価が高まるようになると、少年時代から愛読した『水滸伝』に登場する豪傑たちのあだ名をタイトルにつけ始めます。

白髪は1960年代頃から密教に関心を深め、1971年に比叡山延暦寺で得度し天台宗の僧侶となります。
吉原治良の死去を機に「具体」は解散。

白髪は1974年に延暦寺で激しい仏道修行を修めて以後、スキージで円相(悟りの象徴?)を多く描きます。
しかし、動きに乏しい作品に気づいた白髪は、改めてフットぺインティングに回帰します。
(HPの解説を参考にしています)

画面いっぱいに、白髪の動きが表現されていて、その描画の様子が手に取るように分かります。
白髪の絵は、楽しい。


展覧会の構成は以下の通りです。
第1章  知られざる初期作品
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《難航》1949年 油彩、キャンバス 尼崎市蔵


第2章 「具体」前夜:抽象からフット・ペインティングへ
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《無題》1959年 油彩、キャンバス 豊田市美術館蔵
 

第3章 「具体」への参加

第4章 「水滸伝シリーズ」の誕生
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《天空星急先鋒》1962年 油彩、キャンバス 兵庫県立美術館蔵

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天異星赤髪鬼 1959年 油彩、キャンバス 兵庫県立美術館(山村コレクション)


第5章 スキージ・ペインティングと制作の変容
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色絵 1966年 油彩、キャンバス 兵庫県立美術館

第6章 「具体」の解散と密教への接近
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《貫流》1973年 油彩、キャンバス 東京オペラシティ アートギャラリー蔵

第7章  フット・ペインティングへの回帰と晩年の活動
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酔獅子 1999年 油彩、カンバス 個人蔵

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《群青》1985年 油彩、キャンバス 尼崎市教育委員会蔵(尼崎市立尼崎高等学校)

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遊墨 壱 1989年 油彩、キャンバス 東京オペラシティ アートギャラリー

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うすさま 1999年 油彩、キャンバス 個人蔵


第8章 水彩・素描にみる形成期の模索と制作の裏側


描画に使ったスキージなどなどの資料も展示されています。

—HPの解説— 
白髪一雄は、戦後日本の前衛芸術を牽引した具体美術協会の中心メンバーとして知られ、近年改めて国際的に熱い注目を集めています。兵庫県尼崎市に生まれた白髪は、具体美術協会に参加する前年の1954年より、床に広げた支持体に足で直接描く「フット・ペインティング」の制作を始め、その実践と探求により、未知の領域を切り拓いてゆきます。
従来は制作の手段にすぎなかった身体運動(アクション/パフォーマンス)をまさに画面の主役に据えるそのラディカルな方法は、既存の芸術的、社会的な常識を一気に飛び越え、人間がものを作る行為の原初にたち返る画期的なアイデアでした。
具体美術協会解散後も先鋭な制作原理を貫いた白髪の作品は、空間や時間、物質や運動のなかで人間存在のすべてを燃焼させる圧倒的な力をはらんでおり、同時に、絵具の滴り、滲み、粘性や流動性、堅牢さ、といった油彩画ならではの魅力を豊かに備えています。
白髪の探求は、人間の資質と感覚をいかに高めるかという問題や、宗教的な精神性の問題など、独自の人間学的アプローチを含んでおり、様々な視点からの検証を待っています。
白髪の没後10年以上を経て開催する本展は、東京で初の本格的な個展として、初期から晩年までの絵画約90点をはじめ、実験的な立体作品や伝説的パフォーマンスの映像、ドローイングや資料も加え、総数約130点で作家の活動の全容に迫ります。

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2020.02.07

北澤美術館所蔵 ルネ・ラリック アール・デコのガラス モダン・エレガンスの美 展示風景

北澤美術館所蔵 ルネ・ラリック
「アール・デコのガラス モダン・エレガンスの美」展は、

東京都庭園美術館で開催されています。

会期:2020年2月1日(土)– 4月7日(火)

「アールデコの館」旧朝香宮邸(庭園美術館)にふさわしい展覧会です。
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ルネ・ラリックは正面玄関ガラスレリーフ扉をデザイン。
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大客室と大食堂のシャンデリアとしてそれぞれ《ブカレスト》、《パイナップルとざくろ》を提供しています。
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以下、展覧会の展示風景です。
本館 第一章 ラリックが生み出した「アール・デコ」のガラス
第一応接室・小客室 アールデコのダイナミスム
大広間 エレクトリック・エイジ
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大客室 アールデコのダイナミズム
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大食堂・小食堂 テーブル・ウェア
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喫煙室 コティのコラボレーションと初期香水瓶
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2階広間 
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若宮寝室・合の間 オパルセントとカラー
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若宮居間 知られざる1点制作品、シール・ペルデュ
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書斎 書斎の名脇役
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殿下居間
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殿下寝室 デザイン画
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浴室・妃殿下寝室&居間 アクセサリーと化粧道具
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北の間 カーマスコット
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姫宮寝室
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姫宮居間
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新館 第2章 特集ーパリの香りを運んだラリック
アール・デコの館 朝香宮邸
皇太子裕仁親王(昭和天皇)のパリ土産、1921(大正10)年
車への情熱
デルスニス展
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202026
 

—HPの解説—
ガラスを素材としたエレガントな作品の数々で、アール・デコの時代を切り開いたルネ・ラリック(1860-1945)。

ガラスは加工が容易で量産にも適していることから、時代の変化とともに、19世紀末頃より日常生活のなかに急速に普及していきました。アール・ヌーヴォーの時代にジュエリーを手がけていた頃から、貴石に代わる新素材としてガラスを用いていたラリックは、20世紀に入ると、芸術性と実用性を兼ね備えた独自のガラス作品によって、新時代を創出したのです。

透き通る光の清らかさや貴金属を思わせる重厚な輝きなど、ラリックのガラス作品にはフランス装飾美術の精神「ラール・ド・ヴィーヴル(生活の芸術)」が豊かに受け継がれています。

本展は、世界屈指のガラス・コレクションを有する北澤美術館所蔵のルネ・ラリック作品より、アール・デコの時代を代表する名品約220点を厳選し、正面玄関ガラスレリーフ扉など、ラリックの作品が内部を飾る「アール・デコの館」旧朝香宮邸を舞台にご紹介するものです。

さらに、朝香宮家が旧蔵していたラリック作品や、昭和天皇が皇太子時代に外遊の記念にパリから持ち帰った花瓶なども併せて特別展示いたします。

 

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2020.02.04

ニューヨークが生んだ伝説の写真家「永遠のソール・ライター」

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ニューヨークが生んだ伝説の写真家「永遠のソール・ライター」展は、
Bunkamura ザ・ミュージアムで開催されています。


会期 2020年1月9日(木)~3月8日(日)


日常の街並みの中に暮らす人々と、その景色を、巧みな構図と独特の色彩感覚で切り取った写真は「ソール・ライターの個性」が明らかです。
2017年にこのミュージアムで開催された回顧展は、ジャポニズム、新印象派、ナビ派との関係性などを取り上げてその芸術性に主眼を置いた企画だったと記憶していますが・・・
今回はソール・ライターの仕事全般と「家族」「愛した女性」などにも焦点を当てての展示です。
約8万点のカラー写真をはじめとする作品の大半を整理することなく世を去った写真家の「発掘作業」は今も続けられています。
本展ではセルフポートレートをはじめ、世界発公開を含むモノクロ・カラー写真、カラースライド等の作品展示でソール・ライターの魅力、仕事を再検証しています。

展覧会の構成は以下の通りです。
Part Ⅰ ソール・ライターの世界
1.Black&White
2. カラー(1)
3. ファッション
4. カラー(2)
Part Ⅱ ソール・ライターを探して
1. セルフ・ポートレート
2. デボラ
3. 絵画
4. ソームズ
5. その他
 

ユダヤ教の聖職者の父の下に生まれたソール・ライターは、神学校へ通いますが、その生活に馴染めず、次第に絵を描くことに喜びを見出すようになっていきます。
12歳の頃になると、母親に買ってもらったカメラで、家族の中で最もライターの理解者だった、妹のデボラを撮るようになります。今でも多くのポートレートが残されており本展にも「デボラ」のコーナーが設けられています。
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《デボラと一緒のセルフポートレート》1940年代、ゼラチン・シルバー・プリント

1946年、23歳になったライターは、画家になることに大反対する父親の理解を得られぬまま、神学と決別、ピッツバーグを離れニューヨークに向かいました。

1940年代後半のアメリカは、抽象表現時代。
写真を応用した様々な実験的作品を創作していたプセット=ダートとの親交を通じて、撮影から暗室作業まで一連の写真術を習得し、ソール・ライターは、表現メディアとしての写真の潜在力にも目覚めていきました。

画家だけでは生計が成り立たなかったライターを救ったのが写真でした。
ライターの写真に興味を持ったファッション誌のアートディレクターに定期的に雑誌への写真掲載を依頼されるようになります。
そしてニューヨーク五番街に写真スタジオを設けるようになります。
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ソール・ライター《『Harper's BAZAAR』》 1959年2月号、発色現像方式印画

ファション写真の仕事で広がった交友関係のなかで、写真家とモデルとして出会い、絵画を通じて接近し、ソール・ライターの人生に大きな影を与えたのがソームズ・バントリーでした。
晩年のライターの成功を見ることなくソームズは亡くなりました。
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ソール・ライター《ソームズ・バントリー》 1950年代、発色現像方式印画
 
もともとファッション写真などの「商業写真」に大きな興味の無かったライターは、1981年に5番街のスタジオを閉鎖し、以後イースト・ヴィレッジのアパートで自分のためだけに作品を創造する隠遁生活へと入っていきました。

「私が写真を撮るのは自宅の周辺だ。神秘的なことは馴染み深い場所で起きると思っている。なにも、世界の裏側まで行く必要はないんだ。」

「私は無視されることに自分の人生を費やした。それで、とても幸福だった。無視されることは偉大な特権である。」

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ソール・ライター《薄紅色の傘》 1950年代、発色現像方式印画

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ソール・ライター《バス》2004年頃、発色現像方式印画

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ソール・ライター《黄色いドット》 1950年代、発色現像方式印画

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ソール・ライター《高架鉄道から》 1955年頃、発色現像方式印画

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ソール・ライター《帽子》 1960年頃、発色現像方式印画

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ソール・ライター《無題》撮影年不詳 発色現像方式印画

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ソール・ライター《セルフ・ポートレイト》 1950年代、ゼラチン・シルバー・プリント

 

—HPの解説—
2017年、Bunkamura ザ・ミュージアムで日本初の回顧展を開催し、大きな話題を呼んだ写真家ソール・ライター(1923-2013)。 1950年代からニューヨークで第一線のファッション写真家として活躍し、1980年代に商業写真から退いた後、世間から突如姿を消しました。ほとんど知られていなかった写真家の展覧会がこれほどの反響を巻き起こした背景には、画家として出発し、天性の色彩感覚によって「カラー写真のパイオニア」と呼ばれた個性と才能がありました。約8万点のカラー写真をはじめとする作品の大半を整理することなく世を去った写真家の「発掘作業」は今もなお、現在進行形で続けられています。 本展では、ニューヨークの膨大なアーカイブから、世界初公開作品を含むモノクロ・カラー写真、カラースライド等の作品をはじめ、豊富な作品資料やデジタル技術を駆使して、知られざる一面を紐解きながらソール・ライターの更なる魅力をご紹介します。

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2020.02.01

観てきた展覧会備忘録2020年1月

博物館に初もうで
会期 2020年1月2日(木)~1月26日(日)
東京国立博物館


中野正貴写真展「東京」
会期  2019.年11月23日(土・祝)〜2020年1月26日(日)
東京都写真美術館


「松屋創業150周年記念 利休のかたち 継承されるデザインと心展」
会期  2019年12月27日(金)〜2020年1月20日(月)
松屋銀座八階イベントスクエア

   
岡田杏里個展「El yo y el Yo」(エル・ジョ・イ・エル・ジョ)
会期 2020年1月15日(水)〜 2月4日(火)
銀座蔦屋書店イベントスペースGINZA ATRIUM


「未来と芸術展:AI、ロボット、都市、生命――人は明日どう生きるのか」
会期:2019年11月19日(火)~ 2020年3月29日(日)
森美術館


ニューヨークが生んだ伝説の写真家「永遠のソール・ライター」
会期 2020年1月9日(木)~3月8日(日)
Bunkamura ザ・ミュージアム



国宝 雪松図と明治天皇への献茶
会期 2019年12月14日(土)〜2020年1月30日(木)
三井記念美術館


以下は、企画展示鑑賞目標というわけではなく、美術館そのものへの訪問が主目的でした。(初めて訪れる美術館がほとんどです) 

北斎づくし漫画から富士山まで
会期 2019年12月5日(木)〜2020年1月26日(日)
もっと知りたい山美の魅力Part2 長谷川コレクション×服部コレクション
会期 2019年12月5日(木)〜2020年1月26日(日)
山形美術館

令和元年度第 IV 期コレクション展示
会期 2020年1月22日(水)〜 4月5日(日)
佐藤忠良記念館(宮城県立美術館内)
宮城県美術館


山田耕筰と美術
会期 2020年1月11日(土)~3月22日(日) 
コレクション展
Collection 4 特集 渡辺豊重
伊東直子 マイセン磁器コレクション
会期 2020年1月11日(土)〜 3月29日(日)
栃木県立美術館

「暁斎×暁翠」父娘で挑んだ画の神髄 河鍋暁斎・暁翠伝
会期 2020年1月25日(土)~3月22日(日)
高崎市タワー美術館

コレクション展示
日本と西洋の近代美術 III
会期 2020年1月18日(土)〜3月29日(日)
志村ふくみの染織
会期 2020年1月18日(土)〜2月24日(月)
群馬県立近代美術館


令和元年度特別収蔵品展『日本画の美』
第13回テーマ展示『くらしのうつりかわり2』
会期 2019年12月14日(土)~2020年2月24日(月・振休)
群馬県立歴史博物館


第Ⅳ期常設展 
会期 2020年1月5日(日)~3月8日(日)
福島県立美術館

 

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