2017.05.27

大英自然史博物館展

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特別展「大英自然史博物館展」は、
国立科学博物館で開催されています。
会期 2017年3月18日(土)~6月11日(日)

この展覧会は、撮影可です。(条件あり)
スマホで撮影しました。


講演で国立科学博物館の副館長が提示しています。

私たち(国立科学博物館)がこの展示で目指したもの

自然史博物館の過去・現在・未来

自然史博物館は西欧でどのような経緯で誕生したのか?
どのように発展したのか?
現在の自然史博物館の活動はどのようなものか?
そして、自然史博物館はどこに向かうのか?


序章 自然界の至宝~博物館への招待~
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展示風景

1章 大英自然史博物館の設立
1.1 ハンス・スローン 大英博物館の礎
1.2 理性の時代の科学 1650~1800年
1.3 リチャード・オーウェンと大英自然史博物館の創設
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展示風景

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古代エジプトの猫のミイラ。
女神のミイラの生贄だったそうです。


2章 自然史博物館を貫く精神
2.1 カール・リンネと自然界を分類する方法
2.2 比較解剖学の父リチャード・オーウェン
2.3 地球の歴史を解き明かす
2.4 チャールズ・ダーウィンの進化論

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モア

絶滅した恐鳥、オーウェンが存在を“予言”
リチャード・オーウェンは彼の豊富な解剖学的技能を駆使して、このニュージーランド産鳥類の絶滅種を同定しました。彼はこの生物の1つの骨を調査し、ヒトやカンガルー、ゾウガメに及ぶ14種と詳細に比較することで、巨大な飛べない絶滅鳥類の一部であることを正確に予測しました。4年後、多数の骨が見つかったことで、世界はオーウェンの予測が正しかったことに驚くこととなります。(HPから)

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ダーウィンのペットだった若いガラパゴスゾウガメ
ガラパゴス諸島 サンティアゴ島

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ジョン・グールドのセキセイインコ。
この展覧会の第2展示場にも1冊見開きで展示されていますが、ジョン・グールドの鳥類図譜は美術品としても素晴らしい価値がありますね。玉川学園教育博物館が全巻所蔵していて順次展示しています。この鳥類図譜の企画展も過去開催されました。機会があれば、観に行かれることをお勧めします!素晴らしいですよ!

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始祖鳥
ドイツ ジュラ紀後期 1億4700年前

恐竜か鳥類か。議論を呼んだ化石

1861年、最初の始祖鳥化石が発見されましたが、それはチャールズ・ダーウィンが進化論の発表によって論争を巻き起こし始めてからわずか2年後でした。1868年、ダーウィンの強力な支持者として知られるトーマス・ハクスレーは、始祖鳥によって恐竜と鳥類が進化的につながっていたことを提案しました。部分的には恐竜で、部分的に鳥類という始祖鳥は、進化論の議論の中心的な存在になりました。現生種とその祖先にあたる種の中間的な生物が発見されたのは始祖鳥が初めてのことでした。始祖鳥は最古の鳥類化石であることは今日も変わりません。これまでに10個体ほどの標本が発見されていますが、脳と三半規管の形が復元出来るのはこのロンドン標本だけです。
始祖鳥は、今から約1億4700万年前に生息していた、小型の肉食もしくは昆虫食の生きもので、現代の鳥類のような翼と羽毛をもっていましたが、歯やカギツメ、骨で出来た長い尾は恐竜のようです。CTスキャンによって始祖鳥の脳が3次元復元されたところ、始祖鳥は飛行に必要な視覚、平衡感覚、体性感覚を備えていた可能性が高いことが大英自然史博物館の研究者によって明らかにされました
(HPから )


3章 探検がもたらした至宝
3.1 太平洋を越えて
3.2 深海の探索
3.3 南極探検 氷点下の科学
3.4 オーダーされたコレクション
ウォルター・ロスチャイルドとトリング分館
3.5 日本への探検

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展示風景
かつて、Bunkamuraザ・ミュージアムで「バンクス花譜集展」が開催されましたね!
思い出しながら・・・・
(バンクスは、キャプテン・クック探検航海に同行)

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ニホンアシカ

ニホンアシカは日本と韓国の沿岸海域に生息していましたが、日本ではすでに絶滅したとされています。この標本は1896年に横浜の貿易商アラン・オーストンが大英自然史博物館の哺乳類研究者オールドフィールド・トーマスに送ったものです。博物館のアーカイブにはオーストンがこの標本を入手した時に送った手紙と写真が残されており、この個体が千島列島でアシカ類やラッコの毛皮を求めて無謀な収集を行ったヘンリー・スノーによって捕獲されたものだということがわかっています。(HPから)


4章 私たちの周りの多様な世界
4.1 昆虫に見る多様な世界
4.2 変化する社会
~多様性を守るために~

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展示風景

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展示風景

5章 これからの自然史博物館
5.1 地面の中の宝物
5.2 未来の至宝
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ピルトダウン人の頭骨片と下顎骨

人類史を揺るがした大ねつ造
この頭骨片と下顎骨は、科学史上で最も悪名の高い贋作事件であるピルトダウン人に関するものです。1912年の発見当時、それがヒトと類人猿をつなぐミッシングリンク(失われた環)であり、ヒトは類人猿から進化したと宣言されることになりました。1950年代になって、大英自然史博物館でピルトダウン人の新たな研究が行われて、頭骨は現代人のもの、下顎骨は現生のオランウータンのものであることが明らかとなり偽物であることがわかりました。これらはピルトダウンの発掘現場に埋められる前に、古く見せかけるために着色され、また加工もされていました。
 最近行われた高精度の計測と化学分析および3Dイメージングによって、この悪名高い贋作の背後にいる犯人が、ピルトダウン人の発見者であるアマチュアの考古学者、チャールズ・ドーソンであることがほぼ確定的になりました。

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HPの開催趣旨解説。
 大英自然史博物館の誇る8000万点の収蔵標本の中から、世界的にも貴重な「至宝」のコレクション約370点を選りすぐり、一堂に展示するのが、今回の「大英自然史博物館展」です。

同館は、伝統的に主要所蔵品の貸し出しを控えてきたため、これが初めての世界巡回展となります。その最初の会場に選ばれたのが、ここ日本の国立科学博物館です。出品される展示物は動植物、化石、鉱物など多岐にわたり、すべて日本初公開を予定しています。標本を紹介するだけでなく、会場ではさまざまな動画を上映。

「始祖鳥」が化石から復元されて大英自然史博物館内を動き出すなど、現実では起こりえない驚きの映像を見ながら、自然史の魅力に触れていただければと思います。

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この展覧会の公式動画はお勧めです。
内容が豊富で、とても勉強になります。予習、復習に役立ちますよ!

予習してから観に行こうと考えている方は是非、以下の動画を見てから・・・短時間で概要と要点が掴めます。

大英自然史博物館展について

始祖鳥について

日本から英国に渡った標本について

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2017.05.24

大エルミタージュ美術館展 オールドマスター 西洋絵画の巨匠たち

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「大エルミタージュ美術館展 オールドマスター 西洋絵画の巨匠たち」は、
森アーツセンターギャラリーで開催されています。
会期 2017年3月18日(土)〜6月18日(日)

今回のエルミタージュ展は国別ですね。
イタリア、オランダ、フランドル、スペイン、フランス、イギリス、ドイツを代表するオールドマスターの作品が並びます。ハズレはありません!
作品のサイズも見栄えするサイズばかりで、85点じっくり観て回ると結構時間がかかります。

プロローグには、エカテリーナ2世の肖像が展示されていて、この作品のみ撮影可になっていていました。
 18世紀後半にロシア帝国を統治し、その拡大と強化に貢献した女帝として知られるエカテリーナ2世は、エルミタージュ美術館を世界有数の大美術館に育て上げた人物でもあります。(HPから)
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ウィギリウス・エリクセン《戴冠式のローブを着たエカテリーナ2世の肖像》
1760年代 油彩・カンヴァス ©The State Hermitage Museum, St Petersburg, 2017-18

第1章 イタリア:ルネサンスからバロックへ
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ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《羽飾りのある帽子をかぶった若い女性の肖像》
1538年 油彩・カンヴァス
ティツィアーノの多くの作品が展示された展覧会は、今年、昨年と開催されてきましたね!

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ポンペオ・ジローラモ・バトーニ《聖家族》
1777年 油彩・カンヴァス

第2章 オランダ:市民絵画の黄金時代
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フランス・ハルス《手袋を持つ男の肖像》
1640年頃 油彩・カンヴァス 

9
レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《運命を悟るハマン》
1660年代前半 油彩・カンヴァス

第3章 フランドル:バロック的豊穣の時代
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ピーテル・ブリューゲル(2世)(?)《スケートをする人たちと鳥罠のある冬景色》
1615-1620年頃 油彩・板
ブリューゲル「バベルの塔」展が東京都美術館で開催中、見てきましたよ!
(バベルの塔はピーテル・ブリューゲル(1世))

第4章 スペイン:神と聖人の世紀
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フランシスコ・デ・スルバラン《聖母マリアの少女時代》
1660年頃 油彩・カンヴァス
この聖母マりアは斬新!

第5章 フランス:古典主義的バロックからロココへ
7
ジャン=オノレ・フラゴナールとマルグリット・ジェラール《盗まれた接吻》
1780年代末 油彩・カンヴァス 
ロココ作品は、国立西洋美術館常設展示室にも沢山?展示されていますね!

第6章 イギリス・ドイツ:美術大国の狭間で
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ルカス・クラーナハ《林檎の木の下の聖母子》
1530年頃 油彩・カンヴァス
国立西洋美術館のクラーナハ展は4月に終了したばかりですね! 

HPの解説。
 エルミタージュの1万7千点にも及ぶ絵画コレクションのなかでも、特に充実しているのが、オールドマスターの作品群です。オールドマスターとは、16世紀ルネサンス時代のティツィアーノ、クラーナハなどから17世紀バロックのレンブラント、ルーベンス、ヴァン・ダイクなどを経て、18世紀ロココのヴァトー、ブーシェなどに至る巨匠たちを指します。

サンクトペテルブルクの街を建設したピョートル1世(大帝、在位1682-1725)は、オランダ絵画を大量に購入し、その後エカテリーナ2世は、オランダ、フランドルを中心に、ヨーロッパ絵画の流派をほぼ網羅するコレクションを築きました。これらオールドマスターの傑作は、今もエルミタージュの所蔵品の中核をなすものです。

本展は、出展される油彩85点すべてがエルミタージュ美術館の常設展示作品、すなわち美術館の顔ともいうべき作品群です。展覧会では、選び抜かれたこれらの作品を国、地域別に展覧していきます。西洋絵画の王道ともいえる珠玉のコレクションは、まさにエルミタージュ美術館展の決定版といえるでしょう。


大エルミタージュ美術館展 第1章・第2章
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大エルミタージュ美術館展 第3章・第4章
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大エルミタージュ美術館展 第5章
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大エルミタージュ美術館展 第6章
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2017.05.21

特別展 「茶の湯」

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特別展「茶の湯」は、
東京国立博物館で開催されています。
会期 2017年4月11日(火)~6月4日(日)

東京ですと、静嘉堂文庫美術館 、三井記念美術館、根津美術館、畠山美術館、五島美術館、トーハクなどで観てきた名品が展示されていて、この企画展、妙に懐かしい気分になったりします。

これだけ集めて展示していただくと、もう感謝しちゃいます。
ただし、展示期間が8期に分けられていて、ひとつ残らず見ようと思うと大変!

この展覧会で、茶の湯全般を網羅的に復習できたような気分になりました。

「茶の湯」は日本人の美意識の根幹をもっとも分かり易く表現していると、あらためて感じました。

今年の展覧会のお勧めは「陶磁器」と仰る方がいましたがこの展覧会は、象徴的意味合いを持つと思いました。

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12世紀頃、僧侶を中心とした往来により中国から唐絵などとともに抹茶の喫茶法が伝わり禅宗寺院、公家、武家の間で広まった。
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国宝 観音猿鶴図 牧谿筆 中国南宋時代 13世紀 京都大徳寺蔵

室町時代になると、唐物を用いた喫茶が権力を示す一つの道具となる。
足利将軍家は、唐絵、唐物を収集し所謂「東山御物」 として現代に伝わる。
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重要文化財 木葉天目 中国 吉州窯 南宋時代12~13世紀 大阪市立東洋陶磁美術館

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重要文化財 青磁輪花茶碗 銘馬蝗絆 中国 龍泉窯 南宋時代12~13世紀 東京国立博物館


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室町時代の後期になると、茶の湯を嗜む人々が、戦国武将、豪商へと広がっていく。
禅に親しんだ村田珠光は、日常の暮らしの中から心と眼にかなうものを見出し取り合わせる茶、「数寄」の茶いわゆる「侘茶」を創出する。その精神は、酒井の豪商武野焼香ら町衆へと広がっていく。
茶道具も唐物から高麗物、和物へと移り広がる。
3
重要文化財 唐物肩衝茶入 松屋肩衝 中国 南宋~元時代・13~14世紀
東京・根津美術館

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国宝 大井戸茶碗 喜左衛門井戸 朝鮮 朝鮮時代・16世紀 京都・弧篷庵蔵

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安土桃山時代になると、千利休により侘茶の完成を見て、天下人から大名、町衆に至るまで、広く深く浸透していく。さらに教えを受けた、古田織部、織田有樂斎、細川三斎へとその精神は伝えられていく。
2
重要文化財 黒楽茶碗 銘ムキ栗 長次郎 安土桃山時代・13~14世紀 文化庁蔵

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伊賀耳付水指 銘 破袋 伊賀 江戸時代・17世紀
東京・五島美術館

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国宝 志野茶碗 銘 卯花墻 美濃 安土桃山時代~江戸時代・16~17世紀
東京・三井記念美術館 

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太平の世、江戸時代になると、小堀遠州による武家茶の再興、それに倣った江戸後期の松平不昧が道具を収集。千家との交流化から三井家、鴻池家などの豪商が独自の茶の湯を展開していく。
5
重要文化財 祥瑞蜜柑水差 中国・景徳鎮窯 明時代・17世紀 大阪・湯木美術館

10
重要文化財 色絵鱗波文茶碗 仁清 江戸時代・17世紀 京都・北村美術館

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そして近代、幕末から明治にかけて、寺院や旧家から流出した宝物、茶道具を平瀬露香、藤田春雪、益田鈍翁、原三渓らの実業家が収集し一大コレクションを形成する。
さらに大正、昭和にかけて、畠山即翁らの数寄者に引き継がれて行く。

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展覧会の構成は以下の通りです。
第一章 足利将軍家の茶湯―唐物荘厳と唐物数寄
第二章 侘茶の誕生―心にかなうもの
第三章 侘茶の大成―千利休とその時代
第四章 古典復興―小堀遠州と松平不昧の茶
第五章 新たな創造―近代数寄者の眼

HPの解説。
 本展覧会は、おもに室町時代から近代まで茶の湯の美術の変遷を大規模に展観するものです。「茶の湯」をテーマにこれほどの名品が一堂に会する展覧会は、1980(昭和55)年に当館で開催した「茶の美術」展以来、実に37年ぶりとなります。
各時代を象徴する名品を通じて、それらに寄り添った人々の心の軌跡、そして次代に伝えるべき日本の美の粋をご覧ください。

 12世紀頃、中国で学んだ禅僧によってもたらされた宋時代の新しい喫茶法は、次第に禅宗寺院や武家など日本の高貴な人々の間で浸透していきました。彼らは中国の美術品である「唐物」を用いて茶を喫すること、また室内を飾ることでステイタスを示します。その後、16世紀(安土桃山時代)になると、唐物に加えて、日常に使われているもののなかから自分の好みに合った道具をとりあわせる「侘茶」が千利休により大成されて、茶の湯は天下人から大名、町衆へより広く普及していきました。このように、日本において茶を喫するという行為は長い年月をかけて発展し、固有の文化にまで高められてきたのです。
本展覧会は、おもに室町時代から近代まで、「茶の湯」の美術の変遷を大規模に展観するものです。「茶の湯」をテーマにこれほどの名品が一堂に会する展覧会は、昭和55年(1980)に東京国立博物館で開催された「茶の美術」展以来、実に37年ぶりとなります。
各時代を象徴する名品を通じて、それらに寄り添った人々の心の軌跡、そして次代に伝えるべき日本の美の粋をご覧ください。


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2017.05.17

茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術

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茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術は、
東京国立近代美術館で開催されています。

会期 2017年3月14日~5月24日


千利休の求めに応じて、初代長次郎が制作した茶の湯の茶碗。
手捏ねの筒状、高台から見込みまで、艶なしの釉薬で覆った、その景色は、楽茶碗の原点ですね。
利休の茶室「待庵」と黒楽茶碗、侘びを象徴する景色[利休の愛した美]です。

初代長次郎から一子相伝15代樂吉左衛門、その子篤人迄、450年にわたる、楽家の歴史を辿る展覧会です。
450年伝わるのは、土のみです。器の景色を作るのは15代にわたるそれぞれ個性です。
彫刻を学んだ15代樂吉左衛門は茶器を越えた様々な造形作品も生んでいます。
吉左衛門がまだ初々しいと評する、子の篤人の作品のこれからは・・・・?

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初代 長次郎 黒楽茶碗 銘 大黒 桃山時代(16世紀)個人蔵

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初代 長次郎 赤楽茶碗 銘 太郎坊 桃山時代(16世紀)裏千家今日庵蔵
長次郎が利休から依頼され、制作し始めたころの素朴な作風。

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3代 道入 黒楽茶碗 銘 青山 (ノンカウ加賀七種の内) 江戸時代(17世紀)樂美術館蔵
艶のある釉薬と白。
道入作品の斬新でモダンな作品。導入の作品は多くの展覧会で展示されてきましたね。

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本阿弥光悦 赤楽茶碗 銘 乙御前 江戸時代(17世紀)個人蔵
樂家と姻戚関係にあった光悦。
薄造りで、蕾から花開いた様な光悦の美意識を感じさせる器形。
後の、樂家の茶陶にも影響を与えたとも・・・

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14代 覚入 色釉流水紋赤樂平茶碗 銘 綵衣 昭和38年(1963)樂美術館蔵
楽家歴代の中でも斬新な、モダンな作品を残した覚入。
その豊かな感性は、15代に引き継がれた?

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15代 樂吉左衛門 焼貫黒楽茶碗 銘 暘谷 平成元年(1989)個人蔵

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15代 樂吉左衛門 焼貫黒楽茶碗  銘 砕動風鬼 平成2年(1990)
焼貫・・・高温で焼くことで独特の荒々しい景色が現れます。

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15代 樂吉左衛門 焼貫黒楽茶碗  銘 厳裂は苔の露路 老いの根を噛み 平成16年(2004)樂美術館
銘は自作詩から採ったもの。

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(以下はHPから)
 茶碗の中の宇宙とは、全ての装飾や美しい形を捨て、手捏ねによる成形でさらに土を削ぎ落としながら造形を完成させていった茶碗を用い、その茶碗によって引き起こされる無限の世界、正しく宇宙のように果てしなく広い有機的空間のことと捉えています。

つまり、一服の茶を点てます。相手は、その茶を飲みます。その行為により二人の関係の全てが茶碗の中を巡ります。その茶碗の中を見つめながらの人間の思いは、他に想像もできないほどの大きく深い意味を有し、まさに宇宙と呼ぶべき無限の世界が広がるのです。

今から450年前、長次郎という人物によって創造された樂茶碗は、一子相伝という形態で現在まで続いています。一子相伝とは、技芸や学問などの秘伝や奥義を、自分の子の一人だけに伝えて、他には秘密にして漏らさないことであり、一子は、文字通り実子でなくても代を継ぐ一人の子であり、相伝とは代々伝えることです。

この様な考え方で、長年制作が続けられている樂焼は、長い伝統を有していますが、しかし、それらは伝統という言葉では片付けられない不連続の連続であるといえます。長次郎からはじまり15代を数える各々の代では、当代が「現代」という中で試行錯誤し創作が続いています。

本展では、現代からの視点で初代長次郎はじめ歴代の「今―現代」を見ることにより一子相伝の中の現代性を考察するものです。正しく伝統や伝承ではない不連続の連続によって生み出された樂焼の芸術をご覧いただけます。

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樂焼とは

樂焼は、織田信長、豊臣秀吉によって天下統一が図られた安土桃山時代(16世紀)に花開いた桃山文化の中で樂家初代長次郎によってはじめられました。

樂焼の技術のルーツは中国明時代の三彩陶といわれています。この時代には京都を中心に色鮮やかな三彩釉を用いる焼きものが焼かれはじめていましたが、長次郎もその技術をもった焼きもの師の一人であったと考えられています。

長次郎の残した最も古い作品は、本展に出品される二彩獅子、天正2年(1574)春につくられました。おそらく樂茶碗がつくられるのはそれより数年後、天正7年(1579)頃ではないかと考えられています。

東京国立近代美術館 茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術
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2017.05.12

特別展 「雪村-奇想の誕生-」

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特別展 「雪村-奇想の誕生-」展は

東京藝術大学美術館で開催されています。

会期: 2017年3月28日(火)- 5月21日(日)
※会期中、作品の展示替えがあります。

雪村作品一番の魅力 は、動感あふれる作品、ありえない動きですね!
本展での、私のお気に入りは列子御風図です。
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列子御風図 紙本墨画
東京・公益法人 アルカンシエール美術財団

もう、身体は宙に浮いちゃってるし、長いひげが強風で水平になびき、袖は千切れんばかり・・・・輪郭線の筆の動き、この勢いは素晴らしい!

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図録巻頭で、辻惟雄氏は語っています。(雪村の奇想から)
東北大学教授福井利吉郎著「雪村新論」を引用して・・・
 彼が雪村を"水-滝-雪-自然の威力”の画家と見るくだりである。学者の言としては意外な、このすばらしい、ロマンチックな形容に、私が何かを加えることが許されるならば、”風”と”波”を入れたい。その上でさらに加えたいのは、雪村が鳥羽僧正のような伝統的存在を例外として、日本絵画史上最初に誕生した「奇想の画家」と言うことである。

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雪村は、佐竹氏の一族として常陸の国部番で誕生。
常陸の国時代は、画僧雪村が生まれる第一期の修業時代です。
そして、50歳代半ばに会津へと旅立ち、さらに小田原、鎌倉へと向かい滞在します。
この時代が二期目で、中国の牧谿や玉澗を学んだ飛躍の時期にあたります。
そして、鎌倉を離れた雪村は、会津を経て奥州に向かい、この地で雪村芸術の絶頂期を迎えます。
晩年を三春で過ごした雪村の筆力に、衰えることはありませんでした。


雪村の足跡(公式サイトから)
(「○○か」という表現が多いですね)
1489~1492年(延徳年間)
常陸の国部番で誕生か(本朝画史)

1504~1521年(永生年間)
正宗寺にこの頃入寺か(10代)

1546年(天文15年)
この年までに、常陸を出発し、会津に向かう
会津で蓮な盛ん氏に「画軸卷舒法」を授ける
鹿沼の今宮神社に神馬図を奉納
この後、佐野、足利をまわり、小田原、鎌倉は向かうか
(50代)

1555年(天文24年)
景初周随賛(叭々鳥図)を描く(60代)

1560年(永禄3年)
この頃小田原、鎌倉を離れ、鹿島神宮を廻り、奥州へ向かう

1572年(元亀3年)
常陸に流寓(80代)

1573年(天正元年)
この頃までに、三春」に住す(雪村庵扁額墨書)

1573~1590年(天正年間)
86歳で《瀟湘八景図屏風》を描く
間もなく三春で没するか

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 雪村は、出家した正宗寺で、だれを師として(なにを模して)絵画を学んだのか?
鎌倉時代の学んだ牧谿や玉澗に学んだ作品、小田原狩野派からの吸収・・・
そして”禅僧雪村(自分)一人だけの絵画”「奇想の画家」への到達。
雪村の足跡を追いながらの観賞です。
そして、雪村に私淑した光琳、抱一、乾山など後世の画家の作品も含め全体像を検証しています。


展覧会の構成は以下の通りです。
第1章 常陸時代 画僧として生きる
第2章 小田原・鎌倉滞在 独創的表現の確立
第3章 奥州滞在 雪村芸術の絶頂期
第4章 身近なものへの眼差し
第5章 三春時代筆力衰えぬ晩年
第6章 雪村を継ぐ者たち


5
瀧見観音図 紙本彩色 室町時代 16世紀
茨城 正宗寺

1
重要文化財《呂洞賓図(りょどうひんず)》 紙本墨画 室町時代 16世紀
大和文華館蔵

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山水図 紙本墨画 室町時代 16世紀
群馬県立近代美術館(戸方庵井上コレクション)

3
《龍虎図屏風》(右隻) 紙本墨画 室町時代 16世紀
根津美術館蔵

4
重要文化財《呂洞賓図(りょどうひんず)》
紙本墨画 室町時代 16世紀

HPの解説です。
 首の骨が折れるくらいに仰ぎ見る顔から、斜め上に向かってピンと伸びる長いヒゲ。足元を見れば、ギョロッとした目つきの龍。「呂洞賓図(りょどうひんず)」に描かれる場面は、何から何までありえません。
この作品を描いたのは、戦国時代の画僧、雪村周継(せっそんしゅうけい)です。武将の子として生まれながら出家して画業に専心した雪村は、故郷である茨城や福島、神奈川など東国各地を活躍の場としました。その生涯は未だ謎に包まれていますが、ひときわ革新的で、また人間味あふれる温かな水墨画を描き続けた、ということだけは確かです。雪村の作品は江戸時代の尾形光琳らを魅了し、狩野芳崖ら近代の画家たちへと受容されたのでした。
この展覧会は、雪村の主要作品約100件と関連作品約30件で構成される最大規模の回顧展です。
雪村の「奇想」はどのようにして生まれたのか、その全貌に迫ります。

東京藝術大学大学美術館「雪村-奇想の誕生-」
InternetMuseum

第1章「常陸時代 画僧として生きる」、第2章「小田原・鎌倉滞在 ─ 独創的表現の確立」


第3章「奥州滞在 ─ 雪村芸術の絶頂期」、第4章「身近なものへの眼差し」


第5章「三春時代 筆力衰えぬ晩年」、テーマ展示「光琳が愛した雪村」、第6章「雪村を継ぐ者たち」


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2017.05.10

『写真家ソール・ライター展』

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ニューヨークが生んだ伝説
『写真家ソール・ライター展』 は、
Bunkamuraザ・ミュージアムで開催されています。

会期 2017年4月29日(土・祝)~6月25日(日)
*5/9(火)、6/6(火)のみ休館

83歳にして「衝撃の世界デビュー」を飾った写真家ソール・ライター(1923-2013)の全貌を明らかにする展覧会がいよいよ日本で開催される。2006年、ドイツのシュタイデル社が出版した作品集『Early Color』は写真界にとって「事件」といっても良い出来事だった。1940年代から50年代に撮影されながら長い間、光を見ることがなかったカラー写真の作品群は、写真界にとどまらず各界に大きな驚きをもたらした。その後、世界各地で展覧会の開催や作品集の出版が相次ぎ、2012年にはトーマス・リーチ監督によるドキュメンタリー映画「写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと」が制作される。本作は、2015年に日本でも公開され、独自の哲学に満ちたライターの人生観と作品が多くの人々の共感を呼んだ。(HPから)


《足跡》は、印象的な作品です。
雪の路面と赤い傘・・・・柿右衛門の余白と赤を思い浮かべる方もいるかもしれません。
また、浮世絵によく見られる俯瞰の構図。
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ソール・ライター 《足跡》
1950年頃 発色現像方式印画
ソール・ライター財団蔵

ソール・ライターは、浮世絵、墨書、ナビ派の画家(ヴイヤール、ボナールなど)にシンパシーをもっていた写真家、画家だそうです。
観に行かれる方は、最初から意識して鑑賞・・・というのも良いかもしれません。


 ソール・ライターが写真家としてたどった人生は「伝説」と呼ぶにふさわしい。1923年、ペンシルバニア州ピッツバーグに生まれたソール・ライターは、ユダヤ教の聖職者ラビであった父親の跡を継ぐべく、幼いころから神学校で教育を受けるが、宗教的生活に情熱を見出せないソール少年は、独学で絵を描くことに没頭していった。1946年、息子の芸術的関心にまったく無関心だった両親の反対を押し切り、大学を退学したライターは真夜中に家を出てニューヨーク行きのバスに乗る。それは、家と宗教的生活への決別だった。
 1940年代後半のニューヨークは、アメリカが初めて世界に影響を及ぼす芸術運動となった抽象表現主義が頭角を現わした時代だった。ソール・ライターはニューヨークへ着いて間もなく、抽象表現主義の画家リチャード・プセット=ダートと出会う。暗室で様々な実験を試みた写真を使い作品を創作していたプセット=ダートとの親交を通じて、ライターは写真術を学んで行く、この友情がソール・ライターの写真の隠れた才能を引き出す重要な引き金になった。
 同時代のニューヨークは、ロバート・フランク、ウィリアム・クライン、ダイアン・アーバスら「ニューヨーク・スクール」と呼ばれる写真家たちを多く生み出した(のちにソール・ライターもその一人とみなされるようになる)写真表現にとっても重要な街だった。しかし、より内省的で、一般的には日常の中で見過ごされる一瞬のきらめきをとらえた「都会の田園詩」ともいえるライターのスタイルは、他の写真家たちと一線を画す。「写真は、しばしば重要な出来事を取り上げるものだと思われているが、実際には、終わることのない世界の中にある小さな断片と思い出を創り出すものだ」、というソール・ライターの言葉は、その写真哲学を端的に表している。ライターが敬愛したピエール・ボナールやヴュイヤールといったジャポニスムに影響を受けたヨーロッパの画家たちの、近代社会に対するロマンティックで繊細な感性と共通するものも見受けられる。(HPから)

ソール・ライターは、
「神秘的なことは馴染み深い所で起きると思っている。何も世界の裏側に行く必要はない」
「写真を撮らなかったら、もっといい画家になっていた」
と言っていたそうです。

ニューヨーク、イーストビレッジの街をいつもの様に歩いて、街中にある色彩の対比、バランスを探していたのかもしれません。
赤色系の色を中心に、その周辺の色彩のバランスを・・・・”カシャ”っと。
「ソール・ライターはニューヨークのナビ派であった」とも・・・
この展覧会で、展示されているカラー作品に新鮮な驚きを感じました!


この展覧会は以下パートに分けての展示です。
ファッション
ストリート
カラー
絵画
ヌード

1
ソール・ライター 《床屋》
1956年 発色現像方式印画
ソール・ライター財団蔵

2
ソール・ライター 《赤信号》
1952年 発色現像方式印画
ソール・ライター財団蔵

3
ソール・ライター 《カルメン、『Harper's Bazaar』》
1960年頃 発色現像方式印画
ソール・ライター財団蔵

5
ソール・ライター《看板描き》1954年
ソール・ライター財団蔵

6
ソール・ライター《雪》
1960年 発色現像方式印画
ソール・ライター財団蔵

7
ソール・ライター《タクシー》
1957年 発色現像方式印画
ソール・ライター財団蔵

8
ソール・ライター 《ジェイ》
写真 1950年代・描画 1990年頃
印画紙にガッシュ、カゼインカラー、水彩絵具

展覧会紹介動画(Bunkamuraザ・ミュージアム)

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2017.05.01

観てきた展覧会備忘録 2017年4月

大エルミタージュ美術館展 オールドマスター 西洋絵画の巨匠たち
会期 2017年3月18日(土)〜6月18日(日)
森アーツセンターギャラリー


第76回展 「名所絵から風景画へ-情景との対話」
 (前期展示終了)
開催期間 平成29年3月25日(土)~6月25日(日)
前期:3月25日(土)~4月23日(日)
中期:4月29日(土・祝)~5月21日(日)
後期:5月27日(土)~6月25日(日)
三の丸尚蔵館


茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術
会期 2017年3月14日(火)~2017年5月21日(日)
国立近代美術館


マルセル・ブロイヤーの家具
会期 2017年3月3日(金)~2017年5月7日(日)
国立近代美術館


所蔵作品展 動物集合
会期 2017年2月28日(火)〜2017年5月21日(日)
東京国立近代美術館工芸館


日本、家の列島 ― フランス人建築家が驚くニッポンの住宅デザイン ―
会期 2017年4月8日(土)〜 6月25日(日)
パナソニック汐留ミュージアム


六本木開館10周年記念展
絵巻マニア列伝

会期: 2017年3月29日(水)〜 5月14日(日)
サントリー美術館


総合開館20周年記念
山崎博 計画と偶然
会期 2017年3月7日(火)~5月10日(水)
東京都写真美術館


『今様』―昔と今をつなぐ
2017年4月5日(水)〜5月21日(日)
渋谷区立松涛美術館


開館30周年記念特別展 柿右衛門展
会期 2017年4月1日(土)~5月14日(日)
戸栗美術館


特別展 「雪村-奇想の誕生-」
会期 2017年3月28日(火)〜 5月21日(日)
東京藝術大学美術館


第19回岡本太郎現代芸術賞 展 (会期終了)
会期 2016年2月3日(水)~4月10日(日)
川崎市岡本太郎美術館


『ロバート メイプルソープ写真展 ピーター マリーノ コレクション「MEMENTO MORI」』 (会期終了)
会期 2017年3月14日(火)~4月9日(日)
銀座 シャネル・ネクサス・ホール


企画展「三井家のおひなさま」
開館記念特別展示「江戸老舗所蔵の名品」 (会期終了)
会期 2017年2月21日(火)~4月2日(日)
三井記念美術館


「蘇る!孤高の神絵師 渡辺省亭」展 (会期終了)
会期 2017年3月18日(土)〜平成29年4月9日(日)
加島美術


ポーラ ミュージアム アネックス展2017-繊細と躍動- (会期終了)
会期 2017年3月31日(金)~2017年4月23日(日)
ポーラ ミュージアム アネックス

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2017.04.28

六本木開館10周年記念展 絵巻マニア列伝

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六本木開館10周年記念展 絵巻マニア列伝は、
サントリー美術館で開催されています。
会期 2017年3月29日(水)~5月14日(日)
※作品保護のため、会期中展示替をおこないます。

絵巻の名称をタイトルに冠した企画展は、過去に沢山ありました。
長い行列に並んで鑑賞というのも度々です。

さて、この企画展のコメントに、
「今までにない絵巻展をぜひお楽しみください。」とあります。
《絵巻マニア》とでも呼ぶべき愛好者たちに注目し、鑑賞記録などをたどりながら、その熱烈な絵巻享受の様相を探る・・・・ということで、各章のタイトルはそのマニアの方々です。
古文書と素晴らしい、楽しい絵巻で歴史的背景と社会、マニアの置かれた立場を探ります。

展覧会の構成は以下の通りです。
序章 後白河院
後白河院は蓮華王院に設けた宝蔵に多様な宝物を秘蔵していました。
「病草紙断簡 不眠の女」もかつて蓮華王院に収められていた六道絵のうち、病に苦しむ人道の苦悩を表したものと理解されています。
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《 病草紙断簡 不眠の女》 一幅 平安時代 12世紀
サントリー美術館
(釈文)
山との国、葛木下郡に
片岡という所に女あり。取り立てて
痛むところなけれども、夜になれ
ども、寝いらるることなし、夜もすがら起
きて「何よりも侘しきことなり」とぞ言ひける。

第1章 花園院
伏見院と花園天皇父子の周辺で絵画制作したのが絵所預・高階隆兼です。
平安時代以来の絵画伝統を継承し、さらに昇華させた高階隆兼の様式は、もうひとつつの絵巻黄金期を生み出しました。
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《春日権現権記絵》 巻九(部分) 高階隆兼 鎌倉時代 延慶2年(1309)頃
宮内庁三の丸尚蔵館
(あらすじ)
東山の寺で説教を聞いた貧しい女は、わが子を南都の興福寺に入れると決意
「出家する子は宝」と、貧しい中、輿を雇い、母親も徒歩で続く
興福寺喜多院の空晴僧都に入門する息子(八歳)
三年後、母危篤の知らせを聞き、病床に駆け付ける少年
出家姿を見たいと願う母の為、剃髪する息子
やがて母は亡くなり、まだ幼い息子はただ泣くばかりだった
死者が一度は行くという閻魔王庁に辿り着く母
すると目の前に高貴な童子(春日大明神)が現れ、閻魔王も拝礼した
童子の宣託により、母親蘇生の命が下される
三日後に蘇生し、春日大明神に救われた次第を語る母
数年後、母は病で亡くなったが、息子は母の弔いに朝夕「法華経」を読誦した

第2章 後崇光院・後花園院 父子
後崇光院の皇子・後花園天皇もまた、絵巻を召し出し鑑賞したり、親子の間で絵巻を貸借していた様子が後崇光院の日記「看聞日記」から見て取れます。
例えば興福寺大乗院で重宝とされていた《玄奘三蔵絵》も、都に運ばれ、後花園天皇の被見の後、父・後崇光院へと貸し出されています。
3
国宝《玄奘三蔵絵》 巻四(部分) 鎌倉時代 14世紀 
藤田美術館 4/24まで展示
(あらすじ)
仏頂骨城で釈迦の頂骨を拝する玄奘
龍窟で礼拝を続けると仏の姿が浮かび上がる
南の山には、釈迦投身の遺跡があった
灯光城の龍窟に向かう
阿波羅龍泉で仏足石を見る
投身飼虎の地へたどり着く


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《放屁合戦絵巻》 一巻(部分) 室町時代 文安6年(1449)
サントリー美術館

第3章 三条西実隆
室町時代後期を代表する学者公卿・三条西実隆は長期にわたる日記「実隆公記」を残しました。
実隆の絵巻愛好は、古画・名作の鑑賞にとどまりません。当代一流の文化人であった実隆は、詞書の清書や:物語の草稿執筆など多くの絵巻新作に関与し、晩年の《桑実寺縁起絵巻》制作では、チーフプロヂューサーの役割を担っていました。
5
重要文化財《桑実寺縁起絵巻》 土佐光茂画 巻上(部分) 室町時代 天文元年(1532) 
滋賀・桑實寺
(あらすじ)
海上に生えた桑の巨木から実が落ち、桑実山となった
やがてそこに、薬師如来を本尊に祀って建てられたのが桑實寺である
天智天皇の皇女阿閇姫、病床で琵琶湖が光輝く夢を見る
和尚、薬師如来出現の瑞相と告げる
天智天皇、光の射すところに寺を建立
天皇、定恵和尚に命じて法会を営ませる
湖上の奇瑞を拝む人々
湖上より薬師如来が現れる
薬師如来の光明が阿閇姫に届き、姫の病が平癒する


第4章 足利将軍家
第2章と第3章に挙げた公家の絵巻マニアたちと同時代に、時に競い、時に強調しながら熱中した、武家の絵巻愛好の様相をご紹介。


終章 松平定信
古画に関心の深かった定信は「集古十種」の続編とも言われる故実の図譜「古画類聚」の制作にも着手します古画と題しながらも、素材となった作品の大半は150点に近い絵巻です古文化財の調査・整理・分類だけでなく、絵巻の模写・修復・補作事業に尽力する気概は、彼の絵巻愛なくして語れないでしょう。


HPの解説です。
 文学と美術を融合させた「絵巻」は、日本で隆盛をみた芸術様式です。
現代人にとって絵巻といえば、美術館や博物館でガラス越しに出会うことが多いのではないでしょうか。しかし絵巻は本来、鑑賞者が実際に手にとって楽しむものであり、中世以来日本人は、その掌中で展開する絵物語に魅了されつづけてきました。
本展では、後白河院(ごしらかわいん)や花園院(はなぞのいん)、後崇光院(ごすこういん)、三条西実隆(さんじょうにしさねたか)、そして足利歴代将軍など《絵巻マニア》とでも呼ぶべき愛好者たちに注目し、鑑賞記録などをたどりながら、その熱烈な絵巻享受の様相を探ります。
マニアたちの絵巻愛は、鑑賞や蒐集だけにとどまりません。彼らの熱意は同時代の美術を牽引し、新たな潮流を生み出すエネルギーとなりました。有力パトロンでもあった絵巻マニアたちの姿を追うことで、知られざる絵巻制作の実態と背景もご紹介します。
絵巻マニアたちはそれぞれ個性に満ちています。この展覧会では、その列伝をお楽しみいただくとともに、歴代のマニアを俯瞰することで見えてくる、繰り返される絵巻の憧憬と再生の歴史を描き出します。かつて誰かが確かに愛した絵巻の名品が一堂に揃う本展は、絵巻マニアたちの狂おしいほどの情熱を追体験できる貴重な機会となるでしょう。今までにない絵巻展をぜひお楽しみください。

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2017.04.23

三の丸尚蔵館 第76回展「名所絵から風景画へ-情景との対話」

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皇居周辺には沢山の美術館があり、時間の余裕があると東御苑に入って散策、三の丸尚蔵館にも入ります。

東御苑の様子→皇居東御苑2017年4月

2006年の3月~9月にかけて三の丸尚蔵館で開催された、第40回展「花鳥-愛でる心、彩る技 <若冲を中心に>」で「動植綵絵」全30幅が5期に分けて展示されました。
今日の若冲ブームの火付け役になったと記憶しています。

5期に分けて展示したのは、もったいぶって小出しにしたわけではなく、手狭な展示空間もあってのことですね。

ところで、2022年度完成予定で三の丸尚蔵館の増築・改修する基本構想を、宮内庁が発表しています。総床面積は約3倍の約4800平方メートルとなり、皇居の概要や皇室の歴史などを紹介するスペースも新たに設けるそうです。
どの様な展示空間になるのか?楽しみですね。


ということで、
三の丸尚蔵館 第76回展「名所絵から風景画へ-情景との対話」展前期に行ってきました。

開催期間:平成29年3月25日(土)~6月25日(日)    
        前期:3月25日(土)~4月23日(日)
        中期:4月29日(土・祝)~5月21日(日)
        後期:5月27日(土)~6月25日(日)
入館無料 

展示構成は以下の通りです。
1 歌絵、名所絵、やまとのこころ
2 憧憬の地をえがく――和漢の理想郷
3 真景図――実景描写の試み
4 情趣の景――風景画の誕生

軸絵を中心に巻物、屏風絵、油彩画が展示されています。

第76回展「名所絵から風景画へ-情景との対話」出品目録 

前期は、川端玉章、 野口小蘋 、山元春挙 、円山応挙、和田英作、川合玉堂などによる作品13点の展示です。
雨上がりの山間地に虹が出て、何やら作業をする人を小さく配置した玉堂らしい素晴らしい作品がお気に入りでした。
5
雨後 川合玉堂 大正13年(1924) 絹本着色 1幅 95.1×176.0 前期

3
海辺図 円山応挙 江戸時代中期(18世紀) 紙本淡彩 1幅 23.3×30.0 中期

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唐土名勝図屏風 雲谷派 江戸時代中期(17~18世紀) 絹本墨画着色 8曲1双のうち右隻 108.3×367.8 後期

2
北海道忍路高島真景 野村文挙 明治43年(1910) 絹本着色 対幅 各167.6×84.9 後期

4
夾竹桃 山本森之助 大正3年(1914) 油彩・キャンバス 1面 59.4×44.2 後期

HPの解説です。
 四季山水に恵まれたわが国では,古来より風光明媚な名所が和歌の歌枕として詠み込まれ,風雅なイメージが形成されていきました。そして名所を題材にした名所絵や歌絵は人々に親しまれ,様々な変遷を遂げて,現在の私たちが親しむ風景画へと発展してきました。本展では日本人の自然観の形成と深く関わる名所絵から,身近な光景に情緒や景趣を見出そうと試みた風景画まで,近世から近代にかけて描かれた作品を中心に紹介します。
名所絵や歌絵を日本の風景画の原点と考えるなら,鎌倉から室町時代にかけて伝来した中国の山水図は,そこに一石を投じ風景描写の幅を広げたと言えます。日本では見られない懸崖な山容や神仙思想に基づく崇高な山水の姿は絵師や文人たちの心を動かし,見ることのかなわない東洋の風景は憧憬の対象となり,一種の理想郷としてわが国でも描き継がれることとなります。
江戸時代に入ると,交通網が整備され,諸国の遊歴が盛んになったこともあり,これらの概念的な名所絵,山水図とは別に実景描写に基づく真景図が登場します。絵師たちは和歌に詠まれた名所を実際に訪ね,また新たな名勝地と遭遇し,写実的で真に迫った描写を行うようになりました。
そして明治時代以降,新たに流入した西洋画を目にした画家たちは伝統的な名所や有名な景勝地でなくても,自然の明暗や大気そのものが十分に画題となり得ることを知り,新たな風景画を展開していきます。
人の心に映る風景,そしてそれを写す人の心情―その景観は,豊かな人間性が培ってきた文化の奥深さの表象とも言えます。本展をご覧いただき,美しい景色に心を託すことの歓びを再認識していただければ幸いです

東御苑散策の折には是非寄ってみてはいかがでしょうか・・・
月・金曜日は休苑日(休館日)ですよ!

こちらもついでに・・・
国立公文書館
近美から北の丸公園に行く途中にあります。
5/7迄「平成 29 年春の特別展「誕生 日本国憲法」」が開催されています。
生み出された新憲法誕生のあゆみをたどります。

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2017.04.21

日本・デンマーク外交関係樹立150周年記念 スケーエン:デンマークの芸術家村

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「日本・デンマーク外交関係樹立150周年記念 スケーエン:デンマークの芸術家村」展は、

国立西洋美術館の[新館展示室](常設展示室内)で開催されています。
常設展示室の入場券で観ることができます。

会期 2017年2月10日(金)~5月28日(日)

海岸の村の素朴な生活、大気の湿度まで伝わってくるような色調は、とても新鮮で良い作品ばかりです。
素描も含めて59点の作品が展示されています。
素描は、アンナ・アンカー、P.Sクイヤー、ミカエル・アンカーの作品で構成されていますが・・・画家の実力が伝わてきます。

HPの解説。
 潮風が舞う荒野、白い砂浜、どこまでも広がる空と海。バルト海と北海にはさまれたユトランド半島の最北端に位置するスケーエンは、19世紀のデンマークの人々にとって、自国の中の異郷でした。しかし1870年代から、首都コペンハーゲンで活動していた若い画家たち数人がここを訪れ、その広漠とした自然の光景に惹きつけられます。スケーエンの独特の風土は次第に芸術家たちのあいだで関心を呼び、鉄道の駅も港さえもなかった小さな漁村は、19世紀末から20世紀初めにかけて、北欧の国々から画家や詩人、作曲家などが集まる国際的な芸術家村として知られるようになりました。

スケーエンを制作の拠点とした画家たちは、フランスに発祥してヨーロッパ絵画の新しい潮流となっていた自然主義の考え方に立ち、漁師たちの労働、海辺の風景、素朴な村人たちの生活、芸術家とその家族の日常を題材とした作品を描きました。現実そのものの中から自然と人間の本質にかかわる主題を見出した彼らの作品は、当時のデンマークの美術界に「近代の革新」と呼ばれる転換をもたらし、今日もなおみずみずしい魅力を放っています。

デンマークと日本の外交関係樹立150周年を記念して開催される本展は、スケーエン美術館が所蔵する59点の作品により、デンマークの近代美術を代表するスケーエン派の絵画を紹介します。


展覧会の構成は次の通りです。

漁師たち
ミカエル・アンカーは救助のために嵐の海へ乗り出そうとするスケーエンの漁師たちを当代の英雄として描いた大作により、デンマークの美術界で大きな成功を収めました。他の画家たちは、日常の漁師たちが共同して働く場面を描きました。
4
ミカエル・アンカー《ボートを漕ぎ出す漁師たち》
1881年油彩、カンヴァス
スケーエン美術館

2
ペーダー・セヴェリン・クロヤー《スケーエンの南海岸の画家たち》
1882年 9月15日油彩、カンヴァス
スケーエン美術館

風景
1890年代に入ると、鉄道の開通による観光客の急増に伴い海岸の漁師たちの働く場としてだけでなく、人々の憩いの場として描かれるようになります。
Photo_2
ミカエル・アンカー《海辺の散歩》
1896年油彩、カンヴァス
スケーエン美術館

3
アンナ・アンカー《戸外の説教》
1903年油彩、カンヴァス
スケーエン美術館

室内
アンナ・アンカーは、スケーエン派の中で唯一の地元出身者です。19世紀には、女性が芸術家として活動するには大きな制約がありましたが、彼女は夫ミカエル・アンカーと対等の立場で絵画制作に取り組み、主として室内の主題を取り上げ家族のとりわけ母の肖像を描きました。
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アンナ・アンカー《母の肖像》
1913年 油彩、カンヴァス
スケーエン美術館

6
マリー・クロヤー《縫い物をする女性のいる室内》
制作年不詳油彩、カンヴァス
スケーエン美術館

マリー・クロイヤーとP.Sクイヤー
スケーエン芸術村の中心的存在だったP.Sクイヤーは1889年に当時22歳の画家マリー・トリプケと結婚。
その2年後から毎年夏を彼女と過ごします。
7
ペーダー・セヴェリン・クロヤー《ばら》
1893年 油彩、カンヴァス
スケーエン美術館
©The Art Museums of Skagen

5
ペーダー・セヴェリン・クロヤー《マリー・クロヤーの肖像1889 年、ステインビャーにて》
1889年油彩、カンヴァス
スケーエン美術館


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