生誕120年 東郷青児展 抒情と美のひみつ
「生誕120年 東郷青児展 抒情と美のひみつ」は、
東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館で開催されています。
会期 2017年9月16日(土)~11月12日(日)
この美術館に行く度に数点ずつ東郷青児の作品はチラ見(失礼!)してはいますが、まとめて観るのは久しぶりです。
八王子夢美術館で「東郷青児展 女性礼讃— 大正そして昭和を駆けたモダンボーイ」 と題した企画展が2010年上期に開催され、東郷青児美術館の作品48点が展示されました。
確か?由美かおるさんの素描があったような気がしてますが・・・
最近では、ホテルオークラのチャリティーイベントに《ナース像》という作品が出ていました。
昭和49年の作品ですが、今風なインパクトがあるな~?なんて思いました。
ナース像 昭和49年(1974) 油彩/カンヴァス 日本赤十字社
(この展覧会には出展されていません)
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東郷は山田耕作との出会いから、山田がドイツから持ち帰った作品の中のからキュビズム、未来派などの欧州前衛芸術の知識を得ました。
そして公募展を始めてまもない第3回二科展(1916年(大正3年))に出品した《パラソルをさせる女》で二科賞を受賞します。19歳のときです。
以降、東郷は国内で最初期の前衛画家とみなされるようになります。
《パラソルさせる女》 1916年 油彩、キャンヴァス
1921年(大正10年)に渡仏。
7年間滞在し、生活のために働き続けながら欧州各国を訪れています。
未来派、ドイツ表現主義、アール・デコの環境下、ピカソ、ドュシャン、藤田などと交流します。
パリに腰を落ち着けた東郷は独自のスタイルの作品を模索し、確信を得た作品と自負する《サルタンバンク》を描きます。
ピカソに見せるも芳しい評価は得られなかったそうで・・・・
《サルタンバンク》 1926年 油彩、キャンヴァス
1928(昭和3年)に帰国。
帰国した年の二科展に滞欧作23点を特別陳列します。
それらの作品は新傾向と評され受け入れられます。
東郷作品は、まもなくサーカス、芸人から、時代を象徴する科学技術、スポーツやレジャーから取材した作品へと描くテーマが変わっていきます。
さらに、装丁、挿絵、デザインも多く手掛けるようになります。
私生活では、愛人との心中未遂事件や、宇野千代との同棲騒動で注目されることもありました。
山の幸 1936年 油彩、キャンヴァス
シェラトン都ホテル大阪
展覧会場ではこの作品の隣に藤田嗣治の《海の幸》が展示されています。
当時、京都の丸物百貨店の大食堂に対をなすかたちで掲げられた作品です。
東郷は二科会の再建に奔走するなか、
宇野千代と別れ、心中未遂事件相手の女性と再婚します。
東郷は仕事の範囲を益々拡げていきながら、
所謂、東郷様式と言われる「淡い色調の瞳と、筆跡を残さない滑らかな肌の女性」を多く手掛けるようになります。
若い日の思い出 1968年 油彩、キャンヴァス
損保ジャパン日本興亜美術館
「同時代の空気を描きたい」
後年まで、この考えのもと、制作し続けました。
展示構成は以下の通りです。
第1章 内的生の燃焼 1915~1928年
第2章 恋とモダニズム 1928~1930年代前半
第3章 泰西名画と美人画 1930年代後半~1944年
第4章 復興の華 1945~1950年代
記念撮影コーナー
(展示会場風景写真は主催者の許可を得て撮影しています)
スマホで撮りました。
(HPの解説)
二科会を中心に活動した洋画家・東郷青児(1897-1978)の生誕120年を迎えるにあたり、初公開のプライベートコレクションを含む貴重な作品を全国から集めた特別回顧展を開催します。日本で初めて「未来派風」と呼ばれた前衛的絵画から、構成美と抒情性を兼ね備えた代表作《サルタンバンク》を経て、戦後に広く親しまれた女性像まで、「東郷様式」と呼ばれたスタイルがどのように作られたのかをひもときます。
見どころは、藤田嗣治と対で制作した丸物百貨店の大装飾画など、これまで紹介される機会の少なかった1930年代の作品です。激動の時代に抜群の知名度を誇った画家の多彩な仕事ぶりを、美術作品約60点に出版物や写真などの資料をあわせて振り返ります。
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