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2012.09.10

鹿島田真希著 第百四十七回芥川賞受賞作 「冥土めぐり」

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表現手段がこれだけ多様化してくると、小説ならでは、文章でなければ味わえない世界が要求されてきているのだと思います。
読後感で、「映画見てたほうがよかったな~」なんて思うことがよくあります。
小説家も大変ですよね。
大絶賛とはいかないですが、この受賞作は、巧みな文章表現の世界だと思います。
但し、このタイトルは如何なものかと。


直木賞の辻村深月さん「鍵のない夢を見る」も読みましたが、こちらは、どんどん映像が頭に浮かぶほどのリアリティーに富んだ文章で素晴らしいのですが、どうでしょう今の時代、ありふれたストーリーにも思えます。

以上の感想も含めて素人が、このようなことを言うのは失礼とは思いますが、もちろん二人の作家の文章は、鍛錬を重ねた素晴らし成果であることは言うまでもありません。
同年代の女性ですよね。(32才、35才)

(小説「冥土めぐり」の冒頭部)
 十時発のこだまに乗らなければ、と奈津子は思った。
 向うについたら、シャトルバスは何本も出ているし、チェックインの時間まで余裕がある。だけど奈津子はこの旅を、予定通りに進めたい。もし、予定から数分遅れたらそれだけでも、この旅をし損ねてしまう。そんな気持ちになっていた。
―略―
太一と新幹線に乗車し、発車してしばらくして、車内販売のカートがやってくると奈津子はねだられる前に、アイスクリームを買い与えた。太一は早速機嫌よくアイスクリームを食べている。
 奈津子はようやっと束縛から逃れるかのように、母親が送って来たピンクのカーディガンを脱ぐことが出来た。


(最終部)
太一を見送っていると母親から携帯に電話があった。
―略―
「また、新しい服を見つけたの。私の趣味にぴったりだったから、送ったわ」
柔らかくて、ふわふわしていいて、裾の方に行くほど広がって、ひらひらとしていて、うっとりするようなものだったのよ。
 奈津子はありがとうとと言って電話を切った。そして、その服は別に着なくてもいいのだ、そういう選択肢もあるのだ、とやっと気付いた。
 視線を上げると遠くの方には太一がいた。太一は、沢山の人々の中で、誰よりも、切るようにまっすぐ進んでいた。

この小説、筆者が正教会の信者であることを知ると「あっ、そうなのか」と気付くことがあるかももしれません。

途方もない言動を繰り返し、奈津子から金銭をむしり取る様な生活をしている母と弟、夫の太一とは現在の児童館の前、区役所でパートをしている時に知り合って、三ヶ月後にプロポーズされた。紹介された母と弟は、ありえない、仕打ちの様な態度で応対するが、意に介さない太一は「結婚するのはなっちゃんとなのに?」と言ってくれる。そして予定通りに結婚する。

相変わらず、母と弟に全て奪われてしまうような生活の中(奈津子は「あんな生活}と呼んでいた)、太一が発作を起こす。
奈津子は、どうせ全て奪われてしまうのなら働けないほうがいいとまで思い込んでしまう。
太一の手術は、脳に電極を埋め込むという大掛かりなものだった。
太一は車椅子の生活になる。

夫が入退院を繰り返して3年、病名がはっきりして5年がたっていた。
奈津子はある決意をして、なけなしの金10万円を引き出し、一泊二日の旅に出る(上記冒頭部)
目的地は、母が繰り返し子供の頃から奈津子に話して聞かせてきた、かつての高級リゾートホテル。
今は、成れの果て一泊5000円の区の保養所になっていた。

物語は、奈津子が幼い頃両親と弟4人で出かけた豪華絢爛たるホテルの様子と、今訪れているホテル様子を往還しながら進行していく、その中に、母と弟、太一との生活エピソードが盛り込まれる。
一貫して、太一の描写は望洋としてつかみどころのない人物として描かれている。

旅の終わりが近づいた、海岸で、

この人は、特別な人なんだ。奈津子は太一を見て思った。今まで見ることのなかった、生まれて初めて見た、特別な人間。だけどそれは特別な不思議さだった。奈津子はそんな太一の傍にいても、なんの嫉妬も覚えない。そして一方、特別な人間の妻であるという優越感も覚えない。ただとても大切なものを拾ったことだけはわかる。それは、一時のあずかりものであり、時がくればまた返すものなのだ。

旅行から帰った次の日、太一の電動車椅子の試験があった。

一ヶ月後電動車椅子が届いた。

「乗ってみて」
奈津子が言うと、太一が車椅子に乗って、奈津子の周りを旋回した。
「なっちゃんは?なにか買い物ある?欲しいものとか」
「私の欲しいもの?」
奈津子は黙った。自分の欲しいものを奈津子は知らなかった。自分がなにが欲しいのか、考えたことがなかったのだ。
「これからは、僕が買い物にいけるんだよ、なっちゃんが欲しいもの、僕のお小遣いで買ってあげるよ」
太一の言っていることが、とても壮大なたくらみのように奈津子には響いた。


「行ってくるよ」あっという間もなく太一は車椅子で駐車場の外へ行ってしまう。
そしてエンディング・・・・・・上記(最終部)

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