2024.05.27

特別展「法然と極楽浄土」

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(画像はクリックで拡大表示になります)


特別展「法然と極楽浄土」

会期 2024年4月16日(火) ~ 2024年6月9日(日)

東京国立博物館 平成館 特別展示室


本展の撮影可スポットです。
よく見かける仏涅槃群像(軸・平面画)の立体版は新鮮でした。
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仏涅槃群像
【釈迦)木造、金泥塗、玉眼
【その他】木造、彩色、玉眼(藤満・天龍八部等)、彫眼(動物)
江戸時代 17世紀 香川法然寺

法然寺は、高松藩初代藩主松平頼重(1622 ~95、徳川光圀の兄)が、法然上人配流の地 にあった寺を移して、寛文8年(1668)から3 年かけて造営した。十王堂、来迎堂などにも 群像があるが、圧巻はこの仏涅槃群像である。 大小あわせて82艇の中から26軀を展示する。(展覧会場の解説から)

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本展は、令和6年(2024)に浄土宗開宗850年を迎えることを機に、法然による浄土宗の立教開宗から、弟子たちによる諸派の創設と教義の確立、徳川将軍家の帰依(きえ)によって大きく発展を遂げるまでの、浄土宗850年におよぶ歴史を、全国の浄土宗諸寺院等が所蔵する国宝、重要文化財を含む貴重な名宝によってたどるものです。(HPから)


展示構成です。
第1章 法然とその時代
浄土宗の歴史のはじまりである、祖師・法然の事績や思想をたどります。
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重要文化財
選択本願念仏集(廬山寺本)
鎌倉時代・12~13世紀 京都・廬山寺蔵
(展示期間:4月16日~5月12日))

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国宝 法然上人絵伝(巻第六(部分))
鎌倉時代・14世紀 京都・知恩院蔵
(展示替えあり)

 

2章 阿弥陀仏の世界
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国宝 阿弥陀二十五菩薩来迎図(早来迎)(部分)
鎌倉時代・14世紀 京都・知恩院蔵
(展示期間 4月16日~5月12日)

重要文化財 阿弥陀如来立像(部分)
鎌倉時代・建暦2年(1212) 浄土宗蔵
(展示期間 5月14日~6月9日)

法然上人像(隆信御影)(部分)
鎌倉時代・14世紀 京都 知恩院像

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重要文化財 阿弥陀三尊来迎図
鎌倉時代・14世紀 福島いわき市蔵
(展示期間:5月14日~6月9日)

 

3章 法然の弟子たちと法脈
法然のもとには彼を慕う門弟が集い、浄土宗が開かれました。法然没後、彼らは称名念仏の教えを広めようと、それぞれ精力的に活動をおこないます。
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国宝 綴織當麻曼陀羅
中国・唐または奈良時代・8世紀 奈良・當麻寺蔵
(画像提供:奈良国立博物館)
(展示期間:4月16日~5月6日)

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重要文化財 當麻曼荼羅図(貞享本)
青木良慶・宗慶筆 江戸時代・貞享3年(1686)奈良當麻寺像
(展示期間:5月8日~6月9日)

4章 江戸時代の浄土宗
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重要文化財 徳川家康坐像
江戸時代・17世紀 京都・知恩院蔵
(展示期間 4月30日~6月9日)

日課念仏
伝徳川家康筆 江戸時代・17世紀
東京国立博物館蔵

東京会場だけの展示 祐天寺
祐天上人坐像
祐天筆 六字名号

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第24幅 六道 地獄           第57幅 神通
五百羅漢図
狩野一信筆 江戸時代・19世紀 東京・増上寺蔵
(展示替えあり)

 

―HPの解説ー
平安時代末期、繰り返される内乱や災害・疫病の頻発によって世は乱れ、人々は疲弊していました。比叡山で学び、中国唐代の阿弥陀仏信仰者である善導(ぜんどう、613~681)の教えに接した法然(法然房源空、ほうねんぼうげんくう、1133~1212)は、承安5年(1175)、阿弥陀仏の名号を称えることによって誰もが等しく阿弥陀仏に救われ、極楽浄土に往生することを説き、浄土宗を開きました。その教えは貴族から庶民に至るまで多くの人々に支持され、現代に至るまで連綿と受け継がれています。

本展は、令和6年(2024)に浄土宗開宗850年を迎えることを機に、法然による浄土宗の立教開宗から、弟子たちによる諸派の創設と教義の確立、徳川将軍家の帰依(きえ)によって大きく発展を遂げるまでの、浄土宗850年におよぶ歴史を、全国の浄土宗諸寺院等が所蔵する国宝、重要文化財を含む貴重な名宝によってたどるものです。困難な時代に分け隔てなく万人の救済を目指した法然と門弟たちの生き方や、大切に守り伝えられてきた文化財にふれていただく貴重な機会です。

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2024.05.22

KAGAYA 星空の世界 天空の贈り物

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(画像はクリックで拡大表示になります)

KAGAYA 星空の世界 天空の贈り物

会期 2024年5月1日(水)~7月1日(月)

そごう美術館

―チラシの解説からー
世界中をかけめぐり、絶えず変化する星空を絵や写真、映像やプラネタリウム番組などさまざまなかたちで表現するKAGAYA。天文普及にも力を注ぎ、人々に星空の魅力を伝え続けています。
本展では、KAGAYAの代表的な写真作品、新作32点を含む約100点を「四季の星空」「月のある空」「オーロラ」「天の川を追う星の旅」
「一瞬の宇宙」、そして新章「天空を映す」のカテゴリーに分け、一挙に展示いたします。
あわせて、KAGAYAが撮影した迫力あふれる新作映像作品を体験できるコーナーを新設。美しい音楽とともに、16mの大画面で放映いたします。 美しい写真や、臨場感あふれる映像作品を通して、はるかなる星空の世界をお楽しみください。

映像作品上映スケジュール
A.新作 天空の贈り物(約10分)
B.新作 天空の贈り物(約10分)
C.一瞬の宇宙+天空賛歌(約10分) 

展覧会の構成です。
第1章 四季の星空
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春の軽便鉄道
千葉県、成田ゆめ牧場まきば線 2023年4月1日18時54分
宮沢賢治さんの時代の汽車がよみがえったかのような夜空の風景。まるで「銀河鉄道の夜」の世界。 

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夜の始まりの停車場
愛媛湾 2016年9月23日18時35分
ああ、次の列車もやり過ごそう。くもがあんまり綺麗だから。

第2章 月のある空
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残照の町
東京都 2017年1月30日17時55分
透明な冬の夕暮れ。街灯りの向こうに三日月と富士山。

第3章 オーロラ
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天空の庭
ノルウエー 2023年9月18日 20時21分21秒(UT)
北欧で見つけた天空の庭のような場所。磁気嵐の始まりを告げるオーロラが、空に大きく広がりました。

第4章 天の川を追う星の旅
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夢見るタウシュベツ橋 
北海道 2016年5月29日01時52分
月光を浴びて眠る鉄道橋。かつて汽車を走らせていたころの夢を見ているのでしょうか。

第5章 天空を映す
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銀河のほとりで
ボリビア、ウユニ塩湖 2016年1月15日07時25分
満天の星を映す天空の鏡。地球の裏側でたどりついた夢の光景。短い雨季にだけ現れる湖はごく浅く、その上を歩くことができます。

第6章 一瞬の宇宙
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満月彩花
新潟県 2023年8月2日20時07分
夏の宵、花束のように鮮やかな花火に彩られ、満月がゆっくり姿を現しました。


撮った写真をまとめてみました。


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2024.05.17

特別展「大哺乳類展3-わけてつなげて大行進」

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特別展「大哺乳類展3-わけてつなげて大行進」

会期 2024年3月16日(土)~6月16日(日)

国立科学博物館


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(画像はクリックで拡大表示になります)

”分類と系統から哺乳類の進化に迫る!”展覧会です。


展覧会の構成です。
第1章 哺乳類とは
荒野を駆け、地中を遣い、大洋を泳ぎ、夜空を舞う 体長はわずか5cmに満たないものから 30mを超えるものまで――。
とにかく、哺乳類は多種多様だ。 それでも、そこには共通点があり、つながりがある。

さまざまな空間で生き、極地から熱帯まで多様な環境に体や生き方を適応させた哺乳類。私たちヒトも含むこのグループは読んで字のごとく、母親が乳を与えて子を育てる脊椎動物の一群である。
哺乳類を定義する特徴は多数あるものの、本展示では「哺乳」を 含む5つの形態的特徴に着目して紹介する。心臓の構造や小さな耳の骨が、私たちが「なかま」であることを教えてくれる。(本展会場の解説から)

展示風景(シロナガスクジラの心臓(実物大レプリカ)
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第2章 分類と系統-わけるとつなぐ
比べて、分けて、つなげる。
分類額はあらゆる自然誌研究の基礎である。
その発展とともに、思いもよらぬ発見がもたらされることもある。

新種を論文に記載したり目の前の生き物が何なのかを結論付けたりする(同定する)工程は「分類」作業そのものだ。「種」や「属」同 士の関係性(系統関係)を見ることも、進化の過程を明らかにするうえで重要だ。

分類作業はビー玉や積み木を色や形ごとにわけて箱にしまう 行為と本質は変わらないが、生き物は見た目だけでは分類できないから面白い。哺乳類はこれだけ多様化した動物グループだからなおさらだ。

この章の終わりには「見た目は似ているけれど違う分類群」「見 た目は似ていないけれど同じ分類群」の事例を紹介するが、まずは なぜそのような結論に至ったのかを見ていこう。(本展会場の解説から)

展示風景
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哺乳類系統樹
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第3章 リアル哺乳類図鑑ーわけてつなげて大行進ー
国立科学博物館には、8万点以上の哺乳類の標本がある。
本章では、可能な限り多くの目・科の標本を選りすぐり、 第2章で学んだ分類・系統に沿って基本に忠実に紹介していく。
さあ、大図鑑と大行進のはじまりだ!

第2章で紹介したように1990年代後半からの分子系統解析を経て、現在哺乳類は27目に分類される。この27の「目」を系統別に 6つの分類群に分けるのが現在の主流である。6色の色分けにも注目しながら歩みを進めていこう。
壁沿いの展示は、図鑑をめくるように各目を1つひとつ紹介している。見た目以外の特徴もわかるよう、各所に展示された「骨格」や 「内臓」標本にも注目してみよう。「哺乳類大行進」ゾーンでは200体以上の剥製標本や骨格標本を間近で観察することができる。
理解への手助けとして、「コラム」コーナーの中では、特に収斂進化にまつわるトピックを展開する。合言葉は、「見た目にだまされるな」。
(本展会場の解説から)

”霊長目”展示風景
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”200体以上の剥製標本”展示風景
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第4章 哺乳類の分け方-過去から未来へ
最終章では、人類が哺乳類を観察し、分類を系統づけることで理解しようと試行錯誤してきた歴史を、最新の研究結果も含めて紹介します。(HPから)


撮ってきた写真をまとめてみました。

 

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2024.05.12

4月花散歩 2024

今年の桜の満開は4月になりました。
様々な花が咲き誇り、中旬からは新緑が心を和ませてくれてます。


スマホで撮った写真をまとめてみました。

 

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2024.05.08

皇居三の丸尚蔵館 開館記念展 皇室のみやび―受け継ぐ美― 第3期:「近世の御所を飾った品々」

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(画像はクリックで拡大表示になります)

皇居三の丸尚蔵館 開館記念展 皇室のみやび―受け継ぐ美―
第3期:「近世の御所を飾った品々」

令和6年(2024)3月12日(火)~5月12日(日)
前期:3月12日(火)~4月7日(日) 後期:4月9日(火)~5月12日(日)

三の丸尚蔵館


観てきたのは前期展示です。

ー展覧会場の解説からー
歴代の天皇や皇族は学問をはじめ、文化芸術に造詣が深く、それらの保護にも熱心でした。そのため、さまざまな分物が蒐集・蓄積されてきました。開館記念展第3期では、藤原定家《更級日記》など「御在来」と称される、江戸時代まで京都御所伝来した作品と、旧桂宮家伝来の海北友松《浜松図屏風》など、近世の御所や宮家を飾った絵画や書、工芸などをご紹介します。これらの品は、いずれも大切に受け継がれてきたしなであり、御所を中心に花開いた宮廷文化の有様を今に伝えています。

第2展示室の展示風景
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菊花散蒔絵黒棚 江戸時代(18~19世紀) 蒔絵

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《蔦細道蒔絵文台・硯箱》 桃山時代(16世紀) 蒔絵 (御在来)

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筝 銘 團乱旋 室町時代(16世紀) 桐材・螺鈿

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菊花散蒔絵十種香箱(部分) 江戸時代(18世紀) 蒔絵

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《修学院焼ふくべ形香炉》 江戸時代(18世紀) 陶磁

第1展示室の展示風景
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源氏物語図屏風 伝狩野永徳 桃山時代(16~17世紀) 紙本金地着色 

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散手貴徳図衝立 狩野永岳 江戸時代(19世紀) 紙本着色

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国宝 《更級日記》 藤原定家 鎌倉時代(13世紀) 紙本墨書

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北野天満宮縁起絵巻 巻一 室町時代(16世紀) 紙本着色


撮った写真をまとめてみました。


―HPの解説ー
歴代の天皇や皇族は、学問や文化芸術に造詣が深く、それらの保護にも熱心でした。そのため各時代にさまざまな品々が集積され、大切に受け継がれてきました。第3期では、国宝・藤原定家《更級日記》など、「御在来ございらい」と称される京都御所に伝来した作品をはじめ、旧桂宮家かつらのみやけ伝来の伝狩野永徳《源氏物語図屏風》など、近世の御所や宮家を飾った書画や工芸、楽器などをご紹介します。

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2024.05.03

江の島国際芸術祭2024 サムエル・コッキング苑

江の島国際芸術祭
“湘南の空”に心で描く芸術祭

会期 2024年4月13日(土)~5月31日(金)


鎌倉・江の島には長年頻繁に出かけているつもりですが、
”江の島国際芸術祭って” いつから始まったのか?

海を眺めてのんびり・・・のついでにと予備知識なしで行ってきました。

サムエル・コッキング苑のイベントをメインンに観てきました。
”ミラーボールアート”と”MADE IN ENOSHIMA(湘南を中心に活動する作家の作品展示)”でした。
ライトアップの夕方・夜間の入場がお勧めのようです。
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スマホで会場の様子を撮ってきました。
(画像はクリックで拡大表示になります)
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まとめ動画です。

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2024.04.29

企画展 ライトアップ木島櫻谷 ― 四季連作大屏風と沁みる「生写し」

企画展 ライトアップ木島櫻谷
― 四季連作大屏風と沁みる「生写し」

会期 2024年3月16日(土)~2024年5月12日(日)

泉屋博古館東京


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(画像はクリックで拡大表示になります)


木島櫻谷作品展示と、
江戸時代中期(18世紀)京都で生まれた円山四条派の代表的な画家たちによる花鳥画表現を併せて紹介することで、櫻谷の「生写し」表現の特質をライトアップします。


展覧会の構成は次の通りです。
第1章 四季連作屏風のパノラマ空間へ、ようこそ。
木島櫻谷が描いた四季連作の金地大屏風が全面居並ぶ空間をまずはご用意しましたので心行くまでご堪能ください。
四双の金屏風は、大正中期に大阪茶臼山に建築された住友家本邸のため、大正4年頃から2年をかけた制作されたものです。
本紙だけでもすべて180cm、幅720cmをこえるサイズは、書院大座敷にあわせてかなろ大振りです。琳派が流行した大正期、これらの屏風は制作中から「光琳風」との評判もたち、古典をこよなく愛した15代住友吉左衛門(春翠)の審美眼にかなうものでした。(展示会場の解説から)
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木島櫻谷《燕子花図》大正6年(1917)泉屋博古館東京 
(この作品のみ撮影可です)


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第2章 「写生派」先人絵師たちと櫻谷
円山派は筆数を増やすことで細密な描写をめざす「加筆系」、一方諧謔味を含んだ四条派は筆数を減らす「減筆系」の傾向があります。時代が下ると、それらが融合した作風も現れますので、一括りに円山四条派という呼び名も通りがよかったのでしょう。
ここでは円山四条派の写生に基ずく親和的表現に特色がある動物画に焦点を当て、先人画家たちによる動物表現と比較しながら櫻谷の動物画をライトアップします。さて、櫻谷の筆は加筆系、減筆系?(展示会場の解説から)

第3章 櫻谷の動物たち、どこかヒューマンな。
絵の中の動物たちは櫻谷の筆を通して息を吹き返し、生き生きとした豊かな表情が観る者の心に沁みます。ここでは動物表現に託した櫻谷のヒューマニズムが生んだ作品を紹介します。
櫻谷は「技巧派」とか、「最後の四条派」などと称されましたが、櫻谷の真骨頂は、それに収まらない斬新なものでした。


【第4展示室】同時開催企画:住友財団助成による文化財修復成果-文化財よ、永遠に


―HPの解説ー
大正中期に大阪天王寺の茶臼山に建築された住友家本邸を飾るために描かれた木島櫻谷の「四季連作屏風」を全点公開します。

大正期の櫻谷は、独特な色感の絵具を用い、顔料を厚く盛り上げ、筆跡を立体的に残し油彩画のような筆触に挑戦しています。そのために櫻谷は、「技巧派」などと称されましたが、櫻谷の真骨頂は、それに収まらない極めて近代的なものでした。リアルな人間的な感情を溶かし込んだ動物たちは絵の中で生き生きと輝きはじめ、とりわけ動物が折節にみせる豊かな表情は、観る者の心に沁みます。
江戸時代中期(18世紀)京都で生まれた円山四条派の代表的な画家たちによる花鳥画表現を併せて紹介することで、櫻谷の「生写し」表現の特質をライトアップします。


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2024.04.24

庭園美術館開館40周年記念 旧朝香宮邸を読み解く A to Z

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(画像はクリックで拡大表示になります)


開館40周年記念 旧朝香宮邸を読み解く A to Z

会期 2024年2月17日(土)~5月12日(日)

東京都庭園美術館


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展覧会のタイトルにある A to Z
旧朝香宮邸のそれぞれの部屋に、キーワードとその解説が書かれたカードが配置されています。
カードに記された解説を読みながら往時に思いを馳せるという体験展の様相です。

庭園美術館では、度々旧朝香宮邸に関する企画展が開催されていますが、今回の企画は出色に思えました。

新館の展示室にAからZのカード全てが展示されています。
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カードB 水のせせらぎ
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小客室
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カードE 食べられそうな
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大食堂
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カードF フランスと日本
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小食堂
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カードI 噴水に憩う
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殿下居間
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カードZ 美学を纏う
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妃殿下居間
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―HPの解説ー
この館(やかた)に込められたキーワードを拾い集め、解き明かす—
旧朝香宮邸—。1933年(昭和8)に竣工したこの建物は、皇族・朝香宮家の邸宅として、または外務大臣・首相の公邸や迎賓館として、時代とともに役割を変えて様々な顔を見せながらも今日たくさんの方々をお迎えしています。 建設当初の姿を留めた旧朝香宮邸は、現在では特別で豊かな時間をお楽しみいただける美術館という一面のみならず、国指定の重要文化財という特性も兼ね備え、活用と保存の両輪を成した存在と言えます。

開館40周年を記念して開催する本展は、改めて旧朝香宮邸をじっくりと読み解く趣旨の展覧会です。これまで培った調査や研究をもとに、建築技法、建設に携わった人々、室内意匠や素材、各時代にまつわるエピソード等、アルファベットのAからZを頭文字に持つキーワードをピックアップして解説し、新たな見どころや魅力を来館者に発見していただきたいと思います。

今回、可能な限り建築空間との対話ひとつひとつを大切に考えていきます。今までに来館されたことがある方も、まだ見たことがない!という方も、この機会にぜひご来館いただき、建築そのものを存分にご堪能ください。そして当館の活動へのご理解を深めていただけるきっかけになれたら嬉しく思います。

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2024.04.19

没後50年 木村伊兵衛 写真に生きる

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没後50年 木村伊兵衛写真に生きる

会期 2025年3月16日(土)~5月12日(日)

東京写真美術館

1936年の沖縄。
戦前戦後に活躍した画家、作家、俳優。
戦前戦後の列島風景。
戦後間もないヨーロッパ、パリ。
1952-1963年の秋田の民族。

木村伊兵衛流歴史のドキュメントです。

”私が撮り続けてきたのは、人びとの生活や顔である。何かを語ってくれそうな写真を感情の現れた写真を撮り続けてきた”

展覧会の構成は次の通りです。
第1章 夢の島ー沖縄
1935(昭和10)年に東京で開催された日本各地の民族舞踊大会で琉球舞踊を初めて観た木村は、つよい感銘を受けて連日会場に通い撮影した。沖縄が夢のような島という印象を舞踊から受け、矢も楯もたまらない想いにかられ、翌年4日間の船旅で渡航した。ライカ2台、交換レンズ5本、照明機器の大荷物を背負っての旅だった。この一連の作品が、木村が初めて世に出るきっかけともなった。(展示パネル解説から)
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那覇の市場、本通り、沖縄、1936年


第2章 肖像と舞台
木村の最初の個展「ライカによる文芸家肖像写真展」は日本工房の主催で1933(昭和8)年に東京銀座の紀伊国屋ギャラリーで開催された。従来の大型カメラで正面からきっちり捉える肖像写真ではなく、小型カメラで被写体の性格や感情の動きを捉えたものが高く評価された「ライカ使いの名手」としての名声の出発点。また被写人物の日常生活を自然さを尊重して撮影をする姿勢の原点ともなった。(展示パネル解説から)

第3章 昭和の列島風景
東京下町に生まれ育った木村は、戦中戦後を通じ一環として都市の日常風景をスナップショットで描きとり「街角」を記録し続けた。
戦争が終わり、戦後の混乱の中で、自らの写真表現の方向性を模索する。たまたまアンリ・カルティエ=ブレッソンの作品を見て強い衝撃を受け、あらためて報道写真こそ自分の写真の道であるという覚悟を新たにした。(展示解説パネルから)20240404_20240419092501
本郷森川町、東京、1953年

第4章 ヨーロッパの旅
木村が写真への心構えを新たにする契機ともなった一連の旅。

第5章 中国の旅
木村は戦前と戦後それぞれ数回ずつ中国の旅をしている。
私が訪中のたびごとに、変わることなく生活を主とした写真を撮り続けてきたのも、そうした姿や表情をそのときそのときの時点のものとして伝えたかったからである。(展示パネル解説から)
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王府井の酒場にて、北京、中国、1973年

第6章 秋田の民族
1952年、秋田県総合美術展覧会で写真部門の審査のために秋田を訪れた木村を秋田在住のアマチュア写真家たちが審査後県内の農村へと案内した。
木村は、日本社会の縮図があると直感した。農民の姿を捉えたい、そこにこそ自分の探し求めたテーマがあると確信した。それから1971年までの20年間、秋田に21回通い続けて319本のフィルムに収めた。(展示解説パネルから)
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秋田おばこ、大曲、秋田、1953年

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板塀、追分、秋田、1953年

第7章 パリ残像
1954年9月、木村は羽田空港を出発してヨーロッパへの初旅にでた。ギリシャ、イタリア、ドイツなどを回ってパリに入るが・・・
アンリ・カルティエ=ブレッソンと一夜写真について語り合い、ロベール・ドアノーに同行して下町の人びとの人情にふれたことも自身の写真の道を再認識することになった。ニコンとライカM3を使って「富士カラーフィルム(感度ASA10相当)を用い、生きた街―パリの表情を捉えようとした。(展示解説パネルから)
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ミラボー橋、パリ、フランス、1955年 


ーHPの解説ー
本展は日本の写真史に大きな足跡を残した写真家・木村伊兵衛(1901-1974)の没後50年展として、その仕事を回顧するものです。1920年代に実用化が始まったばかりの小型カメラに写真表現の可能性をいち早く見出し、それを駆使した文芸諸家のポートレート、あるいは東京下町の日常の場面を素早く切り取るスナップショットで名声を確立しました。1933年に開催された「ライカによる文芸家肖像写真展」では、従来の型にはまった肖像写真ではなく、被写体の一瞬の表情の変化を捉える独自のスタイルを確立し、また1936年には初めて沖縄を訪れて生活感にあふれた日常を記録するなど、“ライカの名手”としての名を早くに馳せました。

木村伊兵衛はまた、広告宣伝写真や歌舞伎などの舞台写真、カラーフィルムによる滞欧作品、秋田の農村をテーマにするシリーズなど、実にさまざまな被写体を捉えた数多くの傑作を残しました。その卓越したカメラ・ワーク、そして写真機材や感光材料への深い理解などは、旺盛な好奇心と豊かな体験に裏付けられています。印刷メディアを媒体として人間の営みのイメージを伝えるという写真の社会的な機能を自覚して、自らを「報道写真家」と位置づけました。その独特な眼差しにこだわった写真表現は、きわめてユニークなもので、見るものの記憶の中にいつまでも生き続けます。

没後50年に合わせ、本展では最近発見されたニコンサロンでの 木村伊兵衛生前最後の個展「中国の旅」(1972-1973)の展示プリントを特別公開します。

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2024.04.14

令和6年春の特別展「夢みる光源氏―公文書館で平安文学ナナメ読み!―」

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(画像はクリックで拡大表示になります)

令和6年春の特別展「夢みる光源氏―公文書館で平安文学ナナメ読み!―」 

会期 令和6年3月16日(土)〜5月12日(日) 

国立公文書館

令和6年春の特別展では「夢」をテーマに、『源氏物語)』やその注釈書を中心とした平安文学に関する資料を展示します。和歌や物語には、
「夢」が神仏のお告げであったり、亡き人からの伝言であったり、不思議な力を持つものとして描かれています。それは当時の信仰・文化の一つであり、これらを読むことによって平安貴族の精神世界に迫ることができます。(チラシの解説から)

展覧会の構成は次の通りです。
プロローグ
『源氏物語』はある日突然現れたわけではありません。まずは『源氏物語』へいたる道として、様々な平安文学に目を通していきましょう。
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古今和歌集一首撰【編者】大森盛顕(生没年未詳)【成立】嘉永5年(1852)
和歌を学ぶ童女向けに編集された歌書のひとつで、『古今和歌集』 から記名歌人の歌を130 首抄出して掲載したもの。編者は大森盛顕、 序文は在原正高、絵は佐藤玄賢。
展示資料は嘉永6年(1853) 版で昌平坂学問所旧蔵。
(キャプションから)

第Ⅰ章 和歌・漢詩に描かれた「夢」
Ⅰ 勅撰和歌集の「夢」
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古今和歌集【下命】延喜5年(905)【成立】延喜13年(913)頃【下命者】醍醐天皇(在位:897~930)
【編者】紀貫之(生没年未詳)・凡河内躬恒(生没年未詳)・紀友則(?~907)・壬生忠岑(生没年未詳)
第1番目の勅撰和歌集。20巻。約1100首を、四季や恋の展開に合わせて配列する。理知的で優美な歌風が特徴。王朝和歌の美的感覚を確立したもので、以降の勅撰集や『源氏物語』などに多大な影響を及 ぼした。
展示資料は正保4年(1647)版『二十一代集』のうち『古今和歌集 下』で、紅葉山文庫旧蔵。(キャプションから)

第Ⅱ章 物語と随筆に描かれた「夢」
Ⅰ 物語が描く「夢」
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伊勢物語【成立】平安時代前期【作者】未詳
和歌を中心に物語が展開する歌物語。六歌仙の一人である在原業平(825~880) をモデルとするある男の生涯を、初冠(男子が成人して初めて冠をつける儀式)から辞世の歌に至るまで約125の章段で描く。『古今和歌集』以前に存在した業平の物語を中心にして、やがて他の章段が付加され、『後撰和歌集』以降に現在の形になったと考えられている。
展示資料は江戸時代前期に書写されたと思われるもので、幕末の京都で朝廷の教育機関として設置された京都学習院旧蔵。(キャプションから)

Ⅱ 随筆が語る「夢」
「夢語り」と「夢合わせ」
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枕草子【 成立】長保2年(1000)頃【 作者】清少納言(生没年未詳)
約300段にわたる随筆。作者が仕えた藤原定子 (977~1001)の後宮生活や随想を著した。内容はおよそ3種類に分けられ、①同種類のものを「は・・・」「・・・もの」と列挙していく物尽くしの章段。②定子後宮の様子を描いた日記的な章段。③「春はあけぼの」などの随想的な章段。鋭い独自の着眼点が冴えており「をかし (趣がある)」の文学とも称される。
展示資料は慶長年間(1596~1615) に刊行された古活字版で、紅葉 山文庫旧蔵。(キャプションから)


第Ⅲ章 『源氏物語』の「夢」
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源氏物語 紅葉山文庫  夕顔

第Ⅳ章 「源氏物語』の研究の来た道
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源氏物語奧入【成立】天福元年(1233)以降 【編者】藤原定家(1162~1241)
『源氏釈』に続く『源氏物語』のごく初期の注釈書。奥書に定家出家後の署名があることから、定家が出家した天福元年以降の成立と考えられている。元は『源氏物語』写本の各巻の末尾に書き加えていた注記で、別冊としてまとめなおしたという。内容は『源氏釈』を引き継ぐものだが、独自の批判を加えている箇所も多い。 展示資料は写年不明で、和学講談所旧蔵。通称「内閣文庫本」。
(キャプションから)

第Ⅴ章 光源氏たちの「現実」
Ⅰ 歴史物語が描く政変
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大鏡【成立】未詳【作者】未詳 平安時代の歴史物語。大宅世継と夏山繁樹という二人の老翁が、 文徳天皇(在位:850~858) から後一条天皇(在位:1016~1036)までの14代約180年間を回想して物語る。聞き手の若侍が批判を加えながら、藤原道長の栄華を中心として平安時代を描く。展示資料は、慶長~元和(1596~1624)頃に刊行された古活字版で、 教部省旧藏。
(キャプションから)

Ⅱ 史書に見る疫病
Ⅲ 日記が語る災害
Ⅳ 日記が語る事件


挿絵で読む『源氏物語』
本コーナーでは承応三年(1654)再販の『源氏物語』(紅葉山文庫旧蔵)の挿絵と共に『源氏物語』のあらすじをご紹介します。  
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展示風景


展示資料一覧
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2024.04.09

第27回岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)

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第27回岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)

会期: 2024年2月17日(土)~2024年4月14日(日) 

岡本太郎美術館


ほぼ毎年観ている岡本太郎現代芸術賞展、
今年は621点の応募があり、22組の作家が入選を果たしました。


岡本太郎賞
つん《今日も「あなぐまち」で生きていく》
作品サイズ 450x400x250cm
素材 段ボール、ジェッソ、アクリル絵の具、アクリル板、レジン、色鉛筆、防水、水、木材、ボンド、プラ板、毛糸、折り紙、糸、コピー用紙、石塑粘土、ホッチキス、建築模型用パウダー、布、イレクターパイプ、メタルジョイント、モニター、澱粉、ワイヤー、フローラルテープ、ボタン 
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団地も草花もも、ほぼ全てのものが段ボールによ って表現されている作品。
団体で観に来ていた子供たちが、楽しそうに「小さな絵本を」読んで(見て)ました。
作家の言葉から、
幼少期から続けてきた、段ボールで出来た空想の町に住む住民たちは私の心を救い続けている。

岡本敏子賞
三角 瞳《This is a life. This is our life.》
作品サイズ 400×400×400cm
素材 ポリエステル
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作者の言葉から、
わたしたちは生まれながらに遺伝子に束ねられた存在である。普遍的で抗いようのないこれらを、布に絡みつく糸で表現する。これが人生。これがわたしたちの人生。

 

特別賞(10作品)は次の通りです。
池田 武史《Space-X》
長 雪恵《きょうこのごろ》
小山 恭史《無明》
クレメンタイン・ナット《POT-PLANTS》
月光社《MUSAKARI》
小山 久美子《三月、常陸國にて鮟鱇を食ふ》
ZENG HUIRU《BACK-TO-ME》
タツルハタヤマ《小鳥のさえずりを聞くとき、遠くで銃声が鳴り響いた》
フロリアン・ガデン《Anomalies-poétiques/詩的異常》
村上 力《學校》


本展は撮影可能です。
撮ってきた写真をまとめてみました。

 

同じ、生田緑地内のかわさき宙(そら)と緑の科学館
のプラネタリュームに寄り道してきました。
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2024.04.05

3月花散歩 2024

3月、
私の散歩道にも様々な花が咲き始め華やいできました。
散歩がてらスマホで撮影しました。

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2024.04.01

中平卓馬 火―氾濫

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中平卓馬 火―氾濫

会期 2024年2月6日(水)~4月7日(日)

国立近代美術館

日本の写真を変えた、伝説的写真家 約20年ぶりの大回顧展
日本の戦後写真における転換期となった1960 年代末から70 年代半ばにかけて、実作と理論の両面において大きな足跡を記した写真家である中平卓馬(1938-2015)、その初期から晩年まで約400 点の作品・資料から、今日もなお看過できない問いを投げかける、中平の写真をめぐる思考と実践の軌跡をたどる待望の展覧会です。(HPから)

本展で登場する固有名詞を思い出すと、時代背景が想像できるかもしれません。
雑誌・現代の目、アサヒグラフ、季刊シネマ、映画批評、アサヒジャーナル、アサヒカメラ、サンデー毎日。美術出版社、風土社。寺山修司、大山大道、篠山紀信、佐藤信(黒テント)など・・・

(画像はクリックで拡大表示になります)

展覧会の構成です。
第1章 来たるべき言葉のために
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寺山修司「町に戦場あり 親指無宿たち」 1966年 朝日新聞社 展示風景

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中平卓馬《夜》1969年頃      《夜》1969年頃  東京国立近代美術館


第2章 風景・都市・サーキュレーション
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中平卓馬《サーキュレーション―日付、場所、行為》1971年  東京国立近代美術館


第3章 植物図鑑・氾濫 
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中平卓馬《氾濫》1974年 東京国立近代美術館

 
第4章 島々・街路
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中平卓馬《「街路あるいはテロルの痕跡」【『現代詩手帖』掲載作の原稿プリント】》 1976 年 東京国立近代美術館


第5章 写真原点
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5章の展示風景

 

一部を除いて撮影可でした。
撮った写真をまとめてみました。

 

―HPの解説ー
日本の写真を変えた、伝説的写真家 約20年ぶりの大回顧展
日本の戦後写真における転換期となった1960 年代末から70 年代半ばにかけて、実作と理論の両面において大きな足跡を記した写真家である中平卓馬(1938-2015)。その存在は森山大道や篠山紀信ら同時代の写真家を大いに刺激し、またホンマタカシら後続の世代にも多大な影響を与えてきました。1960 年代末『PROVOKE』誌などに発表した「アレ・ブレ・ボケ」の強烈なイメージや、1973 年の評論集『なぜ、植物図鑑か』での自己批判と方向転換の宣言、そして1977 年の昏倒・記憶喪失とそこからの再起など、中平のキャリアは劇的なエピソードによって彩られています。しかしそれらは中平の存在感を際立たせる一方で、中平像を固定し、その仕事の詳細を見えにくくするものでもありました。
本展では、あらためて中平の仕事をていねいにたどり、その展開を再検証するとともに、特に、1975 年頃から試みられ、1977 年に病で中断を余儀なくされることとなった模索の時期の仕事に焦点を当て、再起後の仕事の位置づけについてもあらためて検討します。
2015 年に中平が死去して以降も、その仕事への関心は国内外で高まり続けてきました。本展は、初期から晩年まで約400 点の作品・資料から、今日もなお看過できない問いを投げかける、中平の写真をめぐる思考と実践の軌跡をたどる待望の展覧会です。

 

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2024.03.27

森美術館開館20周年記念展 私たちのエコロジー:地球という惑星を生きるために

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(画像はクリックで拡大表示になります)

森美術館開館20周年記念展
私たちのエコロジー:地球という惑星を生きるために

会期 2023年10月18日(水)~ 2024年3月31日(日)

森美術館

本展のタイトルは、私たちとは誰か、地球環境は誰のものなのか、という問いかけです。
本展では、環境問題をはじめとする様々な課題について多様な視点で考えることを提案します。また輸送を最小限にし、可能な限り資源を再生利用するなどサステナブルな展覧会制作を通じて、現代アートやアーティストたちがどのように環境危機に関わり、また関わり得るのかについて思考を促し、美術館を対話が生まれる場とします。(HPから)

展覧会の構成です。
第1章 全ては繋がっている
この地球上の生物、非生物を含む森羅万象は、何らかの循環の一部であり、その循環をとおしてこの地球に存在する全てのモノ、コトは繋がっています。(HPから)
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ニナ・カネル《マッスル・メモリー(5トン)》 2023年 オホーツク海の海生軟体動物の殻 サイズ可変
【Junior Guideから】
床を埋めつくすホタテ貝の殻は、北海道から送られてきました。毎年大量に捨てられていますが、建物の材料にもなるそうです。自然界の生き物が人間に食べられ、貝殻が粉々にされて建物の一部になり、私たちの生活空間をつくる。この大きな循環を、貝殻のうえを歩きながら、みなさんも想像してみましょう。

第2章 土に還る 1950年代から1980年代の日本におけるアートとエコロジー
日本は戦後の高度経済成長期において、自然災害や工業汚染、放射能汚染などに起因する深刻な環境問題に見舞われました。(HPから)20240304_20240325174901
第2章の展示風景


第3章 大いなる加速
人類は、地球上のあらゆる資源を利用して文明を発展させ、工業化、近代化、グローバル化を押し進めてきました。しかしながら産業革命以降、加速度的に発展した科学技術や産業社会は、「人新世」という地質学上の区分が議論されているように、短い期間で地球環境を変化させました。(HPから)
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モニラ・アルカディリ《恨み言》 2023年 FRP、自動車用塗料、サウンド サイズ可変 音楽:ファティマ・アルカディリ
【Junior Guideから】
モニラの故郷ペルシャ湾岸では、その昔、天然真珠が大きな産業でしたが、100年ほど前に日本で真珠の養殖 が始まると、ペルシャ湾の真珠産業は衰退しました。養殖真珠は、真珠貝に人工的に核を入れて育てられますが、それを真珠の気持ちになって考えてみたらどうでしょうか? モニラがつくった大きな真珠の下に立って、真珠の「うらみ言」を聞いてみてください。


第4章 未来は私たちの中にある
環境危機は私たち自身の「選択」が招いた結果です。現状を打破するには、私たち人間が在り方を改めることが必要でしょう。未来にはどんな選択肢が残されているのでしょうか。(HPから)
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アサド・ラザ《木漏れ日》 2023年 修復された天窓、日光、足場、シルヴィー・セマ・グリッサンによるサウンドスケープ プロデューサー:オリヴィア・フェアウェザー 足場設計:渡邉啓太 足場製作:おだわら名工舎 特別コンサルタント:イザベル・オリヴィエ 協力:Black Cat Daydream(京都)
【Junior Guideから】
アサドは初めて森美術館を訪れたとき、展示室の天窓のスクリーンが長い間開かなくなっていることを知りました。彼は六本木ヒルズ森タワーという高層ビルをひとつの身体ととらえ、怪我を治してこの天窓から再び太陽の光を入れたいと考えました。修理のために木製の足場を組み、再生を祈願する神事も執り行いました。
日中は美しく光の入る展示室で、壮大な太陽系、惑星としての地球の動きを想像してみてください。


撮影可の作品を撮ってまとめてみました。

―HPの解説ー
産業革命以降、特に20世紀後半に人類が地球に与えた影響は、それ以前の数万年単位の地質学的変化に匹敵すると言われています。この地球規模の環境危機は、諸工業先進国それぞれに特有かつ無数の事象や状況に端を発しているのではないか。本展はその問いから構想されました。

本展では、国内外のアーティスト34名による歴史的な作品から新作まで多様な表現約100点を、4つの章で紹介します。第1章「全ては繋がっている」では、環境や生態系と人間の活動が複雑に絡み合う現実に言及します。第2章「土に還る」では、1950~80年代の高度経済成長の裏で、環境汚染が問題となった日本で制作・発表されたアートを再検証し、環境問題を日本という立ち位置から見つめ直します。第3章「大いなる加速」では、人類による過度な地球資源の開発の影響を明らかにすると同時に、ある種の「希望」も提示する作品を紹介します。最終章である第4章「未来は私たちの中にある」では、アクティビズム、先住民の叡智、フェミニズム、AIや集合知(CI)、精神性(スピリチュアリティ)などさまざまな表現にみられる、最先端のテクノロジーと古来の技術の双方の考察をとおして、未来の可能性を描きます。

本展のタイトル「私たちのエコロジー:地球という惑星を生きるために」は、私たちとは誰か、地球環境は誰のものなのか、という問いかけです。人間中心主義的な視点のみならず、地球という惑星を大局的な視点から見渡せば、地球上にはいくつもの多様な生態系が存在することにあらためて気付くでしょう。本展では、環境問題をはじめとする様々な課題について多様な視点で考えることを提案します。また輸送を最小限にし、可能な限り資源を再生利用するなどサステナブルな展覧会制作を通じて、現代アートやアーティストたちがどのように環境危機に関わり、また関わり得るのかについて思考を促し、美術館を対話が生まれる場とします。

 

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2024.03.23

生誕150年 池上秀畝―高精細画人―

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生誕150年 池上秀畝―高精細画人―

会期 2024年3月16日(土)~4月21日(日)

練馬区立美術館


旧派の日本画家とされ、大正・昭和と活躍した池上秀畝の人生とその代表作を紹介する展覧会です。 

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(画像はクリックで拡大表示になります)


展覧会の構成は次の通りです。
プロローグ 池上秀畝と菱田春章 日本画の旧派と新派
同い年の池上秀畝(1874~1944)と菱田春章(1874~1911)はほとんど同じころに本格的に絵をまなぶべく上京しました。秀畝が進んだのは前近代的な画塾。春宵が学んだのは東京美術学校でした。

コラム 旧派と新派

池上秀畝と菱田春章の作品が並べて展示されています(前・後期展示替え)
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池上秀畝(秋色)1907年 紙本着色 北野美術館
「僕は新派でも旧派でもない」と言った秀畝の自由な表現が見られる作品。

第一章 「国山「から「秀畝」へ
明治22年(1889)高等学校を卒業した國三郎は父とともに上京し荒木寛畝の弟子として入門します。
父の雅号秀花の「秀」と師匠の「畝」の字をとって「秀畝」を号としたそうです。
秀輔の作品と師の荒木寛畝の作品(前・後期1点)が展示されています。

コラム 池上家三代 休柳、秀花、秀畝
コラム 師、荒木寛畝と読書会

第二章 秀畝の精華ー官展出品の代表作を中心に
秀畝は官展のほか、日本美術協会、寛畝の画塾、自身の画塾の展覧会を中心に作品を発表しました。官展出品作は現在も秀畝の代表作として知られる一方、所在不明のものも多くあると。

コラム 秀畝、署名の変遷

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四季花鳥(夏)大正7年(1918) 紙本着色/四幅対のうち 長野県立美術館
秀畝曰く、狩野永徳や山楽の絢爛豪華な作品を研究し現代における花鳥画の新たな表現に挑戦したという(キャプションから)

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《桃に青鸞図》昭和3年(1928)/板戸着色 オーストラリア大使館蔵
三田にあった旧大名家蜂須賀侯爵邸内の板戸絵。秀畝芸術の絢爛さを目の当たりにできる名作であり、旧派の作品が、皇室や家族に好まれた証を知ることができる。(キャプションから)

第三章 秀畝と写生 師・寛畝の教え、”高精細画人”の礎
秀畝は、荒木寛畝の門下で手本を模写する、臨模と写生を厳しくたたき込まれました。修業時代から秀畝がひたむきに取り組んだ沢山の写生作品が展示されています。

コラム 秀畝の『写生帖』
コラム 秀畝の外地旅行ー台湾、朝鮮、中国へ
コラム 『匣書科口』
コラム 鳥よ、鳥よ、鳥たちよー花鳥画を描き続ける


第四章 秀輔と屏風 画の本分 
「大概の人は、そんなに大きいものは描かなかったが、わたしは大概、六曲二双を描いた」(「池上秀畝、口述控」1937年)これは秀畝の官展についての回想です。花鳥画にくわえ歴史画、山水画など、その時々の自分の興味関心に即した作品を制作しました(本展パネル解説から)

コラム 屏風絵のあり方ー会場芸術としての屏風絵・床の間芸術としての屏風絵

エピローグ 晩年の秀畝 衰えぬ創作意欲
秀畝の創作意欲は60歳を超えても衰えず、制作依頼は画塾や自身の個展など制作依頼はむしろ増加します。晩年の仕事で大きなものは旧目黒雅叙園の壁画類と、戦勝祈願のために描かれた奉載記念画が挙げられます。(本展パネル解説から)

雅叙園の作品を詳しく解説しています(動画あり)
次回、雅叙園「百段階段」に行った際には意識して観てこようと思いました。


―HPの解説ー
池上秀畝(1874–1944)は、長野県上伊那郡高遠町(現在の伊那市)に生まれ、明治22年(1889)、本格的に絵を学ぶため上京。当時まだ無名だった荒木寛畝の最初の門人・内弟子となります。大正5年(1916)から3年連続で文展特選を受賞。また、帝展で無鑑査、審査員を務めるなど官展内の旧派を代表する画家として活躍しました。
 同じく長野県出身で同い年の菱田春草(1874-1911)らが牽引した「新派」の日本画に比べ、秀畝らの「旧派」と呼ばれる作品は近年展覧会等で取り上げられることは少なく、その知名度は限られたものに過ぎませんでした。しかし、伝統に基づく旧派の画家たちは、会場芸術として当時の展覧会で評価されたことのみならず、屏風や建具に描かれた作品は屋敷や御殿を飾る装飾美術としても認められていました。特に秀畝は徹底した写生に基づく描写に、新派の画家たちが取り組んだ空気感の表現なども取り入れ、伝統に固執しない日本画表現を見せています。
 本展は生誕150年にあたり、秀畝の人生と代表作をたどり、画歴の検証を行うと共に、あらたなる視点で「旧派」と呼ばれた画家にスポットを当てる展覧会です。


長野県立美術館に巡回します。
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本展を企画した学芸員による対談動画です。(練馬と長野の担当学芸員)

練馬区文化振興協会公式チャンネル
学芸員が語る!「生誕150年 池上秀畝―高精細画人―」【練馬区立美術館】

 

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