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2019.09.30

北海道東部観光2日目 メルヘンの丘 博物館網走監獄 網走の海岸 2019年9月

北海道東部観光2日目の日程
この日は海が荒れていて、知床半島クルーズが中止になり残念でした。予定を変更して、鮭の遡上見学、知床世界遺産センターの見学が追加されました。

温泉旅館🚌メルヘンの丘🚌博物館網走監獄🚌網走海鮮問屋(昼食)🚌オシンコシンの滝🚌知床(知床半島クルーズ🚢(この日は海が荒れていて中止))🚌道の駅うとろ・シリエトク🚌知床一湖🚌知床・ウトロ温泉のホテル🚌夕食後、知床ナイトサファリ🚌ホテル帰着
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メルヘンの丘
メルヘンの丘は、北見・網走間を結ぶ国道39号沿いに位置しています。
路側帯にバスを止めて、15分間の撮影タイム。バイク旅の方も盛んに撮影していました。
黒澤明監督作品「夢」のロケ地だそうです。
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バスはメルヘンから監獄へ直行します。 

博物館網走監獄
—HPから—
博物館網走監獄とは
博物館網走監獄は、明治以来、網走市と深く関わりを持っていた網走刑務所旧建造物を保存公開する野外歴史博物館です。網走国定公園の景勝天都山網走湖側に位置し、敷地面積は約東京ドーム3.5個分に相当します。ユニバーサルミュージアムを指標に、日々施設充実を目標に地域に根ざした活動を進めています。

あまり興味はなかったのですが、実際見学してみるとなかなか面白く、勉強にもなりました。
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正門


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旧網走監獄庁舎
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放射状 舎房入口

小説・テレビになった脱獄事件(Y・S事件)
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旧網走監獄 舎房内部 上に脱獄するY・Sがいます。

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教誨堂内部

歴史館メイン展示は、中央道路の開削をテーマにした映像展示です。
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—HPのから—
網走刑務所は最初「網走囚徒外役所」と呼ばれ中央道路開削工事のため明治23年1200人もの囚人が送り込まれました。
道無き道を進む囚人の旅は険しい地形と熊との戦いだったと言います。道央とオホーツク沿岸を結ぶ道路の開削工事が、千人を超える囚人により昼夜兼行で強行されました。逃亡を防ぐため囚人は二人ずつ鉄の鎖でつながれながら(連鎖という)の重労働でした。工事現場が山中深く移動するにつれ食料運搬がうまく行かなくなり栄養失調やケガなどで死亡者が続出困難を極める難工です。 あまりの苦痛に耐え切れず逃亡を企てて看守に抵抗しようとした者は、その場で斬り殺されたのです。たとえ首尾よく逃げられたとしても食料もなにもない山の中のこと、結局、戻って来るしかありませんでした。
死んだ囚人たちは、現場に埋葬され目印に鎖を墓標のそばに置いたと言い伝えられ、そこで誰言うともなしに囚人たちの墓を「鎖塚」と呼ぶようになりました。昭和30年頃から郷土史を研究する人々や住民を中心にこれらの遺骨を発掘する作業が熱心に進められ今では追悼碑やお墓が建てられるまでになりました。千人の従事者から看守も含め、二百人以上の犠牲者を出したというのです。北海道での囚人労働は炭鉱や硫黄採取などでも行われ、そのつど多数の犠牲者を出していました。特にここは犠牲者が多く、囚人道路と呼ばれています。「囚人は果たして二重の刑罰を科されるべきか」と、国会で追及されるに及びついに明治27年廃止されたのです。

博物館で撮った写真の纏めです。



私たちを乗せた観光バスはその囚人道路を走り抜ける(走り抜けた)のでした。

そして、昼食をとる海産問屋に向けて網走の海岸を・・美しい知床連山の稜線を遠望しながら観光バスが走ります。
昼食後、海岸に降りてみました。オホーツク海のくっきりとした水平線、美しい雲、知床連山・・北海道らしい風景です。
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2019.09.28

円山応挙から近代京都画壇へ

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「円山応挙から近代京都画壇へ」は、
東京藝術大学美術館で開催されています。


会期
前期:2019年8月3日(土) - 9月1日(日)
後期:2019年9月3日(火) - 9月29日(日)

この展覧会の主題は、応挙、呉春から戦前までの系譜を丁寧に追うことで、円山・四条派の全貌に迫るとともに、日本美術史のなかで重要な位置を占める京都画壇の様相の一端を明らかにするものです。

ということで、先ずはHPの解説からです。
—HPの解説—
江戸時代、京都では、伝統的な流派である京狩野、土佐派をはじめとして、池大雅や与謝蕪村などの文人画、近年一大ブームを巻き起こした伊藤若冲や曽我蕭白、岸駒を祖とする岸派や原在中の原派、大坂でも活躍した森派など、様々な画家や流派が群雄割拠のごとく特色のある画風を確立していました。しかし、明治維新以降、京都画壇の主流派となったのは円山・四条派でした。円山・四条派とは、文字通り円山派と四条派を融合した流派です。

円山派の祖である円山応挙が現れたことで京都画壇の様相は一変しました。応挙が得意とした写生画は画題の解釈を必要とせず、見るだけで楽しめる精密な筆致が多くの人に受け入れられ、爆発的な人気を博しました。京都の画家たちはこぞって写生画を描くようになり、応挙のもとには多くの門下生が集まって、円山派という一流派を形成しました。
四条派の祖である呉春は、初め与謝蕪村に学び、蕪村没後は応挙の画風を学んだことで、応挙の写生画に蕪村の瀟洒な情趣を加味した画風を確立しました。呉春の住まいが四条にあったため四条派と呼ばれたこの画風は、弟の松村景文や岡本豊彦などの弟子たちに受け継がれ、京都の主流派となりました。呉春が応挙の画風を学んでいる上、幸野楳嶺のように円山派の中島来章と四条派の塩川文麟の両者に師事した画家も現れたこともあり、いつの頃からか円山派と四条派を合わせて円山・四条派と呼ぶようになりました。
応挙・呉春を源泉とする円山・四条派の流れは、鈴木百年、岸竹堂、幸野楳嶺等へと受け継がれ、それぞれの門下から、近代京都画壇を牽引した竹内栖鳳、山元春挙、今尾景年、上村松園等を輩出しました。彼らは博覧会や、日本で初めての公設美術展覧会である文部省美術展覧会で活躍し、全国に円山・四条派の名を広めました。一方で、栖鳳たちは、自身の塾や、教鞭を執った京都府画学校や京都市立美術工芸学校、京都市立絵画専門学校で多くの近代京画壇の発展に資する後進たちを育てています。
本展では、応挙、呉春から戦前までの系譜を丁寧に追うことで、円山・四条派の全貌に迫るとともに、日本美術史のなかで重要な位置を占める京都画壇の様相の一端を明らかにするものです。

図録に掲載されている「江戸時代・京都、四条界隈再現地図」
赤文字で、絵師の名前が記されていますが、すいません読みずらいですよね!
呉春に始まる一門を四条派の呼ぶのは、門人の多くが四条通りに住んだことからです。

応挙は四条界隈を何度か引越しをしていますが最後の邸の近くには隣同士というほどの空間に伊藤若冲邸、松村呉春邸、があったことが分かります。(時代にズレがありますが・・)

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展示会場には「円山・四条派主要画家の系譜」が掲示されていて、その絵師の多彩さがよく分かります。
勿論それぞれの絵師の作品が展示されていてその継承と個性を楽しむことができます。

展示は、東京での展示が約10年ぶりとなる大乗寺襖絵から始まります。

山陰地方の真言宗の古刹大乗寺には、応挙と13人の弟子たちが絵筆を揮った障壁画面165面が現存しています。
大乗寺客殿孔雀の間を彩るのは応挙が死の3ヶ月前に描いた松に孔雀図です。部屋は西面にあり、光の当たり方によって孔雀の羽毛は青色に、松の葉は緑に見えるし、幹は茶色に見える・・・・とのことです。
私も、展示作品をあらゆる方向から観察してみましたが・・・・
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重要文化財 松に孔雀図 円山応挙 寛政7年(1795) 兵庫・大乗寺

その他の大乗寺襖絵展示。
少年行図 山本守礼 江戸時代後期 兵庫・大乗寺
採蓮図 亀岡規礼 江戸時代後期 兵庫・大乗寺
群山露頂図 呉春 天明7年(1787) 兵庫・大乗寺
四季耕作図 呉春 寛政7年(1795) 兵庫・大乗寺

続いての展覧会構成は次の通りとなっています。
すべては応挙にはじまる。
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重要文化財 写生図巻(甲巻)(部分) 円山応挙 明和8年~安永元年(1771-72) 株式会社 千總

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重要文化財 写生図巻(乙巻)(部分) 円山応挙 明和7年~安永元年(1770-72) 株式会社 千總


孔雀、虎、犬。命を描く。
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猛虎図 岸竹堂 明治23年(1890) 株式会社 千總

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春暖 竹内栖鳳 昭和5年(1930) 愛知県美術館(木村定三コレクション)

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薔薇蝶狗子図 長沢芦雪 寛政後期頃(c.1794-99) 愛知県美術館(木村定三コレクション)

 

山、川、滝。自然を写す。
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重要文化財 保津川図(右隻) 円山応挙 寛政7年(1795) 株式会社 千總

美人、仙人。物語を紡ぐ。
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重要美術品 江口君図 円山応挙 寛政6年(1794) 静嘉堂文庫美術館

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楚蓮香之図 上村松園 大正13年頃(c.1924) 京都国立近代美術館

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2019.09.26

奥の細道330年 芭蕉

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「奥の細道330年 芭蕉」は、
出光美術館で開催されています。

会期 2019年8月31日(土)~9月29日(日)

江戸時代前期に活躍した俳人・松尾芭蕉(1644 - 94)は、敬慕する西行(1118 - 90)らがめぐった「歌枕」を自分の脚で辿り、追体験することを目的として奥の細道の旅に出ます。(HPより)
私も真似っこで、松島(宮城)、平泉(岩手)、立石寺(山形)、出雲崎(新潟)をかつて訪れました。芭蕉の句を思いながら景色を旅したのは楽しい思い出です。

出雲崎は良寛の生誕地でもあり、私は良寛の史跡巡りもしてきました。この展覧会には、芭蕉と良寛に私淑していた小杉放庵作品の展示コーナーもあります。小杉放菴は好きな画家です。日光にある小杉放菴記念日光美術館館もお薦めです。

夏草や 兵どもが 夢の跡

閑さや岩にしみ入る蝉の声

荒海や佐渡によこたふ天河

俗に、芭蕉の句とされている『松島や ああ松島や 松島や』の句は、後世の人が、芭蕉が絶句した気持ちを詠んだもの。芭蕉は、松島では一句も詠んでいません。同行の曾良が一句詠んでいます。

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本展のハイライトは約20点もの貴重な芭蕉の自筆作品です。

さらに、以下の展示にも注目です。

芭蕉が最晩年に、自ら描いたとされる「旅路の画巻」

与謝蕪村の超大作「奥之細道図」(展示は下巻のみ、京都国立博物館蔵、重要文化財)
与謝蕪村は芭蕉を敬愛し、若いころに『奥の細道』をたどる旅に出ています。

芭蕉句を引用したした仙崖の作品も展示されています。仙崖さんらしくて楽しい絵と画賛です。

東の良寛、西の仙崖ですね。

展覧会の構成は次の通りです。
第1章 名句の響き ―芭蕉の筆跡を賞でる
第2章 旅の情景 ―奥の細道をめぐる
第3章 名所・旧跡をよむ ―歌枕の世界
第4章 思いを紡ぐ ―芭蕉から放菴まで

以下、展覧会場のキャプションを参考にしています。
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発句画賛「野をよこに」書 松尾芭蕉/画 森川許六 江戸時代
野をよこに    はせを
 むま引きむけよ
    ほとゝきす
奥の細道の旅中、黒羽を発って那須野の殺生石に向かう途中で馬子に乞われて馬上で詠んだ即興の発句を書いたもの。
芭蕉の門人許六が馬子にひかれる芭蕉の姿を画に描いている。

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発句短冊「枯朶に」 松尾芭蕉 江戸時代
枯朶にからすの
  とまりけり 秋の暮 
         華桃青
初冬の夕暮れの景色を詠んだ発句。 

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発句短冊「櫓声波をうて」 松尾芭蕉 江戸時代
櫓聲波を打て    はせを
  腸凍る夜や涙
「寒々とした深川の草庵で、櫓が波を打つ音を聴いていると腸まで凍えそうだ」と詠じている。

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発句短冊「ふる池や」 松尾芭蕉 江戸時代
ふる池やかはつ飛込水の音
          はせを
貞享3年(1686)の春、深川の芭蕉庵で「蛙」を主題とする句会が催されるが、その時の発句をしたためたもの。  

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発句自画賛「はまぐりの」 松尾芭蕉 江戸時代
はまくりのいけるかひ
      あれとしの
         くれ
         はせを
本発句は「活き貝」と「生き甲斐」が掛けられており、「自分も生き甲斐のある年を迎えたい」というしみじみとした歳末の気持ちが詠まれている。

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芭蕉像 松村月渓 江戸時代
よしのゝ花に句なし
   行はるに和哥浦
     にて追付たり
        はせを

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奥の細道 谷中 小杉放菴 昭和時代

全て出光美術館蔵です。

 
—HPの解説—
江戸時代前期に活躍した俳人・松尾芭蕉(1644 - 94)は、敬慕する西行(1118 - 90)らがめぐった「歌枕」を自分の脚で辿り、追体験することを目的として奥の細道の旅に出ます。門人・河合曾良(1649 - 1710)を随行し、元禄2年(1689)3月下旬に江戸を出立。白河の関を越えて、松島・平泉を巡り、出羽の各地を遊歴しました。その後、越後・越中・加賀・越前へと旅して、8月下旬には美濃大垣へと至ります。こうした約600里(2400キロ)の旅路は、半年にも及びました。行く先々で目にした景物を題材に優れた俳諧作品が生まれ、自筆の短冊や懐紙なども多く残しています。この旅をもとに、亡くなる元禄7年(1694)の4月に編まれたのが紀行文『おくのほそ道』です。
今年は、芭蕉が奥の細道の旅に出て、330年の記念の年を迎えます。これを記念して本展では、出光コレクションの中から芭蕉の自筆作品を厳選し、他館の名品もお借りして、約20点もの芭蕉の書をご紹介いたします。多様に展開する芭蕉の書の魅力をお伝えするとともに、芭蕉の真跡を捉え直す機会になれば幸甚です。また、『おくのほそ道』をめぐる名品や芭蕉を敬慕した者たちの書画作品も展示し、芭蕉や俳諧にまつわる美術をお楽しみいただきます。

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2019.09.25

北海道東部観光初日 美瑛・四季彩の丘 旭山動物園 2019年9月

北海道東部観光初日の日程です。
羽田空港新千歳空港🚌富良野・ファーム富田🚌美瑛・青い池🚌美瑛・四季彩の丘🚌旭山動物園🚌温泉ホテル
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美瑛・四季彩の丘
—HPのから—
わたしたちについて
広い。広い。大地に広がる観光の丘。
美瑛といえば丘。その美しい景色は自然そのものではありません。
さまざまな野菜や穀物、お花など、人の営みがあるからこそ、
このパッチワーク柄の景色になるのです。
「四季彩の丘」は広大な畑をはじめ、北海道らしい体験、ペンションがそろった
美瑛を象徴するエンターテイメント・ガーデンです。

美瑛エリアで最も規模が大きく総面積約15万平方メートルの広さです。
カート、バギーやトラクターバス「ノロッコ号」で巡ることもできます。
アルパカ牧場もあります。

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旭川動物園
動物園の規模としては、それほどではありません。
短い滞在でしたが「行動展示で有名な動物園」というキャッチコピーは納得です。
動物との距離感も良いですね。

例えばホッキョクグマ、こんな感じで写真に収めることができました。
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金網のすぐそこにアムールヒョウが、動画の中では振り向いてくれています。
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なんとも恐ろしい体つきののカバさん。目が可愛い!
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ペンギンの散歩が有名だと思うのですが・・・?
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キタキツネは就寝中(展示ケースのガラスがくもっていたので・・)
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2019.09.24

北海道東部観光初日 富良野・ファーム富田  美瑛・青い池 (2019年9月)

北海道東部観光初日の日程です。
羽田空港新千歳空港🚌富良野・ファーム富田🚌美瑛・青い池🚌美瑛・四季彩の丘🚌旭山動物園🚌温泉ホテル
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ファーム富田は、ラベンダー畑で有名です。総面積20万㎡の広大な敷地に12の花畑があります。
年間100万人が訪れるそうです。

今回は、ラベンダーの紫一色に染まる風景は見ることはできませんでした。(7月上旬から下旬に限られた風景だそうです)
ラベンダーはグリーンハウスに僅かながら咲いていました。
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でも、ケイトウ、サルビア、マリーゴールドなどを整然とと並べたお花畑は美しかった。
売店のメロンも美味でした。
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ファーム富田から美瑛・青い池に向かって移動中に牛ちゃんです。 
離乳牛を預かって育てる施設と記憶していますが?定かではありません。

 

美瑛・青い池
「神秘の池」と聞くと、山道を、林の中を暫く歩いて突然「青い池」が現れるという情景を思い浮かべてしまいますが・・・
実際は駐車場でバスを降りると直ぐ遊歩道、直ぐ「青い池」です。

「立ち枯れたカラマツと青い水面」その景色は美しいことに違いはありません。
晴天、雲り空、春夏秋冬、朝、昼、黄昏時でその表情は微妙に変化するのでしょうね。
11月になるとライトアップが行われるそうです。
青くなる理由、池の由来などは、ここには記さないことにします。

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2019.09.23

北海道東部観光地の空 2019年9月

北海道東部を2泊3日で観光してきました。
ほぼ曇天の日々でしたが、空、雲がとても美しかった。
東京でこのような空は見たことないな~
広大な自然に広がる空だからなのでしょうか?とても新鮮でした。

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どこだっけ?北海道らしい景色だと思いました。

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四季彩の丘
旭川〜占冠を結ぶ国道237号は通称花街道といわれ、美瑛、富良野間には花畑が点在します。
四季彩の丘は、美瑛エリアで最も規模が大きく、総面積約15万㎡の広さです。

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四季彩の丘

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めまんべつ メルヘンの丘
畑の向こうにカラマツが間隔をあけて立っています。
黒澤明監督の作品「夢」の撮影地だそうです。
メルヘンの丘は北見、網走間を結ぶ国道39号沿いに位置しています。
写真撮影のためにだけにバスを降りました。

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網走、海岸沿いの海鮮問屋の食堂で昼食(海鮮丼)後、海岸に降りてみました。 
オホーツク海のくっきりした水平線が印象的でした。

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知床五湖の一湖に向かう遊歩道を歩いていると、虹が・・ 
観光船の欠航を残念に思ってくれて、カムイがプレゼントしてくれたのでしょうか?この日は虹に恵まれました。

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摩周湖(川上郡弟子屈町)
摩周湖はカルデラ湖で、湖に接する河川がないことから、外部から 有機物の流入がほとんどありません。
湖面に何も映らない青墨の色面のような、ひたすら静かなこの日の湖面も素晴らしかった。

オシンコシンの滝見学後に知床海岸(斜里郡)を走行中(知床国道(334))に突然虹が現れました。観光バスの中では歓声が上がりました。

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2019.09.22

嶋田 忠 野生の瞬間 華麗なる鳥の世界 

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オウゴンフウチョウモドキ 2008年 作家蔵

「嶋田 忠 野生の瞬間 華麗なる鳥の世界」は、
東京都写真美術館で開催されています。

会期 2019年7月23日(火)〜9月23日

スマホ、デジカメで、いつでも、いくらでも写真を撮ることができるようになった今、ますますプロの写真家の作品の素晴らしさには驚かされます。特に小禽の写真は棲息地、技術的にも難しいですね。そんな素晴らしい写真を見にこの美術館にはよく出かけます。

嶋田氏は1949年埼玉県生まれで、80年に北海道千歳市に移り住み、以後北海道に移り住み、以後北海道を拠点に、内外の自然写真を撮り続けています。
先日、北海道に行ってきましたが、ミニ旅行では、出会うことすらできない野生の瞬間を切り取っています。

嶋田氏はインタビューの中で、この様にも仰っています。
「写真を撮る行為は本当のオリジナルだとは思っていない。スケッチだと思っている。それをコンピュータというアトリエで仕上げていく、それが自分のオリジナル」

展覧会の構成は次の通りです。
Ⅰ ふるさと・武蔵野思い出の鳥たち 1971-79
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キジ 作家蔵

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カワセミ 作家蔵

Ⅱ 鳥のいる風景・北海道 1980-2017
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カワラヒワ 東京都写真美術館蔵

Ⅲ 赤と黒の世界 1981-87
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アカショウビン 東京都写真美術館蔵

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シマフクロウ 東京都写真美術館蔵

Ⅳ 世界 2009-14 2010-17
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ヤマセミ 作家蔵

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ヤマセミ 作家蔵

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シマエナガ 作家蔵

Ⅴ 緑の世界 2000-18
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オウゴンフウチョウモドキ 求愛ダンス 作家蔵

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オジロオナガフウチョウ 作家蔵

—HPの解説—
東京都写真美術館では国際的に評価が高く、現在も第一線で活躍する自然写真家・嶋田忠の個展を開催します。 嶋田 忠(1949-)は、カワセミ類を中心に、鳥獣の写真家として世界に知られています。圧倒的な存在感と神々しいまでの生命力をもったカワセミやアカショウビンを力強く捉えた作品から、湿潤な日本の風土に生きる鳥獣を、日本画の伝統である「自然から学ぶ」意識と感性に裏打ちされた目で捉えた繊細な作品まで、その多彩な表現は高く評価されています。

本展覧会では、作家の約40年に及ぶ創作活動を概観するとともに「世界最古の熱帯雨林」と言われるニューギニア島を舞台に、不思議な生態と華麗な姿で人々を魅了する貴重な野生動物を多数紹介します。嶋田忠の優れた感性と最新の技術が融合し、人間の知覚を超えて生み出される“奇跡の瞬間”に、どうぞご期待ください。

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2019.09.18

美ら島からの染と織 ─色と文様のマジック

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「美ら島からの染と織 ─色と文様のマジック」は、
渋谷区立松涛美術館で回際されています。

会期 2019年8月10日(土)~9月23日(月・祝)

本展覧会の出品はすべて制作地に直接由来する沖縄からのものであり、この点が大きな特色となります。(HPより)
国宝を含めて素晴らしい作品が勢揃いです。
3期に分けて大幅な展示替えが行われました。
人間国宝平良敏子工房での芭蕉布作品制作過程を記録したビデオが放映されていますが、大変な工程を経て貴重な作品ができるのが実感できます。

展覧会の構成は以下の通りです。
第一章 紅型ー沖縄の至高の染織品
第二章 沖縄の織物
第三章 多彩な染織品の数々ー着物以外の染織品
第四章   沖縄染織の道具  
第五章 伝統を伝えてー現代の染織品>

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白地流水菖蒲蝶燕文様紅型苧麻衣裳 国宝 18-19世紀 苧麻 丈 134.3  裄66.0 那覇市歴史博物館

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白地松桜紅葉亀松皮菱繋文様紅型木綿衣裳 国宝 18-19世紀 木綿 丈146.7 裄69.0 那覇市歴史博物館

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《苧麻浅地雲取に枝垂桜燕文様紅型衣裳》 19世紀 (一財)沖縄美ら島財団蔵


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絽織染分地鶴と松梅菊文様両面紅型胴衣 19世紀 絹 丈95.0 裄77.0 一般財団法人 沖縄美ら島財団

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黄緑地芭蕉衣裳 18-19世紀 芭蕉 丈151.5 裄75.0 那覇市歴史博物館

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《桃色地経緯絣苧麻衣裳》18-19世紀 那覇市歴史博物館蔵

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木綿浅地格子に絣衣裳 20世紀初期か 木綿 丈118.6 裄59.0 沖縄県立博物館・美術館

 

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芭蕉・黄色地経緯絣衣裳(復元)
平良敏子(1921年−/ 重要無形文化財 芭蕉布 保
持者)作 1996年 芭蕉 丈147.6 裄68.4 一般財団法人 沖縄美ら島財団

 

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城間榮喜作 《縮緬灰色地雲鳳凰に松藤水辺鳥文様衣裳》 1955年頃 沖縄県立博物館・美術館蔵

 

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苧麻紺地紋入松竹梅模様チリデーウスーヤー 19世紀か 苧麻 縦78.9 横48.0 沖縄県立博物館・美術館

 

—HPの解説—
沖縄は明治時代以前には琉球王国として栄え、そこでは独自の染織文化が花開きました。本展では、紅型をはじめとする、最高の質を誇る国宝の琉球国王尚家伝来の染織品を中心に、芭蕉布、上布などの優品を展示し、同地で発達した高度な染織文化をご紹介します。
また紅型の道具や文様見本帖などによってその技法の一端にふれ、染織文化への理解を深めていただきます。そして、今日までこうした技術が伝承されてきていることをふまえ、人間国宝の作家らによる現代の最高峰の諸作品により、沖縄の染織の現状もあわせて展覧します。
本展覧会は、沖縄県立博物館・美術館、一般財団法人沖縄美ら島財団および那覇市歴史博物館の全面的なご協力とそのコレクションにより構成いたします。通常の展覧会では国内各所からの出品が多いなか、本展覧会の出品はすべて制作地に直接由来する沖縄からのものであり、この点が大きな特色となります。

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2019.09.14

やちむん―沖縄のやきもの

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「やちむん―沖縄のやきもの」は、
東京国立博物館本館14室で開催されています。

会期 2019年6月25日(火)~9月16日(月)

沖縄で陶器や陶芸のことを「やちむん」と呼びます。
これだけの作品が(やむちんが)並ぶ展覧会は
初めて観ました。
沖縄のという場所の個性が装飾に表れていて、大いに興味を持ちました。
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以下スマホで撮った写真です。
会場のキャプションを引用しています。

壺屋焼とは、
沖縄県那覇市の中心地に位置する壺屋一帯では「荒焼(アラヤチ)と呼ばれる焼締陶器と「上焼(ジョウヤチ)と呼ばれる色絵陶器のの焼き物が作られてきました。17世紀後半尚貞(11大琉球王1645〜1709)の治世のもとで生産は本格化されたと伝えられますが、力強く華やかな絵付けが魅力の「上焼」はおもに18世紀後半から19世紀に開花したものです。
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チューカー (色絵線刻丸文水注)沖縄本島 壺屋焼 第二尚氏時代・18世紀末~19世紀 河原田盛美氏寄贈   

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チューカー (色絵梅竹文水注)  沖縄本島 壺屋焼 第二尚氏時代・18世紀末~19世紀

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チューカー(色絵蟹文水注) 沖縄本島 壺屋焼 第二尚氏時代・18世紀末~19世紀

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チューカー (藍釉線刻渦文水注)  沖縄本島 壺屋焼 第二尚氏時代・18世紀末~19世紀

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ユシビン (緑釉瓢形瓶)  沖縄本島 壺屋焼 第二尚氏時代・18世紀末~19世紀
祭祀や慶事の席に用いられる酒器。失透性の濃い銅緑釉は、沖縄で「オーグスヤー」と呼ばれる、沖縄の色絵陶器を象徴する色。

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アンビン (緑釉把手付水注)  沖縄本島 壺屋焼 第二尚氏時代・18世紀末~19世紀

絵付け—三色の世界
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セージャラ (色絵松竹梅文輪花鉢)  沖縄本島 壺屋焼 第二尚氏時代・18世紀末~19世紀
沖縄では皿のことを「セージャラ」「ケーウチ」「スールー」などという。

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ジシガーミ (厨子甕)  沖縄本島 壺屋焼 第二尚氏時代・18~19世紀 堤里志氏寄贈
ジシガーミ (厨子甕) は洗骨を入れて墓室に納めるという、琉球王朝以来続いた沖縄特有の埋葬方式を象徴する蔵骨器のこと。

琉球にもたらされた中国陶磁
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スールー (青花渦文皿)  中国 清時代・18~19世紀

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蓋マカイ (五彩瓜蝶文蓋付碗・粉彩鹿鶴文蓋付碗) 中国・景徳鎮窯 清時代・19世紀

所蔵の表記の無いものは、トーハク所蔵品です。


—HPの解説—
本特集では、東京国立博物館が所蔵する沖縄のやきものをとりあげます。当館では、明治18年(1885)に沖縄県より購入したものや個人から寄贈を受けたものなど、およそ20件にのぼる沖縄のやきものを収蔵しています。その中心となるのは、那覇の中心部に位置する壺屋において色絵(上焼)生産が隆盛した19世紀の優品で、これらをまとめて紹介するのは初めてとなります。さらに、近年の修理によって実態が明らかになった中国清朝官窯の貴重な作例と、その琉球伝世の意義も紹介します。

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2019.09.11

むかわ竜 学名は「カムイサウルス」朝日新聞9月6日朝刊1面から

「カムイサウルス・ジャポニクス」カッコよくて分かりやすくて、とても良い学名だと思います。

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以下、掲載記事です。
北海道むかわ町で見つかった「むかわ竜」は新属新種の恐竜で、学名は「カムイサウルス・ジャポ二クス」とする北海道大などのグループの論文が6日、英科学誌サイエンスティフィック・リポーツで公開される。頭部にトサカがあった可能性など、新たな研究成果も盛り込まれている。
グループの小林快次・北海道大学博物館教授によると、学名には、アイヌ語で神を意味する「カムイ」を用い、全体で「日本の竜の神」という意味が込められている。発見、発掘したグループが学名を付けることが多く、論文掲載でこの名前が定着するとみられる。
むかわ竜はハドロサウルス科。群れを作って植物を食べる。2003年、むかわ町穂別の約720万年前(白亜紀後期)の海の地層から最初の化石が、その後、全身の約8割の骨が発掘された。9歳以上の成体で体長8メートル、体重4〜5,3トンとみられている。論文は、頭の骨を詳しく調べ、トサカがあった可能性を指摘した。

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恐竜展2019での「むかわ竜」展示風景

 

拙ブログ「恐竜博2019」はここをクリックして御覧ください。

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2019.09.09

畦地梅太郎・わたしの山男

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「畦地梅太郎・わたしの山男」は、
町田市立国際版画美術館で開催されています。

会期 2019年7月6日(土)~9月23日(月)

畦地梅太郎の作品を、「見たことがない」という人はあまりいないのではないでしょうか。
この展示会場にいると、「山は良いな〜、久しぶりに行きたい」自然にどっぷり浸かりたい、と思ってしまいます。描かれた山男の姿かたち、表情を見て感じるんですから、畦地の伝える力、巧みな表現力は素晴らしい。

展覧会の構成は次の通りです。(会場のキャプションを参考にしています)
1.山男があらわれるまで
都会や故郷の風景を描いていた畦地は、
1937(昭和12)年、噴煙をあげる浅間山を目にし、力強い生命力に深く感動します。これ以降、本格的な登山にとりくみ、山での感動を作品に表現するようになりました。
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《小雪渓》1955年 木版

2.山男誕生
畦地が初めて「山男」を主題とする作品を発表したのは1852(昭和27)年のことです。
畦地の作品が人の目にふれることが多くなると、実際の風景との違いを指摘されることも度々ありました。畦地が作品に意図したことは、そのようなことではありませんでした。畦地は「山男」を通じて自分の気持ちをだしていく、山を歩いて感じたことを彼らの姿をかりて表現するようになります。同じテーマでも、風景から人物へと大きな変化をとげました。

このコーナーでは、山男と「山の道具」「鳥」「のみもの」というくくりで、作品が展示されています。
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《山男(二)》1955年 木版

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《冬の山男》1955年

「登山の道具」
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《白い像》1958年 木版

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《圏谷にたつ人》1967年 木版

「鳥」 
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《鳥のすむ森》1975年 木版

「のみもの」

「抽象」
戦後日本の新しい美術のながれに刺激を受けて畦地も抽象的な表現をします。評価はえられませんでしたが、その後の自由な表現にいかされます。

「火の山 山を下りた山男たち」
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《山の家族》1975年 木版
山男たちは山を下り、家族のもとに帰ってきます。山男の家族は6人、4人の子をもつ畦地と同じです。
畦地は、自分の経験以外のことを作品で発言することは苦手だと語った。作品に表現した「山男の気持ち」とは、畦地自身が毎日の生活のなかで経験し、あるいは考えたものだったのです。


—HPの解説より—
山の版画家・畦地梅太郎(1902-99)は愛媛の農村に生まれました。16才で故郷をあとにした畦地はさまざまな仕事についたのち、 版画をつくり始めました。創作版画運動の先達や仲間たちにならい、都会や故郷の風景を描いていた畦地がたどりついた主題、それが「山」でした。浅間山、石鎚山…、決して大きいとはいえない版画の画面に、大きく力強い山のすがたを描き、「山の版画家」としての評価を確立しました

その畦地の表現を一変させたのが、「山男」の登場です。1952年の国画会秋季展で発表した「山男」の作品は、それまでの山の風景に親しんでいた人びとに驚きを与えました。素朴で温かな山男は人々の心をつかみ、「山男」は畦地作品の代名詞となっていきました。

畦地は自らの表現と造形を追求し、常に先に進もうとした版画家でした。自身が齢をかさね、時代とともに美術表現が移り変わっていくなかでも、自分自身の心をうつものを表現することに真摯にとりくみつづけました。「山男」シリーズを中心とする100点の作品を通して、畦地が「山男」を通じて伝えたかったものは何かを探ります。

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2019.09.06

没後50年 坂本繁二郎展

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没後50年 坂本繁二郎展は、
練馬区立美術館で開催されています。

会期 2019年7月14日(日)~9月16日(月・祝)

坂本繁二郎というと「青木繁の同郷、同級生・・・・淡彩の色面で描かれた馬」というイメージで記憶している方も多いのでは。
2006年にブリジストン美術館で開催された「坂本繁二郎展」以来の纏めて鑑賞する機会になりました。

坂本繁二郎ほど、生活と制作が結びついた画家はいない。しかも同じテーマでくりかえし描いているため、それぞれの中で連作ができる。東京時代は主に牛をフランス時代は田舎の風景やモデル、老婆、乞食などの人物を、帰国後は馬、そして静物、晩年は月を題材としている。その時代の生活のまわりのものを描く、描くテーマが変わっていくのは自然のことだった。そしてついに何を描いても美しく感動を与える絵が描けるという自信を得たに違いない。(キャプションより)

展覧会の構成は次の通りです。
第1章 神童と呼ばれて 1897-1902年
坂本が12歳の時に描いた油彩画「夏野」などの展示と、少年時代の坂本と青木の指導をした森三美の作品が展示されています。

第2章 青春-東京と巴里 1902-1924年
1902年徴兵検査のために久留米に帰省中の青木に再開した坂本は青木の絵の上達ぶりに驚き、上京を決意します。ちなみに徴兵検査の結果は、青木は近視性乱視で、坂本は身長が3ミリ足らなくて入隊を逃れた(キャプションから)
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青木繁《朝日》(絶筆)1910年 油彩・カンヴァス 佐賀県立小城高等学校黄城会

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坂本繁二郎《張り物》1910年 油彩・カンヴァス 個人蔵
新婚の妻がモデルの作品。

第3章 再び故郷へ-馬の時代 1924-1944年
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坂本繁二郎《鳶形山》1932年 油彩・カンヴァス 個人蔵
川端康成は随筆の中で、「食パンを切ったような、十字型の雲、日本の夕空の色が心に沁みた」と言っている。

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坂本繁二郎《放牧三馬》1932年 油彩・カンヴァス 石橋財団ブリジストン美術館/石橋財団アーティゾン美術館
馬を題材とした初期の代表作。坂本は「光と色彩が混然と私に迫ってきました」と言っている。光つまり色彩の加減に苦心した。(キャプションから) 

第4章 成熟-静物画の時代 1945-1963年 
本、植木鉢、箱、果物など、身の回りの物を描いた時代。能面も多く描いた。
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坂本繁二郎《箱》1959年 油彩・カンヴァス 八女市(久留米市美術館寄託)

第5章 「はなやぎ」-月へ 1964-1969年
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坂本繁二郎《達磨》1964年 油彩・カンヴァス 個人蔵
ころんでも立ち上がる。この絵は坂本を慕う飲食店の主人を励ますために描かれた(キャプションより)

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坂本繁二郎《月》1966年 油彩・カンヴァス 無量寺院(静岡県立美術館寄託) 

—HPの解説—
坂本繁二郎(1882-1969) は福岡県久留米市に生まれます。同級生に青木繁(1882-1911) がおり、互いに切磋琢磨する青年期を過ごしています。20 歳で青木を追うように上京。小山正太郎の主宰する不同舎に学び、展覧会出品作が数々の賞を受けるなど順風満帆な画業をスタートさせます。39 歳の時に渡仏し3 年間の留学生活を終えると、その足で家族の待つ久留米に帰ります。以降、画壇の煩わしさを避け、郷里にほど近い八女にアトリエを構え、文人のごとき作画三昧の生活を送ることとなります。戦後になって、九州の彼の地で戦前と変らぬ穏やかさをたたえた作品を制作し続けていた坂本が“発見” されます。坂本の人となりと作品は瞬く間に人々の注目と喝采を浴びる存在となり、74 歳の時に文化勲章を受章するにいたります。
坂本は、ヨーロッパ留学までは牛を、帰国後は馬を、戦後は身の回りの静物、最晩年は月を主なテーマとして取り上げます。限られたテーマを描き続けた坂本の作品は、同じモティーフを取り上げながらも一つ所に留まることはなく、主題は平凡でありながら、精魂を傾け仕上げられた画面は厳かな静謐さを秘めています。「描きたいものは目の前にいくらでもある」という言葉は、奇をてらうことのなく、自然と向き合い対象を凝視する彼の作画態度を表した言葉といえましょう。
本展は、坂本の最初期作から晩年まで、彼の絵画が成熟していく過程を人生の歩みとともに明らかにしていくものです。約140 点の油彩、水彩、水墨画等に加えて、互いに磨きあい、支えあった盟友、青木繁の作品も合わせて展示します。

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2019.09.03

観てきた展覧会備忘録 2019年8月

伊庭靖子展 まなざしのあわい
会期 2019年7月20日(土)~10月9日(水)
東京都美術館


[企画展示室] 国立西洋美術館開館60周年記念 松方コレクション展
会期 2019年6月11日(火)~9月23日(月・祝)
国立西洋美術館


「マンモス展」-その『生命』は蘇るのか-
2019年6月7日(金)~11月4日(月・休)
日本科学未来館


TOPコレクション イメージを読む 写真の時間
会期 2019年8月10日(土)~11月4日(月・振休)
東京都写真美術館

嶋田 忠 野生の瞬間 華麗なる鳥の世界
会期 2019年7月23日(火)~9月23日(月・祝)
東京都写真美術館

しなやかな闘い ポーランド女性作家と映像 1970年代から現在へ
会期 2019年8月14日(水)~10月14日(月・祝)
東京都写真美術館


横浜美術館開館30周年記念
生誕150年・没後80年記念 原三溪の美術 伝説の大コレクション
会期 2019年7月13日(土)〜9月1日(日)
横浜美術館


令和元年記念 北斎展[HOKUSAI]
リ・クリエイト(複製画)で天才絵師、北斎の謎と技に大接近!
会期 2019年7月27日(土)〜9月1日(日)
そごう美術館


太田喜二郎と藤井厚二
-日本の光を追い求めた画家と建築家
会期 2019年7月13日(土)〜9月8日(日)
目黒区美術館

1933年の室内装飾 朝香宮邸をめぐる建築素材と人びと
会期 2019年7月20日(土)〜 9月23日(月・祝)
東京都庭園美術館


没後50年 坂本繁二郎展
会期 2019年7月14日(日)〜9月16日(月)
練馬区立美術館


科博NEWS展示「黒潮を越えた丸木舟 ~台湾→与那国島 航海の全記録~」
会期 2019年8月16日(金)~9月8日(日)
国立科学博物館


円山応挙から近代京都画壇へ
前期:2019年8月3日(土)〜 9月1日(日)
後期:2019年9月3日(火)〜 9月29日(日)
東京藝術大学美術館

山口蓬春山口蓬春展 新日本画創造への飽くなき挑戦
会期 2019年8月7日(水)~8月19日(月) 
日本橋高島屋

中村弘峰「SUMMER SPIRITS」
会期 2019年8月8日(木)〜9月1日(日)
ポーラ ミュージアム アネックス


第13回 shiseido art egg」小林 清乃展
会期:2019年8月2日(金)~8月25日(日)
資生堂ギャラリー

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2019.09.02

8K スーパーハイビジョンJAZZシアター (東京ジャズフェスティバル)

第18回東京ジャズフェスティバルは、8月30日(金)〜9月1日(日)で開催されました。
蒸し暑い日が続き、プレイヤーも観客も大変?少々厳しかった。
というわけではないのでしょうが、NHKの「8K スーパーハイビジョンJAZZシアター」は満員で、時間帯によっては入場待ち状態でした。私と同じで?こちらが目的で来ている方も居るようです。
Nhk

かつて、「オーディオショー」が大盛況でした。
今でもやっているのでしょうか・・・私も毎回観に行っていました。
私が行った最後のオーディオショーにSONYの10.1ch(だったと思う)のシステムが展示されていて視聴した記憶があります。

「8K スーパーハイビジョンJAZZシアター」は高精細映像と22.2chのオーディオシステムの組み合わせです。(今回の上演には4K 5.1chのものもあります)
この臨場感は今風に言えば「はんぱない」病みつきになります。
上層(9ch)中層(10ch)下層(3ch)重低音(0.2ch)のスピーカーで空間を包みます。
222ch
イメージ画像(NHKのパンフレットから)

今後、どのように進化していくのでしょうか?楽しみです。
映像はホログラム に進むのでしょうか?
ハイレゾ化は、すでに織り込み済みなのでしょうか?

我が家で22.2chは勿論不可能。
私も自作スピーカーを含めた5.1chで一時期聴いていましたが満足できず、今はスマートスピーカーで何かしながら聞く程度になってしまいました。
今一度挑戦してみたいと思いつつ・・・なかなかね~

第18回東京ジャズフェスティバルの会場風景です(代々木公園けやき並木)スマホで撮りました。

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