2017.11.19

「光りの教会」実物大再現(安藤忠雄展 挑戦)

国立新美術館で開催中の「安藤忠雄展 挑戦」展が人気です。
非常に練られた大規模展覧会で、インスタレーション的な意味でも楽しめる展覧会です。
私は、4時間以上かけてじっくり見てきました。体力的には疲れました!
安藤忠雄の本展への意気込みを表しているのが「光の教会」の再現ではないでしょうか。

勿論、皆さんカメラ持参で、あるいはスマホで撮影会の様相です。
私はスマホで・・・意識して暗めに撮りました。

02

01

03

04

以下、朝日新聞に掲載された「語る」内容の紹介です。

今回の展覧会は、全部自前です。
模型も図録も、自分たちで作った。
「光の教会」(大阪府茨木市、1989年)を原寸で再現したのも、面白い体験を、と思って。
厄介なことに、展示ではなく増築に当たると言うことで作業も建築費も余分にかかった。
元の建築は3500万円ぐらいだったのに今回は7000万円ぐらい。
これも、事務所の自前です。
どこまで馬鹿なことをするかの挑戦でした。
あの教会は、ローマのパンテオンや、ル・コルビジェ設計の礼拝堂をヒントにしてます。
光は、希望やから。

(中略)

(元の教会の)
壁の十字架にはガラスが入っていますが、最初はない予定だった。
風が入ってきて、冬は寒い。その時は身を寄せあって祈るのもいい。
でも、反対されて入れました。
だから、今回は最初の考え通り、ガラスを入れてないんです。

《風が抜け、寒さに耐える建築の提案。それは本人の生い立ちの故ともいえる。》

朝日新聞(2017年10月9日)
語る ―人生の贈り物―
光は、希望やから。


朝日新聞デジタル
光の教会、東京で再現 結婚式も 安藤忠雄さん個展

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.11.17

上野文化の杜 TOKYO数寄フェス2017

上野文化の杜 TOKYO数寄フェス2017は、上野恩賜公園(不忍池一帯, 噴水前広場 ほか), 東京国立博物館,
東京都美術館, 東京文化会館, 谷中地域 ほかで開催されています。

期間 2017(平成29)年11月10日(金)~11月19日(日), 10日間

昨年より開催期間が延びた分、チョット間延びした感があるかなぁ~

プログラムリストを参考にして、行く日を決めた方が良いかも知れません。
と言ってもこの日曜日が最終日ですが・・・

私は別目的で行ったので、短時間で・・・噴水広場と弁天堂前広場での展示を見てきました。


今年の数寄フェスを象徴するような(私が勝手にそう思った・・)インスタレーションをスマホで撮ってきました。


プラテネス-私が生きたようにそれらも生き、私がなくなったように、それらもなくなった-
大巻伸嗣

公園ができる以前、この場所一帯には寛永寺の仏閣が立ち並んでいました。災害や戦争を経て、明治初期に公園となりました。本作品では、寛永寺の山門「文殊楼」をモティーフに、かつてここに存在したものや時間、空間、記憶の連鎖を体感させる大型インスタレーションを展開します。

201702

ライトアップアップ
201701

ーーーーーーーーーーーーー

HPの解説。
上野恩賜公園を舞台に、アートで日本文化を世界に発信し、
開催3日間で32万人強の来場者で賑わった昨年の「TOKYO数寄フェス」。
今年はディレクターも新たに、アートが公園を飛び出して街中にも展開、
さらに会期を10日間に延長して開催します。

1876(明治9)年5月に日本初の公園として上野恩賜公園が開園して以来、博物館、美術館、芸術大学、動物園、音楽ホールなど多くの重要な文化施設が一つの公園一帯に集まり、世界でも類を見ない文化芸術拠点が集中するエリアとして発展してきた上野。この地に関わりのある機関・団体が相互に協力し、「上野文化の杜」という連携組織を作り、日本文化と芸術を国内外へ発信する様々なプロジェクトを展開しています。
その活動の一環として、昨年10月『TOKYO数寄フェス』を上野で3日間にわたって開催しました。近代日本美術の発展に大きな功績を残した岡倉天心が茶の湯の文化を通して日本の文化芸術の精神を紹介した『茶の本』の思想を背景とし、上野恩賜公園敷地内に広がる様々な文化施設を舞台に、天心が同書で語った《数寄》という言葉を軸にアート作品やワークショップ、コンサートを展開。日本や東京を「数寄(=好き)」になるコンテンツを、32万人が体感しました。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.11.16

トーハクの一品(その1) 火事羽織

トーハク(東京国立博物館)は頻繁に訪れるのですが、特別展、企画展を観終わると疲労感があって、何時も平常展はさらっと流して観賞ということになります。
記録に残すこともめったにないので・・・・
気になった一品を少しづつ投稿してみようと思います。
スマホで撮っています。定期的に展示替えが行われますので、必ず展示されているわけではありません。


火事羽織
紺木綿地刺子人物摸様 

江戸の町方では鳶職の人々が組体制で火消しの役割を果たした。
表は籠目摸様を型染にし、木綿地を刺し子にして防火を強化した。
無事鎮火したあかつきには、描絵摸様を見せて市中を歩いた。
衿には火消しの組名「平野」の文字を染める。
01

02
颯爽とした、鯔背(いなせ)な姿が想像できますね。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


火事羽織
猩々緋羅紗地波鯉摸様(抱き茗荷紋付)
江戸屋敷に在住する大名家では、男性だけでなく女性も、江戸の火事に備えて火事装束を整えた。
鮮やかな色の羅紗地に刺繍を施し、あるいは燻革(ふすべがわ)を用いた兜頭巾を着し、羅紗の羽織に織物の袴で登場。
火事場の活躍よりもむしろ火事装束の華やかさを競った。
03

04
火消しの様子を描いた浮世絵版画もありますね。
写真に撮った記憶がありますが・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.11.13

シャガール 三次元の世界

01


「シャガール 三次元の世界」は、
東京ステーションギャラリーで開催されています。


会期 2017年9月16日(土)~12月3日(日)


彫刻家シャガール?ってあまり想像できなかったのですが「シャガールはシャガールでした」当たり前ですけど・・・・

シャガールが彫刻制作を始めたのは1951年、すでに63歳になっていました。

深みのある鮮やかな色彩の平面作品に登場する、抱き合い浮遊する男女、山羊、動植物のモティーフはそのまま彫刻にも登場します。
聖書に取材した一場面もシャガールの作品にはよく使われます。


この展覧会のタイトルは「シャガール 三次元の世界」ですが、油彩・水彩作品が70点展示されていて平面作品も楽しめます。
そして60点の陶器・彫刻作品とその下絵、素描、版画等でシャガールの全体像を概観できる展覧会にもなっています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

この展覧会のタイトルを象徴する作品。

シャガールの誕生日(28歳)に恋人のベラが花を抱えて部屋を訪れた場面。
この2週間後に2人は結婚することになります。
02
《誕生日》 1923年 AOKIホールディングス像


同じ様なモチーフの彫刻作品。
03
《二つの頭部と手》 1964年 個人蔵

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

シャガールは1910年パリに赴き、5年間の滞在の後、故郷ヴィチェプスク(現ベラルーシ)に戻る。
(ロシア時代、パリに赴いた当初は、新印象派、キュビズムに影響を受けたような作品を制作しています。この時代の作品も展示されたいます)
10月革命(1917年)後のロシアでしばらく生活しますが、1922年、故郷に見切りをつけ、ベルリンを経由して1923年にはふたたびパリへ戻ります。

パリに戻った翌年の作品。
この頃からシャガールの奔放な想像力は次第に影をひそめ、より古典的な趣が前面に出てくる。
05
《二重肖像》 1924年 名古屋市美術館蔵


1941年、第二次世界大戦の勃発を受け、ナチスの迫害を避けてアメリカへ亡命した。
亡命後の1943年に完成した作品。
シャガールはたびたび愛する者同士の結びつきを二重肖像として描いています。
06
《たそがれ》 1938-43年 個人臓

1948年、シャガールは再度フランスに戻ります。
(ベラはパリに戻る直前にアメリカで亡くなります。後に再婚)
2年後に南フランスに移住してから陶器を作り始めます。
ピカソ、マチスもこの頃制作しています。

シャガールの立体作品への挑戦は、まず陶器において始まりました。
下絵も展示されています。
1004_5
《青色ロバ》 1954年 個人蔵
(左が背面)(右が正面)
 

立体への志向を(動物モチーフ)―(肖像、二重肖像)―(重なり合う形)―(垂直性)に分類して平面作品とともに紹介しています。

ヤコブの肩に梯子が掛かり、天使が梯子を昇っていきます。
素材を生かした構成になっています。
07
《ヤコブの梯子》 1973年 個人蔵

08
《地上の楽園》 1969年 個人蔵

道化師、山羊、ラッパを吹く人物、月、紫色の裸婦、そして下部には俯瞰した街並み、如何にもシャガールらしい構成ですね。
09
《紫色の裸婦》 1967年 個人蔵


展覧会の構成は以下の通りです。
■絵画から彫刻へ――《誕生日》をめぐって
■空間への意識――アヴァン・ギャルドの影響
■穿たれた形――陶器における探究
■平面と立体の境界――聖なる主題
■平面と立体の境界――素材とヴォリューム
■立体への志向――動物モチーフ
■立体への志向――肖像、二重肖像
■立体への志向―― 重なり合う形
■立体への志向―― 垂直性

HPの解説。
画家、版画家として著名なマルク・シャガールですが、晩年に多くの彫刻を制作していたことはあまり知られていません。シャガールが彫刻制作を始めたのは1951年、すでに63歳になっていました。この時点で、ブランクーシやジャコメッティといった彫刻家たちによって、またピカソやマティスなどの創意に富んだ彫刻作品によって、20世紀彫刻の造形言語は大きく書き換えられていました。しかしシャガールは、さまざまな新しい試みを知らないかのように、全く独自の、他のどんな20世紀彫刻とも似ていない作品を創り出します。


【東京サイト】2017年11月7日(火)「シャガール 三次元の世界」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.11.10

「あこがれの明清絵画」展

01


「あこがれの明清絵画」展~日本が愛した中国絵画の名品たち~は、
静嘉堂文庫美術館で開催されています。

会期 2017年10月28日(土)~12月17日(日) 休館日:月曜日


美術の世界では(展覧会では)「中国憧憬」という言葉はよく使われますが、憧れそして学んできたのですね。
この展覧会でも、本物と摸本が並べて展示されています。

思い込みが影響してしまうのでしょうか?藍瑛作(本物)の方がメリハリの利いた感じを持ちました。

06
(左)重要文化財 藍瑛(らんえい)「秋景山水図」
明時代・崇禎(すうてい)11年(1638)
(右)重要文化財 谷文晁「藍瑛筆 秋景山水図模本」
江戸時代・18~19世紀
(谷文晁、下の部分チョット端折ってますね)

会場入り口には狩野探幽の「張翬筆 山水図摸本」も本物と並んで展示されています。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


明代の花鳥画は呉派(江蘇省蘇州市を中心に活動した)による水墨花卉図の系譜と宮廷画院を中心とする浙派による着色花鳥図の系譜が大きな流れとして挙げられる。特に宮廷画家である呂紀による豪華で力強い画風はその後の着色花鳥画の規範となり狩野派をはじめ日本の画風に大きな影響を与えた。


04
呂紀の系統を示す「花鳥図」 明時代 16世紀


07
余崧「百花図巻」(部分)
清時代・乾隆60年(1795)

江戸時代の日本画家を夢中にさせた沈南蘋の作品がチラシに使われています。猫ちゃんの視線が気になります。(谷文晁はこの作品も模写しています)
05
沈南蘋「老圃秋容図」
清時代・雍正9年(1731)

そして明代を代表する 李士達の傑作、この雄大なそして深遠な風景は見事です!
03
重要文化財 李士達「秋景山水図」
明時代・万暦46年(1618)

展覧会の構成は以下の通りです。
■初めに~静嘉堂の明清絵画コレクション~
■明清の花鳥画明清絵画
■明清の道釈人物・山水画
■文人の楽しみと明清の書跡

HPの解説 
深遠な山水から愛らしい猫まで多様な様相をみせる中国・明清時代(1368~1912)の絵画は、江戸時代以降の日本でも多くの画家たちの憧れの的でした。静嘉堂の明清絵画コレクションは、質量ともに国内有数のコレクションとして知られていますが、本展ではその中から、日本の画家に多大な影響を与えた沈南蘋(しんなんぴん)の代表作をはじめ、日本が愛した中国絵画の名品を精選し展示いたします。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.11.06

円覚寺 建長寺 宝物風入れ

円覚寺建長寺の「宝物風入れ」に行ってきました。

日程:平成29年11月3日(金・祝)~5日(日)の3日間

数年前にも行っていますが・・・・快晴に誘われて行ってきました。
三連休の中日とあって、鎌倉駅周辺は大混雑、北鎌はそれほどでもありませんでした。

工芸品、絵画作品は勿論素晴らしいのですが、古文書(書状など)は歴史的、社会的背景を詳らかに表していて興味深く見てきました。勿論解説のみでの理解ですが・・・古文書解読もっと勉強しないと!
多くの展示品が重要文化財指定です。


円覚寺宝物風入れ
2017

以下に展示品の一部を記します。

第一展示場(大方丈) 
■工芸類
201701
椿梅竹文堆朱盤 南宋~元時代

■法衣類(毎年一部を展示)

■袱紗類(毎年一部を展示)

■その他の宝物
201702
五百羅漢図 絹本着色 元時代・室町時代・江戸時代
DNPによる複製も展示されていました。

201703
仏涅槃図 絹本着色 鎌倉時代

201704
被帽地蔵菩薩 絹本着色 高麗時代
被帽地蔵菩薩ってあまり見ないですよね。

201711
北条時宗書状(拝請状)円覚寺文書のうち  
弘安元年(1278)12月23日
建長寺開山の蘭渓道隆が亡くなった後、執権・北条時宗(円覚寺開基)は新しい禅の指導者を中国に求めました。このときの依頼状です。これに応じて来日したのが円覚寺開山の無学祖元です。

201712
養儼院手箱(梨地螺鈿海獣蒔絵手箱) 江戸時代
徳川家康の側室・養儼院(お六の方)が円覚寺に奉納した手箱

201705
百衣観音図  伝牧谿筆 絹本墨画 元時代
観音が岩上で片肘をつきながら水面に映る月を眺めている姿から水月観音ともいわれています。


第二展示場(大書院 呈茶室)
201706
無学祖元像・・・自賛 絹本着色 弘安7年(1284)
無学祖元(仏光国師1226~85)は円覚寺開山です。
北条時宗の招請により来日しました。

201707
虚空蔵菩薩像 絹本着色 鎌倉時代

201708
銅造阿弥陀如来及び両脇地蔵  文永8年(1271)
長野・善光寺の本尊を模した、いわゆる善光寺式阿弥陀三尊像


第二展示場(大書院)
201709
足利義満額草 円覚寺文書のうち 室町時代
室町幕府三代将軍・足利義満の筆になる、円覚寺正続院殿堂の額字

201710
鍾馗像 山田道安筆 絹本墨画淡彩 室町時代
山田道安は戦国時代の武将です。

臨済宗大本山 円覚寺
開山
鎌倉時代後半の弘安5年(1282)、ときの執権北条時宗が中国・宋より招いた無学祖元禅師により、円覚寺は開山されました。開基である時宗公は18歳で執権職につき、無学祖元禅師を師として深く禅宗に帰依されていました。国家の鎮護、禅を弘めたいという願い、そして蒙古襲来による殉死者を、敵味方の区別なく平等に弔うため、円覚寺の建立を発願されました。


名前の由来
円覚寺の寺名の由来は、建立の際、大乗経典の「円覚経えんがくきょう」が出土したことからといわれます。また山号である「瑞鹿山ずいろくさん(めでたい鹿のおやま)」は、仏殿開堂落慶の折、開山・無学祖元禅師の法話を聞こうとして白鹿が集まったという逸話からつけられたといわれます。無学祖元禅師の法灯は高峰顕日こうほうけんにち禅師、夢窓疎石むそうそせき禅師と受け継がれ、その法脈は室町時代に日本の禅の中心的存在となり、 五山文学や室町文化に大きな影響を与えました。


歴史
円覚寺は創建以来、北条氏をはじめ朝廷や幕府からの篤い帰依を受け、寺領の寄進などにより経済的基盤を整え、鎌倉時代末期には伽藍が整備されました。 室町時代から江戸時代にかけて、いくたびかの火災に遭い、衰微したこともありましたが、江戸時代後期(天明年間)に大用国師だいゆうこくしが僧堂・山門等の伽藍を復興され、宗風の刷新を図り今日の円覚寺の基礎を築かれました。 明治時代以降、今北洪川いまきたこうせん老師・釈宗演しゃくそうえん老師の師弟のもとに雲水や居士が参集し、多くの人材を輩出しました。今日の静寂な伽藍は、創建以来の七堂伽藍の形式を伝えており、現在もさまざまな坐禅会が行われています。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

建長寺の宝物風入れ
2017_2

円覚寺の展示と比べると少々見劣りする感じはしますが・・・・もちろん一見の価値ありです。

画像が手元にないので残念ですが、「沢庵 宗彭墨蹟」「一休禅師墨蹟」「賢江祥啓筆 三十三観音図」「狩野探幽筆 達磨図、維摩像・達磨図、十六善神図」「伝牧谿筆 猿猴図」などが印象に残りました。
「伝狩野元信筆 花鳥図」の展示もありましたが退色が著しく、残念でした。 
「蘭渓道隆像・・・自賛」「大覚禅師法語規則」は国宝に指定されています。  

話はそれますが・・・・
花見(桜)は建長寺の勝ちかも知れませんね。
去年撮った動画です。

紅葉はいい勝負かなぁ~
円覚寺かなぁ~
両寺とも、この日の色づきは?まだまだでしたよ!

大本山 巨福山 建長寺
開 山
開山大覚禅師は中国西蜀淅江省に生まれた。名は道隆、蘭渓と号した。

十三歳のとき中国中央部にある成都大慈寺に入って出家、修行のため 諸々を遊学した。のちに陽山にいたり、臨済宗松源派の無明惠性禅師について嗣法した。そのころ中国に修行に来ていた月翁智鏡と出会い、日本の事情を聞いて からは日本に渡る志を強くしたという。禅師は淳祐六年(1246)筑前博多に着き、一旦同地の円覚寺にとどまり、翌宝治元年に知友智鏡をたよって泉涌寺来 迎院に入った。智鏡は旧仏教で固められている京都では禅師の活躍の場が少ないと考えたのであろう、鎌倉へ下向するよう勧めた。こうして禅師は鎌倉の地を踏 むことになった。日本に来てから三年後のことと思われる。時に三十六歳。

鎌倉に来た禅師はまず、寿福寺におもむき大歇禅師に参じた。これを知った執権北条時頼は禅師の居を大船常楽寺にうつし、軍務の暇を見ては禅師の元を訪れ道を問うのだった。そして、「常楽寺有一百来僧」というように多くの僧侶が禅師のもとに参じるようになる。

そして時頼は建長五年 (1253)禅師を請して開山説法を乞うた。開堂説法には関東の学徒が多く集まり佇聴したという。こうして、純粋な禅宗をもとに大禅院がかまえられたが、 その功績は主として大覚禅師に負っているといえる。入寺した禅師は、禅林としてのきびしい規式をもうけ、作法を厳重にして門弟をいましめた。開山みずから 書いた規則(法語規則)はいまも国宝としてのこっている。 禅師は鎌倉に十三年いて、弘長二年(1262)京都建仁寺にうつり、その後また鎌倉に戻ったが 叡山僧徒の反抗にあって二回にわたり甲斐に配流されたりした。

禅師はのち弘安元年(1278)四月、建長寺に再住、そして七月二十四日、衆に偈を示して示寂した。ときに六十六歳。

偈 用翳晴術 三十余年 打翻筋斗 地転天旋

後世におくり名された大覚禅師の号は、わが国で最初の禅師号である。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.11.02

観てきた展覧会備忘録 2017年10月

フローラ ヤポニカ - 日本人画家が描いた日本の植物 -
会期 2017年 9月12日(火)~12月3日(日)
国立科学博物館 


生誕120年 東郷青児展 抒情と美のひみつ
会期 2017年9月16日(土)~11月12日(日)
東郷青児記念記念 損保ジャパン日本興亜美術館


興福寺中金堂再建記念特別展「運慶」
会期 2017年9月26日(火) ~11月26日(日)
東京国立博物館平成館 特別展示室


「怖い絵」展

会期 2017年10月7日 (土) 〜 12月17日 (日)
上野の森美術館


明治維新から150年 浮世絵にみる 子どもたちの文明開化
会期 2017年10月7日(土)〜11月23日(木)
町田市立国際版画美術館


驚異の超絶技巧!
明治工芸から現代アートへ
会期 2017年9月16日(土)~12月3日(日)
三井記念美術館


中村有里枝 そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々
会期 2017年9月30日(土)~11月26日(日)
東京都写真美術館


総合開館20周年記念TOPコレクション 
「シンクロシティ」平成をスクロールする 終期
会期 2017年9月23日(土・祝)~11月26日(日)
東京都写真美術館


オットー・ネーベル展
会期 2017年10月7(土)~12月17日(日)
Bunkamuraザ・ミュージアム


六本木開館10周年記念展 天下を治めた絵師 狩野元信
会期 2017年9月16日(土)〜11月5日(日)
サントリー美術館


表現への情熱 カンディンスキー、ルオーと色の冒険者たち
会期 2017年10月17日(火) ~ 12月20日(水)
パナソニック 汐留ミュージアム


アルベルト・ヨナタン「TERRENE」
会期 2017年10月7日~11月5日
ポーラ・ミュージアム・アネックス


江戸の琳派芸術
会期 2017年9月16日~11月5日
出光美術館


ヨコハマトリエンナーレ2017「島と星座とガラパゴス」
会期 2017年8月4日(金)~ 11月5日(日)
横浜美術館横浜赤レンガ倉庫1号館横浜市開港記念会館(地下)ほか


池田学展 -The Pen-凝縮の宇宙 (会期終了)
会期 2017年9月27日(水)~10月9日(月・祝)
日本橋高島屋8階ホール

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.10.31

江戸の琳派芸術展

Photo

江戸の琳派芸術展は、
出光美術館(東京)で開催されています。

会期 2017年9月16日(土)〜11月5日(日)


出光美術間では、16年ぶりとなる〈江戸琳派〉展です。
所蔵する抱一・其一の絵画作品がほぼすべて展示されています。
1館の所蔵品のみで、これだけの展示ができるのは、流石出光美術館、感心してしまいます。

はじめに、「夏秋草図屏風草稿」が、続いて「風神雷神図屏風」が展示されています。
草稿を観ることができたのは収穫でした。(過去に見た記憶は残っているのですが・・)

02
風神雷神図屏風 酒井抱一 文政4年(1821) 出光美術館

07
夏秋草図屏風草稿 酒井抱一 江戸時代(19世紀) 出光美術館

「夏秋草図屏風」は、尾形光琳の「風神雷神図」の背面に、酒井抱一が後から描き入れたもので、現在は二つを分けてそれぞれ屏風の形になっています。(共に東京国立博物館蔵)
(今回展示の横に同様解説あり)

因みに、私のスマホの待ち受け画面は夏秋草図屏風(部分)です!


3章には唯一の肉筆浮世絵が展示されています。
抱一「遊女と禿図」と歌川豊春「芸妓と嫖客図」が並べられていて、豊春がらの受容がよくわかります。


4章の光琳、乾山、抱一、基一の立葵図の並列展示では各々の個性がよく判ります。(見比べることによって)
01
立葵図 鈴木其一 江戸時代(19世紀) 出光美術館

そして、抱一と、最近人気急上昇?の基一の作品をじっくり鑑賞できます。
基一作品の鮮烈な色づかいと大胆な構図、図案化したフォルム、抱一のいかにも洒脱な作風・・・あらためて見入ってしまいます。

03
十二ヶ月花鳥図貼り付け屏風 酒井抱一 江戸時代(19世紀) 出光美術館

08_2
四季花木図屏風(左隻部分) 鈴木其一 江戸時代(19世紀) 出光美術館

04
蔬菜群虫図 鈴木其一 江戸時代(19世紀) 出光美術館

05
秋草図屏風 鈴木其一 江戸時代(19世紀) 出光美術館

光琳百図、光琳百図後編などの展示も含めて、江戸琳派の特徴とその魅力の全体像を実感できる展覧会です。

八ツ橋図屏風の前にある長椅子?に座って、皆さんじっくり鑑賞です。
06
八ツ橋図屏風 酒井抱一 江戸時代 文政4年(1821) 出光美術館


展覧会の構成は以下の通りです。
第1章 光琳へのまなざし ─〈江戸琳派〉が〈琳派〉であること
第2章 〈江戸琳派〉の自我 ─光琳へのあこがれ、光琳風からの脱却
第3章 曲輪の絵画 ─〈江戸琳派〉の原点
第4章 〈琳派〉を結ぶ花 ─立葵図にみる流派の系譜
第5章 師弟の対話  ─抱一と其一の芸術


HPの解説
この度、江戸時代後期に活躍した絵師・酒井抱一(さかい ほういつ 1761 - 1828)と、抱一門きっての俊才・鈴木其一(すずき きいつ 1796 - 1858)の絵画に注目した展覧会を開催いたします。
17世紀の京都に生まれ、華やかに展開した〈琳派〉の美術。19世紀に入ると、姫路藩主・酒井雅楽頭(さかい うたのかみ)家の次男坊として生まれた抱一が江戸の町でこれを再興、さらに其一をはじめとする抱一の弟子たちが、いっそうの洗練を加えました。いわゆる〈江戸琳派〉の誕生です。
若いころから遊里・吉原にあそび、俳諧や狂歌、そして浮世絵など、市井の文化に親しく触れた抱一は、30歳代なかばころより、尾形光琳(おがた こうりん 1658 - 1716)の作風に傾倒してゆきます。光琳の芸術を発見したことは、抱一の画業に最大の転機をもたらす一大事だったといえます。抱一は、光琳を隔世の師と仰ぎ、その表現を積極的に受容、みずからの絵画制作に大いに生かしましたが、それは一律にオリジナルの忠実な再現を目指したものばかりではありませんでした。光琳の芸術に真摯に向き合い、ときに大胆にそれを乗り越えようとする試みこそが、抱一をはじめとする〈江戸琳派〉の画家たちの、光琳に対する敬慕の証しであったといえるでしょう。
この展覧会では、王朝的な美意識に支えられた京都の〈琳派〉を受け継ぎつつ、江戸という都市の文化の美意識のもと、小気味よい表現世界へと転生させた〈江戸琳派〉の特徴とその魅力を紹介いたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.10.29

天下を治めた絵師 狩野元信

01

「六本木開館10周年記念展
天下を治めた絵師 狩野元信」は、
サントリー美術館で開催されています。

会期 2017年9月16日(土)〜11月5日(日)


今更・・・と言われそうですが、
「元信は「筆様」を整理・発展させ、真・行・草(しん・ぎょう・そう)の三種の「画体」を生み出した」という解説を参考に作品を観て「なるほど」と得心、これからの鑑賞に大いに役立ちそうです。
展示構成、解説を通じ、実に勉強になる、良い展覧会だと思いました。

元信は、さらにやまと絵の画題にも積極的に挑戦し顧客の様々な要求にこたえ続けていきます。

狩野派二代目の元信は何代にも続く狩野派の礎を築き、孫の永徳、その孫の探幽は今でも人気絵師ですね。

狩野派の勢力は絶大で、近所のお寺の天井絵なんかにもその作品を観ることができたりします。

大幅な展示替えがあります。前期に行ってきたので、展示期間終了(11月5日)までにもう一度行ってこようかなと思っています。


0203_2
四季花鳥図(旧大仙院方丈障壁画) 狩野元信 八幅 室町時代 16世紀 京都・大仙院


04
禅宗祖師図(旧大仙院方丈障壁画) 狩野元信 六幅 室町時代 16世紀 東京国立博物館

05
瀟湘八景図 狩野元信 四幅 室町時代 16世紀 京都・東海庵


06_2
細川澄元像 狩野元信筆、景徐周麟賛 一幅 室町時代 永正4年(1507)賛 永青文庫


07
酒伝童子絵巻 画/狩野元信詞書/近衛尚通、定法寺公助、青蓮院尊鎮 三巻 室町時代 大永2年(1522) サントリー美術館


展示構成は以下の通りです。
第1章 天下画工の長となる――障壁画の世界
第2章 名家に倣う――人々が憧れた巨匠たち
第3章 画体の確立――真・行・草
第4章 和漢を兼ねる
第5章 信仰を描く
第6章 パトロンの拡大

HPの解説。
狩野元信(1477?~1559)は、室町時代より長きにわたり画壇の中心を担ってきた狩野派の二代目です。狩野派とは、血縁関係でつながった「狩野家」を核とする絵師の専門家集団であり、元信は始祖・正信(まさのぶ・1434~1530)の息子として生まれました。元信は極めて卓越した画技を持ち、その作品は歴代の狩野派絵師の中で最も高く評価されていました。また、工房の主宰者としても優れた能力を発揮した元信は、孫・永徳(えいとく・1543~90)や永徳の孫・探幽(たんゆう・1602~74)などへとつながる、それ以後の狩野派の礎を築きました。幕府の御用絵師となった狩野派は、日本絵画史上最大の画派へと成長していきますが、その繁栄は元信なくしては語れません。


狩野派の台頭を支えた大きな要因のひとつに、「画体(がたい)」の確立があります。従来の漢画系の絵師たちは、中国絵画の名家(めいか)による手本に倣った「筆様(ひつよう)」を巧みに使い分け、注文に応えましたが、元信はそれらの「筆様」を整理・発展させ、真・行・草(しん・ぎょう・そう)の三種の「画体」を生み出します。そして、その「型」を弟子たちに学ばせることで、集団的な作画活動を可能にしました。襖や屛風などの制作時には弟子たちが元信の手足となって動き、様式として揺るぎ無い、質の高い大画面作品を完成させました。

また、父・正信は中国絵画を規範とする漢画系の絵師でしたが、元信はさらにレパートリーを広げ、日本の伝統的なやまと絵の分野にも乗り出します。濃彩の絵巻や、金屛風の伝統を引き継ぐ金碧画(きんぺきが)など、形状・技法の導入に加えて、風俗画や歌仙絵など、やまと絵の画題にも積極的に挑戦しました。とくに、それまでやまと絵系の絵師や町絵師が主導していた扇絵制作には熱心に取り組んでいます。

和漢の両分野で力を発揮し、襖や屛風などの大画面から絵巻や扇絵といった小画面にいたるまで、多様な注文に素早く対応することで、元信工房は多くのパトロンを獲得していきました。狩野派は元信の時代に組織として大きく飛躍したといえます。本展では、元信の代表作を中心に、その幅広い画業をご紹介します。また、元信が学んだ偉大な先人たちの作品も合わせて展示し、人々を魅了した豊かな伝統の世界を浮き彫りにします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.10.21

- 日本人画家が描いた日本の植物 - フローラ ヤポニカ

Flora01

日本人が描いた日本の植物 フローラ ヤポニカ」は、
国立科学博物館の日本館1階企画展示室で開催されています。

会期 2017年9月12(火)~12月3日(日)

先月、そして今月も記録的な長雨ですね。
計画していた旅行も延期・・・

路傍に咲く花を探して散策する日が待ち遠しくなってきます。

-----------------------------

ボタニカルアートの展覧会は結構開催されていて、私は大好きです。
科博の日本館企画展示室でも、よく登場します。

画家によっては、背景も描き込んだ作品、単体で描いた作品等それぞれですが、個性があり楽しいものです。

写真では表現できない味わいが堪能できます。
散策中に見つけた花の絵が展示されていると何故か?嬉しくなります。
この企画展、もう一度行きたい!


HPの解説。
日本列島には約6,700種類の陸上植物が自生しています。そのうち約1,800種が、地球上で日本だけに生育している日本固有の植物です。一方私たちの祖先は、野生生物や古く海外から持ち込んだ植物をもとに、食卓や庭を彩る様々な栽培植物を育てあげました。こうした日本の豊かな植物多様性を日本人画家が描いた植物画作品展が、英国キュー王立植物園で2016年9月から2017年3月まで開催されました。本展ではこれらの作品から選んで展示します。また、英国で創刊され、世界の植物画家に大きな影響を与えた『カーティスのボタンカルマガジン』に掲載されたイラストレーションの中から幾つかの原画も展示します。これらの原画は、キュー王立植物園以外では世界で初めての展示となります。

日本人が描いた日本の植物

Flora02
キリ ⓒ石川美枝子

Flora03
ウンシュウミカン ⓒ冨澤香代子

Flora05
ホオノキ ⓒ小西美恵子


『カーティスのボタンカルマガジン』イラストレーション原画

Flora04
アサガオ ⓒKew collection

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


特別展のついでに立ち寄るという程度に考えがちですが、日本館企画展示室の展示内容は、毎回とても充実しています。

科博の常設展(地球館・日本館)も1日中居ても飽きません、見切れませんね!

特別展 古代アンデス文明展も始まりました。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧