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2007.05.06

菊池怜司とその時代

Kikuchi1550wr

たった二年間の版画制作期間ですが、すばらしい技術には驚かされました。
22才で早世した銅版画家が、たどり着いた美とは.....。

町田市国際版画美術館常設展示室で6月24日まで開催しています。

彼は、団塊世代の生まれです。
矢張り、彼の生きた時代を思いながら鑑賞しました。
解説で指摘している通り、参考にした版画家の存在、影響は否めませんが、彼独特の世界であることに間違いありません。
正直、どの様に理解していいのか今でも分かりません。

上智大学の美術サークルで油彩画を中心に作品を制作していた彼は、中退してまで、銅版画家になります。

そして2年間、死と引き換えるかのように版画の製作に熱中します。

関連作家の作品も数点展示されていて、理解の手助けになります。

展示作品は、 菊池作品 24点(全点)+関連出品 11点です。
少ないのですが、興味を持ってみてきました。


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以下、HPから解説文の引用をさせていただきます

菊池伶司(きくち・れいじ 1946-1968)は1967年から68年の2年に満たない期間だけ銅版画を制作し、22歳の若さで世を去った銅版画家です。制作した点数は60点余りといわれています。その内、24点の銅版画と55枚の原版がこの美術館に収蔵されています。いずれもご遺族の菊池洋子さんから寄贈されたものです。
  菊池伶司は生来腎臓に疾患があり、子供の頃からしばしば入院を強いられてきました。医者には受験勉強さえ控えるようにいわれたといいます。創作に熱中することなど言語道断、まぎれもなくそれは死に近づくことを意味していました。しかし菊池は、上智大学を中退してまで銅版画の世界に没入していきます。
  「生」を燃焼すれば死が確実に忍び寄ってくるという無慈悲な状況の中で、菊池が銅版画に刻んだものは、腎臓に似たソラマメ型の左右一対の形象など、人体の解剖図を連想する図形や、医者がカルテに書いた文字、病状を分析するバイオセンサーなど計測器の画面を思わせる医学的図像でした。まさしくそれは彼が見なれたあまりにも日常的な光景だったといえます。
  しかし、菊池の銅版画に死の予感や感傷的気分はそれほど感じられません。むしろ、彼が制作中に発見した新鮮な驚きや、イメージを刻もうとするエネルギーが見てとれます。いざなぎ景気の中に流れ込んだアメリカン・カルチャーや、ポップ・アートのイメージを読み取ることも可能でしょう。あるいは、菊池伶司が私淑していたという駒井哲郎や、活躍の絶頂にある池田満寿夫や加納光於、吉原英雄の版画を思い浮かべることもできるでしょう。菊池伶司の銅版画は、まぎれもなく、'60年代の風を敏感に感じた彼自身の感性の刻印であり、時代の遺産でもあります。

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コメント


Wow Great! Thank you!

投稿: 永井雅人 | 2007.05.20 10:04

ラッキーサウンドさん、コメントを頂きありがとうございます。

>ただ夭折した表現者にはまた、特別な印象を抱かせるものもあるのでしょうね。なにかかがやきの中にある、そのままのイメージのなかにあるような。

同感です。
何か、「切実さ」のようなものを感じます。

それにしても、2年間の創作活動の中で、これだけの作品に到達したのには驚きでした。

これからもよろしくお願いいたします。

投稿: ラッキーサウンドさんへ | 2007.05.11 12:31

拝見させていただきました。
未知の人でしたが、私自身も同じ世代、同じ時代、年齢を生きたということになります。ひとそれぞれの、さまざまに異なる形での表現というものがあると思います。ただ夭折した表現者にはまた、特別な印象を抱かせるものもあるのでしょうね。なにかかがやきの中にある、そのままのイメージのなかにあるような。

投稿: ラッキーサウンド | 2007.05.06 20:24

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