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2017.05.15

神田祭神輿宮入(平成29年度)

江戸総鎮守神田明神平成29年度神田祭神輿宮入に行ってきました。

今年は、神輿宮入には行かずに神幸祭のみを観に行こうか?と思っていたのですが、神幸祭の日はあいにくの雨。
家は出たものの本降りの雨になってきたので引き返しました。

というわけで、神輿宮入の日に、三井記念美術館に寄り道してから行きました。
三井記念美術館でチョット不愉快なことがあって、早々に退館・・・・この美術館には10年以上ほぼすべての展覧会を観に行っているのですが・・・・顧客対応がどうも好きになれなくて、行くのに気が重くなることがあります。(あくまでも私個人の感じ方でです)

美術館を出て日本橋の街に出ると、室町で神輿巡行が行われていました。
宮入を済ませて町内に戻り、町内神輿巡行を行っているところの様でした。

そして神輿宮入観覧に神田明神へ・・・・
神田明神にはお茶の水駅から向かうことが多いのですが、今回は秋葉原駅で降りました。
駅前では、和太鼓の演奏、電気街の神輿広場?では二基の氏子を乗せた神輿が、行ったり来たりしていました。
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秋葉原電気街で・・・

何しろ、200基程の神輿宮入が行われるのですから、交通規制している巡行路には町会神輿毎の渋滞が発生します。担ぎ手達は、道端に座り込んで、お酒を飲んだり、タバコを喫ったり・・です。
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そして、神田明神では引っ切り無しに各町会の神輿が宮入してきます。
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随神門から境内に入ってきた神輿。

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神殿前で、神輿を正面に向かせるための調整を繰り返して・・・

一日中続いた神輿宮入も、終わりに近づいて千貫神輿「神田市場神輿」の宮入です。
皆さん千貫神輿の宮入時間をご存知のようで、観客の数がMAXになります。

警官が場内整理に従わない男を怒鳴りつけたり、神輿が観客に迫って・・最前列の人が押し倒されたりの騒ぎです。

女神輿が先導して、神田市場神輿が大鳥居に向かい、神庭明神境内に入っていきます。
「担ぎ手は1グループ200人総勢2000人」という話を聞いたことがありますが、過大な表現でもない様な気もしました。
神田市場神輿は大きいので隨神門の下は通過しないで、道を右に曲がって神殿前まで巡行します。


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帰り道の子供神輿・・・かわいい子供たち。

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―神田祭とは―
HPからです。

江戸時代の神田祭

 「天下祭」として知られる神田祭は、元和年中までは船渡御であったと言われている。延宝年中までは毎年斎行されていたが、山王祭(千代田区・日枝神社)と隔年で斎行することになり、以後今日までに2年に一度斎行されることが恒例となった。
 江戸幕府の庇護を受け、江戸城・内曲輪内へ、2基の神輿、36番45本前後の山車や附祭、御雇祭などからなる祭礼行列が練りこみ、徳川将軍や御台所の上覧があったことなどから、江戸の庶民たちからいつからか「天下祭」と称されるようになった。
 また、江戸時代を通じて全国的に有名な祭のひとつとして「日本三大祭り」「江戸三大祭り」の中に数えられたている。

明治時代から昭和戦前
 
 明治に入り、神田明神から神田神社と名前を変えたが、明治17年に46本、明治20年に40本の山車が出され、江戸時代と同じくらい盛大な祭礼が行われた時もあった。しかし明治25年、台風の影響などから祭月が9月から5月に変更されたり、不景気と電線架線などの影響もあり、山車が出されなくなっていき各町に備え付けられるのみとなった。

 大正時代に入ると、神社の神輿が渡御する「神輿渡御祭」へと変遷していき、各氏子町は町神輿を作り担ぐようになっていった。渡御祭では、数日かけて神輿が氏子町々を隈なく渡御し長い日には1週間もの日数をかけて渡御が行われた。
 大正11年、2基の神輿を大鳳輦1基に改めた。残念ながら、この鳳輦は大正12年の関東大震災により焼失してしまい、たった1度の渡御しかしていない。
 関東大震災後、1度延期となったが昭和元年に復活、渡御祭の行列では葱華輦が出された。昭和9年には二の宮神輿が新調された。

戦後から
 
 戦後、祭の名称を渡御祭から神幸祭に変更され、昭和27年に初の神幸祭が斎行された。鳳輦が新調され牛が曳いて練り歩いた。また、この祭で氏子町会より町神輿の連合宮入が初めて斎行された。
昭和40年代になると、都心部における自動車などの交通事情の影響のため、5月中旬に行っていた神幸祭を祝日の5月2、3日に改められた。さらに神幸祭の日数も3日間より2日間、そして現在は1日となっている。昭和50年、三越より奉納された二の宮神輿が行列に加わった。
 昭和59年にご祭神に正式復座された平将門命の三の宮鳳輦が新調され昭和62年より行列に加わった。
 平成に入り、諌鼓鶏の山車の復活、相馬野馬追騎馬武者行列の特別参加、町田町火消行列、将門武者行列、静岡県三熊野神社より一本柱万度型山車が特別参加。平成15年には東日本橋二丁目町会により船渡御が復活。KIXプロジェクトやインターネット神田祭.chといったインターネットによる神田祭の生中継も行われ今に至っている。

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コメント

私も神幸祭は、インターネット生中継とライブカメラで観てました。現場では、待ちに待った2年に1度の本祭を存分に楽しむ氏子の興奮が伝わってきますよ!次回は是非観覧を!

投稿: 岩城さんへ | 2017.05.15 21:45

現地では、迫力が違うと思います。当方は神田祭のライブカメラで見ていました。素晴らしですね。good

投稿: 岩城 | 2017.05.15 20:14

千貫神輿「神田市場神輿」には男坂(急階段)を上ったところで追いつきました!境内は大混雑・・外野席で観ている感じでした!人混みで、帰りは出るに出られず、大変でした!再来年は神幸祭に行こうかと・・・

投稿: 内田さんへ | 2017.05.15 19:01

千貫神輿「神田市場神輿」の宮入を境内で観ていました。この神輿だけは3本締めが許されているみたいですね。
二之宮神輿(三越創業三百年記念奉納品:昭和四十八年)も見せてもらいました。

投稿: 内田 | 2017.05.15 16:18

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