プラド美術館所蔵 ゴヤ 光と影 展 (つづき)
この展覧会は10月22日から2012年1月29日まで開催されています。
前回投稿(Ⅰ~Ⅵ)の続きです(Ⅶ~XIV)
文章、画像は図録から引用しています。
Ⅶ「国王夫妻以下、僕を知らない人はいない」
-心理研究としての肖像画
1780年に入ると、ゴヤは肖像画家として活躍を開始する。
最初の肖像画の注文は時の宰相フロリダブランカ伯爵から受けた数点で、これを機に多数のパトロンを得る。
ガスパール・メルチョール・デ・ホベリャーノス 1798年
Ⅷ悲惨な成り行き
-悲劇への眼差し
ゴヤに戦争とその理由、残虐な行為と残酷な結果についてのきわめて批判的で斬新な考察を行うきっかけをあたえたのは、他でもない独立戦争中の出来事であった。
〈戦争の惨禍〉36番
これもまた
Ⅸ不運なる祭典
-〈闘牛技の批判的ビジョン
ゴヤ三番目の連作版画集〈闘牛技〉は商業的には大失敗に終わった。
確かに美しく、形式的にも技術的にも高度であるとはいえ、ひどく暴力的で、闘牛という祭典の最も絵になる愛すべき側面がまるで著されていない画像を買おうなどと考える人が、誰もいなかったからである。
〈闘牛技〉33番 マドリード闘牛場におけるペペ・イーリョの悲劇的な最期
若牛での闘牛 1779‐80年
Ⅹ悪夢
-〈素描帖C〉における狂気と無分別
独立戦争中から戦争直後のフェルナンド7世による弾圧にかけて制作されたこの素描帖の主題は、その歴史的一時期のさまざまな局面を写しだしている。
同じ夜のもうひとつの幻影 〈素描帖C〉40番 1808‐14年頃
Ⅺ信心と断罪
-宗教画と教会批判
ゴヤは、「甘ったるい感情にも、ましてや甘ったるい敬虔さにも訴えることはせず」より理知的な観点から宗教心というものを取り上げたのである。
地球の自転を発見した咎により
〈素描帖C〉94番 1808‐14年頃
Ⅻ闇の中の正気
-ナンセンスな世界の幻影
ゴヤ自身を取り巻く歴史的、個人的状況を反映しているが、この場合には1814年の対仏独立戦争終結から1824年のボルドーへの亡命までという、ゴヤにとってはあまり喜ばしくない時期であった。
〈妾〉7番 無秩序の妾 1816‐19制作 1863初版
XIII奇怪な寓話
1824年9月中旬、ゴヤはボルドーに到着した。
パリに赴く前にゴヤは一度ボルドーに立ち寄ったがその時に面会した友人の作家レアンドロ・フェルナンデス・デ・モラティンは、共通の友人に宛てた手紙の中で、ゴヤはもう老い先短く、絵を描き続けることすらできないのではないかという書き方をしている。
蝶の闘牛〈素描帖G〉53番 1824‐28頃
XIV悦楽と暴力
-〈ボルドー素描帖G〉における人間たるものの諸相
ゴヤは狂気の人間と正気の人間との境界線を明確にしていない。なぜならばゴヤの構想は、狂気が招く幻覚を中心としたイメージによって、人間の本性の普遍的メタファーを示すことだったからである。
スケートをする修道士〈素描帖H〉28番 1825‐28頃
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