「縄文―1万年の美の鼓動」展
特別展「縄文―1万年の美の鼓動」展 は、
東京国立博物館 平成館 特別展示室で開催されています。
会期 2018年7月3日(火) ~ 2018年9月2日(日)
旧石器時代は、無土器時代とも言われていて、土器はなかったとされています。
彼らはマンモス、ナウマンゾウ、オオツノシカなどの大型動物を追いかけて日本列島へやってきました。
食糧調達は主に狩猟・採取によりました。
石を打ち砕いてつくられた打製石器(材料は黒曜石など)を使用したとされています。
旧石器時代に関しては、この様な展覧会もありました。。
拙ブログから・・・
沖縄の旧石器時代が熱い!
縄文時代を挟んで、弥生時代には
集落(ムラ)から小国(クニ)が誕生します。
縄文土器が弥生土器に代わり。
金属(銅、青銅、鉄)が伝わり青銅器、鉄器、銅剣、銅矛、銅鐸などが製造されるようになります。
農耕は鉄製農具が使われ生産性が高まりました。
この展覧会は、旧石器時代が終わったおよそ1万3千年前から続いた約1万年「縄文―1万年の美の鼓動」を観て感じてみようという企画です。
変わらぬ機能美と素朴な装飾の土器類、縄文の装飾品(ファッション)。
呪術的、神秘的な表象を思わせる土偶等々、全国から膨大な遺跡資料(史料)が集合しています。
いにしえ人の「生活と思い」を想像するのは難しい作業ですが・・・様々なヒントが展示品の中に隠されているのですね。
多様な土愚の数々・・・これを見るだけでもとても楽しいですよ!
近頃は「人生百年」なんて言われるようになりましたが、「そんなの刹那」と、思ってしまいます。
目の前に展示されているのは、1万3千年前のことがらですから・・・・・・
(HPの解説)
縄文時代が始まったとされる約1万3000年前。狩猟や漁撈(ぎょろう)、採集を行っていた縄文時代の人びとが、日々の暮らしのなかで工夫を重ねて作り出したさまざまな道具は、力強さと神秘的な魅力にあふれています。本展では「縄文の美」をテーマに、縄文時代草創期から晩期まで、日本列島の多様な地域で育まれた優品を一堂に集め、その形に込められた人びとの技や思いに迫ります。縄文時代1万年にわたる壮大な「美のうねり」をご体感ください。
展覧会の構成は以下の通りです。
第1章 暮らしの美
第2章 美のうねり
第3章 美の競演
第4章 縄文美の最たるもの
第5章 祈りの美、祈りの形
第6章 新たにつむがれる美
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史上初!
縄文の国宝、6件すべてが終結!
(以前トーハクで開催された国宝展には国宝土偶5点が展示されていた気がしますが?)
左から、火焔型土器(部分)・合掌土偶(部分)・仮面の女神(部分)・縄文のビーナス(部分)・中空土偶・縄文の女神(部分)
仮面の女神と縄文のビーナスは7月31日から展示です。
日本で最も有名な土偶
名はゴーグル(雪中遮光器)に似ていることに由来する。本来は全面が赤く塗られていたと考えられている。
重文 遮光器土偶
青森県つがる市木造亀ヶ岡 縄文時代(晩期) 東京国立博物館
大きく口をあける十字型土偶
中期初頭に立像土偶やポーズ土偶が生み出される中で東北地方北部では板状土偶の系譜をひく土偶を伝統的に作り続けていた。
重文 板状土偶
青森県青森市 三内丸山遺跡
縄文時代(中期) 青森県教育委員会(縄文時遊館保管)
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はじまりの美の器
すでに一万年に及ぶ縄文美の器の到達点がここにあると・・・
微隆起線文土器
青森県六ケ所村 表館(1)遺跡出土 縄文時代(草創期) 青森県立郷土館
縄文学の父が愛蔵した縄文土器
縄文学の父ともいわれる山口清男の遺愛品。関山式土器の標準土器として位置づけられる学史上きわめて重要な土器。
片口月深鉢型土器
埼玉県ふじみ野市 上福岡貝塚出土
縄文時代(前期)
360度の造形美
直立する四単位の鶏頭冠突起と突き上げられた鋸歯状の小突起は、名前の由来でもある。
国宝 火焰型土器
新潟県十日町市 笹山遺跡 縄文時代(中期) 新潟・十日町市(十日町市博物館保管)
優雅な雲形を描く超大型の壺
縄文土器の中で最も最も器種に富む東北地方で盛行した大洞式土器のひとつ。
重文 壺形土器
青森県十和田市滝沢川原 縄文時代(晩期) 文化庁
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木製編籠 縄文ポシェット
縄文時代の編み物製品。、中にはクルミの殻が入っていた。
青森県青森市 三内丸山遺跡 縄文時代(中期)
青森県教育委員会(縄文時遊館保管)
女性リーダーのファッション
装身具
福岡県芦屋町 山鹿貝塚出土
鹿角製品・貝輪・
縄文時代(後期)
福岡・芦屋町教育委員会
本展でも、記念撮影コーナーがあります。
作家や芸術家たちが出会い愛玩した品々も紹介されています。
岡本太郎は「縄文式原始芸術」から衝撃を受けつつも、自身に取り込もうとしました。
顔面把手
山梨県韮崎市穂坂町 縄文時代(中期) 東京国立博物館
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