2016.10.06

木々康子著 春画と印象派 ”春画を売った国賊”林忠正をめぐって

Syunnga


2013年から2014年にかけて大英博物館で行われた 「春画 日本美術の性とたのしみ」は大きな話題を呼びました。
そして、日本初の「春画展」が永青文庫で2015年9月19日(土)〜12月23日まで開催されました。
国内での過去の展覧会でも、「注意書き付き」の春画コーナーで、数点展示するケースはよく見かけましたが・・・
本書の初版発行が2015年3月です。


本書の「あとがき」で著者は次のように語っています。

タイトルの「春画」に、私はジャポニズムのルビをつけるつもりだった。春画だけを扱っているのではなく、浮世絵(春画)がジャポニズムのすべてに関わっていると説明したかったからである。だが、ルビがなくても、私意を十分に盛り込めると判断して、ルビをつけずに「春画と印象派」と決定した。単なる春画の本ではなく、印象派、そして近世から近代に及ぶ日本とヨーロッパの文化の問題として、この本を読んでいただければ幸いである。

著者の義祖父である林忠正に、その彼の背に、祖国は「国賊」レッテルを貼った。林が誇りをもって世界に紹介した江戸の文化が、卑しい淫らなものだからという理由で。

日本人としてただ一人、印象派の画家と親交を結び、彼らの革新運動を経済的にも助けた林を知る人は少ない。
しかし、著者に直接手紙で質問したり、自宅まで訪ねてくる外国のジャポニズム研究者は多くいて、世界は林忠正を忘れてはいないのだ・・・

バルセロナ大学の教授の訪問を受けた著者は、大英博物館で開催予定の、「春画展」、「ピカソと春画展」で、ピカソの作品に影響を与えた多くの春画が展示されたこと、ヨーロッパでの芸術性への評価の高さ、大量のコレクションの存在などを教わる。

40年近く林忠正について調べ続けている著者は、林のヨーロッパでの行動や印象派、浮世絵との関わりなど、その全体像をほぼ捉えていると思っていた。だが、これまで調べようとも思わなかった春画が突然、世界に類を見ない芸術作品であり林にとっても印象派にとっても、重要な意味を持っていることを知ったのである。

春画の調査との取り組みがここから始まった。


(西洋の自由と江戸の自由)のなかで・・・
「自由」という言葉のありようを幕末期までの日本とフランスとでの違いを考察して・・・

しかし、江戸時代の日本には「西洋が知らない自由」があったのではないか。江戸時代を、否定すべき古い時代だと思っていた私は、封建制の圧政に中で、世界に稀な浮世絵(春画)をつくり続けていた江戸の「自由」を、改めてすばらしいと思った。近代絵画を拓いた印象派の人々が憧れたのも、この江戸の「自由」だったのではなかったか。

岩佐又兵衛、北斎、師宣、清長、歌麿、クールベ、マネに始まる印象派の画家、レンブラント、フェルメール、
ドビュッシーとカミーユ・クローデルなどなどと春画 、興味深い話が・・・・

目次
はじめに
第一章 林忠正について
      渡仏まで
      万国博覧会―ただ一人の日本美術の説明者
      美術店を開く―ジャポニズムの中心人物として
      浮世絵と林忠正      
第二章 浮世絵と春画
      庶民の中から生まれた浮世絵
      歌舞伎と遊郭
      明治期の遊郭―吉原にて
      岩佐又兵衛と菱川師宣
      ルイ・ゴンスの「日本美術」と「日本美術回顧展」      
第三章 春画について
      春画とは
      ルイス・フロイスが見た日本の男女と宗教
      西洋人は浮世絵(春画)をどう見たか
      隠されている春画
      抑圧されていた西洋の女性
      魔女狩り
第四章 ヨーロッパと日本
      洛中洛外図と浮世絵
      江戸の女房達
      民法典論争と春画
      西洋の自由と江戸の自由
第五章 浮世絵とオランダ
      鎖国 
      17世紀のオランダ
      オランダと貿易
      シーボルト事件
      シーボルトの大著「日本」
      シーボルトの日本博物館とアルフォンス・ドーデ      
第六章 ヨーロッパの近代への序曲
      日本版画との出会い
      新しい芸術を求めて
      E・ゴンクールと浮世絵
      キリシタンと仏教
      日本の宗教
第七章 浮世絵(春画)の渡仏
      開国と江戸の文化
      フィリップ・ビュリティと林忠正
      ビュリティと春画
      ユゴーの「海に働く人々」
      ユゴーとビュリティと浮世絵      
第八章 近代絵画の誕生
      1863年のサロン
      マネの背を押したのは誰か
      春画がもたらした新しい動き
      林忠正の履歴書から
      浮世絵と林忠正
      マネとドガ
      ゴンクールの春画・あぶな絵についての日記      
第九章 ドビュッシーとカミーユ・クローデル
      クロード・ドビュッシー
      カミーユ・クローデル
      ドビュッシー「海―管弦楽のための三つの交響楽的素描」
      とカミーユの「波」  
第十章 春画を売った国賊
      1900年パリ万博博覧会と版画
      事務官長の職責が林に与えたもの
      林忠正に贈られた言葉
あとがき
参考文献

著者 木々康子
発行所 株式会社 筑摩書房
2015年3月10日 初版発行

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2016.08.29

芥川賞受賞作 村田沙邪香著「コンビニ人間」を読んでみた。

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このままでは社会に出られないと、母も父も心配していた。
私は、「治らなくては」と思いながら、どんどん大人になっていった。
そんな、古倉恵子は大学一年生で新規開店のスマイルマート日色町駅前店でアルバイトを始める。
それから18年、休まず、早朝出勤でマニュアルを遵守し、店長からも、仲間からも信頼されている。
コンビニが、生活の全てのような人生を送っていた。
人材不足の中、新人アルバイト白羽が入ってきて・・・・

針小棒大とは言わないまでも、現実の話を膨らませないと小説として読んでもらえないですよね。
そう思いつつも、この小説は結構リアルだなと、・・・・・・職場の人間関係、心象風景を上手く表現してます。
コンビニ日常って、こういう感じなんだあ・・・・
昔の職場の人間がダブったりして・・・・
さらに、新人アルバイト白羽の登場で、小説本来の面白さが増してきます。

「コンビニ人間」と似たり寄ったりかもしれませんね、サラリーマンとして勤め続ける人間の風景って!

飽きずに読めました。
近頃の小説、途中で投げ出すことが多すぎるので・・・自分自身、根気が亡くなってきただけなのででしょうが。

コンビニエンスストアは、音に満ちている。客が入ってくるチャイムの音に、店内を流れる有線放送で新商品を宣伝するアイドルの声、店員の掛け声に、バーコードをスキャンする音。かごに物を入れる音、パンの袋が握られる音に、店内を歩き回るヒールの音、全てが混ざり合い、「コンビニの音」になって、私の鼓膜にずっと触れている。

・・・・・・(店内の情景・・・客とのやり取り・・・・店長との会話が綴られる)・・・・・

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コンビニ店員として生まれる前のことは、どこかおぼろげで、鮮明には思い出せない。
郊外の住宅地で育った私は、普通の家に生まれ、普通に愛されて育った。けれど、私は少し奇妙がられる子供だった。

・・・・・・(奇妙がられる子供・・その所以が綴られる)・・・・・・・

学校で友達はできなかったが、特に苛められるわけでもなく、私はなんとか、余計なことを口にしないことに成功したまま、小学校、中学校と成長していった。
高校を卒業して大学生になっても、私は変わらなかった。基本的に、休み時間は一人で過ごし、プライベートな会話はほとんどしなかった。小学校のころのようなトラブルは起ききなかったが、そのままでは社会に出られないと、母も父も心配した。私は、「治らなくては」と思いながら、どんどん大人になっていった。

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スマイルマート日色町駅前店がオープンしたのは、1998年5月1日、私が大学一年生の時だった。

・・・・(採用が決まり、研修が行われる)・・・・

「岡本さん、恥ずかしがらないでもっとにっこり! 相崎くん、もっと声を出して、はいもう一度! 古倉さん、いいねいいね! そうそう、その元気!」
私はバックルームで見せられた見本のビデオや、トレーナーの見せてくれるお手本の真似をするのが得意だった。今まで、だれも私に、「これが普通の表情で、声の出し方だよ」と教えてくれたことはなかった。

・・・・(コンビニでの日々の生活、仲間との会話が綴られていく。店員どうしの話し方、イントネーション、服装が、似通ってくる、などなど・・・思い当たる節が誰にもありそうで面白い)・・・・・

「いらっしゃいませ、おはようございます」
この瞬間がとても好きだ。自分の中に、「朝」という時間が運ばれてくる感じがする。
外から人が入ってくるチャイムの音が、教会の鐘の音に聞こえる。ドアをあければ、光の箱が私を待っている。いつも回転し続ける、ゆるぎない正常な世界。私は、この光に満ちた箱の中の世界を信じている。

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私は金曜日と日曜日が休みなので、平日の金曜日、結婚して地元で暮らしている友達に会いに行くことがある。
学生時代は「黙る」ことに専念していたのでほとんど友達はいなかったが、アルバイトを始めてから行われた同窓会で旧友と再会してからは地元に友達ができた。

・・・(友人との”集まり”での会話が綴られる、時には結婚している友人の連れ合いも参加して、好奇の目で・・)・・・・

「恵子は、まだ結婚とかしてないの?」
「うん、してないよ」
「え、じゃあまさか、今でもバイト?」


「変なこと聞いていい? あのさあ、恵子って恋愛ってしたことある?」
冗談めかしながらサツキが言う。
「恋愛?」
「付き合ったこととか・・・・恵子からそういう話、そういえば聞いたことないなって」
「ああ、ないよ」
反射的に正直に答えてしまい、皆が黙り込んだ。


「うーん、とにかくね、私は身体が弱いから!」
と、妹が、困ったときにはとりあえずこう言えといっていた言い訳をリピートした。


早くコンビニに行きたいな、と思った。コンビニでは、働くメンバーの一員であることが何よりも大切にされていて、こんなに複雑ではない。性別も年齢も国籍も関係なく、同じ制服を身に付けていれば全員が、「店員」という均等な存在だ。

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朝、早く目が覚めてしまったときは、一駅前で降りて店まで歩くことにしている。


「おはようございます」
「あ、おはよう古倉さん、今日も早いね!!」
店長は30歳の男性で、常にきびきびとしている。口は悪いが働き者の、この店で8人目の店長だ。

18年間、「店長」は姿を変えながらずっと店にいた。一人一人違うのに、全員合わせて一匹の生き物であるような気持になることがある。
8人目の店長は声が大きく、バックルームではいつも彼の声が反響している。
「あ、今日、新人の白羽さんとだから! 夕方に研修してたから昼勤は初めてだよね。よろしくしてあげてね!!」
「はい!」


ちょっと困った人?新人アルバイト白羽が入ってきますが、結局務まらず、辞めてしまいます。
ひょんなことから白羽と再会、物語は「あれえ〜?」という展開になるのですが・・・・・

結末がまた・・・・タイトル「コンビニ人間」の所以。


村田沙耶香さん『コンビニ人間』 芥川賞受賞記念インタビュー

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2012.12.21

小説 55歳からのハローライフ

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時々、拙ブログに本の紹介を載せていますが、専用のブログを立ち上げるほどの読書家でもないし、と言うことで今回も突然の展覧会記事への割り込みです。

路に迷った暗闇にポッ、と灯った誘導灯の様な、そんな小説だと思いました。
この類の小説は男と女では評価が分かれるかもしれませんね。

書店で平積みになっていて、村上龍も久しぶりなので買って読んでみました。
タイトルも気になったし。
中編5部で構成されています。
以下に、概要です。

●結婚相談所
54歳で離婚した中米志津子は、安アパートに住みながらスーパーでマネキンさんをして生計を立てている。別れた夫からは頻繁にメールが入るが、返事をしたことはない。寂しいという訳ではないが結婚相談所に入会し、面会を繰り返すのだが・・・・・。

●空を飛ぶ夢をもう一度
因藤茂雄は54歳で小さな出版社をリストラされた。あれから四年後、ホームレスに転落する恐怖感を持っている。60歳近い彼に求人はなく、妻のアルバイト収入に助けられていたが、妻も解雇。茂雄は交通整理のアルバイトを始める。そしてある郊外の街で仕事中に、中学で同級だった転校生に声をかけられる。その彼の過酷な運命と向き合うことになるのだが・・・・。

●キャンピングカー
富裕太郎は58歳で早期退職制度に応募して退職、それなりの資産もあり中型のキャンピングカーを買って妻と旅行するというプランを実行に移そうとしていた。そして妻に打ち明ける。すると妻は申し訳なさそうに、経済的な不安と、仲間との付き合いもあってそんな時間は取れそうもないと話す。息子と娘に相談すると娘には「まだ若いんだから働けば」と言われてしまう。コネを足がかりに職探しをするが現実は想像していたほど甘くはなかった。そんな時、茂雄の体に異変が・・・・。


●ペットロス
高巻淑子は子どもの手が離れた53歳の時に反対する夫を説得して犬を飼うことにした。
ボビーと言う名前にした。
夫は、定年退職して、一日中ブログ等で、パソコンに向き合っているばかりで会話もない。
外面だけは良い夫のたち振る舞いも好きではなかった。
雪のある日、淑子は公園でボビーと散歩中に愛犬サリーと散歩していたデザイナーのヨシダさんと出会う。ヨシダさんは妻を癌で亡くしていた。淑子はヨシダさんと二人で合い、会話することがとても楽しい。そんな中6歳になるボビーに重篤な病が見つかる。
そしてボビーをめぐる夫婦の心の動きが・・・・。

●トラベルヘルパー
下総源一は、トラックの運転手をして生きてきた。バブル景気が弾けるまでは高収入をいいことに、毎晩のようにスナック通い、女の出入りも激しく預金などしてこなかった。
20歳代で結婚もしたが8ヶ月で別れた。
63歳になって、安アパートに棲みコンビニ弁当と安酒という生活。
辞めた会社から回してもらう仕事も月数件、貯金残高も50万円まで減っていた。
楽しみと言えば駅近くの古本屋で買ってきた本を読むこと。今までは本なんか読んだこともなかったのに・・。

その古本屋で松本清張の本を探していると、素敵な女性が入って来た。
下総は、心臓をバクバクさせながら思いきって声をかけると、すると意外にも応じてくれた。
郊外の街には気の利いたレストランもない。
ファミレスでランチをとっての逢瀬を繰り返した。源一にとって思いがけない幸せの時間だった。
ある日、堀切彩子から告白される。
教員をしていたが、夫が先物取引に失敗、返済の一部を負担するために夜の仕事をいていると、そして「もう会えません」と・・・。
堀切彩子とその夫は、実は・・・。
そして傷心の源一は旅に出た港でトラベルヘルパーと言う仕事を知って・・・・。

この小説には象徴的に飲み物が登場します。
飲み物を飲むという行為は心の高まりを抑えてくれる効果がありますよね。
アールゲレー紅茶
拘りの飲料水
自ら淹れたコーヒー
プ―アール茶
狭山茶(新茶)

「普通の人々」「信頼」を意識して執筆したと村上さんは記しています。

何れの物語も身につまされて、思わず涙でした。

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2012.09.10

鹿島田真希著 第百四十七回芥川賞受賞作 「冥土めぐり」

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表現手段がこれだけ多様化してくると、小説ならでは、文章でなければ味わえない世界が要求されてきているのだと思います。
読後感で、「映画見てたほうがよかったな~」なんて思うことがよくあります。
小説家も大変ですよね。
大絶賛とはいかないですが、この受賞作は、巧みな文章表現の世界だと思います。
但し、このタイトルは如何なものかと。


直木賞の辻村深月さん「鍵のない夢を見る」も読みましたが、こちらは、どんどん映像が頭に浮かぶほどのリアリティーに富んだ文章で素晴らしいのですが、どうでしょう今の時代、ありふれたストーリーにも思えます。

以上の感想も含めて素人が、このようなことを言うのは失礼とは思いますが、もちろん二人の作家の文章は、鍛錬を重ねた素晴らし成果であることは言うまでもありません。
同年代の女性ですよね。(32才、35才)

(小説「冥土めぐり」の冒頭部)
 十時発のこだまに乗らなければ、と奈津子は思った。
 向うについたら、シャトルバスは何本も出ているし、チェックインの時間まで余裕がある。だけど奈津子はこの旅を、予定通りに進めたい。もし、予定から数分遅れたらそれだけでも、この旅をし損ねてしまう。そんな気持ちになっていた。
―略―
太一と新幹線に乗車し、発車してしばらくして、車内販売のカートがやってくると奈津子はねだられる前に、アイスクリームを買い与えた。太一は早速機嫌よくアイスクリームを食べている。
 奈津子はようやっと束縛から逃れるかのように、母親が送って来たピンクのカーディガンを脱ぐことが出来た。


(最終部)
太一を見送っていると母親から携帯に電話があった。
―略―
「また、新しい服を見つけたの。私の趣味にぴったりだったから、送ったわ」
柔らかくて、ふわふわしていいて、裾の方に行くほど広がって、ひらひらとしていて、うっとりするようなものだったのよ。
 奈津子はありがとうとと言って電話を切った。そして、その服は別に着なくてもいいのだ、そういう選択肢もあるのだ、とやっと気付いた。
 視線を上げると遠くの方には太一がいた。太一は、沢山の人々の中で、誰よりも、切るようにまっすぐ進んでいた。

この小説、筆者が正教会の信者であることを知ると「あっ、そうなのか」と気付くことがあるかももしれません。

途方もない言動を繰り返し、奈津子から金銭をむしり取る様な生活をしている母と弟、夫の太一とは現在の児童館の前、区役所でパートをしている時に知り合って、三ヶ月後にプロポーズされた。紹介された母と弟は、ありえない、仕打ちの様な態度で応対するが、意に介さない太一は「結婚するのはなっちゃんとなのに?」と言ってくれる。そして予定通りに結婚する。

相変わらず、母と弟に全て奪われてしまうような生活の中(奈津子は「あんな生活}と呼んでいた)、太一が発作を起こす。
奈津子は、どうせ全て奪われてしまうのなら働けないほうがいいとまで思い込んでしまう。
太一の手術は、脳に電極を埋め込むという大掛かりなものだった。
太一は車椅子の生活になる。

夫が入退院を繰り返して3年、病名がはっきりして5年がたっていた。
奈津子はある決意をして、なけなしの金10万円を引き出し、一泊二日の旅に出る(上記冒頭部)
目的地は、母が繰り返し子供の頃から奈津子に話して聞かせてきた、かつての高級リゾートホテル。
今は、成れの果て一泊5000円の区の保養所になっていた。

物語は、奈津子が幼い頃両親と弟4人で出かけた豪華絢爛たるホテルの様子と、今訪れているホテル様子を往還しながら進行していく、その中に、母と弟、太一との生活エピソードが盛り込まれる。
一貫して、太一の描写は望洋としてつかみどころのない人物として描かれている。

旅の終わりが近づいた、海岸で、

この人は、特別な人なんだ。奈津子は太一を見て思った。今まで見ることのなかった、生まれて初めて見た、特別な人間。だけどそれは特別な不思議さだった。奈津子はそんな太一の傍にいても、なんの嫉妬も覚えない。そして一方、特別な人間の妻であるという優越感も覚えない。ただとても大切なものを拾ったことだけはわかる。それは、一時のあずかりものであり、時がくればまた返すものなのだ。

旅行から帰った次の日、太一の電動車椅子の試験があった。

一ヶ月後電動車椅子が届いた。

「乗ってみて」
奈津子が言うと、太一が車椅子に乗って、奈津子の周りを旋回した。
「なっちゃんは?なにか買い物ある?欲しいものとか」
「私の欲しいもの?」
奈津子は黙った。自分の欲しいものを奈津子は知らなかった。自分がなにが欲しいのか、考えたことがなかったのだ。
「これからは、僕が買い物にいけるんだよ、なっちゃんが欲しいもの、僕のお小遣いで買ってあげるよ」
太一の言っていることが、とても壮大なたくらみのように奈津子には響いた。


「行ってくるよ」あっという間もなく太一は車椅子で駐車場の外へ行ってしまう。
そしてエンディング・・・・・・上記(最終部)

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2012.03.12

吉村昭著 三陸海岸大津波

Sannrikutunami

3.11後、メディアで取り上げられて、書店に平積みになっていました。
その時買って読み始めたのですが、気が重く読み続けることが出来ませんでした。
最近になって読み返してみました。

三陸海岸大津波
2004年3月10日 第1刷 
2011年4月1日  第8刷
文春文庫

原題『海の壁―三陸海岸大津波』 1970年 中公新書
「三陸海岸大津波」 1984年8月 中公文庫刊


本書の解説(高山文彦)がこの本の本質をよく表現しているので引用します。

吉村氏は徹頭徹尾「記録する」ことに徹している。だから、付け焼き刃的なフォークロアの甘いアプローチをしない。情緒的な解釈もしない。圧倒的な事実の積み重ねの背後から、それこそ津波のように立ち上がってくるのは、読む側にさまざまなことを考えさせ、想起させる喚起力である。

TVでは相変わらず情緒的な内容の放映が繰り返されています。
否定はできませんが、TVから流れる映像は、考えるいとまを与えないような気がします。
写真、文章は、自分なりに咀嚼して次に進むいとまがあります。
ここ数日、東日本大震災の写真展を投稿してきたのもその所以です。
最近、過去の記録を読み返し、そして学び直すという事が盛んなようですが、賛成ですね。
本書は本(文章の力)を再認識させてくれました。

以下、本書の目次です。

まえがき
1、明治二十九年の津波
  前兆
  被害
  挿話
  余波
  津波の歴史
2、昭和八年の津波
  津波・海彇・よだ
  波高
  前兆
  来襲
  田老と津波
  住民
  子供の眼
  救援
3、チリ地震津波
  のっこ、のっことやって来た
  予知
  津波との戦い

前の投稿にも載せましたが本書の結び部分です。

明治二十九年の大津波以来、昭和八年の大津波、昭和三十五年のチリ地震津波、昭和四十三年の十勝沖地震津波等を経験した早野幸太郎氏(八十七歳)の言葉は、私に印象深いものとして残っている。
早野氏は言った。
「津波は、時世が変わってもなくならない、必ず今後も襲ってくる。しかし、今の人たちは色々な方法で十分警戒しているから、死ぬ人はめったにないと思う」
この言葉は、すさまじいいくつかの津波を体験してきた人のものだけに重みがある。
私は、津波の歴史を知ったことによって一層三陸海岸に対する愛着を深めている。屹立した断崖、連なる岩、点在する人家の集落、それらは、たび重なる津波の激浪に堪えて毅然とした姿で海と対している。そしてさらに、私はその海岸で津波と戦いながら生きてきた人を見るのだ。
私は、今年も三陸海岸を歩いてみたいと思っている。


そして、さらに本書の一文

三陸海岸を旅する度に、私は、海にむかって立つ異様なほどの厚さと長さをもつ鉄筋コンクリートの堤防に眼をみはる。三陸海岸が過去に何度も津波の被害を受けているということはいつからともなく知っていたし、堤防が津波を防ぐものだということにも気がついていた。が、その姿は一言にしていえば大げさすぎるという印象を受ける。或る海岸に小さな村落があった。戸数も少なく、人影もまばらだ。が、その村落の人家は、津波防止の堤防にかこまれている。防潮堤は、呆れるほど厚く堅牢そうにみえた。見すぼらしい村落の家並みに比して、それは不釣り合いなほど豪壮な構築物だった。私は、その対比に違和感すらいだいたが、同時にそれほどの防潮堤を必要としなければならない海の恐ろしさに凍りつくのを感じた。 私が三陸津波について知りたいと思うようになったのは、その防潮堤の異様な印象に触発されたからであった。そして、明治二十九年と昭和八年に津波史上有数な大津波があったことも知るようになった。 私は資料を出来るだけ集め、三陸海岸へとむかった。そして体験者の話をきいてまわるうちに、津波の恐ろしさが私の胸にも実感となって迫った。

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2012.02.22

田中慎弥著 小説 共喰い

Tomogui

毎年芥川賞受賞作は読んでいますが、今年はなにかと話題の田中慎弥さん。
同時受賞の円城塔さんが目立たなくなってしまい可哀想な気もします。

さて、この作品。
人物描写、場面設定とそのディテールもしっかり表現されていて、うまいなーという感じ。
読み進むうちに物語の進行が気になり、結末を読みたくなってしまう程。
この力量は十分評価されてしかるべきと思いましたがしかし、新鮮さ、発見と驚きがないのも事実。
何でもありの過多な情報の渦の中で、余程の作品でないと驚かなくなってきたこの頃、小説家も大変だな、と。


昭和六十三年の七月、十七歳の誕生日を迎えた篠垣遠馬はその日の授業が終わってから、自宅には戻らず、一つ上で別の高校に通う会田千種の家に直行した。といっても二人とも、川辺と呼ばれる同じ地域に住んでいて、家は歩いて三分も離れていない。

小説の導入部です。

海に注ぐ淀んだ川の川辺にある地方都市の街で、遠馬は父親円と継母琴子さんと住んでいる。
歩いてそう遠くない所の、川沿いに遠馬の生みの親仁子さんが魚屋を営んでいる。
仁子さんは、戦争中の空襲で右手首から先を失い、それが原因で縁談が駄目になってしまう。
そんな仁子さんは、祭りで知り合った円と結婚する。
円はセックスの時に暴力をふるうという癖がある。
たび重なる出来事に、仁子さんは我慢できず、元々住み込みで働いていた魚屋にもどったのだ。
遠馬は円が継母琴子さんとの交渉時にも暴力をふるう、そんな場面を二階から見下ろして知ってもいる。

遠馬は遠馬で千種と交渉を繰り返す日々をおくっている。
ある時、拒む千種の首を絞める格好になり、それから千種とは疎遠に・・・・

円は、飲み屋の客と琴子さんの関係を疑っている。
その琴子さんが円の子供を宿す。
しかし、何故か遠馬には、家を出ることをほのめかす。

仁子さんの魚屋の川むこうのアパートには円と関係があった女がいて、いつもアパートの角に腰かけている。
千種に会えないで悶々としている遠馬が、アパートの前を通りかかると、女が遠馬の手を引いて自分の部屋に・・・遠馬は交渉の中で暴力をふるってしまう、父と同じように、父の血なのだと・・・・

小高い丘の社では祭りの準備が始まっている。
子供が遠馬の家にやってきて、踊りを教えてくれと社に誘い出す。
そこには千種が待たされていた。
子供たちの計らいごとだった。
二人は言葉をかわす・・・・・
まもなく「あさってここで待っちょるけえ」と言って千種は帰る。

次の日は大雨になった。
琴子さんは「ほんなら、馬あ君」と家を出る。

琴子さんが家を出た翌日、昼になって酒臭い円が帰ってきた。
暫く遠馬と話をした後、「わしの子、持ち逃げしやがってから。」と下駄をはき、昨日からの大雨で水になった道へ駈け出して行く。

琴子さんはどこまで行ったのだろうか、これからどうなるのか・・・・・遠馬は不安に思う。

しばしの時間が経過し、走って玄関にかけ込んだ子供が、「馬あ君、お社、お社」「馬あ君のお父さんがあ。」「千種ちゃんがあ。」「ごめえん。止められなかったんよお。」
子供たちの叫びを聞いて、遠馬は社に向かって走り出す。

遠馬が社に着くと、動けなくなっている千種がそこにいた・・・・・

そして・・・・・


物語はエピソードを織り交ぜががら以上のような筋書きで進行します。

そして、そして・・・・・・そして、そして。

撰者の何方かが選評で、最後の一行はいらないと書いておられましたが、私もそう思いました。


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2011.12.23

猪瀬直樹著 東条英機 処刑の日 アメリカが天皇明仁に刻んだ「死の暗号」

Jimi


たまには本の話題でも。
今日は天皇誕生日ですね。

本の帯には、こう書かれています。

昭和23年12月23日午前0時1分30秒
皇太子明仁の誕生日になぜA級戦犯7人の死刑は執行されたのか?

プロローグで死刑執行の前日のGHQの担当官シーボルトの一日を追いかけています。その晩、そしていよいよ巣鴨での死刑執行までの、その段取りを7人の動静を、教誨師を含めて情景描写しています。
「なぜこれほど正確に、すなわち十二月二十三日零時一分三十秒に執行されなければならなかったのだろうか。念入りに予行演習をしなければ出来ない作業である」締めくくりの文章です。

一通の相談ごとの手紙が届きます。
祖母の日記が見つかり、その日記帳の記述は昭和23年12月7日で終わっています。
『ジミーの誕生日の件、心配です』と書かれて・・・
祖母はなにを心配していたのでしょうか。

相談者の祖母は子爵夫人。

そして相談者からその日記を預かることになります。

なぞ解きが始まります。
学習院の英語教師バイニング夫人は授業中に使う呼び名を全生徒につけました。皇太子明仁に付けた呼び名がジミーです。
昭和20年の関東大空襲の頃から23年の死刑執行の日までを過去と現在を往還しながら、その謎を追いかけていきます。相談者に、森ビル、根津美術館、岡本太郎美術館、骨董通り等で会って説明するという進行になっていて、こちらも過去、現在の背景を際立たせています。

戦争開始前の御前会議、そして開戦。政治家、軍人の動静、終戦の年、戦争責任、政治家、軍人の身の処し方、GHQ、マッカーサー、日本を収めるための天皇の処遇、東京裁判、憲法、皇室典範、皇太子明仁を巡る軍人、そして侍従たちの懸念。そして子爵夫人の生活、恋愛。
なるほど、なるほどの連続で読み応え有ります。
読み終えて、何よりも、今上天皇の戦後を思うと、その背負った重圧に何とも言えない気分になってきます。その慰霊行幸のお姿を思い返してしまいます。

梯久美子の解説も良いですよ。

猪瀬直樹氏は、子爵夫人の日記に残された謎を解き明かしながら、アメリカが日本に仕掛けた対日占領政策の大きな構図を浮かび上がらせていく。それによって、現代の日本と占領期の日本との間に漂う霧のような薄闇を払って行くのである。

目次
プロローグ
第一章 子爵夫人
第二章 奥日光の暗雲
第三章 アメリカ人
第四章 天皇の密約
第五章 四月二十九日の誕生日
第六章 退位せず
終章  十二月二十三日の十字架
  

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2011.07.19

ヘルマン・ヘッセ 庭仕事の愉しみ

何か最近、歳のせいでしょうか、庭という文字をみると反応してしまいます。
映画でもそうなんですけど、本屋に行ったら、見つけてしまいました。
ヘルマン・ヘッセ「庭仕事の愉しみです」


こちらではこのごろようやくひどく暑くなってきました。そしてほとんどの日に私のやれることといえば、毎日の庭仕事だけです。つい先頃、雷雨がひどい雹を降らして、ほとんどすべてのものを打ち砕いてしまいました。ですから、することなら充分にあるのです。トマトの株に水をやるときとか、一本の美しい草花の根本の土をやわらかくするときには、芸術家がしばし抱く「こんなことをして意味があるのか?」とか「こんなことがいったい許されるのだろうか?」といったようなあの呪わしい感情を持つことはありません。決して。それどころか、私たちは自分の行為に満足しています。そしてこういう満足感はときどき必要なんです。

(1935年初夏 アルフレート・クービンあての手紙より)
芸術家ならずとも、分かる様な気がするのですが....

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ヘッセの水彩画も良いですね。

Hesse
草思社文庫
2011年6月10日  第一刷発行
著者 ヘルマン・ヘッセ
編者 フォルカー・ミヒェルス
訳者 岡田朝雄
発行所 草思社

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2011.06.20

カズオ・イシグロ著 日の名残り

この様な本にめぐり会えると、何処にも行かないで、読書三昧という生活も良いかな...なんて思ってしまいます。丹念に書き込まれていく人物、情景描写の巧みさに感心しているうちに、筋書きに興味深々。

本書のプロローグ、書き出し部分です。
一九五六年七月
ダーリントン・ホールにて

ここ数日来、頭から離れなかった旅行の件が、どうやら、しだいに現実のものになっていくようです。ファラデー様のあの立派なフォードをお借りして、私が一人旅をする.....もし実現すれば、私はイギリスで最もすばらしい田園風景の中を西へ向かい、ひょっとしたら五、六日も、ダーリントン・ホールを離れることになるかもしれません。

スティーブンスは、ダーリントン・ホールで人生のすべてを執事という仕事に捧げてきた自他ともに認める一流の執事。新しい主人ファラデー様は八月九月、五週間ほどアメリカに帰ってくることになっている、この旅はファラデー様のご厚意によるもの。物語は、その六日間の旅の中でのの出来事と、ダーリントン・ホールでの出来事の回想で構成されている。
一日目 夜  ソールズベリーにて
二日目 朝  ソールズベリーにて
二日目 午後 ドーセット州モーティマーズ・ポンドにて
三日目 朝  サマセット州トーントンにて
三日目 夜  デポン州タビストック近くのモスクムにて 
四日目 午後 コーンヲール州リトル・コンプトンにて
六日目 夜  ウェイマスにて

前の主人ダーリントン卿のが失意のうちに亡くなり、親族の誰も彼の屋敷ダーリントン・ホールを受け継ごうとしなかった。スティーブンスのスタッフも辞めていき深刻な人手不足になる中、アメリカ人の富豪ファラディ氏が買い取ったのだった。そんな中、かつて女中頭を勤めていたミセス・ベン(旧姓ミス・ケントン)から手紙が届く。
結婚生活が上手くいっていないようなのだ.....スティーブンスは職場復帰してくれると嬉しいと思う。
そして旅の最後にミセス・ベンに会う事にしている。ダーリントン・ホールを切り盛りしてきた二人は、淡い思いを持ていた。

物語は1956年の「現在」と1920年代から1930年代にかけての回想シーンを往復しつつ進められる。

第一次世界大戦後、スティーブンスが心から敬愛する主人・ダーリントン卿は、再び過去の戦争による惨禍を見ることがないように、ドイツに過酷なヴェルサイユ条約に反対の立場をとり秘密の会合を繰り返していた。ドイツ政府とフランス政府・イギリス政府を宥和させるべく奔走していたのだが、会合後の会食の席でアメリカ政府関係者からは「アマチュア的発想で、危険だ。プロに任せるべきだと」批判を受ける。実際、ダーリントン卿はナチス・ドイツによる対イギリス工作に巻き込まれていく。
忠実な執事であるスティーブンスは、疑いを持たず?ただ只管、身を粉にして働き続ける、そんなスティーブンスと女中頭ミス・ケントンは、いがみ合うこともしばしば、そして当てつけるように、ミスター・ベンと結婚して辞めてしまう。

ダーリントン・ホールでの過去の出来事が、六日間の旅の中、接する人々との会話から、回想されていく。

そして旅の終わりに、スティーブンスはミセス・ベンと再会をする。
「決して、幸せな結婚ではなかったけれど、娘に初孫が生まれ、ベンとの生活に幸せを見つけられる様になった」といわれ、ミセス・ベンの職場復帰もなくなる。

ミセス・ベンと別れ、夕暮れ時、とある桟橋で偶然出会った、執事のもとで働いた経験のあるという男と話すうちに涙がこぼれてくる。その涙の意味は......
ダーリントンホテルに戻る時が来た。
心新たに、悩みの一つであったジョーク、アメリカ人であるファラディ様を笑わせるようなジョークを練習しよう、と。

Hinonagori
日の名残り
著者 カズオ・イシグロ
訳者 土屋政雄
ハヤカワepi文庫
2001年5月31日発行
2011年5月10日15刷り 


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2011.06.05

カズオ・イシグロ著 わたしを離さないで

まだ読んでいない方の為、ストーリーの詳細は記せませんので.....

私の名前はキャシー・H。いま三十一歳で、介護人を十一年以上やってます。
この小説の冒頭部分です。
寄宿施設ヘールシャムで生まれ育った、親友トミー、ルースの介護人も努めたキャシーは、あと八か月、今年の終わりまでは勤めてくれと言われている。

物語は、遡って生まれ育ったヘールシャムでの生活が、親友キャシー、トミー、ルースを中心に丹念な筆致で回想されていきます。
保護官といわれる教師、図画工作に熱心な教育、定期的に訪れる謎めいたマダム、展示会の存在?そして作品がマダムに選ばれる喜び。淡々と描かれていくヘールシャムの生活に謎めいた挿話が埋め込まれていきます。

そんな中、ルーシー先生は、決意を込めて言います。
「あなた方は、教わっているようで実は教わっていません。それが問題です。形ばかり教わっていても、誰一人、本当に理解しているとは思えません。そういう現状をよしとしておられる方も一部いるようですが、わたしはいやです。あなた方には見苦しい人生を送ってほしくありません。そのためにも、正しく知っておいてほしい。
ーー中略ーー
あなた方は一つの目的のためにこの世に生み出されていて、将来は決定済みです。ですから、無益な空想はもうやめなかればなりません。間もなくヘールシャムを出ていき、遠からず、最初の提供を準備する日が来るでしょう。それを覚えておいてください。みっともない人生にしないため、自分が何者で、先に何が待っているかを知っておいてください」
そして、ルーシー先生はへルーシャムを去っていきます。

やがて、十八歳になると仲間たちはヘールシャムを出ていくことになります。
この小説の面白さが加速していきます。
どんどん先が読みたくなってきます。
いよいよ提供者としての彼らの生活が始まります、そしてなんとも冷徹な結末が....。


カズオ・イシグロは言います。
この小説の設定はメタファーとして選んだものだと...全ての人間の根幹にに当てはまる、人間の根幹を描く物語であると。

この小説は映画化されています(3月一般公開)
キーラ・ナイトレイがルース役で出演しています。
プライドと偏見のキーラ・ナイトレイがお気に入りなんですけど、どんなルースになっているか?チョット楽しみです。
予告編は見ましたけど本編、絶対見ないと...ですよね。
何れ、DVDで....忘れないように。

Isigurowatasiwo
わたしを離さないで
著者 カズオ・イシグロ
訳者 土屋正雄
ハヤカワepi文庫(早川書房)
2008年8月25日発行
2011年4月10日13刷  

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