開館50周年記念 岩佐又兵衛と源氏絵 ―〈古典〉への挑戦
開館50周年記念 岩佐又兵衛と源氏絵 ―〈古典〉への挑戦は、
出光美術館で開催されています。
会期 2017年1月8日(日)~2月5日(日)
岩佐又兵衛(1578-1650)は戦国武将・荒木村重(1536-86)の子(一説に孫)として生まれます。
村重は信長に対する謀反により失脚。
信長の死後に堺に戻り大阪の茶人として復帰、利休とも親交を持ちました。
村重の子として生まれた岩佐又兵衛は、文芸や絵によって生計を立てることを余儀なくされ、京都、福井、江戸と移り住みます。
若いころから、日本と中国のあらゆる画題に対して、絵画の技法を学びましたが、生涯にわたって絶えず意を注ぎ続けたのが『源氏物語』を題材にした源氏絵です。
この展覧会では、当時の源氏絵を牽引する立場にあった土佐光吉(1539-1613)の源氏絵に始まり、岩佐又兵衛の描く源氏絵の個性と変遷をたどり、さらに〈浮世絵の開祖〉とも称された又兵衛と江戸の浮世絵師との接点を探ります。
展覧会の構成は次の通りです。
第1章 〈古典〉をきわめる―やまと絵の本流による源氏絵
第2章 ひとつの情景に創意をこらす ―又兵衛の源氏絵の新しい試み
第3章 さまざまな〈古典〉を描く―又兵衛の多彩な画業
第4章 単一場面から複数場面へ ―又兵衛の〈型〉とその組み合わせ
第5章 物語のながめ ―いわゆる54帖屏風にみる〈古典〉と創造
第6章 江戸への展開 ―又兵衛の源氏絵が浮世絵師に残したもの
源氏物語 野々宮図(部分) 岩佐又兵衛 出光美術館
源氏物語 花宴図 岩佐又兵衛 所在不明
実物大?プリントが展示されています。
『浮世絵大家集成1岩佐又兵衛・菱川師宣篇』大鳳閣書房より
官女観菊図 岩佐又兵衛 山種美術館
実物大?プリントが展示されています。
私が、岩佐又兵衛で思い浮かべるのは、これらの斬新な表現の作品です。
山種美術館の《官女観菊図》を何度も観ているからかもしれません。
《野々宮図》以外は実物大?のプリントが展示されています。
物語の全体像を俯瞰的にとらえるよりも、個々の特徴的なエピソードに向き合い、その内容を深く理解することこそ、源氏絵の制作に臨む又兵衛の基本的な姿勢だったといえます。(HP解説から)
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源氏物語画帳 土佐光吉 京都国立博物館
源氏物語図屏風(右隻部分) 岩佐勝友 江戸時代 出光美術館
和漢故事説話図 須磨 岩佐又兵衛 福井県立美術館
源氏物語図屏風 伝 岩佐又兵衛 江戸時代 大和文華館
源氏物語図屏風 伝 岩佐又兵衛 江戸時代 細見美術館
HPの解説。
この度、桃山時代から江戸時代初期に活躍した絵師・岩佐又兵衛(いわさまたべえ 1578-1650)の絵画、とくに王朝文学の傑作『源氏物語』に題材をとった作品(源氏絵)に注目した展覧会を開催いたします。
戦国武将・荒木村重(あらきむらしげ 1536-86)の子(一説に孫)に生まれながらも、村重の謀反により、文芸や絵によって生計を立てることを余儀なくされた又兵衛。さまざまな絵画の技法を操り、和漢のあらゆる主題に貪欲に取り組んだ又兵衛の画域は、実に広い範囲におよんでいます。そのなかで、又兵衛が生涯にわたって絶えず意を注ぎ続けた画題のひとつに、源氏絵があります。又兵衛は、この古典中の古典ともいうべき難しいテーマに、どのように挑んだのでしょうか。この展覧会では、又兵衛の源氏絵を中心に、又兵衛と同じ時代を生きた絵師たちによる源氏絵を加え、彼らが伝統を真摯に学びつつも、それにとらわれることのない自由で柔軟な発想によって、過去に例のない新鮮な源氏絵を生み出してゆく様子をご覧いただきます。
2017年は、それまで京都と福井で絵筆をふるっていた又兵衛が、活動の拠点を江戸に移してから380年の記念の年にもあたります。そこで、〈浮世絵の開祖〉とも称された又兵衛の絵画が、江戸の浮世絵師たちにどのような刺激を与えたのかを考えるために、『絵入源氏物語』や『十帖源氏』、菱川師宣(ひしかわもろのぶ ?-1694)が江戸版の挿絵を担当したとされる『おさな源氏』など、歌人・俳人で古典学者の松永貞徳(まつながていとく 1571-1653)の流れをくむ文化人たちが携わり、版行された梗概書(こうがいしょ)(『源氏物語』のダイジェスト)を取り上げつつ、又兵衛との関係を探ります。
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