2018.09.29

安部龍太郎著 「信長はなぜ葬られたのか 世界史の中の本能寺の変」を読んでみました

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信長はなぜ葬られたのか 世界史の中の本能寺の変
著者 安部龍太郎
2018年7月30日 第一刷発行

イエズス会との断絶はスペインとの断交を意味している。
五か月にも及ぶ交渉でも合意できなかったのは、スペインが明国征服のための兵を出すように求めたからだと思われる、日本にはそれを示す資料は残っていないが、ヴァリニャーノがマニラ在住のスペイン総督にあてた手紙を読めば、そうとしか考えられない。
イエズス会とスペインを敵に回したために、信長政権はとたんに不安定化した。キリシタン大名や南蛮貿易で巨万の富を得ていた豪商たちが、信長を見限りはじめたからである。

信長政権が弱体化したのを見た義昭は、朝廷や幕府ゆかりの大名たちに檄を飛ばし、幕府再興のために兵を挙げるように求めた。これに応じたのが義昭の従兄弟で義兄弟にあたる近衛前久であり、前久の工作によって明智光秀が本能寺の変を起こしたのである。
(中略)
この当時、日本には三十万人のキリシタンがいたといわれている。その五分の一が成人男子だとしても、六万人の軍勢を集めることができる、こうした力を持つ日本のゴットファーザーは、高山右近、中川清秀、黒田官兵衛らであった。
そして彼らはいイエズス会と協力し、信長が光秀に討たれた直後に決起し、光秀を討つことで羽柴秀吉に天下を取らせる計略を立てた。秀吉の中国大返しは、こうして実現したのである。
(本書「はじめに」から抜粋)

浅学の私にとっては、「なるほど〜」と感じ入るしかないようなエピソード満載の楽しい読み物です。
安部龍太郎さんの小説は「等伯」を読んだことがあって・・ストーリー展開も絶妙で読みごたえがありました。
ということもあって、新聞広告でこの本を知り読んでみました。
他の作品も読んでみようかな~

以下に長々と目次を記しますので、その中身を想像してみてください。
この本は、雑誌に掲載した短文をまとめたものなので、この様な目次になっています。


信長はなぜ葬られたのか/目次
はじめに
本能寺の変、二つの真相
信長とポルトガル、そしてスペイン
イエズス会との断絶
中国大返しと日本のゴットファーザー
戦国時代は大航海時代だった 
火薬や鉛玉の調達が生命線

第一章 消えた信長の骨
秀吉は信長を見殺しにしたのか
殺気はらむ信長像
なぜ阿弥陀寺に墓があるのか
飴と鞭で旧勢力を組み入れる
本能寺から運び出された遺骨
近衛前久と朝廷黒幕説
清玉上人が秀吉の申し出を断った理由
遺された信長愛用の手槍

富士山麓に埋められた信長の首
一本の電話と西山本門寺
過去帳にある奇妙な記述
信長殺しの罪を光秀ひとりになすりつけた
馬揃えからわかる強い朝庭との緊張関係
不幸の原因は信長のたたりなのか
生前に位牌を納めた後水尾法皇

織田信長は、桶狭間の前年に上洛していた
朝廷と室町幕府の復権をめざす
朝廷を尊崇していた信長の父
最初の上洛は桶狭間の前年
幕府の令を逆手にとった信長
信長と前久の奇しき因縁
不発に終わった三好包囲網
景虎の関東管領職就任

第二章 信長の真の敵は誰か?
正親町天皇の勅命が、織田信長を滅亡の危機から救った
安土城跡で「清涼殿」が発見された
尊皇の仮面に託した意図
幕末と似た尊皇運動の盛り上がり
関白職を罷免、石山本願寺に潜伏
キリシタン禁制を「気にするには及ばぬ」
信長をおびき出した前久の計略

織田信長の覇業を陰から支えた」元関白
水面下で進められた信長包囲網の再構築
窮地を救った二度目の勅命和議
前久と信長、明智光秀の仲介で和解
乗馬や鷹狩りの腕も一流
にわかに中止された石山本願寺との和議
滅亡に瀕した本願寺を救う
加速する天下統一と公武の軋轢

織田信長を葬り去った闇の人脈
公武の両権を把握する
天下布武への周到なシナリオ
前久も同行した武田討伐
決裂の原因となっ恵林寺焼き討ち
室町幕府再興の謀計
前久と秀吉が手を結ぶ
改竄、抹殺された変の詳細

第三章 大航海時代から本能寺の変を考える
隠された信長
信長のことがわかれば日本がわかる
江戸史観四つの誤り
信仰が人種の壁を飛び越える
ミサと茶席の不思議な共通点
イタリアに学んだ今治城の築城技術
日本人の限界を打ち破った信長
ヴァリニャーノの青春
スペインによるポルトガル併合の影響

キリスト教禁教、イエズス会との断交
明国出兵の要求
スペインと決別した信長
明国出兵の本当の目的
ヴァリニャーノが送った天正遣欧使節
天下をとった秀吉は親スペイン派

第四章 戦国大名とキリシタン
黒田官兵衛の実力とは
戦国時代はキリシタンの時代だった
キリシタン十万の兵の根拠
関ヶ原合戦の全容

加藤清正の経済力
熊本城の築城資金
秀吉も唸った「地震加藤」
現代の商社マンのような才覚

北野大茶会の謎
白湯ばかり出す寺
戦国時代のスペースシャトル
北野大茶会は踏み絵だった
茶室は商談、ビジネスの場
利休の弟子にはキリシタンが多い

毛利家とキリスト教
我らの仲が変わることはない
下関に教会を作る
物言わぬ証人
二千人を超える秋月のキリシタン

ポルトガル船デウス号事件
島原藩主有馬晴信の実像とは
斬首はイエズス会を救うため
キリシタン勢力の一掃

室町幕府終焉はいつか
鞆の浦と足利義昭
高台にあった鞆幕府
キリスト教信仰に理解を示した福島正則
徹底した正則潰し

根強く広まるキリシタン信仰
種子島に眠るカタリナ永俊尼
江戸初期の厳しいキリシタン弾圧
景教は日本に伝わったか?
聖徳太子はキリスト教を学んだ!?

秋田のキリシタン弾圧
佐竹氏とキリシタン
大弾圧と火あぶりの刑
石田三成への内通の疑い
天空から一条の光

徳川幕府とキリスト教
千姫はキリシタンだったのか
石物や灯籠に刻まれた印
イエズス会に騙された秀吉
キリシタンに好意的な秀頼
もし七十万人の信者が蜂起したら
忠輝、長安、政宗を結ぶ線

おわりに「リスボンへの旅」

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2018.03.24

第158回芥川賞受賞作「おらおらがひとりいぐも」(若竹千佐子著)を読んでみました

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第158回芥川賞受賞作「おらおらがひとりいぐも」(若竹千佐子著)を読んでみました。
ここ数年の受賞作に中で一番の秀作と思いました。

読んでから可成りの日にちが過ぎたので、上手くまとめられたか心もとないのですが、以下に気になったフレーズと共に紹介してみます。


ーーこの小説の冒頭部分です。

あいやぁ、おらの頭(あだま)このごろ、なんぼがおがしくなってきたんでねでか
どうすっぺぇ、この先ひとりで、何処(なんじょ)にすべがぁ
何処(なんじょ)にもかんじょにもしかたながっぺぇ
てしたごどねでば、なにそれぐれ
だいじょぶだ、おめには、おらがついでっから
あいやぁ、そういうおめは誰なのよ
きまってっぺだら。おらだば、おめだ。おめだら、おらだ

ーーーーーー

郊外の住宅地に住む74歳の桃子さん、既に夫は亡く二人の子供とも疎遠になりがちです。
そんな桃子の日常を語り部と内なる声で綴ります。桃子さんの内なる声は東北弁で語られています。
「おらだば、おめだ。おめだら、おらだ」
桃子さんの人物像が一層際立ちます。ーー

桃子さんは、一日中家に居て、古里のこと、子供の頃おばあちゃんに教わったこと、周造のことなどなどを考えています。雑然とした部屋の中でーーーーーーー
そして「おらだば、おめだ。おめだら、おらだ」-----


おらの心の内側で誰かがおらに話しかけてくる。東北弁で。それも一人や二人ではね。大勢の人がいる。今やその大勢の人がたの会話で成り立っている。それをおらの考えと言っていいもんだがどうだか。確かにおらの心の内側で起こっていることで、話し手もおらだし、聞き手もおらなんだが、なんだがおらはか皮(がわ)だ、皮にすぎねど思ってしまう。おらという皮で囲ったあの人がたはいったい誰なんだが。 ついおめだば誰だ、と聞いてしまう。おらの心の内側にどうやって住んでんだが。あ、そだ。小腸の絨毛突起のよでねべが。んだ、おらの心のうちは密生した無数の絨毛突起で覆われてんだ。ふだんはふわりふわりとあっちゃにこっちゃに揺らいでいて、おらに何か言うときだけそこだけ肥大してもの言うイメージ。おらは困っているども 、案外やんたぐね。それでもいい、おらの心が おらに乗っ取られても。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

露寒の日が続くーーーー
疎遠になっている直美から電話が来ることになっていて、戸惑いを感じながらも、喜びが湧いてくる。
(直美は、車で20分位のところに住んでいる)

桃子さんがずっと考え続けてきたことを、今こそ娘に伝えたいと思ったのだった。
直美がなぜ離れていったのか・・・・ あの時の後悔を。


「・・・急で悪いんだけど、あの・・・お金貸してくれない」

ーーー桃子さんは咄嗟のことで躊躇したーーしばらくの沈黙が続いてーーーーー

「なによ。お兄ちゃんだったら、すぐに貸してあげるくせに」

ーーーー
桃子さんは娘とのことを思うと、
古里を離れたときの母との経緯(いきさつ)を思い出す。
(結婚を促されるなどのことあって ・・・)

兄さんが継ぐ兄さんのためということか?
ずっとあそこにいるのはもう嫌だ。母ちゃんの目の届かないところで何もかも新しく始めたい。
東京オリンピックの年だった。

ーーーーーーーーーー

だいたい、いつからいつまで親なんだか、子なんだか、親子といえば手を繋ぐ親子を想像するけれど、ほんとうは子が成人してからの方がずっと長い。かつての親は末っ子が成人する頃には亡くなってしまったそうだけど、今の親は自分の老いどころか子の老いまで見届ける。そんなに長いんだったら、 いつまでも親だの子だのにこだわらない。ある一時期を共に過ごして、やがて右と左に別れていく。それでいいんだと思う。それでもちゃんと覚えているのだ、大事だということを。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

八月の終わり、桃子さんは町唯一の総合病院に出向いた。
診察を終え、会計を済ませたのは昼過ぎだった。
何時もの喫茶店の窓際に座って、古里を出た後の都会での生活、周造との出会い、職場での友人との思い出・・・故郷への思い、周造との生活そして死別、様々な出来事が脳裏に浮かんでくる。
桃子さんはとことん突き詰めて思考するタイプの人間であることを自認している。

ーーーー

二人の間に流れた歳月。
周造とおらは似ている。周造を愛することはおらお愛することと同じ、何も変わらない、そう思っていた。
周造は父で、兄で弟で、ときには息子であったかもしれない。
どんなに近しくてもやはり自分ではない、他者である。そう気づくには十分な月日が流れたのだ。周造が変わったのではない、桃子さんが変わった。桃子さんは自分のために生きたいと願うようになった。桃子さんをどんなに責めさいなむ声が聞こえても、もう引き返せないし、周造、おらはやっぱり引き返さない。


ーーーーーーーーーー

朝の涼しさが増してきた。夜通し声の限りに鳴く虫の音もさすがに今はおぼつかない。
桃子さんはあふれる笑顔で階段を下りて、身支度を整えた。
亭主が眠る市営霊園に行くことにしている。
バスで楽して行くこともできるが、桃子さんは手弁当で、手前の脚で行くことにこだわってている。
道すがら、歩き疲れて、落ち葉の上にべったり座って、記憶をたどりーーーー
躓いてしまい、激痛の中で墓地に辿り着くだろうかと思いながらーーー
思いつくままに思考を続けます。


もういままでの自分では信用できない。おらの思ってもみながった世界がある、そこざ、いってみて。おら、いぐも。おらおらで、ひとりいぐも。

亭主が亡くなってからというもの、現実は以前ほどの意味を持たなくなった。こうあるべき、こうせねば、生きる上で桃子さんを支えていた規範は案外どうでもいいものに思えてきた。現実の常識だの約束事は亭主がいて守るべき世界があってはじめて通用する。
子供も育て上げたし、亭主も見送ったし。もう桃子さんが世間から必要とされる役割は全て終えた。きれいさっぱり用済みの人間であるのだ。亭主の死と同時に桃子さんはこの世界との関わりも立たれた気がして、もう自分は何の生産性もない、いてもいなくてもいい存在、であるならこちらからだって生きている上での規範がすっぽ抜けたっていい、桃子さんの考える桃子さんのしきたりでいい。おらはおらに従う。どう考えてももう今までの自分ではいられない。誰にも言わない、だから誰も気づいていないけれど、世間だの世間の常識だのに啖呵を切って、尻ぱっしょりをして遠ざかっていたいとあの時から思うようになった。


桃子さんという人は人一倍愛を乞う人間だった。およそ家庭的な愛に恵まれていたのになおもっともっと。人を喜ばせたいという気持ちも強かった。そのために人が自分に何を要求しているかに敏感だった。その要求に合わせていかようにも自分を作っていけるような気がした。やさしさ、従順、協調性。いつでもどうぞ。いつか桃子さんは人の期待を生きるようになっていた。結果としてこうあるべき、という外枠に寸分も違わずに生きてしまったような気がする。それに抗うほど尖ってもいなかったし、主張するほどの強い自分もなかったのだ。
気がつくために費やされた時間が、すなわち桃子さんの生きた時間だった。あいやぁ、という他はない。

墓所についてちらりと横を見ると赤いものが目の端に飛び込んできた。枯れて半分ひしゃげたカラスウリが一つ。
たちどころに桃子さんは分かったのである。あの笑いの意味。ひっきりなしにこみあげる笑いの意味。
ただ待つだけでながった。赤に感応する、おらである。まだ戦える。おらはこれがらの人だ。こみあげる笑いはこみあげる意欲だ。まだ、終わっていない。桃子さんはそう思ってまた笑った

ーーーーーーーーーーーーーーー

十二月になった。
このあたりの木々もやっと、紅葉し始めた。

桃子さんは食欲も旺盛で元気だ。
老いについて考えている。

暮れも押し詰まったころ、桃子さんは久しぶりで古里の八角山の夢を見た。
「いったい八角山はおらにとってなんだべか」
それは常に桃子さんの傍らの問だった。
今までにあったことが、全て八角山とどこかでで繋がっていた。


ーーーー


明日は立春という晩、桃子さんはわずかばかりの豆を用意した。

おらはちゃんとに生ぎだべか

おらは後悔はしてねのす。見るだけ眺めるだけの人生に
それもおもしぇがった。おらに似合いの生き方だった
んでも、なしてだろう。こご至って
おらは人とつながりがりたい、たわいない話がしたい。ほんとうの話もしたい
ああそうが、おらは、人恋しいのか
話し相手は生きている人に限らない。大見得を切っていだくせに
またこの国に災厄が迫っている気がするも、どうしてもするも
伝えねばわがね、それでもほんとにおらが引き受けたおらの人生が完結するのでねべか
んだともおら、南京豆に爪を立てるほどの

桃子さんはわっと泣き出した。あれほど嫌った涙を今度はぬぐいもせずただ泣きに泣いた。涙と鼻水と、こなれた南京豆の混じったよだれでぐしゃぐしゃになりながら、赤子のように桃子さんは泣いた。

ーーーー

三月三日の昼下がり、だいぶ春めいてきた。
桃子さんは懐かしい人形を部屋の片隅に飾って・・・
聴こえてきたばっちゃまの声に、小さな声で呟いていると・・・

「おばーちゃん、だれと話しているの」
背後の声に驚いて振り返れは
「あいやぁ、さやちゃん。どうしたの。えっ、ひとりで来たのが」
「バスで来たの」
「お母さんは知っているのが」

矢継ぎ早に聞く桃子さんに

「だいじょうぶだよ四月から三年生だよ一人で来れるもん」

ーーー

「おばあちゃん、窓を開けるね」
「あ」
「おばあちゃん来て来てて早く」
「はあい」
桃子さんは笑ったままゆっくりと立ち上がった。
「今行くがら待ってでけで」
「春の匂いだよ。早くってば」

このエンディングは暖かいですね。

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2017.08.30

第157回芥川賞受賞作「影裏」(沼田真祐著)を読んでみました。

201709

芥川賞受賞作が掲載されている文藝春秋はもう何十年も買っていますが・・・最近の受賞作は最後まで読むことが少なくなりました、数ページでリタイア。

受賞作ですから、最後まで読めば「なるほど~」とある程度の読後感は得られるには違いないのですが・・・
単に、読むことに根気がなくなっているのかな~

今回の受賞作「影裏」(沼田真祐著)は読み終えましたよ。
拙い感想文ですが以下に記してみます。

読書家でもないものにとって、小説は読み始めの導入部が重要ですね。
この小説は情景描写が(風景描写が)上手いですね。
景色が頭の中に浮かんできます。
こうなると物語の先々に興味が湧いてきます。

導入部はこうです。

 勢いよく夏草の茂る川沿いの小道。一歩踏み出すごとに尖った葉先がはね返してくる。かなり離れたところからでも、はっきりとそれとわかるくらいに太く、明快な円網をむすんだ蜘蛛の巣が丈高い草花のあいだに燦めいている。
 しばらく行くとその道が開けた。行く手の藪の暗がりに、水楢の灰色がかった樹肌が見える。
 もっとも水楢といっても、この川筋の右岸一帯にひろがる雑木林から、土手道に対し斜めに倒れ込んでいる倒木である。それが悪いことにはなかなか立派な大木なのだ。ここから先は、この幹をまたいで乗り越えなければ目的の場所までたどり着けない。
 近ごろではわたしは、それこそ暇さえあればここ生出川に釣りをしに出掛けることに決めている。

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今野は岩手県はじつに樹木が豊富な土地だと夏が来て改めて思う。


今野は親会社から、岩手の今の会社に異動してきていた。
この会社で物流課の日浅と知り合いになる。
日浅と二人で釣りに、山菜採りに、ドライブにと一緒によく遊んだ。
日本酒が好きで酒量も同程度。
日浅は幼いころに母親を亡くし、父親と暮らしていて、東京で大学生活を送った後郷里に戻っていた。

(釣り、川辺の状況が丹念に綴られた行きます)

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知り合ってから一年数か月が過ぎ、雪深い2月の朝、出勤途中に後から追いついた同僚に突然、日浅が退職したと知らされる。
自前の携帯を持たない日浅との連絡手立てを失った今野は、同行者を失い渓流釣りの解禁日が過ぎても出かける気になれずにくすぶっていた。

そんな日々を送るなか、「偶然この近辺回ってたもんでよ。挨拶がてらちょっと寄ってみた」と日浅が訪ねてくる。
あれから4か月が経っていた。
話を聞くと、なんと退社2日後に再就職をしていた。
「互助会」の勧誘の仕事で優秀な成績を収めているようだった。
会話は20分程度で終わり日浅は迎えに来た同僚の車に乗って帰っていった。

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今野は、日浅からお礼にと夜通しの釣行に誘われる。「こちらで全部用意するから手ぶらで来い」と。
場所は、日浅の顧客の持つ?川辺の掘っ立て小屋(バルコニー)
しかし、この日、神経質にいら立つ日浅に、今野は戸惑ってしまう。
この日ばかりは、酒を飲むことを今野は頑なに拒んだ。
意地になっていた。
日浅は後から来た顧客の男と酒を盛んに酌み交わす。

この日の朝には、妹からのメールが舞い込んだり、2年間付き合った性別適合手術(SRS)の施術をすると公言していた和哉から連絡が入ったりして、時間がとられる。

(このあたりで著者は今野の人となりを紹介しようと意図している?)

(お礼の意味は・・・)
8月の終わりに日浅は突然また現れたのだ。
「すまねえが、今野よ」
「互助会、入ってくんねえだろうか、一口足りねえんだ」
今野は日浅の指示通りに三枚の書類のそれぞれの箇所にそれぞれの必要事項を記入した。

今野は、日浅が十日前には切り出せずに、手ぶらで帰ったことに思いを馳せ自分の鈍さが呪わしかった。

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そしてあの震災が襲った。
盛岡は内陸にあり、おおきな被害はなかったのだが、家族や知人から、また思いもよらぬ同級生から安否の確認連絡が舞い込む。

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連休も明けて、辛い1日が終わり家に戻ろうと駐車場で車に乗ると、パートの西山さんに呼び止められた。
「これからちょっとだけ、お時間もらえないよね」

お互いの車を少し走らせてログハウス風のベーカリーに車を止めて店に入った。
「課長死んだかもしれないね」津波で・・・(課長は当時の日浅のあだ名)
「課長が互助会の仕事しているのって、今野さん知ってた?」
西山さんは、日浅に30万円貸していたというのだ・・・・・

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今野は日浅の消息を求めて、様々な土地を巡り歩くのだがその足取りは掴めない。
意を決して父親を訪ねることにする。
そして、父親との会話は意外な展開に・・・・

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偉そうに言わせてもらえば、よくかけた小説だと思いました!
情景描写は上手いし、ところどころに、意外性を持ったエピソードを 導入して次なる筋書きへの期待を抱かせて最後まで読ませてくれます。
ただ、この物語を書くにあたっての「どうしても伝えたかった」意図が何なのかは残念ながら見いだせなかった。

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2016.10.06

木々康子著 春画と印象派 ”春画を売った国賊”林忠正をめぐって

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2013年から2014年にかけて大英博物館で行われた 「春画 日本美術の性とたのしみ」は大きな話題を呼びました。
そして、日本初の「春画展」が永青文庫で2015年9月19日(土)〜12月23日まで開催されました。
国内での過去の展覧会でも、「注意書き付き」の春画コーナーで、数点展示するケースはよく見かけましたが・・・
本書の初版発行が2015年3月です。


本書の「あとがき」で著者は次のように語っています。

タイトルの「春画」に、私はジャポニズムのルビをつけるつもりだった。春画だけを扱っているのではなく、浮世絵(春画)がジャポニズムのすべてに関わっていると説明したかったからである。だが、ルビがなくても、私意を十分に盛り込めると判断して、ルビをつけずに「春画と印象派」と決定した。単なる春画の本ではなく、印象派、そして近世から近代に及ぶ日本とヨーロッパの文化の問題として、この本を読んでいただければ幸いである。

著者の義祖父である林忠正に、その彼の背に、祖国は「国賊」レッテルを貼った。林が誇りをもって世界に紹介した江戸の文化が、卑しい淫らなものだからという理由で。

日本人としてただ一人、印象派の画家と親交を結び、彼らの革新運動を経済的にも助けた林を知る人は少ない。
しかし、著者に直接手紙で質問したり、自宅まで訪ねてくる外国のジャポニズム研究者は多くいて、世界は林忠正を忘れてはいないのだ・・・

バルセロナ大学の教授の訪問を受けた著者は、大英博物館で開催予定の、「春画展」、「ピカソと春画展」で、ピカソの作品に影響を与えた多くの春画が展示されたこと、ヨーロッパでの芸術性への評価の高さ、大量のコレクションの存在などを教わる。

40年近く林忠正について調べ続けている著者は、林のヨーロッパでの行動や印象派、浮世絵との関わりなど、その全体像をほぼ捉えていると思っていた。だが、これまで調べようとも思わなかった春画が突然、世界に類を見ない芸術作品であり林にとっても印象派にとっても、重要な意味を持っていることを知ったのである。

春画の調査との取り組みがここから始まった。


(西洋の自由と江戸の自由)のなかで・・・
「自由」という言葉のありようを幕末期までの日本とフランスとでの違いを考察して・・・

しかし、江戸時代の日本には「西洋が知らない自由」があったのではないか。江戸時代を、否定すべき古い時代だと思っていた私は、封建制の圧政に中で、世界に稀な浮世絵(春画)をつくり続けていた江戸の「自由」を、改めてすばらしいと思った。近代絵画を拓いた印象派の人々が憧れたのも、この江戸の「自由」だったのではなかったか。

岩佐又兵衛、北斎、師宣、清長、歌麿、クールベ、マネに始まる印象派の画家、レンブラント、フェルメール、
ドビュッシーとカミーユ・クローデルなどなどと春画 、興味深い話が・・・・

目次
はじめに
第一章 林忠正について
      渡仏まで
      万国博覧会―ただ一人の日本美術の説明者
      美術店を開く―ジャポニズムの中心人物として
      浮世絵と林忠正      
第二章 浮世絵と春画
      庶民の中から生まれた浮世絵
      歌舞伎と遊郭
      明治期の遊郭―吉原にて
      岩佐又兵衛と菱川師宣
      ルイ・ゴンスの「日本美術」と「日本美術回顧展」      
第三章 春画について
      春画とは
      ルイス・フロイスが見た日本の男女と宗教
      西洋人は浮世絵(春画)をどう見たか
      隠されている春画
      抑圧されていた西洋の女性
      魔女狩り
第四章 ヨーロッパと日本
      洛中洛外図と浮世絵
      江戸の女房達
      民法典論争と春画
      西洋の自由と江戸の自由
第五章 浮世絵とオランダ
      鎖国 
      17世紀のオランダ
      オランダと貿易
      シーボルト事件
      シーボルトの大著「日本」
      シーボルトの日本博物館とアルフォンス・ドーデ      
第六章 ヨーロッパの近代への序曲
      日本版画との出会い
      新しい芸術を求めて
      E・ゴンクールと浮世絵
      キリシタンと仏教
      日本の宗教
第七章 浮世絵(春画)の渡仏
      開国と江戸の文化
      フィリップ・ビュリティと林忠正
      ビュリティと春画
      ユゴーの「海に働く人々」
      ユゴーとビュリティと浮世絵      
第八章 近代絵画の誕生
      1863年のサロン
      マネの背を押したのは誰か
      春画がもたらした新しい動き
      林忠正の履歴書から
      浮世絵と林忠正
      マネとドガ
      ゴンクールの春画・あぶな絵についての日記      
第九章 ドビュッシーとカミーユ・クローデル
      クロード・ドビュッシー
      カミーユ・クローデル
      ドビュッシー「海―管弦楽のための三つの交響楽的素描」
      とカミーユの「波」  
第十章 春画を売った国賊
      1900年パリ万博博覧会と版画
      事務官長の職責が林に与えたもの
      林忠正に贈られた言葉
あとがき
参考文献

著者 木々康子
発行所 株式会社 筑摩書房
2015年3月10日 初版発行

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2016.08.29

芥川賞受賞作 村田沙邪香著「コンビニ人間」を読んでみた。

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このままでは社会に出られないと、母も父も心配していた。
私は、「治らなくては」と思いながら、どんどん大人になっていった。
そんな、古倉恵子は大学一年生で新規開店のスマイルマート日色町駅前店でアルバイトを始める。
それから18年、休まず、早朝出勤でマニュアルを遵守し、店長からも、仲間からも信頼されている。
コンビニが、生活の全てのような人生を送っていた。
人材不足の中、新人アルバイト白羽が入ってきて・・・・

針小棒大とは言わないまでも、現実の話を膨らませないと小説として読んでもらえないですよね。
そう思いつつも、この小説は結構リアルだなと、・・・・・・職場の人間関係、心象風景を上手く表現してます。
コンビニ日常って、こういう感じなんだあ・・・・
昔の職場の人間がダブったりして・・・・
さらに、新人アルバイト白羽の登場で、小説本来の面白さが増してきます。

「コンビニ人間」と似たり寄ったりかもしれませんね、サラリーマンとして勤め続ける人間の風景って!

飽きずに読めました。
近頃の小説、途中で投げ出すことが多すぎるので・・・自分自身、根気が亡くなってきただけなのででしょうが。

コンビニエンスストアは、音に満ちている。客が入ってくるチャイムの音に、店内を流れる有線放送で新商品を宣伝するアイドルの声、店員の掛け声に、バーコードをスキャンする音。かごに物を入れる音、パンの袋が握られる音に、店内を歩き回るヒールの音、全てが混ざり合い、「コンビニの音」になって、私の鼓膜にずっと触れている。

・・・・・・(店内の情景・・・客とのやり取り・・・・店長との会話が綴られる)・・・・・

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コンビニ店員として生まれる前のことは、どこかおぼろげで、鮮明には思い出せない。
郊外の住宅地で育った私は、普通の家に生まれ、普通に愛されて育った。けれど、私は少し奇妙がられる子供だった。

・・・・・・(奇妙がられる子供・・その所以が綴られる)・・・・・・・

学校で友達はできなかったが、特に苛められるわけでもなく、私はなんとか、余計なことを口にしないことに成功したまま、小学校、中学校と成長していった。
高校を卒業して大学生になっても、私は変わらなかった。基本的に、休み時間は一人で過ごし、プライベートな会話はほとんどしなかった。小学校のころのようなトラブルは起ききなかったが、そのままでは社会に出られないと、母も父も心配した。私は、「治らなくては」と思いながら、どんどん大人になっていった。

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スマイルマート日色町駅前店がオープンしたのは、1998年5月1日、私が大学一年生の時だった。

・・・・(採用が決まり、研修が行われる)・・・・

「岡本さん、恥ずかしがらないでもっとにっこり! 相崎くん、もっと声を出して、はいもう一度! 古倉さん、いいねいいね! そうそう、その元気!」
私はバックルームで見せられた見本のビデオや、トレーナーの見せてくれるお手本の真似をするのが得意だった。今まで、だれも私に、「これが普通の表情で、声の出し方だよ」と教えてくれたことはなかった。

・・・・(コンビニでの日々の生活、仲間との会話が綴られていく。店員どうしの話し方、イントネーション、服装が、似通ってくる、などなど・・・思い当たる節が誰にもありそうで面白い)・・・・・

「いらっしゃいませ、おはようございます」
この瞬間がとても好きだ。自分の中に、「朝」という時間が運ばれてくる感じがする。
外から人が入ってくるチャイムの音が、教会の鐘の音に聞こえる。ドアをあければ、光の箱が私を待っている。いつも回転し続ける、ゆるぎない正常な世界。私は、この光に満ちた箱の中の世界を信じている。

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私は金曜日と日曜日が休みなので、平日の金曜日、結婚して地元で暮らしている友達に会いに行くことがある。
学生時代は「黙る」ことに専念していたのでほとんど友達はいなかったが、アルバイトを始めてから行われた同窓会で旧友と再会してからは地元に友達ができた。

・・・(友人との”集まり”での会話が綴られる、時には結婚している友人の連れ合いも参加して、好奇の目で・・)・・・・

「恵子は、まだ結婚とかしてないの?」
「うん、してないよ」
「え、じゃあまさか、今でもバイト?」


「変なこと聞いていい? あのさあ、恵子って恋愛ってしたことある?」
冗談めかしながらサツキが言う。
「恋愛?」
「付き合ったこととか・・・・恵子からそういう話、そういえば聞いたことないなって」
「ああ、ないよ」
反射的に正直に答えてしまい、皆が黙り込んだ。


「うーん、とにかくね、私は身体が弱いから!」
と、妹が、困ったときにはとりあえずこう言えといっていた言い訳をリピートした。


早くコンビニに行きたいな、と思った。コンビニでは、働くメンバーの一員であることが何よりも大切にされていて、こんなに複雑ではない。性別も年齢も国籍も関係なく、同じ制服を身に付けていれば全員が、「店員」という均等な存在だ。

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朝、早く目が覚めてしまったときは、一駅前で降りて店まで歩くことにしている。


「おはようございます」
「あ、おはよう古倉さん、今日も早いね!!」
店長は30歳の男性で、常にきびきびとしている。口は悪いが働き者の、この店で8人目の店長だ。

18年間、「店長」は姿を変えながらずっと店にいた。一人一人違うのに、全員合わせて一匹の生き物であるような気持になることがある。
8人目の店長は声が大きく、バックルームではいつも彼の声が反響している。
「あ、今日、新人の白羽さんとだから! 夕方に研修してたから昼勤は初めてだよね。よろしくしてあげてね!!」
「はい!」


ちょっと困った人?新人アルバイト白羽が入ってきますが、結局務まらず、辞めてしまいます。
ひょんなことから白羽と再会、物語は「あれえ〜?」という展開になるのですが・・・・・

結末がまた・・・・タイトル「コンビニ人間」の所以。


村田沙耶香さん『コンビニ人間』 芥川賞受賞記念インタビュー

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2012.12.21

小説 55歳からのハローライフ

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時々、拙ブログに本の紹介を載せていますが、専用のブログを立ち上げるほどの読書家でもないし、と言うことで今回も突然の展覧会記事への割り込みです。

路に迷った暗闇にポッ、と灯った誘導灯の様な、そんな小説だと思いました。
この類の小説は男と女では評価が分かれるかもしれませんね。

書店で平積みになっていて、村上龍も久しぶりなので買って読んでみました。
タイトルも気になったし。
中編5部で構成されています。
以下に、概要です。

●結婚相談所
54歳で離婚した中米志津子は、安アパートに住みながらスーパーでマネキンさんをして生計を立てている。別れた夫からは頻繁にメールが入るが、返事をしたことはない。寂しいという訳ではないが結婚相談所に入会し、面会を繰り返すのだが・・・・・。

●空を飛ぶ夢をもう一度
因藤茂雄は54歳で小さな出版社をリストラされた。あれから四年後、ホームレスに転落する恐怖感を持っている。60歳近い彼に求人はなく、妻のアルバイト収入に助けられていたが、妻も解雇。茂雄は交通整理のアルバイトを始める。そしてある郊外の街で仕事中に、中学で同級だった転校生に声をかけられる。その彼の過酷な運命と向き合うことになるのだが・・・・。

●キャンピングカー
富裕太郎は58歳で早期退職制度に応募して退職、それなりの資産もあり中型のキャンピングカーを買って妻と旅行するというプランを実行に移そうとしていた。そして妻に打ち明ける。すると妻は申し訳なさそうに、経済的な不安と、仲間との付き合いもあってそんな時間は取れそうもないと話す。息子と娘に相談すると娘には「まだ若いんだから働けば」と言われてしまう。コネを足がかりに職探しをするが現実は想像していたほど甘くはなかった。そんな時、茂雄の体に異変が・・・・。


●ペットロス
高巻淑子は子どもの手が離れた53歳の時に反対する夫を説得して犬を飼うことにした。
ボビーと言う名前にした。
夫は、定年退職して、一日中ブログ等で、パソコンに向き合っているばかりで会話もない。
外面だけは良い夫のたち振る舞いも好きではなかった。
雪のある日、淑子は公園でボビーと散歩中に愛犬サリーと散歩していたデザイナーのヨシダさんと出会う。ヨシダさんは妻を癌で亡くしていた。淑子はヨシダさんと二人で合い、会話することがとても楽しい。そんな中6歳になるボビーに重篤な病が見つかる。
そしてボビーをめぐる夫婦の心の動きが・・・・。

●トラベルヘルパー
下総源一は、トラックの運転手をして生きてきた。バブル景気が弾けるまでは高収入をいいことに、毎晩のようにスナック通い、女の出入りも激しく預金などしてこなかった。
20歳代で結婚もしたが8ヶ月で別れた。
63歳になって、安アパートに棲みコンビニ弁当と安酒という生活。
辞めた会社から回してもらう仕事も月数件、貯金残高も50万円まで減っていた。
楽しみと言えば駅近くの古本屋で買ってきた本を読むこと。今までは本なんか読んだこともなかったのに・・。

その古本屋で松本清張の本を探していると、素敵な女性が入って来た。
下総は、心臓をバクバクさせながら思いきって声をかけると、すると意外にも応じてくれた。
郊外の街には気の利いたレストランもない。
ファミレスでランチをとっての逢瀬を繰り返した。源一にとって思いがけない幸せの時間だった。
ある日、堀切彩子から告白される。
教員をしていたが、夫が先物取引に失敗、返済の一部を負担するために夜の仕事をいていると、そして「もう会えません」と・・・。
堀切彩子とその夫は、実は・・・。
そして傷心の源一は旅に出た港でトラベルヘルパーと言う仕事を知って・・・・。

この小説には象徴的に飲み物が登場します。
飲み物を飲むという行為は心の高まりを抑えてくれる効果がありますよね。
アールゲレー紅茶
拘りの飲料水
自ら淹れたコーヒー
プ―アール茶
狭山茶(新茶)

「普通の人々」「信頼」を意識して執筆したと村上さんは記しています。

何れの物語も身につまされて、思わず涙でした。

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2012.09.10

鹿島田真希著 第百四十七回芥川賞受賞作 「冥土めぐり」

Imgp5113


表現手段がこれだけ多様化してくると、小説ならでは、文章でなければ味わえない世界が要求されてきているのだと思います。
読後感で、「映画見てたほうがよかったな~」なんて思うことがよくあります。
小説家も大変ですよね。
大絶賛とはいかないですが、この受賞作は、巧みな文章表現の世界だと思います。
但し、このタイトルは如何なものかと。


直木賞の辻村深月さん「鍵のない夢を見る」も読みましたが、こちらは、どんどん映像が頭に浮かぶほどのリアリティーに富んだ文章で素晴らしいのですが、どうでしょう今の時代、ありふれたストーリーにも思えます。

以上の感想も含めて素人が、このようなことを言うのは失礼とは思いますが、もちろん二人の作家の文章は、鍛錬を重ねた素晴らし成果であることは言うまでもありません。
同年代の女性ですよね。(32才、35才)

(小説「冥土めぐり」の冒頭部)
 十時発のこだまに乗らなければ、と奈津子は思った。
 向うについたら、シャトルバスは何本も出ているし、チェックインの時間まで余裕がある。だけど奈津子はこの旅を、予定通りに進めたい。もし、予定から数分遅れたらそれだけでも、この旅をし損ねてしまう。そんな気持ちになっていた。
―略―
太一と新幹線に乗車し、発車してしばらくして、車内販売のカートがやってくると奈津子はねだられる前に、アイスクリームを買い与えた。太一は早速機嫌よくアイスクリームを食べている。
 奈津子はようやっと束縛から逃れるかのように、母親が送って来たピンクのカーディガンを脱ぐことが出来た。


(最終部)
太一を見送っていると母親から携帯に電話があった。
―略―
「また、新しい服を見つけたの。私の趣味にぴったりだったから、送ったわ」
柔らかくて、ふわふわしていいて、裾の方に行くほど広がって、ひらひらとしていて、うっとりするようなものだったのよ。
 奈津子はありがとうとと言って電話を切った。そして、その服は別に着なくてもいいのだ、そういう選択肢もあるのだ、とやっと気付いた。
 視線を上げると遠くの方には太一がいた。太一は、沢山の人々の中で、誰よりも、切るようにまっすぐ進んでいた。

この小説、筆者が正教会の信者であることを知ると「あっ、そうなのか」と気付くことがあるかももしれません。

途方もない言動を繰り返し、奈津子から金銭をむしり取る様な生活をしている母と弟、夫の太一とは現在の児童館の前、区役所でパートをしている時に知り合って、三ヶ月後にプロポーズされた。紹介された母と弟は、ありえない、仕打ちの様な態度で応対するが、意に介さない太一は「結婚するのはなっちゃんとなのに?」と言ってくれる。そして予定通りに結婚する。

相変わらず、母と弟に全て奪われてしまうような生活の中(奈津子は「あんな生活}と呼んでいた)、太一が発作を起こす。
奈津子は、どうせ全て奪われてしまうのなら働けないほうがいいとまで思い込んでしまう。
太一の手術は、脳に電極を埋め込むという大掛かりなものだった。
太一は車椅子の生活になる。

夫が入退院を繰り返して3年、病名がはっきりして5年がたっていた。
奈津子はある決意をして、なけなしの金10万円を引き出し、一泊二日の旅に出る(上記冒頭部)
目的地は、母が繰り返し子供の頃から奈津子に話して聞かせてきた、かつての高級リゾートホテル。
今は、成れの果て一泊5000円の区の保養所になっていた。

物語は、奈津子が幼い頃両親と弟4人で出かけた豪華絢爛たるホテルの様子と、今訪れているホテル様子を往還しながら進行していく、その中に、母と弟、太一との生活エピソードが盛り込まれる。
一貫して、太一の描写は望洋としてつかみどころのない人物として描かれている。

旅の終わりが近づいた、海岸で、

この人は、特別な人なんだ。奈津子は太一を見て思った。今まで見ることのなかった、生まれて初めて見た、特別な人間。だけどそれは特別な不思議さだった。奈津子はそんな太一の傍にいても、なんの嫉妬も覚えない。そして一方、特別な人間の妻であるという優越感も覚えない。ただとても大切なものを拾ったことだけはわかる。それは、一時のあずかりものであり、時がくればまた返すものなのだ。

旅行から帰った次の日、太一の電動車椅子の試験があった。

一ヶ月後電動車椅子が届いた。

「乗ってみて」
奈津子が言うと、太一が車椅子に乗って、奈津子の周りを旋回した。
「なっちゃんは?なにか買い物ある?欲しいものとか」
「私の欲しいもの?」
奈津子は黙った。自分の欲しいものを奈津子は知らなかった。自分がなにが欲しいのか、考えたことがなかったのだ。
「これからは、僕が買い物にいけるんだよ、なっちゃんが欲しいもの、僕のお小遣いで買ってあげるよ」
太一の言っていることが、とても壮大なたくらみのように奈津子には響いた。


「行ってくるよ」あっという間もなく太一は車椅子で駐車場の外へ行ってしまう。
そしてエンディング・・・・・・上記(最終部)

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2012.03.12

吉村昭著 三陸海岸大津波

Sannrikutunami

3.11後、メディアで取り上げられて、書店に平積みになっていました。
その時買って読み始めたのですが、気が重く読み続けることが出来ませんでした。
最近になって読み返してみました。

三陸海岸大津波
2004年3月10日 第1刷 
2011年4月1日  第8刷
文春文庫

原題『海の壁―三陸海岸大津波』 1970年 中公新書
「三陸海岸大津波」 1984年8月 中公文庫刊


本書の解説(高山文彦)がこの本の本質をよく表現しているので引用します。

吉村氏は徹頭徹尾「記録する」ことに徹している。だから、付け焼き刃的なフォークロアの甘いアプローチをしない。情緒的な解釈もしない。圧倒的な事実の積み重ねの背後から、それこそ津波のように立ち上がってくるのは、読む側にさまざまなことを考えさせ、想起させる喚起力である。

TVでは相変わらず情緒的な内容の放映が繰り返されています。
否定はできませんが、TVから流れる映像は、考えるいとまを与えないような気がします。
写真、文章は、自分なりに咀嚼して次に進むいとまがあります。
ここ数日、東日本大震災の写真展を投稿してきたのもその所以です。
最近、過去の記録を読み返し、そして学び直すという事が盛んなようですが、賛成ですね。
本書は本(文章の力)を再認識させてくれました。

以下、本書の目次です。

まえがき
1、明治二十九年の津波
  前兆
  被害
  挿話
  余波
  津波の歴史
2、昭和八年の津波
  津波・海彇・よだ
  波高
  前兆
  来襲
  田老と津波
  住民
  子供の眼
  救援
3、チリ地震津波
  のっこ、のっことやって来た
  予知
  津波との戦い

前の投稿にも載せましたが本書の結び部分です。

明治二十九年の大津波以来、昭和八年の大津波、昭和三十五年のチリ地震津波、昭和四十三年の十勝沖地震津波等を経験した早野幸太郎氏(八十七歳)の言葉は、私に印象深いものとして残っている。
早野氏は言った。
「津波は、時世が変わってもなくならない、必ず今後も襲ってくる。しかし、今の人たちは色々な方法で十分警戒しているから、死ぬ人はめったにないと思う」
この言葉は、すさまじいいくつかの津波を体験してきた人のものだけに重みがある。
私は、津波の歴史を知ったことによって一層三陸海岸に対する愛着を深めている。屹立した断崖、連なる岩、点在する人家の集落、それらは、たび重なる津波の激浪に堪えて毅然とした姿で海と対している。そしてさらに、私はその海岸で津波と戦いながら生きてきた人を見るのだ。
私は、今年も三陸海岸を歩いてみたいと思っている。


そして、さらに本書の一文

三陸海岸を旅する度に、私は、海にむかって立つ異様なほどの厚さと長さをもつ鉄筋コンクリートの堤防に眼をみはる。三陸海岸が過去に何度も津波の被害を受けているということはいつからともなく知っていたし、堤防が津波を防ぐものだということにも気がついていた。が、その姿は一言にしていえば大げさすぎるという印象を受ける。或る海岸に小さな村落があった。戸数も少なく、人影もまばらだ。が、その村落の人家は、津波防止の堤防にかこまれている。防潮堤は、呆れるほど厚く堅牢そうにみえた。見すぼらしい村落の家並みに比して、それは不釣り合いなほど豪壮な構築物だった。私は、その対比に違和感すらいだいたが、同時にそれほどの防潮堤を必要としなければならない海の恐ろしさに凍りつくのを感じた。 私が三陸津波について知りたいと思うようになったのは、その防潮堤の異様な印象に触発されたからであった。そして、明治二十九年と昭和八年に津波史上有数な大津波があったことも知るようになった。 私は資料を出来るだけ集め、三陸海岸へとむかった。そして体験者の話をきいてまわるうちに、津波の恐ろしさが私の胸にも実感となって迫った。

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2012.02.22

田中慎弥著 小説 共喰い

Tomogui

毎年芥川賞受賞作は読んでいますが、今年はなにかと話題の田中慎弥さん。
同時受賞の円城塔さんが目立たなくなってしまい可哀想な気もします。

さて、この作品。
人物描写、場面設定とそのディテールもしっかり表現されていて、うまいなーという感じ。
読み進むうちに物語の進行が気になり、結末を読みたくなってしまう程。
この力量は十分評価されてしかるべきと思いましたがしかし、新鮮さ、発見と驚きがないのも事実。
何でもありの過多な情報の渦の中で、余程の作品でないと驚かなくなってきたこの頃、小説家も大変だな、と。


昭和六十三年の七月、十七歳の誕生日を迎えた篠垣遠馬はその日の授業が終わってから、自宅には戻らず、一つ上で別の高校に通う会田千種の家に直行した。といっても二人とも、川辺と呼ばれる同じ地域に住んでいて、家は歩いて三分も離れていない。

小説の導入部です。

海に注ぐ淀んだ川の川辺にある地方都市の街で、遠馬は父親円と継母琴子さんと住んでいる。
歩いてそう遠くない所の、川沿いに遠馬の生みの親仁子さんが魚屋を営んでいる。
仁子さんは、戦争中の空襲で右手首から先を失い、それが原因で縁談が駄目になってしまう。
そんな仁子さんは、祭りで知り合った円と結婚する。
円はセックスの時に暴力をふるうという癖がある。
たび重なる出来事に、仁子さんは我慢できず、元々住み込みで働いていた魚屋にもどったのだ。
遠馬は円が継母琴子さんとの交渉時にも暴力をふるう、そんな場面を二階から見下ろして知ってもいる。

遠馬は遠馬で千種と交渉を繰り返す日々をおくっている。
ある時、拒む千種の首を絞める格好になり、それから千種とは疎遠に・・・・

円は、飲み屋の客と琴子さんの関係を疑っている。
その琴子さんが円の子供を宿す。
しかし、何故か遠馬には、家を出ることをほのめかす。

仁子さんの魚屋の川むこうのアパートには円と関係があった女がいて、いつもアパートの角に腰かけている。
千種に会えないで悶々としている遠馬が、アパートの前を通りかかると、女が遠馬の手を引いて自分の部屋に・・・遠馬は交渉の中で暴力をふるってしまう、父と同じように、父の血なのだと・・・・

小高い丘の社では祭りの準備が始まっている。
子供が遠馬の家にやってきて、踊りを教えてくれと社に誘い出す。
そこには千種が待たされていた。
子供たちの計らいごとだった。
二人は言葉をかわす・・・・・
まもなく「あさってここで待っちょるけえ」と言って千種は帰る。

次の日は大雨になった。
琴子さんは「ほんなら、馬あ君」と家を出る。

琴子さんが家を出た翌日、昼になって酒臭い円が帰ってきた。
暫く遠馬と話をした後、「わしの子、持ち逃げしやがってから。」と下駄をはき、昨日からの大雨で水になった道へ駈け出して行く。

琴子さんはどこまで行ったのだろうか、これからどうなるのか・・・・・遠馬は不安に思う。

しばしの時間が経過し、走って玄関にかけ込んだ子供が、「馬あ君、お社、お社」「馬あ君のお父さんがあ。」「千種ちゃんがあ。」「ごめえん。止められなかったんよお。」
子供たちの叫びを聞いて、遠馬は社に向かって走り出す。

遠馬が社に着くと、動けなくなっている千種がそこにいた・・・・・

そして・・・・・


物語はエピソードを織り交ぜががら以上のような筋書きで進行します。

そして、そして・・・・・・そして、そして。

撰者の何方かが選評で、最後の一行はいらないと書いておられましたが、私もそう思いました。


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2011.12.23

猪瀬直樹著 東条英機 処刑の日 アメリカが天皇明仁に刻んだ「死の暗号」

Jimi


たまには本の話題でも。
今日は天皇誕生日ですね。

本の帯には、こう書かれています。

昭和23年12月23日午前0時1分30秒
皇太子明仁の誕生日になぜA級戦犯7人の死刑は執行されたのか?

プロローグで死刑執行の前日のGHQの担当官シーボルトの一日を追いかけています。その晩、そしていよいよ巣鴨での死刑執行までの、その段取りを7人の動静を、教誨師を含めて情景描写しています。
「なぜこれほど正確に、すなわち十二月二十三日零時一分三十秒に執行されなければならなかったのだろうか。念入りに予行演習をしなければ出来ない作業である」締めくくりの文章です。

一通の相談ごとの手紙が届きます。
祖母の日記が見つかり、その日記帳の記述は昭和23年12月7日で終わっています。
『ジミーの誕生日の件、心配です』と書かれて・・・
祖母はなにを心配していたのでしょうか。

相談者の祖母は子爵夫人。

そして相談者からその日記を預かることになります。

なぞ解きが始まります。
学習院の英語教師バイニング夫人は授業中に使う呼び名を全生徒につけました。皇太子明仁に付けた呼び名がジミーです。
昭和20年の関東大空襲の頃から23年の死刑執行の日までを過去と現在を往還しながら、その謎を追いかけていきます。相談者に、森ビル、根津美術館、岡本太郎美術館、骨董通り等で会って説明するという進行になっていて、こちらも過去、現在の背景を際立たせています。

戦争開始前の御前会議、そして開戦。政治家、軍人の動静、終戦の年、戦争責任、政治家、軍人の身の処し方、GHQ、マッカーサー、日本を収めるための天皇の処遇、東京裁判、憲法、皇室典範、皇太子明仁を巡る軍人、そして侍従たちの懸念。そして子爵夫人の生活、恋愛。
なるほど、なるほどの連続で読み応え有ります。
読み終えて、何よりも、今上天皇の戦後を思うと、その背負った重圧に何とも言えない気分になってきます。その慰霊行幸のお姿を思い返してしまいます。

梯久美子の解説も良いですよ。

猪瀬直樹氏は、子爵夫人の日記に残された謎を解き明かしながら、アメリカが日本に仕掛けた対日占領政策の大きな構図を浮かび上がらせていく。それによって、現代の日本と占領期の日本との間に漂う霧のような薄闇を払って行くのである。

目次
プロローグ
第一章 子爵夫人
第二章 奥日光の暗雲
第三章 アメリカ人
第四章 天皇の密約
第五章 四月二十九日の誕生日
第六章 退位せず
終章  十二月二十三日の十字架
  

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