2024.02.23

サムライ、浮世絵師になる!鳥文斎栄之展

サムライ、浮世絵師になる!鳥文斎栄之展

会期 2024年1月6日(土)~ 3月3日(日)
前期 1月6日(土)~ 2月4日(日) 後期 2月6日(火)~ 3月3日(日)

千葉市立美術館


重要な浮世絵師の一人でありながら、明治時代には多くの作品が海外に流出したため、今日国内で栄之の全貌を知ることは難しくなっています。世界初の栄之展となる本展では、ボストン美術館、大英博物館からの里帰り品を含め、錦絵および肉筆画の名品を国内外から集め、初期の様相から晩年に至るまで、栄之の画業を総覧しその魅力をご紹介します。(HPから)

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(画像はクリックで拡大表示になります)

展覧会の構成です。

プロローグ 将軍の絵具方から浮世絵師
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(左)狩野栄川院典信《田沼意次 領内遠望図》
浮世絵師として活躍する以前、栄之は御用絵師狩野栄川院典信の門人でした。典信は、10代将軍徳川家治(1737-86)の寵愛深く老中田沼意次(1719-86)の隣に屋敷を拝領したと伝えられています。本図は田沼が最も信頼した家臣相模藩家老の井上伊織の家に伝えられた作品で、描かれた貴人を田沼そのものの姿と見て伝えられてきたものです。(キャプションから)

(右)鳥文斎栄之《関が原合戦図絵巻》(部分)
上下2巻からなる図巻。上巻は石田三成を中心とした諸大名による大阪城での軍評定の場面から始まり、伏見城の落城が見せ場となています。下巻は関が原合戦が中心となっています。栄之の師であった狩野栄川典信(1730-90)の作品を参考に制作されたもので・・・(キャプションから)


第1章 華々しいデビュー 隅田川の絵師誕生
この章では新人としては異例の扱いを受けた続絵の名品を紹介します。とりわけ晩年までの主要な題材となった隅田川を題材とした続絵は、この章のハイライトです。江戸の人々が愛着を持って眺めた隅田川とその両岸の景観を背景に、上流階級の女性たちが船遊びを楽しむ様子から栄之という浮世絵師の特別な立ち位置が理解されます。(本展解説パネルから)

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鳥文斎栄之《吉野丸船遊び》 大判錦絵5枚組 天明7-8年(1787-88)頃 千葉市美術館蔵
船主に花台を飾り「吉野」の額を掲げた豪華な屋台船を5枚続の長大な画面に描く見応えのある錦絵です。・・・
天明後期頃という比較的早い時期に大判の5枚続を任せられていたことからも栄之が別格の扱いであったことが分かります。(キャプションから)

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川一丸船遊び 寛政8-9年(1796-97)頃 大判錦絵5枚続 版元:西村屋与八 ボストン美術館蔵 ウイリアム・スタージス・ビゲロー旧蔵(撮影可)

 

第2章 歌麿に拮抗 ―もう一人の青楼画家
この章では、歌麿と拮抗して錦絵界で活躍した栄之の遊女絵を中心に錦絵最盛期の代表作を紹介します。(本展解説パネルから)

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鳥文斎栄之《松竹梅三美人》 大判錦絵 寛政4-5年(1792-93)頃 ボストン美術館蔵
江戸の評判娘たちです。中央、浅草髄身門脇の水茶屋難波屋のおきた。右側江戸両国薬研堀(米沢町二丁目)の煎餅屋高島長兵衛の娘おひさ。左側、湯島女坂の立花屋おたつ。

3章 色彩の雅 ―紅嫌い
この章では、紅嫌いを中心に、古典文学に題材を求めた作品をまとめて紹介する。
(紅嫌い:意識的に紅色の使用を控えた錦絵)

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鳥文斎栄之《風流やつし源氏 松風》大判錦絵3枚続 寛政4年(1792)頃 大英博物館蔵

第4章 栄之ならではの世界
栄之の錦絵の購買者が武家や上流階級の人物であれば、その絵に親しみを持つのはもちろのこと、庶民であれば見たことのない裕福な武家の社会を垣間見る憧れの世界となったことでしょう。この章では、栄之だからこそ描くことができた品の良い上流層の女性風俗や、教養を感じさせる個展主題の作品を中心に紹介します。(本展解説パネルから)

第5章 門人たちの活躍
栄之には多くの門人がいました。・・・天明7年(1787)頃の時点で早々に錦絵の分野で門人がいたことが分かります。
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鳥高斎栄昌(生没年不詳)《郭中美人競 大文字屋内本津枝》 寛政9年(1797)頃 大判錦絵 版元:山口屋忠助 ボストン美術館蔵 ウイリアム・スタージス・ビゲロー旧蔵(撮影可)


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鳥橋斎栄里《近江三百景 石山秋月 丁字 屋内 雛鶴 つるし つるの》 大判錦絵 寛政7-9年(1795-979頃ボストン美術館蔵
寛政2-7年まで『吉原細見』に名の載る丁子屋長十郎お抱えの遊女雛鶴です。石山寺は、紫式部が「源氏物語」を執筆した場所と伝えられています。本図は雛鶴を紫式部になぞらえて、文机に片肘をついて思案するようすを描いています。

第6章 栄之をめぐる文化人
この章では、栄之をめぐる文化サークルを想定しながら、揃物や狂歌、絵本を紹介します(本展解説パネルから)

 

第7章 美の極み ―肉筆浮世絵
寛政10(1798)年頃から栄之は、錦絵の版下絵描くことを止め、肉筆画に集中するようになります。いわゆる「寛政の改革」として知られる、幕府の出版規制が影響したものと思われます。(本展解説パネルから)
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鳥文斎栄之《和漢美人図屏風》 絹本着色6曲1隻 文化(1804-18)後期・文政(1818-30)前期頃 個人蔵
中国と日本の伝説の美人を3人ずる配した屏風です。向かって右から小野小町、王昭君、清少納言、楊貴妃、紫式部、趙飛燕でしょうか。(キャプションから)

エピローグ 外国人から愛された栄之
栄之の浮世絵は、ジャポニズムの
なかで、早々に注目され、多くの作品が海外に渡り、愛好されました。エピログでは、錦絵や肉筆浮世絵を集めていたコレクターらの売立目録を紹介します。・・・・
こうして栄之による清麗な美人像は遠く海外で評価を受け作品の大部分は海外にわたり、そのまま留まることになったのです。(本展解説パネルから)

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川一丸船遊び 寛政8-9年(1796-97)頃 大判錦絵5枚続 版元:西村屋与八 ボストン美術館蔵 ウイリアム・スタージス・ビゲロー旧蔵(撮影可)

―HPの解説ー
鳥文斎栄之(ちょうぶんさい・えいし1756−1829)は、旗本出身という異色の出自をもち、美人画のみならず幅広い画題で人気を得た浮世絵師です。浮世絵の黄金期とも称される天明〜寛政期(1781-1801)に、同時代の喜多川歌麿(?−1806)と拮抗して活躍しました。
当初栄之は、将軍徳川家治(1737-86)の御小納戸役として「絵具方」という役目を務め、御用絵師狩野栄川院典信(1730-90)に絵を学びましたが、天明6年(1786)に家治が逝去、田沼意次(1719-88)が老中を辞した時代の変わり目の頃、本格的に浮世絵師として活躍するようになり、やがて武士の身分を離れます。
当時錦絵(浮世絵版画)は、一層華やかな展開期にありましたが、栄之もまた浮世絵師として数多くの錦絵を制作、長身で楚々とした独自の美人画様式を確立、豪華な続絵を多く手がけたことは注目されます。さらに寛政10年(1798)頃からは、肉筆画を専らとし、その確かな画技により精力的に活躍しました。寛政12年(1800)頃には、後桜町上皇の御文庫に隅田川の図を描いた作品が納められたというエピソードも伝わっており、栄之自身の家柄ゆえか、特に上流階級や知識人などから愛され、名声を得ていたことが知られています。

重要な浮世絵師の一人でありながら、明治時代には多くの作品が海外に流出したため、今日国内で栄之の全貌を知ることは難しくなっています。世界初の栄之展となる本展では、ボストン美術館、大英博物館からの里帰り品を含め、錦絵および肉筆画の名品を国内外から集め、初期の様相から晩年に至るまで、栄之の画業を総覧しその魅力をご紹介します。

 

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2024.02.18

水木しげる生誕100周年記念 水木しげるの妖怪 百鬼夜行展 ~お化けたちはこうして生まれた~

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水木しげる生誕100周年記念
水木しげるの妖怪 百鬼夜行展 ~お化けたちはこうして生まれた~

会期 2024年1月20日(土)~3月10日(日)

そごう美術館


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(画像はクリックで拡大表示になります)


妖怪文化の最大の継承者としての水木しげるを紹介する展覧会・・だと思いました。
”妖怪はほんらい怪獣なんかのように創作されるべきではないと思う。妖怪は昔のひとの残した遺産だから、その型を尊重し、後世に伝えるのが良い”(小学館)

展覧会の構成です。
第一章 水木しげるの妖怪人生
境港時代
南方最前線
南方最前線での生活は、地獄そのもの、水木は”塗壁”や”天狗倒し”といった日本の妖怪とよく似た不思議な現象を体験した。
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おかしいと思って手でさわってみると、コールタールの固まりかけたようなものが、右にも左にも上にも下にもあって動きが取れない。しばらく休んで手を出してみるとなにもなかった。
「妖怪になりたい」「南方の妖怪」河出書房新社


第二章 古書店妖怪探訪
水木しげるの古書コレクション
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柳田国男 《妖怪談義》修道社 1958年5版(初版1956年) 水木しげる蔵

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鳥山石燕《画図百鬼夜行》 1776年 水木しげる蔵

妖怪文化人年表
水木しげると妖怪文化年表


第三章 水木しげるの妖怪工房
絵師たちからの継承
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《あかなめ》
風呂桶の垢をなめる妖怪。その姿は『画図百鬼夜行』の「垢嘗」を踏襲する。『画図百鬼夜行』に「垢嘗」はなく、風呂桶の垢を嘗めるという解釈は藤沢衛彦の『妖怪画図全集』日本篇上に拠っている。(キャプションから)

様々な資料からの創作
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《がしゃどくろ》
戦死者や野垂死にした者の骸骨や怨念が凝り固まり、巨大な骸骨の姿となってガシャガシャと野をさまようという。その姿は『別冊少女フレンド』(1966年11月号/講談社)の妖怪特集の文章と、歌川国芳の『相馬の古内裏』を参考にして創作したと推察される。(キャプションから)

文字情報からの創作
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《一反木綿》
長い布のようなものが空を飛び、時には人を襲うという鹿児島の妖怪。その姿は『妖怪談義』『妖怪名彙』に記された文章を参考に創作した。(キャプションから)

水木しげるの妖怪の本
外国語版
その他

第四章 水木しげるの百鬼夜行
山に棲む妖怪
里に棲む妖怪
水に棲む妖怪
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《海坊主》

家に棲む妖怪

エピローグ 妖怪は永遠に
”日本には電気が普及して、日本中明るくなりすぎたのに加え、世の中全体が百鬼夜行の様相になったのに怯え、本物の妖怪が姿を消しつつある” 水木しげる


妖怪カメラ ARコーナー
QRコ-ドを読込んでアプリをダウンロードしてスマホカメラを向けると、妖怪が動き出します。
(写真に収めることができます)
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《がしゃどくろ》 

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《すなこすり》

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《ぬらりひょん》

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《輪入道》

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《アマビエ》

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《一反木綿》

 ARコーナーの妖怪集合
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2024.02.13

ガラスの器と静物画 山野アンダーソン陽子と18人の画家

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(画像はクリックで拡大表示になります)


ガラスの器と静物画 山野アンダーソン陽子と18人の画家

会期 2024年1月17日(水)~ 3月24日(日) 

東京オペラシティ アートギャラリー


山野さんのガラス作品を本にしてみたらどうでしょう」この一言がきっかけとなって、「Glasss Tableware in Still Life」(静物画の中のガラス食器)というプロジェクトが始まりました。
自分で描いてみたいガラス食器について、画家がガラス作家・山野アンダーソン陽子に言葉で伝える。
その言葉に応答して山野がガラスを吹き、出来上がったガラス食器を見ながら画家が絵を描く。
その後、写真家・三部正博が画家たちのアトリエを訪れて写真を撮り、デザイナー・須山悠里が本をデザインする。
そうして生まれたガラス食器と絵画、写真を目にしてもらう機会を作りたいと、本展の実現に繋がりました。(本展チラシから)

 

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木村さんからの言葉で印象に残っているのは、
「花が開く寸前の蕾」「ふっくり」「まっすぐには伸びていない茎」「ゆるやかな動きのある脚」です。
春のような、爽やかで温かみのあるものをイメージしました。
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山野アンダーソン陽子 Stem for Pink for Saiko Kimura 2021 吹きガラス 木村彩子蔵

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木村彩子 Stem for Pink/7 May 2021 綿布に油彩、蜜蝋 作家蔵

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三部正博 木村彩子のアトリエに佇むガラス食器 2021 ゼラチン・シルバー・プリント 作家蔵

 

「背の低めな丸みのあるピッチャー」「柔らかな自然光」「透明感」と言う言葉が、
石田さんからのリクエストの中で印象に残りました。
石田さんの作品にある、人の痕跡のような深みを意識して、
なぜか左から入る自然光を想像をしながら制作しました。
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山野アンダーソン陽子 Jug with Handle for Junichi Ishida 2021 吹きガラス 石田淳一蔵

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石田淳一 アトリエの陽光ー山野アンダーソン陽子のガラス器と私ー 2021 板に油彩 一番星画廊蔵


田幡さんからのリクエストは、丁寧な文章とともに届きました。
中でも、「牛乳のための器」「日常」「歴史的意味」
「差のある二つ以上のもの」「下地の色をほぼそのまま使う」が印象に残りました。
リクエストのメールを読んだとき、ルーブル美術館で観た
アンリ=オラース・ロラン・ド・ラ・ポルトを思い出しました。
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Tall Bottle and Drinking Glass for Kouichi Tabara 2021 吹きガラス 田幡浩一蔵

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田幡浩一 one way or another (glass of milk and tall bottle)#1、#2(2022)#3、#4(2023) 木製パネルに油彩 作家蔵

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三部正博 田幡浩一のアトリエに佇むガラス食器 2022 ゼラチン・シルバー・プリント 作家蔵


本展は撮影可です。(条件あり)
撮ってきた写真をまとめてみました。

 

 

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2024.02.09

四百年遠忌記念特別展 大名茶人 織田有楽斎

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四百年遠忌記念特別展
大名茶人 織田有楽斎

会期 2024年1月31日(水)~3月24日(日)

サントリー美術館


織田長益(有楽斎 1547~1622)は、 織田信秀の十一男で、信長の13歳下の弟です。幼名を源吾(あるいは源五郎)と言いました。織田家の有力な武将として重要な儀礼に参加していました。
本能寺の変で信長が自刃すると、長益は信長の長男織田信忠とともに二条御所に移るも敵襲をうけ、信忠が親王を逃走させて自害するも長益は難を逃れます。
その後、信長の次男の信雄、豊臣秀吉に仕え、秀吉死後は徳川家康とのかかわりを深くしていきます。

大坂夏の陣を前に京都・二条へ移り、建仁寺塔頭・正伝院を再興し、ここを隠棲の地とします。
有楽斎は、利休十哲の一人にも数えられ、高僧や古田織部、細川三斎、伊達政宗などの武将と結びながら茶会を開いています。多くの文化人とも交流し、これらの活動を示す書状は今も正伝院に残されています。茶室如庵は現在、国宝に指定されています。

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・織田有楽斎坐像 一軀 江戸時代
17世紀 正伝永源院
・大井戸茶碗 有楽井戸 一口 朝鮮王朝時代
16世紀 東京国立博物館

展覧会の構成です。
第1章 織田長益の活躍と逸話―“逃げた男”と呼んだのは誰か
本章では、武将・織田長益の実像を、歴史資料を通して見つめなおします。長益は実際に何を思い、何を為したのでしょうか。

第2章 有楽斎の交友関係
本章では、有楽斎が残した書状を通して、茶人としてまた、文化人として活躍する彼の姿に光を当てます。
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織田有楽斎書状 小出信濃守宛 一幅 江戸時代・17世紀 正伝永源院 【通期展示】
有楽斎から小出信濃守への書状。有楽斎は小出信濃守から12月11日朝の茶会に招待されていた。しかし、その直前に急きょ小出が別れの挨拶をよこして上洛し、そのまま会えずじまいとなり残念だと記す。そして、来春京都で会いましょうと結んでいる。小出信濃守とは、かつて豊臣秀吉に仕えた尾張出身の大名小出吉政(1565~1613)または吉政の次男小出吉親(1590~1668)と推定される。(キャプションから)

第3章 数寄者としての有楽斎
今日各地に伝わる、かつて有楽斎が所持した、あるいは好んだと伝わる茶道具の名品から、数寄者としての有楽斎の姿に触れることができます。本章では有楽斎旧蔵の伝来を持つ茶道具、また「有楽好み」をうかがい知ることのできる品々をご紹介します。(本展解説から)
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唐物文琳茶入 銘 玉垣 一口 南宋時代 12~13世紀 遠山記念館 【通期展示】
底面に見えている胎土が神社の朱塗りの垣根(緋の玉垣)を思わせたことから「玉垣文琳」の銘が付いたという。慶長17年(1612)、豊臣秀頼が有楽斎邸に御成りの際、有楽斎から、豊臣家へ献上された。大坂夏の陣で大阪城が落城すると玉垣文琳は蔵の崩壊に巻き込まれて割れてしまうが、焼跡から欠片が発掘され漆で見事に修復された。(キャプションから)

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重文 緑釉四足壷 一口 平安時代・9世紀 慈照院【通期展示】
猿投窯(現在の愛知県)で平安時代に焼かれた高級施釉陶器。中国・越州窯系の青磁四足小壺をモデルに、その形を大型化したと考えられている。本作は有楽斎から京都・相国寺の塔頭である慈照院の僧昕叔顕啅が茶の湯を通じて親しく交流していたことがうかがえる。(キャプションから)

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呼続茶碗 一口 桃山時代 16~17世紀 永青文庫 【通期展示】
呼続とは、茶碗などの欠けた部分を別の陶磁器の破片で継ぎ合わすことで、一般には同系統の陶片を組み合わせる。本作のように濃い茶系色の釉薬のかかった瀬戸と染付陶片は互いに質感も異なり意表を突く組み合わせであるものの濃茶色と染付の青色がよく調和し大いに茶味を増している。細川三斎(忠興)所用の伝来を持つ。(キャプションから)

 

第4章 正伝永源院の寺宝
現在の正伝永源院に伝わる寺宝は、必ずしもすべてが織田有楽斎の生きた時代から所蔵されていたものと断定はできません。しかしながら《織田有楽斎像》をはじめとする絵画、墨蹟類、そして寺内に残る狩野山楽の襖絵など、貴重な寺宝が現在も脈々と継承されています。本章では有楽斎没後の正伝院に納められた寺宝を中心にご紹介します。(本展解説から)
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蓮鷺図襖(部分) 狩野山楽 十六面 江戸時代 17世紀 正伝永源院 【通期展示】
正伝永源院客殿の室中には、有楽斎が再興した正伝院から移された蓮鷺ず襖がある。金地を背景に緑鮮やかな蓮の葉を白く正常な蓮の花が連続して描かれる。空には鷺や燕が軽やかに飛びかう。東側には咲き始めの蓮の花、北側には満開の蓮の花、西側には散りかけた蓮の花や枯葉が描かれ、一部屋全体で季節の移ろいが意識されている。同じく正伝院にあったとされる「禅宗始祖図」と同じように筆者は狩野山楽(1559~1635)と推測されている。(キャプションから)


第5章 織田有楽斎と正伝永源院―いま、そしてこれから―
本章では、正伝永源院と寺号を改めた後に納められた寺宝を中心にご紹介します。
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黒樂「正傳院」字茶碗 伝 仁阿弥道八 二口 江戸時代・19世紀 正伝永源院 【通期展示】
正伝院のために作られた黒茶碗。口縁がやや内に抱えこみ、胴には小さな鋏あと(焼成後、釉が冷える前に窯ないから茶碗を取り出すのに用いる鋏の跡が認められる。黒釉の中に「正傳院」の三文字が白く鮮明に浮かび上がる。共箱や印・銘はないものの、江戸時代後期の京都の投稿仁阿弥道八(1783~1855)の作とつたわる。(キャプションから)


―HPの解説ー
有楽斎(うらくさい)こと織田長益は天文16年(1547)に織田信秀の子、織田信長の弟として生まれました。武将として活躍し、晩年には京都・建仁寺の塔頭「正伝院」を再興、隠棲します。正伝院内に有楽斎が建てた茶室「如庵」は国宝に指定され、現在は愛知県犬山市の有楽苑内にあり、各地に如庵の写しが造られています。正伝院は明治時代に「正伝永源院」と寺名を改め、いまに至るまで有楽斎ゆかりの貴重な文化財を伝えています。
しかし茶人・有楽斎として名高い一方、武士・長益には悲観的なイメージも伴います。天正10年(1582)に起きた本能寺の変では、二条御所に籠る長益の主君・信忠(信長の長男)が自害したにもかかわらず、長益は御所を脱出したことから、京の人々には「逃げた(男)」と揶揄されました。さらにその後、信雄(信長の次男)に仕え、徳川家康と豊臣秀吉の講和を調整するなど存在感を示したものの、信雄が改易されると今度は秀吉の御伽衆に加わります。関ヶ原の戦いでは東軍として参戦し、戦後も豊臣家に仕えましたが、大坂夏の陣の前には家康の許可を得て主君から離れました。
信長、秀吉、家康の三天下人に仕えて時流を乗り切り、晩年を京で過ごした織田有楽斎の心中には、どのような思いがあったのでしょうか。本展覧会は、2021年に400年遠忌を迎えた織田有楽斎という人物を、いま一度総合的に捉えなおそうと構成したものです。

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2024.02.04

本阿弥光悦の大宇宙

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本阿弥光悦の大宇宙

会期 2024年1月16日(火) ~ 2024年3月10日(日)

東京国立博物館


本阿弥光悦は、1558年に刀剣三事(研磨、浄拭〈ぬぐい〉、鑑定)を家職とする室町以来の名門に生まれました。
桶狭間の戦い(1560年)の二年前です。
戦乱の時代を生きた光悦・・・
大坂夏の陣(1615年)の後に家康から高峯の地を拝領しました。(1616年家康没)
光悦が亡くなったのは1637年、島原の乱が始まった年です。

光悦は、熱心な日蓮法華宗の信者でもありました。

「一生涯へつらい候事至てきらひの人」で「異風者」(『本阿弥行状記』)

(画像はクリックで拡大表示になります)
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国宝 舟橋蒔絵硯箱 本阿弥光悦作 江戸時代・17世紀 東京国立博物館蔵
張りきった袋のように膨らむ甲盛りの形状において、本作は他とか区別した位置にある。格の高い金地の器面を横断する厚めの鉛板、光悦の書風を示す銀文字とともに「光悦蒔絵」を代表する、圧倒的な存在感を示している。(キャプションから)

本阿弥光悦坐像 伝本阿弥光甫作 江戸時代・17世紀
光悦の顔は、とりわけ耳朶が大きく、目を細め笑顔のように見える。本像の裏面には「似相州星降梅造之光悦像」とあり、日蓮聖人(1222~82)の伝承で知られる「星降梅」の木によって本像が造られたという。(キャプションから)

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展覧会の構成です。
第一章 本阿弥家の家職と法華信仰ー光悦芸術の源泉
・本阿弥家と名物刀剣
・「花形美」と「忍ぶ草」の意味
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重要美術品 短刀 銘 兼氏 金象嵌 花形美 志津兼氏 鎌倉~南北時代・14世紀
光悦の指料と伝わる唯一の刀剣。兼氏は正宗の高弟といわれる美濃国(岐阜県)の名工。希少な在銘作で精美な地鉄に躍動的な刀文を焼きいれる。金象嵌の花形見は、能の花筐に由来すると考えられる。(キャプションから)

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(刀装)刻鞘変り塗り忍ぶ草 蒔絵合口腰刀 江戸時代・17世紀 
「短刀銘兼氏金象嵌花形美」の拵。刻鞘を朱漆で刷毛目塗とし、さらに金蒔絵で忍ぶ草を全体に飾る。この華やかで印象的な意匠は、刀身に金象嵌された花形美の意味と関連していると考えられる。(キャプションから)

・本阿弥光悦ゆかりの地
・鷹峯と本阿弥家の位置関係

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『法華経』 第8巻・巻首 
開経「無量義経」結経「観普賢経」とあわせて10巻一具が完備する。本経を光悦が寄進した経緯を記した寄進状によれば「三蹟」で知られる小野道風(894~966)による写経という。(キャプションから)


第二章 謡本と光悦蒔絵-炸裂する言葉とかたち
謡や和歌、連歌などを含む文芸を通じて培われた言葉と図像は、当時の人々にどのようにして受け止められたのか。斬新な形態にいたる造形の流れと、謎めいた図像を読み解く豊饒な文学世界からあらためて「光悦蒔絵」の姿を照射する。(本展解説パネルから)
・謡本の絵
・嵯峨本
・光悦と漆芸
・蜂須賀家の旧蔵品
・五十嵐家


第三章 光悦の筆線と字姿ー二次元空間の妙技
多彩な表情をみせる筆線と字姿を通じて能書とうたわれた光悦の生身の表現力をご覧いただきたい。
飛び渡る鶴を金銀泥で描いた料紙に、平安時代に選ばれた三十六歌仙の和歌を書写した一巻。鶴の動きや群れの密度にあわせて巧みな散らし書きを見せ、俵屋宗達筆とされる下絵とともに光悦の書を代表する名品。(展示会場パネル解説から)

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重要文化財 鶴下絵三十六歌仙和歌巻 本阿弥光悦筆/俵屋宗達下絵 江戸時代・17世紀 京都国立博物館蔵

・蓮の下絵と光悦の法華信仰
・光悦の書状にみる書風の変遷
・平安古筆と唐紙
・光悦の筆遣いと墨の表現

第四章 光悦茶碗ー土の刀剣
光悦の作陶は、元和元年(1615)に徳川家康から鷹峯を拝領して以来、本格化したと考えられている。一碗一碗かたちや釉調が異なり、それぞれに際立った個性を放つが、緩急の効いた削りや土の質感を活かした独特の施釉に、刀の世界に生きてきた光悦ならではの、鋭敏な意識をうかがうことができる。(本展解説パネルから)
・茶碗の革新 樂家初代長次郎
・今を映す茶碗ー三代道入と光悦 

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重要文化財 銘 時雨 本阿弥光悦作 江戸時代・17世紀 愛知・名古屋市博物館蔵
抑制された形で引き締まって見える。総体に漂う静けさと緊張感を初冬特有の時雨模様にたとえたのであろう。数寄者として知られる森川如春庵(1887~1980)はこれをわずか16歳で手にした。光悦茶碗を代表する名品である。(キャプションから)

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重要文化財 赤樂茶碗 銘 加賀 本阿弥光悦作 江戸時代・17世紀 京都・相国寺蔵

―HPの解説ー
本阿弥光悦(ほんあみこうえつ・1558〜1637)は戦乱の時代に生き、さまざまな造形にかかわり、革新的で傑出した品々を生み出しました。それらは後代の日本文化に大きな影響を与えています。しかし光悦の世界は大宇宙(マクロコスモス)のごとく深淵で、その全体像をたどることは容易ではありません。

そこでこの展覧会では、光悦自身の手による書や作陶にあらわれた内面世界と、同じ信仰のもとに参集した工匠たちがかかわった蒔絵など同時代の社会状況に応答した造形とを結び付ける糸として、本阿弥家の信仰とともに、当時の法華町衆の社会についても注目します。造形の世界の最新研究と信仰のあり様とを照らしあわせることで、総合的に光悦を見通そうとするものです。

「一生涯へつらい候事至てきらひの人」で「異風者」(『本阿弥行状記』)といわれた光悦が、篤い信仰のもと確固とした精神に裏打ちされた美意識によって作り上げた諸芸の優品の数々は、現代において私たちの目にどのように映るのか。本展を通じて紹介いたします。

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2024.01.31

2023年 第18回「名取洋之助写真賞」受賞作品 写真展

2023年 第18回「名取洋之助写真賞」受賞作品 写真展
社会を鋭く写し撮る新進ドキュメント作家たち
富士フイルムフォトサロン 東京 公募写真展

2024年1月26日(金)~2月1日(木)(最終日は16:00まで)

フジフィルムスクエア 

DAIS JAPANが廃刊?になって以来、報道写真に特化した展覧会から遠ざかっていたような気がします。
報道写真の現状、今後はいかに。
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(画像はクリックで拡大表示になります)

「名取洋之助写真賞」受賞 中条 望
受賞作品「GENEVA CAMP-取り残されたビハール人-」(カラー30点)
(展示風景)
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(右上)CENEVA CAMPにおける平均的な住居。8畳程の居室に6~7人が折り重なるように暮らしている。
(右下)暗く蒸し暑い路地を避け、窮屈に積み上げられた建物の階段で会話を交わす。
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「名取洋之助写真賞奨励賞」受賞 齊藤 小弥太 
受賞作品「土地の記憶」(モノクロ30点)
(展示風景)
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(中)「40年野菜だけを売って、ようやく家の借金を返し終わったら家を出ていかなきゃなんね。おら悔しい」。そう話しながら、さつま芋の 「ひげ」を抜く戸村さんの指は長年の農作業の影響からか、ヘバー デン結節を患っており変形していた。指の痛みに堪えながら野菜を作り、孫の代まで誇れるようにと建てた家はこの地域では珍しく下方に反った「むくり屋根」で建てられている。しかしそんな想いのこもったこの家も数年以内に取り壊されてしまう。
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「名取洋之助写真賞奨励賞」受賞 小山 幸佑 
受賞作品「私たちが正しい場所に、花は咲かない」(カラー30点)
(展示風景)
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(中)イスラエルでは18歳から男性は3年間・女性は2年間の兵役が義務づけられている、メイルさんのように兵役の途中で軍を去ることも可能だ。彼は兵役の代わりに慈善活動プログラムに参加し、対話や相互理解による平和を模索する道を選んだ。現在は、同じプログラム に参加している若者たちと共同生活をして暮らしている。後ろ指をさされることもあれど自分の選んだ道に後悔はない、と話した。

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2024.01.27

豊嶋康子 発生法──天地左右の裏表

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豊嶋康子
発生法──天地左右の裏表

会期 2023年12月9日(土)~2024年3月10日(日)

東京都現代美術館


(画像はクリックで拡大表示になります)
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一度拝見すると印象に残る豊嶋康子作品。
今回の大規模展、興味津々で出かけました。

大量な展示作品に、消化できずにいますが・・・
撮ってきた写真をまとめてみました。(会場内撮影可でした)



豊嶋康子(1967-)は、1990年より30年以上にわたって、私たちを取り巻くさまざまな制度や価値観、約束事に対して「私」の視点から独自の仕方で対峙し続けてきた作家です。物や道具の仕組み、学校教育、経済活動から日常の様々な行為まで、私たちに避けがたく内面化、自動化されてきた思考や行為の枠組みやルールを、自身の感じる違和感や関心を梃(てこ)として独自の仕方で読み替え、捉え返すことで、人の思考の型の形成、社会と自己の成り立ちの在り様を問うてきました。(HPから)

本展は、こうした豊嶋の制作の全貌を、初期作品から新作までおよそ500点を一堂に集め検証する初めての試みです。あまたある世の決まりごとに「私」を交差させる豊嶋の作品は、システムと不可分の存在であり続ける私たちに、多くの示唆を与えてくれます。「天地」や「左右」はどのようにして決まるのでしょうか?あるいは裏と表をひっくり返すことは?(HPから)

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2024.01.23

MOTコレクション特集展示 生誕100年 サム・フランシス

MOTコレクション
歩く、赴く、移動する 1923→2020
特集展示 横尾忠則―水のように
生誕100年 サム・フランシス

会期 2023年12月2日(土)~2024年3月10日(日)

東京都現代美術館


カルフォルニア生まれの抽象表現主義の画家として知られるサム・フランシス(1923-1994)の生誕100周年を記念し、当館に寄託されている大型絵画(アサヒグループジャパン株式会社所蔵)を一堂に展示します。(解説小冊子から)
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(画像はクリックで拡大表示になります)

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サム・フランシス(1923-1994)
(左)無題(SFP85-58) (右)無題(85-110)1985 アクリル/カンヴァス
寄託(アサヒビールグループジャパン株式会社所蔵)MOTコレクション展示風景

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サム・フランシス (左から)《無題(SFP85-110)》《無題(SFP85-95)》《無題(SFP85-109)》1985 寄託(アサヒグループジャパン株式会社所蔵)MOTコレクション展示風景

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展示作業の記録映像も放映されていました。
youtubeでも見ることができます。

https://youtu.be/vbmIQja0ARI?si=Q8uj385H1lWNO2wT

サム・フランシス《無題(SFP85-110)》展示記録動画
東京都現代美術館に寄託されているサム・フランシス作品(アサヒグループジャパン株式会社所蔵)はサイズが大きいため、作品をロール状で保管しています。2014年のコレクション展にあたって撮影した、修復家による《無題(SFP85-110)》の木枠への貼り込み作業など、本展で展示されている作品の展示風景の一端をご覧頂けます。(HPから)

 

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2024.01.19

即興 ホンマタカシ

 即興 ホンマタカシ

会期 2023年10月6日(金)~2024年1月21日(日)

東京写真美術館

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ホンマタカシは建築物の一室をピンホールカメラに仕立て、世界各地の都市を撮影しました。
外に向かって開かれた小さな穴から差し込む光は、真っ暗な部屋の中に倒立した都市の風景を即興的に描き出します。
そして、この「即興」という言葉が本展では一つのキーワードとなります。作品や展覧会自体に偶然性を取り入れることに作家の現在の関心はあり、作品の中にも文字として現れる本展の英題「Revolution 9」は、イギリスのロックバンド、ビートルズが様々な音源を元にコラージュのように制作した、同名曲へのオマージュとして捧げられています。(HPから)

ホンマタカシが突然、会場で即興演奏を、ということもあるそうです。

私が行った時には、即興演奏には出会えませんでしたが・・・

カメラオブスクラを部屋の規模で実現しています、

画像を作るのに1時間も掛かるそうです。

デジタルの時代に写真とは何かを問います。

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《DDP,Seoul》2023 発色現像方式印画 2点組

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《York New》
THE NARCISSISTIC CITYより 2013
発色現像方式印画
《York New》
THE NARCISSISTIC CITYより 2015
発色現像方式印画(2点組)
《The National Art Center,Tokyo》
THE NARCISSISTIC CITYより 2013Art National The
City Narcissistic The series the from
2013
コンタクトプリ (ゼラチン・シルバー・プリント(コンタクトプリント、20点組)

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《mount FUJI 17/36》、Thirty-Six Views of Mont Fujiより 2019 発色現像方式印画
《mount FUJI 9/36》、Thirty-Six Views of Mont Fujiより 2016 発色現像方式印画

本展は撮影可でした(条件あり)
撮った写真をまとめてみました。


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2024.01.15

ハッピー龍イヤー!〜絵画・工芸の龍を楽しむ〜

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ハッピー龍イヤー!〜絵画・工芸の龍を楽しむ〜

会期 2024年1月2日(火)~2月3日(土)

静嘉堂文庫美術館

展覧会の構成です。
(画像はクリックで拡大表示になります)
ホワイエ ~龍、丸の内でお迎え~
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ホワイエでは、景徳鎮の竜文壺、龍文盤などを展示。

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第1章 龍、東アジアを翔ける
中国で生まれた”龍”は、前漢時代(BC3~AD1世紀)には、その図様は定型化しています。日本では農耕生活が始まる縄文時代~弥生時代(BC10~AD3世紀)のころ、水源に繋がる蛇紙信仰があったと推定され、これが大陸渡来の龍に触れ、融合したとみられています。(展示解説から)
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摩尼宝珠図 鎌倉時代(14世紀)
龍宮とみられる壮麗な楼閣、火焰光を放つ3つの宝珠、それらを下方から讃迎するのは青龍 「難陀龍王」と赤龍「跋難陀龍王」。仏画の一つである本作は、鎌倉時代の偽経「如意宝珠転輪秘密現身成仏金輪呪王経』に説かれる図像を典拠とした白描画などが手本と考えられる。(キャプションから)

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第2章 優、中国工芸に降臨す
この展示室では、龍がモチーフとなっている明(1368~1611)~清(1611~1912)時代の工芸品を集め陳列しています。(展示解説から)
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龍涛堆朱盒 一対 清時代(18~19世紀)

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第3章 龍、日本を駆けめぐる
中国で生まれ、朝鮮半島や日本に伝えられた”龍”は奈良時代(710~791)に入るとより本格的にそのイメージが伝えられ、以降、日本の思想や文学、美術、人々の生活の中に定着していきます。(展示解説から)
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重文 橋本雅邦 龍虎図屏風 明治28年(1895)
第四回 内国勧業博覧会の屏風絵競演
鈴木松年《群仙図屏風》と並べての展示です。
博覧会では、両作とも受賞を逃しました。
龍虎図屏風の「小さい龍の顔が老いている」などと、マスコミ受けがよくなかったそうです。
今では両者それぞれの代表作として高く評価されたいます。

第4章 龍、茶道具に入り込む(第4章のみ撮影不可です)
茶入れ、楽茶碗、伝 尾形光琳の軸などの展示。
曜変天目(稲葉天目)も展示されています。

撮ってきた写真をまとめてみました。


―HPの解説ー
想像上の動物である「龍」は、古代中国で誕生しました。
天に昇り、雨を降らせるなど様々な力をもつとされ、強さや権力を象徴する龍は、吉祥図様として、東アジアの絵画をはじめ、数多くの工芸品に取り上げられています。
中国の「五行思想」※とも結びついた龍は、四神の中で東方を護る青龍となり、西方の白虎と“玉環”を取り合う図像も多く認められます。これは陽(東方)と陰(西方)のバランスが取れていることを示し、それにちなむ「龍虎図」がよく知られています。鳳凰と組み合わせて皇帝と皇后を象徴した「龍鳳図」、雲を従わせ天空を飛翔する「雲龍図」、波間に姿を現す「龍濤図」など、龍は多彩な姿で表され、人々に愛されてきました。

本展では、重要文化財の橋本雅邦≪龍虎図屏風≫(1895年)をはじめ、龍のモチーフとする作品を幅広いジャンルから集めました。これまで公開される機会が少なかった作品も、ここぞとばかりに登場いたします。
古来人々がその霊力、吉祥を呼ぶ力に願いを込めた「龍」の絵画・工芸品を、2024年・辰年正月の「静嘉堂@丸の内」にて、どうぞお楽しみ下さい!

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2024.01.10

開館記念展「皇室のみやびー受け継ぐ美ー」第2期:近代皇室を彩る技と美

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リニューアルオープン後の皇居三の丸尚蔵館に初めて行ってきました。

年末にぶらりと出かけたのですが、入場時間予約制になっていて、なんと最終日まで空きがないということでした。
よく確認しないで行ったのが間違いでした。 

三の丸尚蔵館には改装前によく通いました。
また一つ、ぶらりと立ち寄ることができる施設が減りました。


平成5年11月3日、開館30周年を迎える三の丸尚蔵館が「皇居三の丸尚蔵館」と名称を新たにリニューアルオープンしました。

今回のリニューアルは、同館の管理・運営が宮内庁から独立行政法人国立文化財機構に移管されたことによるものです。旧館を取り壊し新たに建設された新館は、地下1階・地上3階建て。地上1階にはふたつの展示室が設けられ、2・3階には収蔵庫が設置されました。

入場無料から有料(無料対象者あり)に代わり、入場時間予約制になりました。

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開館記念展「皇室のみやびー受け継ぐ美ー」第2期:近代皇室を彩る技と美


令和6年1月4日(木)~3月3日(日)
前期:1月4日(木)~2月4日(日)
後期:2月6日(火)~3月3日(日)
※会期中、一部展示替えあり

会場 皇居三の丸尚蔵館 第2期~第4期:展示室1・2

展示室は一部の資料、作品を除いて撮影可でした。(条件あり)

エントランス(受付、ロッカー、展示室入り口)手前にトイレ。
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展示室入り口
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展示室2
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展示室1
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展覧会の構成です。
第一章 天皇皇后ゆかりの品々ー明治・大正・昭和
めまぐるしく情勢が変化した近代日本において、国家元首、そして終戦後は国の象徴として、さまざまな公務にあたった天皇と、それを支えた皇后。
皇居三の丸尚蔵館が収蔵する天皇皇后の身近にあった品々と共に3つの時代ー明治・大正・昭和ーをたどります。

第二章 皇室の慶祝と宮殿を彩った調度
明治以降、宮殿では宮廷の行事や式典が盛大に行われました。
そして、皇室のさまざまなお祝い事で宮殿を飾るために、当時の有名な芸術家、特に帝室学芸員たちによって、多くの品々が制作され献上されました。
ここでは、そうした作品を通じて、皇室のお祝いごとと明治宮殿の装飾について見ていきます。
(以上、鑑賞ガイドからの引用です)
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撮った写真をまとめてみました。



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2024.01.06

博物館に初もうで 謹賀辰年―年の初めの龍づくし―

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博物館に初もうで 謹賀辰年―年の初めの龍づくし―

本館 特別1室
2024年1月2日(火) ~ 2024年1月28日(日)

東京国立博物館本館 特別1室


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”博物館に初もうで”
今年は1月3日に行ってきました。
外国人の方も含めて大勢の人で賑わっていました。

本館 特別1室の特集展示のほかに、
毎年恒例の、松林図屏風ほか新年の訪れを祝して選んだ吉祥作品が展示されています。

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(画像はクリックで拡大表示になります)

展覧会の構成です。
第1章 流麗闊達めでたし書画
第2章 細工は流流仕上げをご覧じろ
第3章 龍は何しに日本へ?
第4章 筋骨隆隆

スマホで撮った写真・動画をまとめてみました。


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2024.01.02

新年のご挨拶

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薬師堂天井絵 狩野信矩作 雲龍図


能登半島地震が発生し、切ない年明けになってしまいました。
地震が早く収まること、そして早期の復興を祈念いたします。

落ち着いた折には、ささやかな支援になるのであれば現地の美術館、博物館を訪れたいと思っています。
(3.11東日本大震災の年には2度ほど被災地を訪問しました)

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拙ブログ、本年もよろしくお願いいたします。

 

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2023.12.31

2023年に観てきた展覧会から

コロナ禍を経て?
展覧会を巡る環境も変化してきました。

入定予約制の導入(解除)、入場料の高騰、開催期間の長期化
(定量的でなく、あくまでも私の感想ですが・・・)

どちらかというと計画的に美術館、博物館に行くタイプではないので、見逃した展覧会も多かったように思います。
その中で、記憶に残った展覧会を選んでみました。

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みちのく いとしい仏たち
会期 2023年12月2日(土) ~ 2024年2月12日(月)
東京ステーションギャラリー


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ウェス・アンダーソンすぎる風景展 in渋谷
会期 2023年11月25日(土)~12月28日(木)
Bunkamura
ヒカリエホール


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特別展「やまと絵-受け継がれる王朝の美-」
会期 2023年10月11日(水)~12月3日(日)
東京国立博物館 平成館 特別展示室


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楊洲周延 明治を描き尽くした浮世絵師
会期 2023年10月7日(土)〜12月10日(日)
町田市立国際版画美術館


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古伊賀 破格の焼き物
土・炎・人ーー巧まずして生まれた造形
会期 2023年10月21日(土)~12月3日(日)
五島美術館


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海 ー生命のみなもとー 海を知り、未来を考える
会期 2023年7月15日(土)~10月9日(月・祝) 
国立科学博物館


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デイヴィット・ホックニー展
会期 2023年7月15日(土)~11月5日(日)
東京都美術館


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令和5年度 第1回企画展 「家康、波乱万丈!」 
会期 令和5年4月15日(土)〜6月11日(日)
国立公文書館


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ますむらひろしの銀河鉄道の夜―前編
会期 2023年1月28日(土)〜3月26日(日)
八王子夢美術館


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レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才
会期 2023年1月26日(木)~4月9日(日)
東京都美術館

 

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2023.12.27

みちのく いとしい仏たち



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みちのく いとしい仏たち

会期 2023年12月2日(土) ~ 2024年2月12日(月)

東京ステーションギャラリー


青森・岩手・秋田の北東北のくらしのなかで、仏師でも造仏僧でもない、大工や木地師の手によって彫られた民間仏。
人々の悩みや祈りに耳をかたむけてきた個性派ぞろいの木像約130点を紹介し、日本の信仰のかたちについて考えます。

円空の仏像をイメージして観に行きました。
北東北に人々の祈り、救いへの思いを刻んだ民間仏は、一点一点が超個性的で、その造形のやさしさに惚れ惚れでした。
しみじみと素敵な企画展です。

円空仏を真似たと思われる(とキャプションにありました)民間仏の展示もありました。

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展覧会の構成は以下の通りです。
(会場の解説、キャプションを参考にしています)

第1章 ホトケとカミ
第2章 山と村のカミ
神像というカミの一般的な表現にみちのくもなじんだ近世になっても、依然としてカミかホトケか迷うような不思議な神像がいくつも生まれました。
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《山神像》江戸時代 兄川山神社岩手県八幡平市 
大きな頭部のとんでもないプロポーション、さらには如来像と男神像を合体した姿はいかなみちのくでもこの一体きりです。背には「長右衛門」と作者らしき刻銘もあります。

第3章 笑みをたたえる
仏像は厳しい表情か、つんとすました無表情かほとんどで、その方がありがたく威厳もありそうです。ところが民間仏はそんな格好つけと無縁です。泣いて怒って生きるつらさをつぶやく人に「いいんだあ、いっぺ泣ないでいけ」とニコニコ語る仏像は宗教造形としてまちがっているでしょうか。

第4章 いのりのかたち 宝積寺六観音像
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《千手観音像(六観音立像のうち)》 江戸時代 宝積寺/岩手県葛巻町 
この観音像は東北の誇りです。良くも悪くも中央の専門仏師には絶対に作りえない造形だからです。静かな顔立ちと対照的に大胆で立体的に衣の表現は江戸時代の仏像全体を見回してもめったに見かけません。

第5章 ブイブイいわせる
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《不動明王二童子立像》江戸時代 洞圓寺 青森県田子町 
こんなになで肩でしなやかな不動明王にはめったにお目にかかれません。剣と羂索を持つ腕がちっちゃい!渦巻く髪は制吒迦童子も一緒で、童子2体はプリプリした童子体型そのものです。

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《達磨像》江戸時代 個人蔵/青森県南部町

第6章 やさしくしかって
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《鬼形像》江戸時代 正福寺/岩手県葛巻町
鬼たちも役者揃いです。女性を左手に引きずる鬼が主役でしょう。巨大な耳に頬かむり、顎髭、胸毛、腹毛やすね毛まで表されています。

第7章 大工 右衛門四良(えもんしろう)
青森県十和田市の洞内に代々長坂屋右衛門四良を名乗る大工の家がありそのうち安永8年(1779)に亡くなった右衛門四良が刻んだ仏像、神像が菩提寺である法蓮寺と、隣の七戸町の青岩寺だけでおよそ100体あります。民間仏の作者が知られるのはきわめてまれで、なおかつこれだけ多数の像が残っているのは奇跡です。
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《童子跪坐像》右衛門四良作 江戸時代(18世紀後半) 法蓮寺/青森県十和田市
鬼や十王の前でごめんなさいごめんなさいと謝る様子を示すため、像底は揺れるしかけになってます。各地の地獄群像に時々亡者像はありますが、これほどにかわいく切ない像はありません。明らかに賽の河原でさいなまれる童子をイメージしています。

第8章 かわいくて かなしくて
なぜみちのくの民間仏はかわいいのか、祈り見つめる根底につらさ切なさ、くやしさがあるからです。
それを「てえしたこだねのさ」と笑ってみせるやさしさが、ニコニコする仏像たちを生んできたのです。老幼男女を問わず、命のはかなさや自然の厳しさを知る人々が手を合わせた仏像は悲しさを秘めているからかわいいのです。
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《子安観音坐像》江戸時代 龍像院 秋田県大仙寺
赤子の姿が簡略なものの光背や蓮華座もあり仏像らしい姿です。でも左前に着た衣裳や強く抱く両手には自ずと造形事情がうかがえます。場所や時期を異にしても、みちのくの祈りを素直に刻満たした子安観音坐像には普遍的な価値がありそうです。

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―HPの解説ー
北東北のくらしが生んだ やさしい祈りのかたち
江戸時代、寺院の本堂の形状や荘厳(しょうごん)が均一化され、上方や江戸で造られた立派な仏像が日本各地の寺院でご本尊として祀られるようになったいっぽうで、地方の村々では小さなお堂や祠などを拠り所として、素朴でユニークな仏像・神像が祀られました。仏師でも造仏僧でもない、大工や木地師(きじし)の手によるこれら民間仏は、端正な顔立ちや姿のご本尊と違って、煌びやかな装飾はありません。
その彫りの拙さやプロポーションのぎこちなさは、単にユニークなだけではなく、厳しい風土を生きるみちのくの人々の心情を映した祈りのかたちそのものといえます。
青森・岩手・秋田の北東北のくらしのなかで、人々の悩みや祈りに耳をかたむけてきた個性派ぞろいの木像約130点を紹介し、日本の信仰のかたちについて考えます。

 

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