カズオ・イシグロ著 日の名残り
この様な本にめぐり会えると、何処にも行かないで、読書三昧という生活も良いかな...なんて思ってしまいます。丹念に書き込まれていく人物、情景描写の巧みさに感心しているうちに、筋書きに興味深々。
本書のプロローグ、書き出し部分です。
一九五六年七月
ダーリントン・ホールにて
ここ数日来、頭から離れなかった旅行の件が、どうやら、しだいに現実のものになっていくようです。ファラデー様のあの立派なフォードをお借りして、私が一人旅をする.....もし実現すれば、私はイギリスで最もすばらしい田園風景の中を西へ向かい、ひょっとしたら五、六日も、ダーリントン・ホールを離れることになるかもしれません。
スティーブンスは、ダーリントン・ホールで人生のすべてを執事という仕事に捧げてきた自他ともに認める一流の執事。新しい主人ファラデー様は八月九月、五週間ほどアメリカに帰ってくることになっている、この旅はファラデー様のご厚意によるもの。物語は、その六日間の旅の中でのの出来事と、ダーリントン・ホールでの出来事の回想で構成されている。
一日目 夜 ソールズベリーにて
二日目 朝 ソールズベリーにて
二日目 午後 ドーセット州モーティマーズ・ポンドにて
三日目 朝 サマセット州トーントンにて
三日目 夜 デポン州タビストック近くのモスクムにて
四日目 午後 コーンヲール州リトル・コンプトンにて
六日目 夜 ウェイマスにて
前の主人ダーリントン卿のが失意のうちに亡くなり、親族の誰も彼の屋敷ダーリントン・ホールを受け継ごうとしなかった。スティーブンスのスタッフも辞めていき深刻な人手不足になる中、アメリカ人の富豪ファラディ氏が買い取ったのだった。そんな中、かつて女中頭を勤めていたミセス・ベン(旧姓ミス・ケントン)から手紙が届く。
結婚生活が上手くいっていないようなのだ.....スティーブンスは職場復帰してくれると嬉しいと思う。
そして旅の最後にミセス・ベンに会う事にしている。ダーリントン・ホールを切り盛りしてきた二人は、淡い思いを持ていた。
物語は1956年の「現在」と1920年代から1930年代にかけての回想シーンを往復しつつ進められる。
第一次世界大戦後、スティーブンスが心から敬愛する主人・ダーリントン卿は、再び過去の戦争による惨禍を見ることがないように、ドイツに過酷なヴェルサイユ条約に反対の立場をとり秘密の会合を繰り返していた。ドイツ政府とフランス政府・イギリス政府を宥和させるべく奔走していたのだが、会合後の会食の席でアメリカ政府関係者からは「アマチュア的発想で、危険だ。プロに任せるべきだと」批判を受ける。実際、ダーリントン卿はナチス・ドイツによる対イギリス工作に巻き込まれていく。
忠実な執事であるスティーブンスは、疑いを持たず?ただ只管、身を粉にして働き続ける、そんなスティーブンスと女中頭ミス・ケントンは、いがみ合うこともしばしば、そして当てつけるように、ミスター・ベンと結婚して辞めてしまう。
ダーリントン・ホールでの過去の出来事が、六日間の旅の中、接する人々との会話から、回想されていく。
そして旅の終わりに、スティーブンスはミセス・ベンと再会をする。
「決して、幸せな結婚ではなかったけれど、娘に初孫が生まれ、ベンとの生活に幸せを見つけられる様になった」といわれ、ミセス・ベンの職場復帰もなくなる。
ミセス・ベンと別れ、夕暮れ時、とある桟橋で偶然出会った、執事のもとで働いた経験のあるという男と話すうちに涙がこぼれてくる。その涙の意味は......
ダーリントンホテルに戻る時が来た。
心新たに、悩みの一つであったジョーク、アメリカ人であるファラディ様を笑わせるようなジョークを練習しよう、と。
日の名残り
著者 カズオ・イシグロ
訳者 土屋政雄
ハヤカワepi文庫
2001年5月31日発行
2011年5月10日15刷り
| 固定リンク
コメント