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2007.07.11

マッチ擦るつかのま海に霧深し 身捨つるほどの祖国はありや

今は取り壊されて、工事中の渋谷、東急文化会館の三省堂書店で、寺山修二さんをお見受けすることがよくありました。

ぎらぎらと輝く眼光は今でも思い出します。

マッチ擦るつかのま海に霧深し 身捨つるほどの祖国はありや

寺山修二とあの時代を彷彿とさせる詩だと思いませんか。

最近、氏に関する記事を新聞紙上等でよく見かけます。
何故?と思ったりします。

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コメント

elmaさんコメントを頂きありがとうございます。

>唐十郎や李令仙の名前と一緒に見かけたことがあります
学生時代、アルバイト仲間に小劇団の女優さんがいました、唐十郎の「腰巻お仙」とかをやっていて、よくチケットを買わされました。高田馬場の小劇場が定小屋でした。
李令仙は私の出身中学校の隣の高校の出身だと思います。

さて、祖国。
私は、地方に旅行したりすると、不思議なのですが、とても懐かしい感覚に襲われます。単純に、とても大切にしたい何かを感じます。
私にとっての祖国は、祖先を含めた森羅万象への遡及感覚です。
政治的に利用されてはたまりません。

祖国を守るために戦う....。
清水幾太郎の「愛国心」を学生時代に読みました。
「他国が侵略し、戦車が自分の前を通った時、どういう行動をとるか」
が冒頭だと思います(勘違いかも知れません)

私は、いまだ、結論に至っていません。

投稿: elmaさんへ | 2007.07.14 14:04

こんばんは!

「祖国」とは、何なのでしょうか?「右」も「左」も祖国を訴えます。もう一度、「祖国とをは?」を考えてみたいですね。makoさんにとって、「祖国」とは?

私は、「グローバル世界」にあって、「祖国とは」にこだわると、それぞれの権益にこだわってしまって争いになってしまうと思っています。Glove(地球)規模で解決していかなければならない問題があるのではと思うのですが、いかがですか?

「寺山修司」の名は、学生時代、目にしたことがあります。『書を捨て町に出よう』は有名なセリフですね。演劇サークルの看板で唐十郎や李令仙の名前と一緒に見かけたことがあります。懐かしいです・・・。でもアングラ世界はちょっと敬遠・・・(誤解しているかもしれませんが)

投稿: elma(自分磨き) | 2007.07.12 22:43

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