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2019.03.31

林忠正―ジャポニスムを支えたパリの美術商

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「林忠正―ジャポニスムを支えたパリの美術商」展は、
国立西洋美術館[新館 版画素描展示室]で開催されています。

会期 2019年2月19日(火)~2019年5月19日(日)

近年「林忠正」という名前を見かけることが多くなったと思いませんか?

この展覧会は、林忠正の孫の夫人で歴史作家の木々康子氏の所蔵品を中心に、交流書簡、ノート、写真、関連資料で、林忠正の生涯にわたる活動を概観しています。

展覧会にはよく出向くのですが、美術教育を受けたのは高校まで、関連本もほとんど読まないまま過ごしてきましたが、やはり少し勉強した方が理解が深まるかなと・・・この年になって痛感しています。
しかし、なかなかね~

以前購入した、
原田マハ著 「たゆたえども沈まず」も林忠正の生涯と助手の重吉、ゴッホと弟テオの物語ですが、この本も数十ページ読んで積読状態。
私が、初めて林忠正を知ったのは「木々康子著 春画と印象派 ”春画を売った国賊”林忠正をめぐって」をたまたま読んでみたことからです。
この本の拙投稿記事はこちら

この展覧会は、この様な経緯から興味があって観に行ったのですが、いかんせん書簡類が多く、あまり目の良くない私にとって難関!
上野にはよく行くので、何度か通って少しずつ咀嚼したいと思っています。
著作との照合ですね。

「林忠正」に関心のある方は是非、お勧めです。

「たゆたえども沈まず」はこれを機会に最後まで読むことにします。

展覧会の構成は次の通りです。
Ⅰ.修業時代ー西洋との出会い
  1878年 パリ万博博覧会
Ⅱ.画商としてー万国博覧会の時代
  1889年 パリ万国博覧会
  1893年 シカゴ・コロンブス記念万国博覧会
  1894年 リヨン国際植民地博覧会
  1898年 トリノ・イタリア勧業博覧会
  1900年 パリ万国博覧会
Ⅲ.華麗なる交流ージャポニズムの拡がり
  林忠正の著作
Ⅳ.コレクションの行方
  1902年 デュラン=リュエル画廊、パリ 
  1903年 オテル・ドュルオー、パリ
  1907年 東京美術倶楽部
  1908年 東京
  1910年 東京
  1913年 アメリカ芸術協会、ニューヨーク
  1915年 東京
  1918年 東京美術俱楽部
  1922年 東京
  1927年 東京美術俱楽部
  1930年 日仏美術社画廊、東京
  1932年 東京

HPの解説です。
当館の松方コレクションを作り上げた松方幸次郎は、1910年代後半に日本に美術館が必要と考え建設を志したのですが、じつはそれより25年も前に、同じ考えを持った人物がいました。パリで活躍した美術商、林忠正(1853-1906)です。

林忠正(1853-1906)は、西洋で日本美術品を商った初めての日本人です。日本でフランス語を習得し、1878(明治10)年のパリ万国博覧会を機に通訳として渡仏しました。折しも日本の美術・工芸品が大きな人気を博していた時代、万博終了後もパリに留まる決心をした林は、当地でそれらを商う店を構えます。林が日本から直接仕入れた絵画や工芸品そして浮世絵などは、彼が提供する商品に関する該博な知識と共に、西洋の日本美術愛好家たちに熱心に受容され、ジャポニスム隆盛の大きな原動力となりました。

各地で開催された博覧会への参加や自身の美術商としての活動を通じて、日本の美術・工芸品の紹介に尽力する一方、現地で美術館がもつ文化的役割の重要性を認識していた林は、日本での美術館建設を夢見て、同時代の作家を中心とする西洋美術コレクションを少しずつ充実させてゆきました。当館のコレクションの中核を形成した松方幸次郎に先立つこと実に25年前、林はすでに西洋美術館建設を構想していたのです。しかしその構想は、林の帰国とその早すぎる死によって実現することはなく、彼のコレクションも生前・没後の数回にわたる売り立てによって散逸を余儀なくされました。

本展は、林忠正の孫の夫人で歴史作家の木々康子氏の所蔵品を中心に、万博などとの関わりや、日本そして西洋の美術・工芸品を介して培われた交友、さらにはコレクションがたどった運命に注目し、林忠正の生涯にわたる活動を概観するものです。林は、浮世絵をはじめとする大量の日本美術・工芸品を国外に流出させた人物として、ときに批判的に語られることもあります。しかし本展が、芸術を介した日欧文化交流に尽力した林の功績を再考する機会となれば幸いです。

 

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2019.03.30

コメントの表示について

この投稿は問題点が解決された時点で(解決されたと思った時点で)削除します。

@niftyココログ、3月19日のリニューアル以降、ユーザーのとまどいは、いまだに終息ししていない様です。
コメントについてのトラブルは解決したと思い、この件に対する以前の投稿は削除しましたが、まだ問題点はあるようです。
私自身投稿したコメントが、HPの右蘭、最近のコメントに表示されない現象が起きています。
尚、投稿本文の最下段、コメント( )をクリックするとその投稿記事に対するコメントのすべてが表示されまので、問題解決までは、こちらをご参考ください。

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2019.03.27

新宿御苑の枝垂桜 2019年3月

毎年新宿御苑で桜見物はしていますが、ここ数年、満開の枝垂桜 を見逃していたので、少し早めに出かけてみました。
良かったです、丁度満開から散り始めの時期にあたりました。

以下、静止画・動画共にスマホで撮りました。

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おまけです。
枝垂桜ではありませんが・・・・
満開の桜にもぐって、全天球カメラで撮ってみました。

画面左下のTHETAをクリックしてご覧ください。

Post from RICOH THETA. - Spherical Image - RICOH THETA

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2019年3月19日から開園時間、入園料金が変更となりました。
一般が200円が500円に値上げです。割引きなどの詳細は新宿御苑のHPで確認して下さい。

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2019.03.26

文章などのレイアウトが上手くコントロールできない状態です

この投稿は改善された時点で削除します。


@niftyココログ リニューアル後の


現在、文章などのレイアウトが上手くコントロールできない状態です。


リニューアル後のシステムに対する、私の理解不足で対応できていないのかもしれませんが・・・・見ずらい画面で申し訳ありません。


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高野山金剛峯寺 襖絵完成記念 千住 博展 ―日本の美を極め、世界の美を拓く―

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高野山金剛峯寺 襖絵完成記 千住 博展  ―日本の美を極め、世界の美を拓く―は、そごう美術館で開催されています。

会期 2019年3月2日(土)~4月14日(日)

世界的に活躍する画家・千住博が、画業40余年の集大成として障壁画《断崖図》、《瀧図》を世界遺産・高野山金剛峯寺の大主殿に奉納することになりました。本展では襖絵と床の間からなる障壁画44面の完成を記念して、奉納に先駆けて紹介します。あわせて、千住博の初期の作品からブラックライトの光によって表情を変える《龍神Ⅰ・Ⅱ》、近年取り組んでいる「クリフ」シリーズなどこれまでの主要作品を一堂に展覧します。(HPから)


千住博が何度も描いてきて、千住博を象徴する作品ですね、瀧は・・・100年、200年後も変わら作品を意識して、素材を厳選して描き込んでいます。その様な内容も含めた制作過程のビデオも放映されています。そして、断崖図・・・この作品も、個性的な制作過程をへています。崖の岩の表情をつくるのに、千住博は、素材(和紙)を手で揉んで皴をつくっています。その表情に上手く墨を馴染ませてることで素晴らしい風景を実現しています。
奉納前に観られるということで、行かずにはいられませんでした!


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高野山金剛峯寺襖絵《瀧図》(部分) 高野山金剛峯寺蔵


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高野山金剛峯寺襖絵《断崖図》(部分) 高野山金剛峯寺蔵

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《断崖図#2》2012年 軽井沢千住博美術館


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《三春の朧桜》2013年 軽井沢千住博美術館蔵


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《月響》2006年 軽井沢千住博美術館蔵 


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《朝》1994年 日本空港ビルディング株式会社蔵

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《龍神Ⅰ・Ⅱ》2015年 各六曲一双 軽井沢千住博美術館蔵
照明によって画面が白から青に徐々に変化、昼から夜に移る風景を表現しています。(蛍光塗料を使っています)


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《龍神Ⅰ・Ⅱ》(2015年ヴェネツィア・ビエンナーレの展示風景)


この作品のみ撮影できます。左端が少し欠けてます(左端が写っていません)スマホで撮りました。004003



そごう美術館「高野山金剛峯寺 襖絵完成記念 千住 博展 ― 日本の美を極め、世界の美を拓く ―
InternetMuseum

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@niftyココログ リニューアル・・・文章レイアウトにも苦労しています、何時慣れることやら?


 

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2019.03.23

VR作品 風神雷神図のウラ ー夏秋草図に秘めた思いー  

@niftyココログ、リニューアル後、使いずらいのをだましだまし投稿します。読みずらいと思いますが・・・
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東京国立博物館東洋館地下1階 TNM & TOPPAN ミュージアムシアター で
VR作品「風神雷神図のウラ ー夏秋草図に秘めた思いー」を観てきました。
会期 2019年1月2日~3月24日
11代将軍徳川家斉の父、一橋治済(はるさだ)へ贈るため、生家の酒井家が酒井抱一に注文したのは、なんと尾形光琳作「風神雷神図屏風」の裏側に描くことでした。
そして、抱一が描いたのが夏秋草図屏風です。
抱一は、月の夜のイメージ銀地を用い、雷神に合わせて夏の雨に濡れる草花と水たまり、風神に合わせて秋の風に揺らぐ草花を描きました。
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表裏の関係ですから、秋の情景に風神、夏の情景に雷神が・・・・それぞれの空間に嵌ります。
このVR作品では、
マルチ音響で流す雷鳴、雨音、風の音とともに、描かれた草花の動きを再現してみせたり・・・
屏風絵の黒ずんだ(酸化した)背景の銀箔を元の状態に戻して鮮やかな色彩の作品に再現して見せてくれます。
そして、背景を透過して「風神と風に揺らぐ秋草」「雷神と夏草花」を合体させて抱一の作成意図を明らかにしてくれます。
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ナビゲーターの解説を含めた上演時間は、25分程度です。
ミュージアムシアターの入場料のほかに、トーハクへの入場料も必要です。
ミュージアムシアターのみの観賞で出かけるのではなく、他の企画展等と合わせての鑑賞が一般的だと思います。
数年前までは無料公開でした。
表慶館の横にある建物内にありましたね。
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会場内風景です。

ちなみに、私のスマホの待ち受け画面はこの絵の秋の風に揺れるすすきと赤く染まった蔦の葉の情景です。 

ーーHPの解説ーー
風神雷神図には“ウラ”があった。
酒井抱一の最高傑作「夏秋草図屛風」に秘められた想いとは。
屛風のオモテとウラの秘密を探る
自然に翻弄され、雨に濡れ風に揺れる繊細な草花。風の音すら聴こえるような一瞬を切り取った「夏秋草図屛風」を描いたのは、江戸時代後期に活躍した絵師、酒井抱一。大名家の御曹司として生まれた抱一は、絵画だけでなく俳諧の世界にもその名を残した趣味人でした。
抱一晩年の最高傑作である「夏秋草図屛風」は、実はある屛風の“ウラ”に描くよう依頼された作品であることをご存じでしょうか。その屛風とは、抱一が長年憧れを抱き、自らの絵画制作の師と仰いだ名匠の手によるものでした。抱一はどのような想いを込めて、その裏側に「夏秋草図屛風」を描いたのか。バーチャルリアリティならではの視点で、オモテとウラの関係性に隠された秘密を探ります。


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2019.03.21

砂丘に眠る弥生人-山口県土井ヶ浜遺跡の半世紀-

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「砂丘に眠る弥生人-山口県土井ヶ浜遺跡の半世紀-」は、
国立科学博物館日本館1階 企画展示室で開催されています。


会期 2018年12月11日(火)~2019年3月24日(日)


ーーこの投稿には関係のない余分な話ーー
@niftyココログのリニューアル、メンテナンスが行われたのですが、ドタバタで、約2日間使えず(ログイン出来ない状態)
米国GAFA、中国BATに後れを取る日本勢の技術、管理体制の現状を目の当たりにした思い。まぁ、取り扱う分野の違いや規模を考えれば比較すること自体に無理があるのかもしれませんが・・・この分野の日本技術の遅れを痛感する昨今、ひがみですかね~

リニューアル後、不慣れなこともあるでしょうが、非常に使いずらいものになってしまっています。
読みずらい点があると思いますが、ご理解ください。

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本題に戻ります。
「はやぶさ2」の大きな目的は「小惑星リュウグウ」の岩石を採取して持ち帰ることですね。
水と有機物の含有により生命誕生の起源を探ろうというものです。
では、私の由来はどこにあるのか?「日本人のルーツを探る」というのも魅力的な話題ですね。
本展のような企画展、科学博物館では過去にも開催しています。
研究はここまで進化してきてるんですね・・・・・
人類の祖先・・・・アフリカで現代人(ホモ・サピエンス)にまで進化した集団の一部がどのような経路をたどって日本列島に到達し、その子孫が日本列島全体に広がって縄文時代人になったのか?という研究もありますが・・・
弥生時代から古墳時代にかけて、主にアジア大陸から朝鮮半島経由で日本列島に渡来してきた人びとの遺伝的影響がどのくらいあったと考えているか、という観点から、現代本土日本人についての仮説は今日、「置換説」、「変形説」、「混血説」という3つの説に大きく分類されています。
この展覧会は、
「日本人の形成史を解明する上で重要な資料となった土井ヶ浜遺跡の人骨資料をはじめ、西日本と東日本の弥生時代遺跡から出土した人骨資料を展示し、弥生時代人骨をめぐる研究の歴史や最新の研究成果を紹介します。(HPから)」というものです。
さて、この展覧会の最終章に興味深い表が展示されています。
各地の弥生人骨のDNA分析が進んだことで、弥生時代には列島の中にさまざまな遺伝的な特徴をもつ弥生人がいたことが分かってきました。
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縄文人・日本人・韓国人・北京中国人を直線で結んでみると、
大陸から渡ってきた渡来系弥生人は、
朝鮮半島や中国の現代人よりも
現代日本人に近い。
また、在来の縄文系集団と考えられる西九州弥生人
縄文人よりは現代日本人に近い。
このことから、弥生時代の九州では、これまで考えられていた以上に
在来集団(縄文人)と渡来人の混血が進んでいたことが分かります。
東北弥生人は、まだ混血が進んでいないことも分かります。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
発掘された、人骨、装飾品、人骨の受傷痕、抜歯、頭骨の形状比較などから当時の社会、風習などを分かり易く解説しています。
展覧会の構成は以下の通りです。
はじめに
弥生時代とは?
弥生式土器
弥生時代の家畜
1章 日本人の起源論争と弥生時代人骨謎の弥生時代人
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縄文時代人(若海貝塚(茨木県)) 古墳時代人(東京都赤羽台6号)
2章 弥生時代人骨の発見
土井ヶ浜遺跡の発見
土井ヶ浜遺跡の弥生時代の周辺環境
土井ヶ浜遺跡付近の海岸の様子
弥生時代  現代
写真と映像が語る当時の発掘調査
第一次調査 1953(昭和28)年
第二次調査 1954(昭和29)年
第三次調査 1955(昭和30)年
第四次調査 1956(昭和31)年
第五次調査 1957(昭和32)年
1号人骨
125号人骨
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集骨墓
抜歯風習
複顔図
渡来系弥生人 西九州弥生人 南九州弥生人
南海産貝輪
制作実験による貝輪の材料の解明
さまざまな貝のアクセサリー
3章 弥生人の誕生と広がり
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04
縄文人と土井ヶ浜弥生人の違い
三津永田遺跡の弥生人骨
「渡来混血説」の提唱
弥生時代人骨の地域性
広田遺跡の頭蓋骨
支石暮から出土した人骨をめぐる謎
頭骨でみる発掘分布図
4章 弥生時代人骨の受傷痕
02
(受傷痕を持つ人骨は、縄文時代にはあまり見つかっていません。弥生時代になると数多く発見されています。中国歴史書に書かれた「倭国大乱」の犠牲者かも知れません。)
受傷痕が語る弥生の社会
関東以北の弥生時代人
弥生時代人骨の受傷例
倭国、大いに乱れる
5章 弥生人をめぐる最新研究
弥生人のDNA研究の最前線
主成分分析の結果
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  
(HPの展示紹介 はじめに)から。
土井ヶ浜遺跡は山口県下関市にある砂丘上に造られた弥生時代の集団墓地です。この遺跡から数多くの弥生時代の人骨が出土し、その発見は日本人のルーツを探る上で重要な情報をもたらしてくれました。今回の企画展では、日本人の形成史を解明する上で重要な資料となった土井ヶ浜遺跡の人骨資料をはじめ、西日本と東日本の弥生時代遺跡から出土した人骨資料を展示し、弥生時代人骨をめぐる研究の歴史や最新の研究成果を紹介します。


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2019.03.16

イケムラレイコ 土と星 Our Planet

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「イケムラレイコ 土と星 Our Planet」は、
国立新美術館で開催されています。

会期 2019年1月18日(金)~4月1日(月)

イケムラレイコの大規模展覧会は、2011年にも東京近代美術館で開催されています。
タイトルは「イケムラレイコ うつりゆくもの」でした。

解説には、こうありました・・・・
茫洋としたとらえどころの無い横たわる少女の姿。 そこには、ほとんど脚が描き込まれていません。 ”うつりゆくもの”その心象風景をそのまま描き込んだような・・・・足を描くと移ろう心象が固定されてしまうかのように。

少女の姿が背景に溶け込むような曖昧なフォルムと色彩、その平面作品が、
とても印象に残った展覧会で、今回の展覧会も楽しみにしていました。


心の内側から湧き上がってくる曖昧な感情を表現すること。
「このあいまいな空間は、自分の思い込み、発想が投影できる」とイケムラレイコは語ります。

少女の姿であり、ウサギの耳を持つ人間の姿であったり、擬人化した?木々であり、全てのものが空間に溶け込む風景だったりします。

イケムラレイコは、ドローイング、絵画、版画、写真、彫刻、インスタレーションとその活動範囲をさらに拡げています(制作主題も含めて)。


今回の展示空間は、焦点が拡散した、という気がしないでもないですが・・・・
1970年代にスペインに渡り、ヨーロッパで制作活動を続けるイケムラレイコの作品210点でその軌跡をたどります。

展覧会の構成は以下の通りです。
1. プロローグ|Prologue
2. 原風景|Origin
3. 有機と無機|Organic and Inorganic
4. ドローイングの世界|Realm of Drawings
5. 少女|Girls
6. アマゾン|Amazon
7. 戦い|War
8. うさぎ観音|Usagi Kannon / 10. 庭|Garden
9. 山|Mountains
11. 木|Trees
12. 炎|Flame
13. 地平線|Horizon
14. メメント・モリ|Memento Mori
15. コスミックスケープ|Cosmicscape
16. エピローグ|Epilogue


この展覧会の一部作品が撮影できます(条件あり)

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《有機と無機》展示風景

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《受胎告知》の習作 1985年 木炭/紙 42×29.8cm バーゼル美術館

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《母とミコ》 1995年 テラコッタ、釉薬 91×55×55cm 個人蔵、ドイツ

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《オーシャン lll 》 2000/01年 油彩/ジュート 120×160cm ヒルティ美術財団

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《うさぎ観音II 》 2013/14 ブロンズ、パティナ ケルン市立東洋美術館

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《うさぎ観音II 》 (部分)

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《うさぎ観音》 2012/14 滋賀県立陶芸の森にて制作 陶 作家蔵


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《うねりの春》 2018年 顔料/ジュート 作家蔵
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《うねりの春》 2018年 顔料/ジュート 190×290cm 作家蔵


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左から 《東海道》 《始原》 《東海道》 2014年 テンペラ/ジュート 作家蔵
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《始原》 2015 年 テンペラ/ジュート 190×290cm 作家蔵


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左から 《始原Ⅱ》 《始原Ⅲ》 《コロイア》 2014年 テンペラ/ジュート 作家蔵


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《ツァラトゥストラⅢ》 2014年 顔料、油彩/ジュート 190×290cm 個人蔵

展覧会概要(HPから)
ヨーロッパを拠点に活動し、国際的にも高い評価を得ているイケムラレイコの大規模な個展を開催いたします。

イケムラレイコは、1970年代にスペインに渡り、その後スイスを経て、1980年代前半からはドイツを拠点に活躍してきました。絵画、彫刻、ドローイング、水彩、版画、写真など、イケムラが手掛けるメディアは多岐にわたります。それはイケムラが、何かが生まれる途上に潜在している、いまだはっきりとは見えない無限の可能性を表現するという独創的な芸術的課題に、多様なメディアをもって挑んできたことの証でもあるでしょう。本展覧会では、そのような不可能にも思える目標に真摯に取り組んできたイケムラの創造の軌跡を、約210点の作品とともにご紹介します。

スイスで本格的に画家としての活動を開始したイケムラは、1983年にドイツに移りました。当時の絵画を席巻していたのは、力強い色とかたちで、人間の生の感情を表出する新表現主義と呼ばれる動向でした。イケムラもまた、女性であること、そして異邦人であることの困難に抵抗するかのような荒々しい絵画や、多様な線で構成されたユーモラスで人間味あふれるドローイングなど、実験的な試みに没頭しました。そうした制作を経て、1990年代以降に現われてきたのは、名もない小さな動物や無垢な少女たち、母と子、木々や山と一体化した人物、誕生と死を含みこむ神話的な原始の風景などでした。

人や自然をコントロールし、体系化することによって成り立つ今日の社会は、自然災害だけでなく、原発の事故など、人が作りだしたさまざまなひずみによって揺さぶられています。うつろな空間に漂うはかなげな少女や、現代美術で正面から取り上げられにくかった母と子の像、そして、幻想的な、自然と一体化した小さな生きものたちのすがたには、この世に生まれでた、あるいは、これから生まれいづるものたちの存在の多様性を、あるがままに受け入れようとする強靭な思想が感じられます。寡黙でささやかな、自らのうちに深く沈みこんでいく内省的な作品世界は、まさにこの点において、きわめて今日的な批評性に満ちています。それは、日本とヨーロッパという異なった土壌で鋭敏な感覚を磨いてきたイケムラだからこそ見出しえた、啓示に満ちた景色でもあるでしょう。

2011年に東京国立近代美術館と三重県立美術館で開催された「イケムラレイコうつりゆくもの」展以降、イケムラは、社会に向き合う態度をより意識するようになったといいます。本展覧会は、独創的な創造活動により、破綻しかけた社会の構造にまで切り込もうとするイケムラの芸術をたどりなおし、多面的に追体験できるように、16のインスタレーションの集合として構成されています。展覧会のクライマックスには、近年の総合的な世界観を、神話的な空間に表出した大型の風景画の部屋が現われます。展覧会を通じて、そうした景色の向こうに広がる世界を、多くの来場者とともに考えることができれば幸いです。



国立新美術館 イケムラレイコ 土と星 Our Planet
InternetMuseum

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2019.03.14

かわさき 宙(そら)と緑の科学館のプラネタリウム

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かわさき 宙(そら)と緑の科学館 サイエンスプリンにあるプラネタリウムに行ってきました。

川崎市岡本太郎美術館+プラネタリウム」です。
この組み合わせは私の定番です。

日本民家園+プラネタリウムというのもいいですね!


ここのプラネタリウムのプログラムには、
子供向け投影
一般向け投影
一般向け/フュージョン
があります。

一般向けは、火曜から金曜が
15:00からの1回
土・日・祝日が
10時30分から
15時30分から
の2回です。
HPで確認してからお出かけですね。

月毎に内容が変わり、今月(3月)は、
「はやぶさ2は今」(約45分)です。
2014年に打ち上げられ、4年の時を経て小惑星リュウグウに到着した小惑星探査機「はやぶさ2」。その活動の軌跡を辿りながら、はやぶさ2の現在と未来に迫ります。(HPから)

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会場風景(プラネタリウム開始前は撮影可です。スマホで撮りました)

この日のプラネタリウム投影は、
何時ものとおり?川崎の夕方の空に始まり、高い山の満点の星空へ・・・・そして星座の説明が始まります。

天の川を含めて、精細に映し出される、この星空は素晴らしい!

途中から今回のテーマ「はやぶさ2は今」が始まります。
「小惑星リュウグウ」の太陽系での位置関係、軌道などの紹介。
CGを交えて、今回の「はやぶさ2」が行った軌道修正、タッチダウン、次回の計画などが映し出されます。

2020年秋の地球帰還を念願して投影は変わり・・・・・明け方の星空が映し出されて、徐々に太陽が昇り、エンディングです。

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小惑星「リュウグウ」 アストロテラス30cm 反射望遠鏡にて撮影(チラシの表紙から)

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ここで使われている投影機は、MEGASTAR-Ⅲ FUSION(メガスター・スリー・フュージョン)です。
度々メディアに登場する大平貴之(プラネタリウム・クリエーター)さん率いる有限会社大平技研と公益財団法人日本科学技術振興財団共同事業体が開発製作した最新のプラネタリウムです。
世界最高の星空と言われているMEGASTARの最新機種で、科学館のために新規開発された次世代型の特別仕様機で、肉眼では見えない星までをも描き出します。(HPから)
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1980年から2010年まで使われていた投影機が展示されています。
現機はコンパクトでスマートですよね。
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五藤光学研究所 GM-Ⅱ投影機

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2019.03.11

RCRアーキテクツ展 夢のジオグラフィ―

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「RCRアーキテクツ展 夢のジオグラフィ―」は、
TOTOギャラリー・間で開催されています。


会期 2019年1月24日(木)~3月24日(日)


磯崎新さんが、今年(2019年)のフリツカー賞の受賞者となりました。
磯崎新さんの作品は、水戸芸術館に何度も行っているので記憶にあります。

RCA(ラファエル・アランダ、カルマ・ピジェム、ラモン・ヴィラルタ)は2017年の受賞者です。

本展のメインは、「夢」をテーマに彼ら自身がカタルーニャ地方ガロッチャで進めている「ラ・ヴィラ」プロジェクトです。

ラ・ヴィラ
夢を共有する為、RCRによって発足された進行中のプロジェクト。知覚することを学ぶ世界に開かれた研究施設として、広大な自然の中に工房、宿泊施設やパヴィリオンなどをつくり続けている。(パンフレットから引用)

このスケール感が素晴らしい!RCRの三人がチラシに写っているのですが、気が付かないほど小さいので・・・


その計画を和紙にドローイングで表現した作品が展示されています。
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そして、現在進行中の計画が紙のパヴィリオンです。
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ラ・ヴィラ内に吉野杉を使って建築されるパヴィリオン。一枚の紙に全宇宙の存在を観ると語った僧侶で詩人のティック・ナット・ハン宮大工棟梁の西岡常一、そして日本の木の文化すべてに捧げられる。(パンフレットから引用)
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紙のパヴィリオン建築模型
人間の身長と同じくらいの屋根位置ですね。茶室の躙り口のイメージでしょうか?

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紙のパヴィリオン建築模型
内部には掘りごたつのような形も・・・・・

実際のパヴィリオンの一部分を展示
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紙のパヴィリオン 部分 制作:奈良県吉野町 林業・木工職人
吉野の高品質な木材を使用し、吉野の人々の協力のもと制作された。展覧会終了後、ラ・ヴィラへの移設が予定されている。(パンフレットから引用)

木工職人の技の素晴らしさ・・・・そして数百年の歴史を刻んだ吉野木材の美しさ!
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そのほか、
RCRの代表作の展示(映像作品含む)、吉野の和紙に描かれた水彩画の展示空間もあります。

映像作品が素晴らしい、RCRの建築への思いをよく伝えています。
RCRの作品映像は殆ど鈴木久雄さんが担当しているそうです。
この展覧会は、少し時間の余裕をもって行くことをお勧めします。


――HPの解説――
TOTOギャラリー・間では、スペイン・カタルーニャ地方のオロットを拠点に、歴史や文化、自然に寄りそった活動を続けるRCRアーキテクツの展覧会「RCRアーキテクツ展 夢のジオグラフィー」を開催いたします。

ラファエル・アランダ、カルマ・ピジェム、ラモン・ヴィラルタによって1988年に設立されたRCRアーキテクツ(以下、RCR)は、常に3人で対話を重ね、カタルーニャの土地に根差しながら詩情豊かな建築を生み出してきました。こうした彼らの活動が評価され、2017年にはプリツカー建築賞初の3人による同時受賞という快挙を成し遂げました。

本展ではRCRのこれまでの歩みに加え、「夢」をテーマに彼ら自身がカタルーニャ地方ガロッチャで進めている「ラ・ヴィラ」プロジェクトを紹介します。RCRは、広大な敷地に研究施設や工房、宿泊施設、パビリオンなどを配した「ラ・ヴィラ」において、人びとが集い、ともに学び、自然を空間として体感してもらうことで、知覚することそのものを学ぶ研究の場を実現しようとしています。
そのなかのひとつである「紙のパビリオン」は、RCRが長年にわたり影響を受けてきた日本文化との架け橋となるプロジェクトで、奈良県吉野町の人びとと協力し、吉野の木材を用いながら、RCR独自の世界観を表現しています。

「紙のパビリオン」の構造体の一部分や、吉野をめぐる旅を追ったドキュメンタリー映像、RCRの手によるドローイングなど多彩な展示を通じ、RCRアーキテクツが長い時間をかけて実現しようとしている「夢のジオグラフィー」の一端をぜひ体感してください。

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2019.03.10

高尾梅郷 2019年3月

高尾梅郷に行ってきました。

高尾山には頻繁に行っていたのですが、近頃の大賑わいに足が遠のいていました。

雨の日が続いていましたが、この日の天気予報は一日中晴れ。
高尾梅郷祭りの日(9、10日)だったので混むかな〜と思いつつ行ってみようと・・・・初めて行ってみました。

高尾駅から甲州街道を15分ほど歩いて椚木橋 へ、小仏川沿いの遊歩道に入り、点在する梅祭り会場を巡りました。場所によっては5分咲き程度で「来るのが少し早かったかな〜」と思う場所もありましたが、最後に絶景が待っていてくれました。

木下沢梅林です。
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遊歩道、散策路には、綺麗なせせらぎあり、林道あり、神社ありでちょっとしたハイキング気分が味わえました。

どちらかというと「観梅・プラスハイキング気分」というより「ハイキング・プラスアルファ観梅」という感じでです。


当日の思いつきで出かけたのが失敗!出掛ける時間が遅くなり、急ぎ足での観梅ハイキングになってしまいました。咲き誇る花の下でのんびり過ごしたかった!
ちょっと残念だったのは、トイレが少なく、長い行列が出来たいたことかな〜

間違いなく・・・楽しめましたよ!


高尾駅から木下沢梅林までの行程をまとめた動画です。
(上掲の木下沢梅林の動画も含まれています)

高尾梅郷とは(八王子市のHPから)
旧甲州街道と小仏川に沿って、点在している梅林と梅の木を総称して「高尾梅郷」と呼ばれています。
東から順に、遊歩道梅林・関所梅林・天神梅林・荒井梅林・湯の花梅林・するさし梅林・木下沢梅林・小仏梅林があります。

平成31年3月9日(土曜日)、10日(日曜日)には、高尾梅郷梅まつりを開催。梅の香りとともににぎわいのあるまつりです。

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2019.03.06

こどもの国 2019年3月

こどもの国に行って来ました。
主目的は観梅です。園内に300本ほどある白梅、紅梅がほぼ満開でした。

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「いつだったかな〜」記憶に無いほど久し振りなので、園内を休みやすみ3〜4時間掛けて巡って来ました。「広いな〜」「良いところだな〜」と再認識しました。
また行こうかなと思いながら帰ってきました。
椿の頃かな~

皇室ご一家が「こどもの国」を訪れた様子が、度々放送されて来ましたね。

こどもの国の由来(HPから)
1959年(昭和34年)4月の皇太子殿下(現天皇陛下)のご結婚を記念して、全国から寄せられたお祝い金を基金に、1965年(昭和40年)5月5日のこどもの日に開園しました。旧日本陸軍田奈弾薬庫補給廠跡の国有地が米軍から返還されたのを受けて、国費をはじめ多くの民間企業や団体・個人の協力で整備されました。次世代を担うこどもの健全育成のための施設で、児童福祉法に基づく児童厚生施設です。


美術好きには「イサム・ノグチ」の遊具も気になるところです。
この日は、遊ぶ子供は居らず寂しそうでした。

イサム・ノグチは、彫刻と遊具、広場の造形を一体にした楽園のような遊び場「プレイグラウンド」を構想していました。その手始めが、こどもの国だったのです。
その頃建設された児童館、スケート場は老朽化による建て替えで残っていません。

現存するのは、オクテトラと丸山、そして児童センター近くにあるアーチ型エントランスのみです。

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オクテトラ

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丸山


スマホとミラーレスカメラで撮りました。

こどもの国の概要(HPから)
こどもの国は都心から約30キロに位置し、多摩丘陵の雑木林をそのまま生かした自然の遊び場です。広さ約100ヘクタール(約30万坪)、外周道路4キロ、内周道路2.4キロをはじめ、雑木林をぬうように散策道路が縦横に通じています。遊具広場、自由広場、ミニSL 、園内バス「あかポッポ号」、横浜一長いローラー滑り台、湖、ミニアスレチック、せせらぎ、つり橋、サイクリングコース(1.6キロ)などがあり、湖ではボートやドラム缶いかだで遊べます。牧場には乳牛約40頭、ヒツジ約30頭が放牧され、ウサギなどを抱いてふれあうことの出来る「こども動物園」があり、ポニー乗馬も楽しめます。搾りたての牛乳を製品化した「特別牛乳サングリーン」やソフトクリームが評判です。

サッカー場、運動会用のグラウンド、飯ごう炊事やバーベキューも楽しめます。大きな日よけの屋根がついた屋外プール、スケート場があり、遠足や写生会、自然観察、運動会、オリエンテーリング、ウォークラリー、ハイキング、ジョギング、マラソンなど、四季を通じて楽しめます。家族連れから学校、会社、グループなど多くの人に利用されています。

春は花見、夏は昆虫観察と水遊び、秋は紅葉狩り、冬はスケート、ジョギングなどが楽しめます。また、土日曜祝日を中心として各種のイベントがあり、農作物の収穫体験や自然と親しむ教室、観察会も定期的に開かれています。


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2019.03.04

河鍋暁斎 その手に描けぬものなし

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「河鍋暁斎 その手に描けぬものなし」は、
サントリー美術館で開催されています。

会期 2019年2月6日(水)~3月31日(日)
会期中展示替えがあります。

暁斎の展覧会があると行ってみたくなる・・・・何故って、面白いからです。
今度はどんな面白い作品が出ているのだろうか?


この展覧会は、タイトルにあるように「あらゆるジャンルを描いた暁斎」が狩野派という矜持を持ちつずけた画家であったこと、古画を熱心に学び続けたこと、そして幅広いネットワークも持っていたこと。
暁斎のバックボーンとネットワークを通して暁斎の全体像に迫っています。説得力のある良企画展たと思いました
展示替え後期も楽しみ。

東京都美術館で開催中の「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」とあわせてみるのも面白いですね、経歴からしても・・・・

天才絵師河鍋暁斎は天保2年(1831)に生まれて、明治22年(1889年)に亡くなっています。

河鍋暁斎は数え7歳で浮世絵師・歌川国芳の画塾に入り、10歳になると駿河台狩野派の前村洞和に入門します。洞和が病気になると洞和の師である洞白陳信のもとに移ります。
9年間で修業を終えて「洞郁陳之」という画号を授かり、様々な作品を手掛けます。

時代は、明治時代への移行期です。
明治元年の暁斎は38歳。
「狂斎」と名乗り人気絵師になっていました。

明治3年、客の前で酒を飲んで描いた戯画が政府のお咎めを受け投獄されるという事件が起きます。
これを機に号を「暁斎」とあらためたといわれています。

以下にもう少し詳しく・・・・
(拙ブログの過去の記事を転載します)

暁斎は、3歳の時すでに蛙を写生しています。
7歳で国芳に弟子入りしますが、国芳の素行を心配した父親が2年でやめさせています。
9歳、神田川で生首を拾い写生。
10歳、狩野派の絵師に入門
19歳で修業を終えて師か号を与えられます。
(この年北斎没)
22歳、雑貨商、絵草子屋に寄宿したりして、土佐派、円山四条派、浮世絵など流派に拘らす研鑽を続ける。
(広重が江戸名所百景を描く)
27歳、鈴木基一の次女お清と結婚、絵師として独立。河鍋の姓を継ぐ。
28歳、狂画を描き始め、狂斎と号す。
29歳、お清没、間もなくお登勢と再婚。
30歳、お登勢没、妻の亡骸を写す。
37歳、宮家の家臣の娘・近(ちか)と結婚。
38歳、(明治元年)上野戦争の翌日、戦場に行き写生。娘とよ誕生(後の暁翠)
41歳、刑を受けて放免される。以後、画号を暁斎に改める。
51歳、ジョサイア・コンダ―が入門。
55歳、妻近(ちか)没。この年「如空」の法号を受け、以降の作品には「如空」の署名を用いる。
59歳、没。


展覧会の構成は次の通りです。
第1章 暁斎、ここにあり!
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枯木寒鴉図 河鍋暁斎 一幅 明治14年(1881) 榮太樓總本鋪
展示期間:2/6~3/4
第二回勧業博覧会(明治14年)日本画部門で事実上の最高賞を得た作品。
出世作?
 
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花鳥図 河鍋暁斎 一幅 明治14年(1881)東京国立博物館 
展示期間:2/6~2/18
暁斎の観察眼恐るべし!

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観世音菩薩像 河鍋暁斎 一幅 日本浮世絵博物館
展示期間:3/6~3/31
暁斎は信心深い人で、多くの作品をお寺に奉納しており、晩年はほとんど毎日観音図を描いていたと伝えられています。

第2章 狩野派絵師として
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毘沙門天像 河鍋暁斎 一幅 嘉永元年(1848) 河鍋暁斎記念美術館
展示期間:2/6~3/4
狩野派門下時代18歳で描いた作品。技術の完成度の確かさが見られます。

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虎図 河鍋暁斎 一面 19世紀 東京・正行院
全期間展示

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風神雷神図 河鍋暁斎 二幅 株式会社 虎屋
展示期間:3/6~3/31
宴の席で即興的に描く席画で人気が高まった暁斎ですが、古画に学び暁斎風にアレンジしてじっくり描き込んだ作品も多く残しています。

第3章 古画に学ぶ
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鳥獣戯画 猫又と狸 河鍋暁斎 一面 19世紀
河鍋暁斎記念美術館
展示期間:3/6~3/31

第4章 戯れを描く、戯れに描く

第5章 聖俗/美醜の境界線
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閻魔・奪衣婆図 河鍋暁斎 二幅 明治12~22年(1879~89) 林原美術館
展示期間:3/6~3/31

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幽霊図 河鍋暁斎 一幅 慶応4~明治3年(1868~70)頃 イスラエル・ゴールドマン・コレクション
全期間展示
妻の亡骸を写生したといわれています。

第6章 珠玉の名品
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風俗鳥獣画帖のうち「骸骨と蜥蜴」 一帖 明治2~3年(1868〜70) 個人蔵 
全期間展示
 
第7章 暁斎をめぐるネットワーク
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河竹黙阿弥作『漂流奇譚西洋劇』 パリス劇場表掛りの場 河鍋暁斎 一面 GAS MUSEUM がす資料館
展示期間:2/6~3/4

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野見宿禰と当麻蹶速図 河鍋暁斎 一面 明治7年(1874) 東京・湯島天満宮
全期間展示

――HPの解説――
河鍋暁斎(かわなべきょうさい・1831~89)は天保2年(1831)、下総国古河(現・茨城県古河市)に生まれました。数え2歳のときに家族とともに江戸に出て、7歳で浮世絵師・歌川国芳のもとで絵を学び始めます。その後、駿河台狩野派の前村洞和(?~1841)や、洞和の師・狩野洞白陳信(?~1851)に入門し、独立後は「狂斎」と号し、戯画などで人気を博しました。そして、明治3年(1870)40歳のとき、書画会で描いた作品が貴顕を嘲弄したなどとして投獄され、以後、号を「暁斎」と改めました。
この筆禍事件や明治政府を茶化したような風刺画によって、暁斎は「反骨の人」というイメージで語られるようになります。もちろん、38歳で明治維新を迎えた暁斎が、当時の江戸っ子たちと同様、新しい政府や急速な近代化に対して複雑な思いを抱いていたことは想像に難くありません。しかし、これらの行動の根底にあったのは政府に対する強い反発ではなく、あくまでも、慣れ親しんだ江戸文化への思慕であったと考えられます。
江戸幕府の終焉とともに狩野派は衰退していきますが、暁斎は生涯、狩野派絵師としての自負を持ち続けました。暁斎の高い絵画技術と画題に対する深い理解は、日々の修練と古画の学習を画業の基礎とした狩野派の精神に支えられたものでした。たとえば、晩年に日課として制作していた観音図や、先人たちの作品を丹念に写した縮図などからは、作品と真摯に向かい合った暁斎の姿がうかがえます。
本展では「狩野派絵師」としての活動と「古画学習」を大きな軸としながら、幕末・明治の動乱期に独自の道を切り開いた暁斎の足跡を展望します。


サントリー美術館 河鍋暁斎 その手に描けぬものなし
InternetMuseum

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2019.03.01

観てきた展覧会備忘録 2019年2月

新・北斎展
会期 2019年1月17日(木)~3月24日(日)
森アーツセンターギャラリー

石川直樹 この星の光の地図を写す
会期 2019年1月12日(土)〜 3月24日(日)
東京オペラシティ アートギャラリー

イン・ア・ゲームスケープ
ヴィデオ・ゲームの風景,リアリティ,物語,自我
会期 2018年12月15日(土)〜2019年3月10日(日)
NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]

インポッシブル・アーキテクチャー もうひとつの建築史
会期 2019年2月2日(土) ~3月24日(日)
埼玉県立近代美術館

河鍋暁斎 その手に描けぬものなし
会期 2019年2月6日(水)~3月31日(日)
サントリー美術館

三井家のおひなさま
特別展示 人間国宝・平田郷陽の市松人形
会期 2019年2月9日(水)~4月7日(日)
三井記念美術館

染付 ─世界に花咲く青のうつわ
会期 2019年1月12日(土)~3月24日(日)
出光美術館

~桐村喜世美氏所蔵品受贈記念~ 岩﨑家のお雛さまと御所人形
会期 2019年1月29日(火)~3月24日(日)
静嘉堂美術館

館蔵 茶道具取合せ展
会期 2019年1月29日(火)~3月24日(日)
五島美術館

子どものための建築と空間展
会期 2019年1月12日(土)~3月24日(日)
パナソニック 汐留ミュージアム

岡上淑子 フォトコラージュ 沈黙の奇蹟
会期 2019年1月26日(土)-4月7日(日)
東京都庭園美術館

奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド
会期 2019年2月9日(土)~4月7日(日)
東京都美術館

多摩美術大学美術館コレクション展生誕120年記念 福沢一郎
― 語りて屈さぬ絵画の地平 ―
会期 2018年12月15日(土)~2019年2月24日(日)
多摩美術大学美術館

時の花 - イイノナホ展 -
会期 2019年1月19日(土)~2月17日(日)
ポーラ ミュージアム アネックス

未来を担う美術家たち
21st DOMANI・明日展 文化庁新進芸術家海外研修制度の成果
会 期 2019年1月23日(水)~3月3日(日)
国立新美術館

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