カミーユ・クローデル展
美術館に車で行くのは久しぶりでした。
車で行ったのが良かったのかどうか、いろいろな思いを、ずっと引きずりながら帰えってきました。
開館十時に、府中美術館に着いて、美術館を出たのは午後5時前です。
一日中、カミーユ・クローデル漬けでした。
先週の日曜日です。
午前中2時間かけてジックリ鑑賞し、昼食後、2時から同館で行われた映画会に参加しました。
素晴らしい映画でした。タイトルはそのもの、カミーユ・クローデルです。
矢張り、天才彫刻家だと思います。
ロダンとカミーユがお互いに与えた作品への影響は.....。
カミーユ彫刻の個性とは......。
どの作品にロダンとの感情の揺らぎを発見するのでしょうか.......。
お勧めの展覧会です。
私は、何点か展示されていた、少女の胸像が大好きです。カミーユとのイメージを重ねてみました。
ロダンとめぐり合わなかったら、この彫刻家として早熟であった少女は、どのような作品を作リ続けたのでしょうか。
カミーユ作品の線の美しさは格別です。女性作家ならではのものではないでしょうか。
結局、ロダンなしには語れない彫刻家なのでしょう。
彫刻も含めた、あらゆる情景で、ロダンとの決別を決意しながら引きずってしまい、精神病院で過ごした30年を思うとなんとも切ない気持ちになります。
以下は、図録からの転載です。今回の展覧会図録ではありません。
だいぶ前に行われた展覧会の図録です。
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コメント
>普遍的なものを追求できなかったのでしょうか
>装飾性や物語性をもたせない方が良いような気がしました。
仰る通り、私も同様の感想を持ちました。
でも、私には、逆に分かり易い面もありました。
ロダンは、きっと、辟易としていたとおもいますよ。
投稿: elmaさんへ | 2006.08.03 08:23
こんばんは、makoさん。
私も今日、行ってきました。(夏休みだったのです)
何かを創作するというのは、創り手の精神状況が反映しますね。彼女の作品は、そんなものが多かったです。もう、少し普遍的なものを追求できなかったのでしょうか。
私も少女の像がよかったと思います。(一番)次に「眼を閉じた若い女」「うずくまる女」「懇願する女」など…でした。「心からの信頼」「ワルツ」もいいと思います。あまり、装飾性や物語性をもたせない方が良いような気がしました。
どちらが、どちらに影響し合ったのか?まだ、疑問が残ります。
天才どおしの関係は、常人ではわからないような感覚をもちました。ただ、カミーユの側に立って、ロダンを非難したくなる気持ちも持ちました。そういう意味で切ないですね。
実力があったのに、もったいない・・・。
投稿: elma | 2006.08.02 22:05