小説 母
三浦綾子著
平成四年単行本発刊
平成八年文庫初版発行
2週間前に風邪で発熱、寝込んでしまった。
寝ているのも退屈なので、買ったばかりの文庫本を横にないながら読みました。
電車の中では、読めません。
小林家の困難な生活に泣けるのではない、不思議な感情が……
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この小説は、長女チマの嫁ぎ先の家に身を寄せていた小林多喜二の母セキ八十八歳が、自分の思いを秋田方言訛りの言葉で、人に語り聞かせるという形をとっている。
「私たちはこのように生きてきました」。
「このような人生もあるのですよ」と語り続けます。
辛い話ばかりではありません。
三浦綾子は、心の澄みきった家族の肖像を見事に描いています。
セキと多喜二をピエタに譬えたのかもしれませんね。
今、この世相は、私も含めて、なんと傲慢なのだろう。
以下に、一部分を紹介させていただきます。
多喜二はね、小説書くのに疲れると、時々画用紙に絵ば描いていた。
中略
「なあ母さん、花でも海でも、空でもな、この世のものは、みんな生きたがっている。その生きたがっている者を殺すことは、一番悪いことだ。虫でもトンボでも、犬でも人でも、みんな生きたがっている。絵を描いていると、それがよくわかる。人間の手では、なかなか命のあるもんは、描けんのね」
学生の頃見た多喜二の虐殺写真は強烈な印象だった。
あれは、何の本だったか、雑誌だったか思い出せない。
よけいなことですが。
ADSLが不通状態、未解決。
3週間頑張りましたが駄目でした。
顛末は後ほど。
光にかえます。
1ヵ月程度かかりそうです。
モバイルパソコンを持ち出して、とある場所から投稿しました。
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コメント
elmaさん、コメントを頂きありがとうございます。
>早く、「光」になるといいですね・・・。
やっと、光になりました。
さぼり癖がついてしまったので、少しずつですが、投稿を再開したいと思います。
これからもよろしくお願いいたします。
この小説、「生きること」について、根本的なものを提示しているような気がしました。
良い本、沢山読みたいですね。
投稿: elmaさんへ | 2008.10.04 12:04
こんばんは、makoさん!
私も読みました、この本。(makoさんのブログを見てから)ほんとうに、小説の後半からは、涙が・・・。
心やさしき、小さき者たちが、肩を寄せ合って生きている・・・そんなささやかな幸せをかみしめて生きている家族と周りの人々が描かれていましたね・・・。
秋田訛りのことばがほのぼのとしていて、また、東北の人々や北海道の人々が舐めなければならなかった当時の辛酸などが描かれていましたね。
何も悪いことなどしていないのに・・・。どうして「いい人」が弾圧を受けたり、虐殺されたりするのでしょうね。私も、学生時代、多喜二の腫れあがったあの写真を見た記憶があります。
この小説「母」は、モバイル・パソコンを持ち出しても、投稿したかったのだろうなというのがわかりました。
早く、「光」になるといいですね・・・。
投稿: elma | 2008.09.14 19:51