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2017.11.30

美と崇高の風景写真家 アンセル・アダムス展

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FUJIFILM SQUARE 開館10周年記念写真展
「二十世紀の巨匠 美と崇高の風景写真家 アンセル・アダムス」は、
FUJIFILM SQUARE で開催されています。

会期 2017年11月17日(金)~12月6日(水)

絵画でも、彫刻でも、写真も、しっかりした技術と理論を身に着けた作家の作品からは、すんなりと美しさが伝わって来ます。

アンセル・アダムスは、部分的焼き増しなどを繰り返して、様々バリエーションの中から理想のプリントを作成しています。

「ネガは楽譜でありプリントは演奏である」とアンセル・アダムスは述べています。
(アンセル・アダムスは若いころにはピアニストを目指してました)

「写真は撮るものではない作るものだ」

「プリントだけが作家の意図とメッセージを表している」

「写真を撮ることはたやすいが、写真で傑作を生みだすことはどの芸術よりも難しい」

「私は美を信じている。石と水、空気と土、人々とその未来と運命を信じている」


デジタル技術の進歩で、超大画面の作品に圧倒される機会が多いこの頃の写真展。
この展覧会の写真は、普通サイズでもこれだけのスケール感を表現できるのだと、教えてくれました。
モノクロ写真の快調とその光の美しさとともに・・・

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《マンザナールから眺めたウィリアムソン山、1935年》
撮影;アンセル・アダムス 京都国立近代美術館蔵

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《月とハーフドーム、ヨセミテ・ヴァレイ1964年》
撮影;アンセル・アダムス 京都国立近代美術館蔵

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《月の出、ヘルナンデス、ニューメキシコ、1941年》
撮影;アンセル・アダムス 京都国立近代美術館蔵

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《アンペンス、ニューメキシコ北部、1958年》
撮影;アンセル・アダムス 京都国立近代美術館蔵

HPの解説。
 FUJIFILM SQUARE(フジフイルム スクエア)は、今年3月30日に迎えた開館10周年を機に、「写真の過去・現在・未来」を発信するため開館記念写真展を12本開催しています。その1つとして、フジフイルム スクエアでは2017年11月17日(金)から12月6日(水)まで、二十世紀写真の巨匠アンセル・アダムスの作品展を開催します。
 アンセル・アダムスは1920年代後半から約60年にわたりアメリカで活躍した最も著名な写真家の一人です。日本では1970年代から美術画廊や写真専門ギャラリーを通じて本格的に作品が紹介され、日本の写真家に多大な影響をもたらしました。広大な自然の中に見出した美と崇高の風景を精緻なモノクロ写真で表現した作品は、今も写真史上の金字塔として語り継がれています。
 アダムスは1902年、アメリカ、サンフランシスコに生まれました。少年期、人一倍、好奇心旺盛だったアダムスは規律の厳しい学校教育に馴染めず、しかしその一方でピアノ演奏の才能を発揮し、やがてピアニストを目指すまでになりました。また、同時期に家族でヨセミテ渓谷を旅行し、写真を撮ったことから、ヨセミテの自然と写真に強く興味を抱くようになり、写真にも深く傾倒していきました。ピアニスト志望だったアダムスが写真に一生を捧げる決意を固めたのは、1930年に写真家のポール・ストランド(1890-1976)と出会ったことがきっかけでした。アダムスは彼のネガを見た瞬間に啓示を受け、創造的な写真とは何かを直観したといいます。アダムスは完璧なモノクロ写真を制作するための「ゾーン・システム」の発明や、写真市場の成立、写真教育機関の拡充など、写真におけるあらゆる分野の開拓者として現代写真の可能性を切り開き、生涯を通じてその発展に寄与してきました。「ネガは楽譜であり、プリントは演奏である」という、音楽家を志した経験を持つアダムス独自の印象的な格言は現在もよく知られるところです。
 本展は、京都国立近代美術館の協力を得て、同館所蔵の写真コレクションである「ギルバート・コレクション」の中から厳選されたアンセル・アダムス作品約60点を一堂に展示します。風景写真、そして銀塩写真の最高峰として輝き続けるアンセル・アダムスのオリジナル・プリントは、写真表現とは何かという問いに、一つの明確な答えを与えてくれることでしょう。アダムス不朽の名作の数々をこの貴重な機会にご堪能ください。

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2017.11.28

ディエゴ・リベラの時代 メキシコの夢とともに

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開館35周年記念展 「ディエゴ・リベラの時代 メキシコの夢とともに」は、
埼玉県立近代美術館で開催されています。

会期 2017年10月21日(土)~ 12月10日(日)


リベラというと、フリーダ・カーロとの関係で語られることが多かったような気がします(私だけかなぁ~)
そしてメキシコ革命と、壁画運動の中心としての活躍。

この展覧会は、リベラの仕事を軸にして、メキシコ近代美術史の多様性を検証しています。


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リベラは20歳の時ヨーロッパに渡り、様々な絵画表現を学びました。
そしてキュビズムに傾倒、キュビズムの画家としても評価を得ています。
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ディエゴ・リベラ《農地》 1904年 ディエゴ・リベラ生地美術館蔵

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ディエゴ・リベラ《銃を持つ水兵(昼食をとる船乗り》 1914年 ディエゴ・リベラ生家美術館蔵


パリ滞在中に、先住民の末裔が中心となってメキシコ革命(1910年)がおこります。
1921年、帰国したリベラは先住民の暮らしや風習に取材した作品を描くようになります。
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ディエゴ・リベラ《とうもろこしをひく女》 1924年 メキシコ国立美術館蔵

そして「革命の精神を絵画で伝えよう」と壁画運動が起こり、中心的存在となります。
(壁画についてはヴィデオと解説書が用意されています)

原住民の暮らしから革命、そしてメキシコの現在と未来を描くリベラの壁画は、大きな支持を得て国民的画家となります。

私生活では、フリーダと結婚しますが、お互いの強烈な個性のぶつかり合いで・・・困難な結婚生活が続きます(堅い結びつきの時期と疎遠になることの繰り返し)

壁画運動が落ち着くと、リベラの作品は、人物を描いた作品が多くなります。
メキシコ固有の題材を採り入れた風俗画や肖像画においてもリベラは優れた作品を多く残しました。
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ディエゴ・リベラ《裸婦とひまわり》 1946年 ベラクルス州立美術館蔵

展覧会の後半はメキシコ美術の動向、普遍性と多様性について紹介しています。

8章に分けて詳しい解説がなされていて、本展に向けての入念な準備がうかがえ勉強になりました。
ただ頭の中が整理しきれなかったのは残念。
私が訪れた11月上旬の段階で図録は完成してませんでした。最近このケース、多いように思うのですが、何故なのでしょうか?

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ディエゴ・リベラ《聖アントニウスの誘惑》 1947年 メキシコ国立美術館蔵

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レオナール・フジタ《ディエゴ・リベラの肖像》 個人蔵

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アブラーム・アンフェル《自画像》 1923年 メキシコ国立美術館蔵

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ラモン・アルバ・デ・ラ・カナル《エストリデンティスタのための建築》 1926年 個人蔵

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マリア・イスキエルド《巡礼者たち》 1945年 名古屋市美術館蔵

展覧会の構成は次の通りです。
1. プロローグ
2. ヨーロッパ時代のディエゴ・リベラ
3. 壁画へ
4. 野外美術学校/美術教育/民衆芸術
5. メキシコの前衛-エストリデンティスモから¡ 30-30 !へ
6. ディエゴ・リベラをめぐる日本人画家
7. 肖像-人間への眼差し
8. 普遍性と多様性

HPの解説。
 メキシコの美術は革命後の1920‐30年代に独自の展開を遂げて隆盛を極め、世界の注目を集めました。その歴史を語る上で欠かせない画家が、ディエゴ・リベラ(1886-1957)です。画才に恵まれたリベラは10歳の頃から美術学校に通い始め、1907年にヨーロッパに留学すると、キュビスムなどの最先端の画風を試み、ピカソとも交流しました。

 1921年に帰国すると、メキシコの社会の動きに眼を向け、公共空間に絵画を描く「メキシコ壁画運動」に積極的に携わります。また、メキシコ固有の題材を採り入れた風俗画や肖像画においても、優れた作品を数多く残しました。

 メキシコ国立芸術院(INBA)との共同企画によるこの展覧会では、初期から晩年にいたるリベラの画業を油彩画、素描、版画など約30点の作品でたどります。また、リベラの師でありメキシコ近代絵画を拓いたべラスコ、同時代のメキシコの様々な美術動向、リベラと関わりのあったレオナール・フジタや北川民次ら日本人画家も紹介し、メキシコの近代美術が掲げた夢を振り返ります。


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2017.11.25

三沢厚彦 アニマルハウス 謎の館

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「三沢厚彦 アニマルハウス 謎の館」は、
渋谷区立松涛美術館で開催されています。


会期 2017年10月7日(土)〜11月26日(日)


会期中進行形の展覧会です。
イベント盛りだくさんですが(でしたが)残念ながら参加できませんでした。
進行形ですから図録は展覧会終了後に発売されます。

白井晟一設計の館(松涛美術館)をアトリエ兼展示室にして「お客さんを招待して公開します!」という感じの展覧会です。
展示会場では、それぞれの作品が、画材が混在していて、ある意味で雑然としていますが、居心地が良くて楽しい空間になっています。
キャプションは皆無ですよ、作家の紹介はありますが・・・・

地下展示室が大広間、2階展示室が客間という設定の様です。
エントランスにもホールにも螺旋階段にも作品が展示されていますから・・・エレベーターで移動すると見逃してしまいますよ!

杉戸洋は「とんぼ と のりしろ」というタイトルの展覧会を東京都美術館で10月9日まで開催していました。
前川國男が作ったを空間を上手く利用していました。

舟越桂は2008年に東京都庭園美術館で「舟越桂 夏の邸宅」を開催、アール・デコ様式の館で不思議な空間を演出していました。

共に展示空間を最大限に生かした展示でした。

三沢厚彦は平塚美術館で2007年に「三沢厚彦ANIMALS+PLUS」を開催。
さながら、かわいい動物園の趣、楽しかった記憶が残ります。

そこに小林正人が加わり、浅田政志が写真家として参加、展示会場では、三沢厚彦の作品を手にした4人のポートレートが展示されています。
チラシの写真も浅田が手掛けました。
家族総出演で、消防士やあらゆる職業などに扮装して作品に仕上げる”あの”写真家です。

明日までですが、散歩がてら「謎の館に」訪れてみたは・・・・・


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1階ホールに展示されている、この作品のみ撮影できます。

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HPの解説です。
三沢厚彦(1961~)は、現代日本を代表する彫刻家のひとりです。鑿や刀を使用する木彫という伝統的な技法によって、樟(クスノキ)の丸太から彫りだされ、油絵具で彩色されたその実物大の動物たち「ANIMALS」。それは、まさしく「anima(魂)」が吹きこまれたかのごとく、なまなましい生命感を漂わせています。
そんなアニマルズたちが今度出現するのは、白井晟一設計による特徴的な建築で知られる渋谷区立松濤美術館です。アニマルズたちは、周囲の空気を振動させるような強い存在感を放ちながら、館内に居場所を見つけ、その建築空間と新たなる関係性をむすんでいきます。
ここを「アニマルハウス 謎の館」と称して、彼らの創造主である三沢も、館の主人として、会期中、館内に居場所を構え、制作したり、展示したりする予定です。さらに親交の深い、注目の作家たち―彫刻家・舟越桂、画家の小林正人と杉戸洋(ひろし)、写真家の浅田政志―を館の中へと招き入れていきます。作家たち、またその作品たち同士の交歓と共鳴によって今後巻き起こる出来事にもご注目ください。


ぼくは動物を等身の大きさでつくってます。素材は樟。鑿と彫刻刀を使って彫り込み、着彩する。そんな風に「Animals」はできます。
この度、渋谷区立松濤美術館で展覧会を開催することになった。独自性に富んだ空間を内包した豪華な私邸のようなその建物は、通常の展示ロジックでは攻略できない濃度があり、妙にわくわくした。これは面白いことができそうだ!訪れた時に、まずタイトルだけ思いついた。アニマルハウス。大好きなアメリカのコメディ映画、アニマルハウスと呼ばれる学生寮に住む、怪人、変人(アニマルみたいな奴等)が繰り広げる物語からとったものだ。
すると、おのずと方向性が見えてきた。ぼくが住人兼主人になって、お客さんを迎えるのはどうか?それで以前から、なにか一緒にやりたいね、って話していた、画家の小林正人さんに声をかけたら、面白そうだね、やろうよ、と。そして小林さんが杉戸はいいぞ、って画家の杉戸洋さんを連れて来てくれた。ぼくは先輩彫刻家の舟越桂さんにお声がけし、へ~、面白そうじゃない、三沢がきめたことだし、いいと思うよ、というありがたいお言葉をいただいた。
どんな展覧会になるんだろう?想像がつかない。白井晟一の設計した館のなかで行われる謎の展覧会。そうか、謎の館。会期中も通して動いていく、展覧会。
そんな展覧会のポスターは、美術館の前でみんなで記念撮影するのが、謎の館らしくいいと思った。誰に撮ってもらおうか?あ、いい写真家がいた、浅田政志さん。そして浅田さんも客人に加わった。
彫刻家と画家と写真家、5人が集まった。僕自身の思いでもあるが、「彫刻と絵画、その間とその先は」というべきものが、館の中で示唆されるべき出来ごととして起こればいいな、と願うのである。両者が個々として存在し、そして溶け合い、次なる瞬間、今までとは全く違う見えかたをする。「アニマルハウス」はそんな体験の出来る場になればいいと思う。なんといっても「謎の館」なのであるから。
しかし、本当のところどうなるのであろうか…。(三沢厚彦)

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2017.11.23

ミッドナイト・イン・パリ(2011年公開映画)

Poster

プロローグで、パリの美しい街並みが映し出されます朝、昼、雨の日、夜景。

ギルとイネズは結婚を約束している。

(ギル)
本当に信じられないよ
世界一の都
パリに来るなんて
見える うっとりするほど
美しい雨のパリ
1920年代を想像してみてよ
芸術家たちが雨のパリで

(イネズ)
なんで いちいち雨なの
濡れるだけじゃない


僕たち 結婚したら
パリに住もうよ


ありえない
アメリカ以外に住むなんて

もしパリに住んで
小説が書けたら
マンネリ映画の
脚本書きともオサラバ
ビバリーヒルズのプール付きの
豪邸なんて まるで未練ない
ここはモネが住んだ場所
パリから30分だ
僕らも住もうよ
小説が売れたら できる

夢に恋してる人

君に恋してるんだよ

パパたちと夕食よ

行こう


ギルは婚約者イネズと共に、彼女の両親の出張に便乗してパリを訪れている。
ギルはハリウッドで売れっ子脚本家。
だが、作家への夢も捨て切れずにいた。
ギルは1920年代の黄金期のパリに憧れていて、ヘミングウェイやピカソがお気に入り。

ギル、イネズそしてイネズの両親とレストランで食事中に、偶然イネズの友人とそのパートナーが現れる。
後日4人でベルサイユを訪れる約束をする(ギルはしぶしぶ応じる)

ベルサイユ、日をおいてロダン美術館?を訪れたときに、夜のワイン試飲会に誘われる。
試飲を済ませて、ダンスに誘われるが・・・いい気分になったギルだけは、歩いてホテルに戻ることにする。
ギルは道に迷ってしまう。
途方に暮れて、階段に座っていると深夜を告げる鐘が鳴る。

すると旧式のプジョーが現れて、車に乗れと誘われる「パーティー」だと・・・
連れて行かれたパーティに現れたのは・・・・フィッツジェラルド夫妻、パーティの主役はジョン・コクトーだと。
ギルとフィッツジェラルド夫妻はパーティをはしご、やがてヘミングウェイが現れる。

今の生活に戻り・・・・ある夜、イネズを誘うが信じてくれない。


夜一人佇んでいると12時を知らせる鐘がが鳴り、そして例のプジョーが現れる。
ヘミングウェイが乗っている。
訪れた家には、ピカソが・・・
そこで出会った恋多き女アドリアナ・・・・モジリアニとも半年暮らしたと、今はピカソと、ヘミングウェイと・・・

ギルはアドリアナに恋してしまう。
アドリアナは、「ベルエポックのパリが好き」と・・・・・

ギルはダリ、マン・レイなどとも会話したりする。

とある夜、「ピカソとは別れた」というアドリアナを誘って夜の街のオープンカフェで話し込んでいると、一台の馬車が現れて・・・
行き先はベルエポックのパリ。

フレンチカンカンを踊るカフェで、アドリアナはピカソが尊敬していたロートレックを見つけて、ギルを伴って挨拶に向かう・・・・さらにゴーギャン、ドガ現れて・・・・


現実と、タイムスリップした時代を往還してこの映画は進行します。
ユーモラスでおしゃれな映画です。
ラストシーンも上手くまとめてます。

登場する芸術家が似ていたり。そうでもなかったり、そんな見方も面白いです。

ミッドナイト・イン・パリ (2011)
MIDNIGHT IN PARIS

上映時間 94分
製作国 スペイン/アメリカ

監督・脚本 ウディ・アレン

出演
オーウェン・ウィルソン (ギル)
レイチェル・マクアダムス (イネズ)
マリオン・コティヤール (アドリアナ)

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2017.11.22

パリ♥グラフィック   ― ロートレックとアートになった版画・ポスター展

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パリ♥グラフィック   ― ロートレックとアートになった版画・ポスター展は、
三菱一号館美術館で開催されています。


会期 2017年10月18日(水)~2018年1月8日(月・祝)...

ロートレックのポスターとパリ、歓楽街、ムーランルージュ・・・イメージが直結します。
そして同時代の画家が思い浮かんできます。
チラシから、そんなイメージを抱いて観に行きました。

実際はロートレックのポスターを導入部に「アートになった版画」に力点を置いた展示のように思いました。
ロートレックそして象徴主義的作品にシンパシーを感じる方には、たまらない企画かもしれません。

そして、この展覧会は、
世界有数の19世紀末版画コレクションを誇るファン・ゴッホ美術館と、トゥールーズ=ロートレックの貴重なポスター、リトグラフコレクションを所蔵する三菱一号館美術館の共同企画でもあります。

展覧会場の最終コーナーには、少数ですがゴッホが収集した浮世絵が展示されています。
保存状態が良く、美しい作品ばかりです。
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この展覧会の作品は「はじめに」の後、2章に分けて展示されています。

はじめに; 高尚(ハイ)から低俗(ロ ー)まで
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(右)ルイ・カリエ=ベルーズ 鍋修理 1882 
油彩、カンヴァス90.0×121.0 cm 個人蔵
ポスターが壁一面に貼られている当時の街並みを描いた、この展覧会導入部に相応しい油彩画。

第 1 章 庶民(ストリート)向けの版画
19世紀末、パリで花開いた大衆文化。
消費社会が進む中で劇場、歓楽街にはポスターが張られ、本の挿絵などのとともにグラフィック・アートによって幅広い人々が日常的に芸術に接するようになりました。 (庶民(ストリート)向けの版画)
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ピエール・ボナール 《「フランス=シャンパン」のためのポスター》 1891年 多色刷りリトグラフ 77.5 ×57.5cm
アムステルダム、ファン・ゴッホ美術館

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(右)エドゥアール・ヴュイヤール 自転車 1894 多色刷りリトグラフ81.8×60.9 cm
ファン・ゴッホ美術館(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)

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ロートレックのリトグラフ(左の三点)

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街並みにロートレックのポスター
音楽が流れて・・・・

第 2 章 知的階層(エリート)向けの版画
一方で、単に複製や情報伝達のための手段でしかなかった版画は、トゥールーズ=ロートレックや世紀末の前衛芸術家たちにより、絵画と同じく芸術の域まで高められ、それらを収集する愛好家も出現しました。(知的階層(エリート)向けの版画)
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フェリックス・ヴァロットン 怠惰 1896 木版25.1×32.9 cm
三菱一号館美術館

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ヨージェフ・リップル=ローナイ 《村の祭り(画家=版画家集)》 1896年 多色刷りリトグラフ 39.5×53.3cm
アムステルダム、ファン・ゴッホ美術館

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ピエール・ボナール 《小さな洗濯女》 1896年 多色刷りリトグラフ 29.4×19.8cm
アムステルダム、ファン・ゴッホ美術館

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アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック ムーラン・ルージュの女道化師 1897 多色刷りリトグラフ41.0×32.3 cm
ファン・ゴッホ美術館(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)

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モーリス・ドニ 《『アムール(愛)』表紙》 1898年 多色刷りリトグラフ 53.3×43.3cm
三菱一号館美術館

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(左)ポール・ゴーガン ブルターニュの水浴する人々(「ヴォルピーニ・シリーズ」より) 1889 
ジンコグラフ49.9×64.9 cm ファン・ゴッホ美術館(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)
(右)ブルターニュの楽しみ(「ヴォルピーニ・シリーズ」より) 1889
ジンコグラフ49.8×64.8 cm ファン・ゴッホ美術館(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)

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ピエール・ボナール ポール・ヴェルレーヌ『平行して』 1900 リトグラフ、木版、活版印刷30.0×25.5 cm
三菱一号館美術館

(展示会場写真は、内覧会参加時に主催者の許可を得て、スマホで撮影しています)
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館長メッセージ

三菱一号館美術館が、アムステルダムのファン・ゴッホ美術館と共催で催す本展(既にアムステルダムで開催;2017年3月3日~6月17日)は、世紀末のパリのグラフィック芸術(印刷芸術=すなわちポスターや版画)に焦点をあてています。
19世紀は、美術のあらゆる分野において、それまで西欧美術の根幹をなしていた重厚で壮大な内容と形式が、急速により軽快なものへと変貌を遂げていった時代です。とりわけ、平面の美術つまり絵画は、18世紀末に発明された石版画の技術によって、容易にそのイメージを紙の上に縮小・拡大されて多数複製され、多くの人の手に渡るようになりました。以後、19世紀を通して版画の表現技術は急速に進化し、やがて1880年代以後の世紀末に至って、グラフィック芸術は、創作芸術としての独自の領域を確立するに至ったのです。
この時代のグラフィック作品の見事なコレクションを持つゴッホ美術館と、トゥールーズ=ロートレックやナビ派の重要な作品を所蔵する三菱一号館美術館は、2014年の「ヴァロットン―冷たい炎の画家」展開催においてもパリのオルセー美術館とともに共同主催館となりましたが、今回も緊密な協力体制を組みました。両館の収集作品の特性を生かしながら、眼の肥えた世紀末の愛好家・収集家たちの要請に応えた精緻で高品質の作品と、高まる商業的受容の中でパリの街角や劇場、キャバレーなどで輝いたポスターやパンフレットという二つの方向性を明快に提示します。世紀末のポスター・版画芸術の展開に新たな光を当てる意欲的な本展を、是非ご覧ください。



館長タカハシの納得パリグラ展|パリ♥グラフィック―ロートレックとアートになった版画・ポスター展

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2017.11.19

「光りの教会」実物大再現(安藤忠雄展 挑戦)

国立新美術館で開催中の「安藤忠雄展 挑戦」展が人気です。
非常に練られた大規模展覧会で、インスタレーション的な意味でも楽しめる展覧会です。
私は、4時間以上かけてじっくり見てきました。体力的には疲れました!
安藤忠雄の本展への意気込みを表しているのが「光の教会」の再現ではないでしょうか。

勿論、皆さんカメラ持参で、あるいはスマホで撮影会の様相です。
私はスマホで・・・意識して暗めに撮りました。

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以下、朝日新聞に掲載された「語る」内容の紹介です。

今回の展覧会は、全部自前です。
模型も図録も、自分たちで作った。
「光の教会」(大阪府茨木市、1989年)を原寸で再現したのも、面白い体験を、と思って。
厄介なことに、展示ではなく増築に当たると言うことで作業も建築費も余分にかかった。
元の建築は3500万円ぐらいだったのに今回は7000万円ぐらい。
これも、事務所の自前です。
どこまで馬鹿なことをするかの挑戦でした。
あの教会は、ローマのパンテオンや、ル・コルビジェ設計の礼拝堂をヒントにしてます。
光は、希望やから。

(中略)

(元の教会の)
壁の十字架にはガラスが入っていますが、最初はない予定だった。
風が入ってきて、冬は寒い。その時は身を寄せあって祈るのもいい。
でも、反対されて入れました。
だから、今回は最初の考え通り、ガラスを入れてないんです。

《風が抜け、寒さに耐える建築の提案。それは本人の生い立ちの故ともいえる。》

朝日新聞(2017年10月9日)
語る ―人生の贈り物―
光は、希望やから。


朝日新聞デジタル
光の教会、東京で再現 結婚式も 安藤忠雄さん個展

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2017.11.18

ゴッホ;天才の絵筆 (2009年公開映画)

未だ見ていないのですが・・・公開中の映画「ゴッホ 最後の手紙」が評判です。
―世界初、全編が動く油絵で構成される体感型アートサスペンス映画―

この映画には日本人画家として古賀陽子氏が参加しました。

古賀陽子氏は「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」開催(東京都美術館で開催中)に際して行われた《恋人たちのいるラングロアの橋》の復元プロジェクトに参加しています。
その作品は開催中の東京都美術館に展示されています。

この展覧会には浮世絵も沢山展示されていて、パリ以降のゴッホ作品への影響を検証しています。
(印象派から受けた影響とともに・・)

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丸の内の三菱一号館美術館で開催中の「パリ♥グラフィック ロートレックとアートになった版画・ポスター展」はアムステルダム、ファンゴッホ美術館との共催です。
ゴッホ美術館所蔵の保存状態の良い美しい浮世絵も少数ですが展示されています。
ロートレックもジャポニズムの影響を受けた作品を作りました。ゴッホはロートレック、シニャックらとも交流がありました。


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都美と一号館の展覧会を観てこの映画をを思い出しました。
ゴッホ関連映画、ドキュメンタリーは沢山ありますね。
ゴッホは他殺だった!なんていうのも外国の昔のテレビドラマにはありました。

映画「ゴッホ;天才の絵筆」は短編映画(40分)で、ゴッホの生涯と作品を分かり易く紹介していて、お勧めです。
「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」展に出展されている作品も登場します。

製作国:フランス / 上映時間:40分
監督
フランソワ・ベルトラン
脚本
フランソワ・ベルトランピーター・ナップマリー・ゼリアー
出演者
ジャック・ガンブランピーター・ナップヘレネー・スザレ

Photo

エッフェル塔がそびえ立つパリ
今夜 その姿を描く
夜に描くことが好きだ
でも そんな人生は終わった

1990年
「医師ガシェの肖像」が8200万ドルで落札された
生前 売れた絵画は一枚だけだったのに

今は多くの美術館が私の絵を所蔵する
パリのオルセー美術館には20点ほどある
人々は 絵画や画家の逸話に興味を持ち 訪れる

私の逸話と言えば 自分の耳を切り取った事件がある
そして 37歳で自殺未遂を図った事件も

そんな私の作品には 今は高値がつく
時々 人々が興味を示すのは 絵だけのように思える
例外があると信じたい

彼がそうだ
名前はピーター・ナップ
写真家であり映画製作者で 私の絵に夢中だ

私が絵を描いていた場所を訪れる彼の姿を追おう

この絵を覚えているぞ 我ながら満足な出来だ
コバルトブルーの空にバイオレットの教会
窓にはウルトラマリンを使った
屋根にはバイオレットとオレンジ

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エレン・バクハイズのことも気に入っている

私は死んでからの方が 女性に興味を持たれる
生前の私は 神経質で気難ししかったのだと思う 

勤続一年のエレンは ゴッホ美術館の地下で
一人作業をする

緑色の箱に 私の絵が入っている
別の部屋には 弟のテオに送った手紙がある

その数は900通に上る
ほぼ毎日書いた

エレンは私が苦悩した理由を見出そうとしている
読みにくいだろうに
私の文章には句読点はなく フランス語もおぼつかない
画家になったとき フランス語で書くと決めたのだ

テオとの手紙のやり取りを軸に、ゴッホを取り巻く人物が描かれます。

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私が最後を過ごした二週間は
オーヴェル・シュル・オワーズだ

オーヴェルに住むピーターは
私が住んでいた場所を訪れる 訪れる彼を追うのは楽しい


映画はゴッホが描いた美しい景色とゴッホの作品が重なり合って進行します。
ゴッホ自らが解説するというかたちで・・・・・

10年に満たない画家として生活、900点に上る作品をひたすら描き続けた37年の生涯をこの映画は何とも美しい映像で描いています。

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2017.11.17

上野文化の杜 TOKYO数寄フェス2017

上野文化の杜 TOKYO数寄フェス2017は、上野恩賜公園(不忍池一帯, 噴水前広場 ほか), 東京国立博物館,
東京都美術館, 東京文化会館, 谷中地域 ほかで開催されています。

期間 2017(平成29)年11月10日(金)~11月19日(日), 10日間

昨年より開催期間が延びた分、チョット間延びした感があるかなぁ~

プログラムリストを参考にして、行く日を決めた方が良いかも知れません。
と言ってもこの日曜日が最終日ですが・・・

私は別目的で行ったので、短時間で・・・噴水広場と弁天堂前広場での展示を見てきました。


今年の数寄フェスを象徴するような(私が勝手にそう思った・・)インスタレーションをスマホで撮ってきました。


プラテネス-私が生きたようにそれらも生き、私がなくなったように、それらもなくなった-
大巻伸嗣

公園ができる以前、この場所一帯には寛永寺の仏閣が立ち並んでいました。災害や戦争を経て、明治初期に公園となりました。本作品では、寛永寺の山門「文殊楼」をモティーフに、かつてここに存在したものや時間、空間、記憶の連鎖を体感させる大型インスタレーションを展開します。

201702

ライトアップアップ
201701

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HPの解説。
上野恩賜公園を舞台に、アートで日本文化を世界に発信し、
開催3日間で32万人強の来場者で賑わった昨年の「TOKYO数寄フェス」。
今年はディレクターも新たに、アートが公園を飛び出して街中にも展開、
さらに会期を10日間に延長して開催します。

1876(明治9)年5月に日本初の公園として上野恩賜公園が開園して以来、博物館、美術館、芸術大学、動物園、音楽ホールなど多くの重要な文化施設が一つの公園一帯に集まり、世界でも類を見ない文化芸術拠点が集中するエリアとして発展してきた上野。この地に関わりのある機関・団体が相互に協力し、「上野文化の杜」という連携組織を作り、日本文化と芸術を国内外へ発信する様々なプロジェクトを展開しています。
その活動の一環として、昨年10月『TOKYO数寄フェス』を上野で3日間にわたって開催しました。近代日本美術の発展に大きな功績を残した岡倉天心が茶の湯の文化を通して日本の文化芸術の精神を紹介した『茶の本』の思想を背景とし、上野恩賜公園敷地内に広がる様々な文化施設を舞台に、天心が同書で語った《数寄》という言葉を軸にアート作品やワークショップ、コンサートを展開。日本や東京を「数寄(=好き)」になるコンテンツを、32万人が体感しました。


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2017.11.16

トーハクの一品(その1) 火事羽織

トーハク(東京国立博物館)は頻繁に訪れるのですが、特別展、企画展を観終わると疲労感があって、何時も平常展はさらっと流して観賞ということになります。
記録に残すこともめったにないので・・・・
気になった一品を少しづつ投稿してみようと思います。
スマホで撮っています。定期的に展示替えが行われますので、必ず展示されているわけではありません。


火事羽織
紺木綿地刺子人物摸様 

江戸の町方では鳶職の人々が組体制で火消しの役割を果たした。
表は籠目摸様を型染にし、木綿地を刺し子にして防火を強化した。
無事鎮火したあかつきには、描絵摸様を見せて市中を歩いた。
衿には火消しの組名「平野」の文字を染める。
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颯爽とした、鯔背(いなせ)な姿が想像できますね。


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火事羽織
猩々緋羅紗地波鯉摸様(抱き茗荷紋付)
江戸屋敷に在住する大名家では、男性だけでなく女性も、江戸の火事に備えて火事装束を整えた。
鮮やかな色の羅紗地に刺繍を施し、あるいは燻革(ふすべがわ)を用いた兜頭巾を着し、羅紗の羽織に織物の袴で登場。
火事場の活躍よりもむしろ火事装束の華やかさを競った。
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火消しの様子を描いた浮世絵版画もありますね。
写真に撮った記憶がありますが・・・

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2017.11.13

シャガール 三次元の世界

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「シャガール 三次元の世界」は、
東京ステーションギャラリーで開催されています。


会期 2017年9月16日(土)~12月3日(日)


彫刻家シャガール?ってあまり想像できなかったのですが「シャガールはシャガールでした」当たり前ですけど・・・・

シャガールが彫刻制作を始めたのは1951年、すでに63歳になっていました。

深みのある鮮やかな色彩の平面作品に登場する、抱き合い浮遊する男女、山羊、動植物のモティーフはそのまま彫刻にも登場します。
聖書に取材した一場面もシャガールの作品にはよく使われます。


この展覧会のタイトルは「シャガール 三次元の世界」ですが、油彩・水彩作品が70点展示されていて平面作品も楽しめます。
そして60点の陶器・彫刻作品とその下絵、素描、版画等でシャガールの全体像を概観できる展覧会にもなっています。

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この展覧会のタイトルを象徴する作品。

シャガールの誕生日(28歳)に恋人のベラが花を抱えて部屋を訪れた場面。
この2週間後に2人は結婚することになります。
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《誕生日》 1923年 AOKIホールディングス像


同じ様なモチーフの彫刻作品。
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《二つの頭部と手》 1964年 個人蔵

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シャガールは1910年パリに赴き、5年間の滞在の後、故郷ヴィチェプスク(現ベラルーシ)に戻る。
(ロシア時代、パリに赴いた当初は、新印象派、キュビズムに影響を受けたような作品を制作しています。この時代の作品も展示されたいます)
10月革命(1917年)後のロシアでしばらく生活しますが、1922年、故郷に見切りをつけ、ベルリンを経由して1923年にはふたたびパリへ戻ります。

パリに戻った翌年の作品。
この頃からシャガールの奔放な想像力は次第に影をひそめ、より古典的な趣が前面に出てくる。
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《二重肖像》 1924年 名古屋市美術館蔵


1941年、第二次世界大戦の勃発を受け、ナチスの迫害を避けてアメリカへ亡命した。
亡命後の1943年に完成した作品。
シャガールはたびたび愛する者同士の結びつきを二重肖像として描いています。
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《たそがれ》 1938-43年 個人臓

1948年、シャガールは再度フランスに戻ります。
(ベラはパリに戻る直前にアメリカで亡くなります。後に再婚)
2年後に南フランスに移住してから陶器を作り始めます。
ピカソ、マチスもこの頃制作しています。

シャガールの立体作品への挑戦は、まず陶器において始まりました。
下絵も展示されています。
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《青色ロバ》 1954年 個人蔵
(左が背面)(右が正面)
 

立体への志向を(動物モチーフ)―(肖像、二重肖像)―(重なり合う形)―(垂直性)に分類して平面作品とともに紹介しています。

ヤコブの肩に梯子が掛かり、天使が梯子を昇っていきます。
素材を生かした構成になっています。
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《ヤコブの梯子》 1973年 個人蔵

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《地上の楽園》 1969年 個人蔵

道化師、山羊、ラッパを吹く人物、月、紫色の裸婦、そして下部には俯瞰した街並み、如何にもシャガールらしい構成ですね。
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《紫色の裸婦》 1967年 個人蔵


展覧会の構成は以下の通りです。
■絵画から彫刻へ――《誕生日》をめぐって
■空間への意識――アヴァン・ギャルドの影響
■穿たれた形――陶器における探究
■平面と立体の境界――聖なる主題
■平面と立体の境界――素材とヴォリューム
■立体への志向――動物モチーフ
■立体への志向――肖像、二重肖像
■立体への志向―― 重なり合う形
■立体への志向―― 垂直性

HPの解説。
画家、版画家として著名なマルク・シャガールですが、晩年に多くの彫刻を制作していたことはあまり知られていません。シャガールが彫刻制作を始めたのは1951年、すでに63歳になっていました。この時点で、ブランクーシやジャコメッティといった彫刻家たちによって、またピカソやマティスなどの創意に富んだ彫刻作品によって、20世紀彫刻の造形言語は大きく書き換えられていました。しかしシャガールは、さまざまな新しい試みを知らないかのように、全く独自の、他のどんな20世紀彫刻とも似ていない作品を創り出します。


【東京サイト】2017年11月7日(火)「シャガール 三次元の世界」

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2017.11.10

「あこがれの明清絵画」展

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「あこがれの明清絵画」展~日本が愛した中国絵画の名品たち~は、
静嘉堂文庫美術館で開催されています。

会期 2017年10月28日(土)~12月17日(日) 休館日:月曜日


美術の世界では(展覧会では)「中国憧憬」という言葉はよく使われますが、憧れそして学んできたのですね。
この展覧会でも、本物と摸本が並べて展示されています。

思い込みが影響してしまうのでしょうか?藍瑛作(本物)の方がメリハリの利いた感じを持ちました。

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(左)重要文化財 藍瑛(らんえい)「秋景山水図」
明時代・崇禎(すうてい)11年(1638)
(右)重要文化財 谷文晁「藍瑛筆 秋景山水図模本」
江戸時代・18~19世紀
(谷文晁、下の部分チョット端折ってますね)

会場入り口には狩野探幽の「張翬筆 山水図摸本」も本物と並んで展示されています。


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明代の花鳥画は呉派(江蘇省蘇州市を中心に活動した)による水墨花卉図の系譜と宮廷画院を中心とする浙派による着色花鳥図の系譜が大きな流れとして挙げられる。特に宮廷画家である呂紀による豪華で力強い画風はその後の着色花鳥画の規範となり狩野派をはじめ日本の画風に大きな影響を与えた。


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呂紀の系統を示す「花鳥図」 明時代 16世紀


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余崧「百花図巻」(部分)
清時代・乾隆60年(1795)

江戸時代の日本画家を夢中にさせた沈南蘋の作品がチラシに使われています。猫ちゃんの視線が気になります。(谷文晁はこの作品も模写しています)
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沈南蘋「老圃秋容図」
清時代・雍正9年(1731)

そして明代を代表する 李士達の傑作、この雄大なそして深遠な風景は見事です!
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重要文化財 李士達「秋景山水図」
明時代・万暦46年(1618)

展覧会の構成は以下の通りです。
■初めに~静嘉堂の明清絵画コレクション~
■明清の花鳥画明清絵画
■明清の道釈人物・山水画
■文人の楽しみと明清の書跡

HPの解説 
深遠な山水から愛らしい猫まで多様な様相をみせる中国・明清時代(1368~1912)の絵画は、江戸時代以降の日本でも多くの画家たちの憧れの的でした。静嘉堂の明清絵画コレクションは、質量ともに国内有数のコレクションとして知られていますが、本展ではその中から、日本の画家に多大な影響を与えた沈南蘋(しんなんぴん)の代表作をはじめ、日本が愛した中国絵画の名品を精選し展示いたします。


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2017.11.06

円覚寺 建長寺 宝物風入れ

円覚寺建長寺の「宝物風入れ」に行ってきました。

日程:平成29年11月3日(金・祝)~5日(日)の3日間

数年前にも行っていますが・・・・快晴に誘われて行ってきました。
三連休の中日とあって、鎌倉駅周辺は大混雑、北鎌はそれほどでもありませんでした。

工芸品、絵画作品は勿論素晴らしいのですが、古文書(書状など)は歴史的、社会的背景を詳らかに表していて興味深く見てきました。勿論解説のみでの理解ですが・・・古文書解読もっと勉強しないと!
多くの展示品が重要文化財指定です。


円覚寺宝物風入れ
2017

以下に展示品の一部を記します。

第一展示場(大方丈) 
■工芸類
201701
椿梅竹文堆朱盤 南宋~元時代

■法衣類(毎年一部を展示)

■袱紗類(毎年一部を展示)

■その他の宝物
201702
五百羅漢図 絹本着色 元時代・室町時代・江戸時代
DNPによる複製も展示されていました。

201703
仏涅槃図 絹本着色 鎌倉時代

201704
被帽地蔵菩薩 絹本着色 高麗時代
被帽地蔵菩薩ってあまり見ないですよね。

201711
北条時宗書状(拝請状)円覚寺文書のうち  
弘安元年(1278)12月23日
建長寺開山の蘭渓道隆が亡くなった後、執権・北条時宗(円覚寺開基)は新しい禅の指導者を中国に求めました。このときの依頼状です。これに応じて来日したのが円覚寺開山の無学祖元です。

201712
養儼院手箱(梨地螺鈿海獣蒔絵手箱) 江戸時代
徳川家康の側室・養儼院(お六の方)が円覚寺に奉納した手箱

201705
百衣観音図  伝牧谿筆 絹本墨画 元時代
観音が岩上で片肘をつきながら水面に映る月を眺めている姿から水月観音ともいわれています。


第二展示場(大書院 呈茶室)
201706
無学祖元像・・・自賛 絹本着色 弘安7年(1284)
無学祖元(仏光国師1226~85)は円覚寺開山です。
北条時宗の招請により来日しました。

201707
虚空蔵菩薩像 絹本着色 鎌倉時代

201708
銅造阿弥陀如来及び両脇地蔵  文永8年(1271)
長野・善光寺の本尊を模した、いわゆる善光寺式阿弥陀三尊像


第二展示場(大書院)
201709
足利義満額草 円覚寺文書のうち 室町時代
室町幕府三代将軍・足利義満の筆になる、円覚寺正続院殿堂の額字

201710
鍾馗像 山田道安筆 絹本墨画淡彩 室町時代
山田道安は戦国時代の武将です。

臨済宗大本山 円覚寺
開山
鎌倉時代後半の弘安5年(1282)、ときの執権北条時宗が中国・宋より招いた無学祖元禅師により、円覚寺は開山されました。開基である時宗公は18歳で執権職につき、無学祖元禅師を師として深く禅宗に帰依されていました。国家の鎮護、禅を弘めたいという願い、そして蒙古襲来による殉死者を、敵味方の区別なく平等に弔うため、円覚寺の建立を発願されました。


名前の由来
円覚寺の寺名の由来は、建立の際、大乗経典の「円覚経えんがくきょう」が出土したことからといわれます。また山号である「瑞鹿山ずいろくさん(めでたい鹿のおやま)」は、仏殿開堂落慶の折、開山・無学祖元禅師の法話を聞こうとして白鹿が集まったという逸話からつけられたといわれます。無学祖元禅師の法灯は高峰顕日こうほうけんにち禅師、夢窓疎石むそうそせき禅師と受け継がれ、その法脈は室町時代に日本の禅の中心的存在となり、 五山文学や室町文化に大きな影響を与えました。


歴史
円覚寺は創建以来、北条氏をはじめ朝廷や幕府からの篤い帰依を受け、寺領の寄進などにより経済的基盤を整え、鎌倉時代末期には伽藍が整備されました。 室町時代から江戸時代にかけて、いくたびかの火災に遭い、衰微したこともありましたが、江戸時代後期(天明年間)に大用国師だいゆうこくしが僧堂・山門等の伽藍を復興され、宗風の刷新を図り今日の円覚寺の基礎を築かれました。 明治時代以降、今北洪川いまきたこうせん老師・釈宗演しゃくそうえん老師の師弟のもとに雲水や居士が参集し、多くの人材を輩出しました。今日の静寂な伽藍は、創建以来の七堂伽藍の形式を伝えており、現在もさまざまな坐禅会が行われています。


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建長寺の宝物風入れ
2017_2

円覚寺の展示と比べると少々見劣りする感じはしますが・・・・もちろん一見の価値ありです。

画像が手元にないので残念ですが、「沢庵 宗彭墨蹟」「一休禅師墨蹟」「賢江祥啓筆 三十三観音図」「狩野探幽筆 達磨図、維摩像・達磨図、十六善神図」「伝牧谿筆 猿猴図」などが印象に残りました。
「伝狩野元信筆 花鳥図」の展示もありましたが退色が著しく、残念でした。 
「蘭渓道隆像・・・自賛」「大覚禅師法語規則」は国宝に指定されています。  

話はそれますが・・・・
花見(桜)は建長寺の勝ちかも知れませんね。
去年撮った動画です。

紅葉はいい勝負かなぁ~
円覚寺かなぁ~
両寺とも、この日の色づきは?まだまだでしたよ!

大本山 巨福山 建長寺
開 山
開山大覚禅師は中国西蜀淅江省に生まれた。名は道隆、蘭渓と号した。

十三歳のとき中国中央部にある成都大慈寺に入って出家、修行のため 諸々を遊学した。のちに陽山にいたり、臨済宗松源派の無明惠性禅師について嗣法した。そのころ中国に修行に来ていた月翁智鏡と出会い、日本の事情を聞いて からは日本に渡る志を強くしたという。禅師は淳祐六年(1246)筑前博多に着き、一旦同地の円覚寺にとどまり、翌宝治元年に知友智鏡をたよって泉涌寺来 迎院に入った。智鏡は旧仏教で固められている京都では禅師の活躍の場が少ないと考えたのであろう、鎌倉へ下向するよう勧めた。こうして禅師は鎌倉の地を踏 むことになった。日本に来てから三年後のことと思われる。時に三十六歳。

鎌倉に来た禅師はまず、寿福寺におもむき大歇禅師に参じた。これを知った執権北条時頼は禅師の居を大船常楽寺にうつし、軍務の暇を見ては禅師の元を訪れ道を問うのだった。そして、「常楽寺有一百来僧」というように多くの僧侶が禅師のもとに参じるようになる。

そして時頼は建長五年 (1253)禅師を請して開山説法を乞うた。開堂説法には関東の学徒が多く集まり佇聴したという。こうして、純粋な禅宗をもとに大禅院がかまえられたが、 その功績は主として大覚禅師に負っているといえる。入寺した禅師は、禅林としてのきびしい規式をもうけ、作法を厳重にして門弟をいましめた。開山みずから 書いた規則(法語規則)はいまも国宝としてのこっている。 禅師は鎌倉に十三年いて、弘長二年(1262)京都建仁寺にうつり、その後また鎌倉に戻ったが 叡山僧徒の反抗にあって二回にわたり甲斐に配流されたりした。

禅師はのち弘安元年(1278)四月、建長寺に再住、そして七月二十四日、衆に偈を示して示寂した。ときに六十六歳。

偈 用翳晴術 三十余年 打翻筋斗 地転天旋

後世におくり名された大覚禅師の号は、わが国で最初の禅師号である。


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2017.11.03

散策中に見かけた草花(2017年10月)

先月は長雨で鬱陶しい日が続きました。
そん中でも秋の気配は進んでいます。
イチョウは色付き、ススキが風に揺れて・・・

20171007


20171002

写真は、スマホで撮っています。
過去に同様の花の写真を投稿していますが、写真そのものは、タイトル記載年月に撮ったものを載せています。


20171008
さざんか(山茶花) ツバキ科
我が家の山茶花です、赤、ピンクと三種類咲いています。


20171001
こすもす(秋桜)  きく科


20171003
せきやのあきちょうじ(関屋の秋丁字) しそ科
葉や茎は、防虫剤や香料になる。
秋に丁字形の花を咲かせる。


20171004
てんにんそう(天人草) しそ科
名の由来は、葉を食害される様子を天人の羽衣(破衣)にたとえた


20171005
ふゆのはなわらび(冬の花蕨)  はなやすり科
冬の胞子葉が花のようであるのが名の由来


20171006
あきはぎく(秋葉菊) きく科
名は静岡県秋葉山に由来  分布している千葉県では、きよすみぎくの名で呼ばれている


20171009
たいわんほととぎす(台湾杜鵑草 ) ゆり科
花は、ホトトギスが群れているように咲きそろう。沖縄及び台湾に自生。


20171011
ほととぎす(杜鵑草) ゆり科
若葉や花の斑点がホトトギスの胸にある摸様と似ていることから


20171012
みずあおい(水葵) みずあおい科
花は染物に利用されたはほか食用にもなる万葉植物

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2017.11.02

観てきた展覧会備忘録 2017年10月

フローラ ヤポニカ - 日本人画家が描いた日本の植物 -
会期 2017年 9月12日(火)~12月3日(日)
国立科学博物館 


生誕120年 東郷青児展 抒情と美のひみつ
会期 2017年9月16日(土)~11月12日(日)
東郷青児記念記念 損保ジャパン日本興亜美術館


興福寺中金堂再建記念特別展「運慶」
会期 2017年9月26日(火) ~11月26日(日)
東京国立博物館平成館 特別展示室


「怖い絵」展

会期 2017年10月7日 (土) 〜 12月17日 (日)
上野の森美術館


明治維新から150年 浮世絵にみる 子どもたちの文明開化
会期 2017年10月7日(土)〜11月23日(木)
町田市立国際版画美術館


驚異の超絶技巧!
明治工芸から現代アートへ
会期 2017年9月16日(土)~12月3日(日)
三井記念美術館


中村有里枝 そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々
会期 2017年9月30日(土)~11月26日(日)
東京都写真美術館


総合開館20周年記念TOPコレクション 
「シンクロシティ」平成をスクロールする 秋期
会期 2017年9月23日(土・祝)~11月26日(日)
東京都写真美術館


オットー・ネーベル展
会期 2017年10月7(土)~12月17日(日)
Bunkamuraザ・ミュージアム


六本木開館10周年記念展 天下を治めた絵師 狩野元信
会期 2017年9月16日(土)〜11月5日(日)
サントリー美術館


表現への情熱 カンディンスキー、ルオーと色の冒険者たち
会期 2017年10月17日(火) ~ 12月20日(水)
パナソニック 汐留ミュージアム


アルベルト・ヨナタン「TERRENE」
会期 2017年10月7日~11月5日
ポーラ・ミュージアム・アネックス


江戸の琳派芸術
会期 2017年9月16日~11月5日
出光美術館


ヨコハマトリエンナーレ2017「島と星座とガラパゴス」
会期 2017年8月4日(金)~ 11月5日(日)
横浜美術館横浜赤レンガ倉庫1号館横浜市開港記念会館(地下)ほか


池田学展 -The Pen-凝縮の宇宙 (会期終了)
会期 2017年9月27日(水)~10月9日(月・祝)
日本橋高島屋8階ホール

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