« 尾形光琳描絵の小袖 白綾地秋草模様 | トップページ | bloggie..... »

2010.10.30

明治の彫刻 ラグーザと荻原碌山

私はラグーザ・玉の作品を過去に何度か見ていました。変わった名前だな~と思っていたのですが、恥ずかしながら、この展覧会で「そうだったのか」でした。
ラグーザの作品「日本婦人像」はすばらしのですが、私は修復過程の解説、ビデオにも興味を持ちました、コンピュータの進歩はこちらにも多大な進歩をもたらしているのですね。

ラグーザの日本人に取材した作品を見ていると不思議な魅力を感じます。勿論、玉の胸像もあります。

以下は美術館のHPからの引用です

イタリア人彫刻家ヴィンチェンツォ・ラグーザ (Vincenzo Ragusa, 1841-1927) は、明治9年に開校した工部美術学校に招かれ、日本にはじめて西洋彫刻を伝えました。ラグーザは明治15年に帰国しますが、その間日本でも積極的に制作し近代日本彫刻の基礎を作りました。没後の昭和8年、来日中および帰国後の作品が妻清原玉から東京美術学校に寄贈され、今日、そのコレクションは明治初期の西洋彫刻受容の経緯を知るうえで貴重な存在となっています。

さて、私の主目的は、碌山の作品鑑賞です。
相馬黒光の影響下、絵画作品に興味を持った碌山はアメリカ、パリと修業に出ますが、ロダンの「考える人」を見て、彫刻家になることを決心します。直接指導も受けたようです。その作品は、写実表現を遥かに超えた、内面の説得力と迫力を持っています。明治のこの時に早世の碌山がこんな作品を作ったのだと思うと、考え深いものがあります。そして、この展覧会のため?に行われた、最後の作品「女」石膏原型からの鋳造(ブロンズ)過程の紹介(パネルとビデオ)も興味深いものでした。
原型からの鋳造作品過去から今回の三点が展示されていましたが、何処をどう比較鑑賞したらいいのか私にはわからなかった。

この作品「女」の完成度はすばらしいですね、黒光がをイメージして制作されたとされているようですが.....

東京藝術大学美術館で12月5日迄開催。

Raguroku


Raguroku0001


|

« 尾形光琳描絵の小袖 白綾地秋草模様 | トップページ | bloggie..... »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 明治の彫刻 ラグーザと荻原碌山:

« 尾形光琳描絵の小袖 白綾地秋草模様 | トップページ | bloggie..... »