« 「江戸と北京-18世紀の都市と暮らし-」展 | トップページ | ティツィアーノとヴェネツィア派展 »

2017.03.26

ゴールドマン コレクション これぞ暁斎!世界が認めたその画力

Photo


「ゴールドマン コレクション これぞ暁斎!世界が認めたその画力」展は、

Bunkamura ザ・ミュージアムで開催されています。

会期 2017/2/23(木)~4/16(日)

「なぜ、あなたは暁斎を集めているのですか?」という問いかけに「なぜなら暁斎は面白いからです」とゴールドマン氏は、ためらいなく本能的に答えたそうです。

この展覧会を観た方は「おっしゃる通り」と何度もうなずくはずです。

巧みな描写力に裏打ちされた、動物、人々の表情は、その感情が直感的に伝わってきます。
擬人化した動物の動感が違和感全くなく、素直に伝わってきます。
これも愉快、愉快!

天才絵師河鍋暁斎は天保2年(1831)に生まれて、明治22年(1889年)に亡くなっています。
歴史の転換期、その時代背景が反映された作品も散見されます。
しかし、この展覧会の作品に込められた「面白さ」を単純に楽しめば、それで十分満足です。

暁斎は、3歳の時すでに蛙を写生しています。
7歳で国芳に弟子入りしますが、国芳の素行を心配した父親が2年でやめさせています。
9歳、神田川で生首を拾い写生。
10歳、狩野派の絵師に入門
19歳で修業を終えて師か号を与えられます。
(この年北斎没)
22歳、雑貨商、絵草子屋に寄宿したりして、土佐派、円山四条派、浮世絵など流派に拘らす研鑽を続ける。
(広重が江戸名所百景を描く)
27歳、鈴木基一の2女お清と結婚、絵師として独立。河鍋の姓を継ぐ。
28歳、狂画を描き始め、狂斎と号す。
29歳、お清没、間もなくお登勢と再婚。
30歳、お登勢没、妻の亡骸を写す。
37歳、宮家の家臣の娘・近(ちか)と結婚。
38歳、(明治元年)上野戦争の翌日、戦場に行き写生。娘とよ誕生(後の暁翠)
41歳、刑を受けて放免される。以後、画号を暁斎に改める。
51歳、ジョサイア・コンダ―が入門。
55歳、妻近(ちか)没。この年「如空」の法号を受け、以降の作品には「如空」の署名を用いる。
59歳、没。

ーーーーーーーーーーーーー
写真は主催者の特別な許可を得て撮影しています。
スマホで撮りました。

11
《象とたぬき》
明治3(1870)年以前 紙本淡彩 
イスラエル・ゴールドマン コレクション Israel Goldman Collection, London 
Photo:立命館大学アート・リサーチセンター
1度手放したものの後悔し、数年かけて取り戻したゴールドマン氏こだわりの作品。


鴉は暁斎のシンボル。
鴉を描いた作品の展示コーナーが設けられています。
Photo_3
絵に捺された「万国飛」という言葉と鴉の印章は、世界に飛び立った暁斎の鴉を表しています。
ジョサイン・コンダーが英国に暁斎の鴉図を持ち帰ったところ評判となり、100枚の注文があったと当時の新聞が伝えています。

2
像と虎の眼の表現力。
暁斎作品共通の「めじから」は素晴らしい!

5
暁斎は吉祥画も多く描いています。
注文を受けて制作する職業絵師としての暁斎の一面ですね。暁斎らしいユーモアを添えた作品も・・・
14
《鍾馗と鬼》
明治15(1882)年 紙本着彩、金泥 
イスラエル・ゴールドマン コレクション Israel Goldman Collection, London 
Photo:立命館大学アート・リサーチセンター

擬人化し描かれた数々の動物の動感が見事で愉快!
15
《蛙の放下師》
明治4–22(1871–89)年 紙本淡彩 
イスラエル・ゴールドマン コレクション Israel Goldman Collection, London 
Photo:立命館大学アート・リサーチセンター


6
春画コーナーもあります。
ユーモアたっぷり 。

この類の作品は人気ありますね。
12
《地獄太夫と一休》
明治4-22(1871-89)年 絹本着彩、金泥 
イスラエル・ゴールドマン コレクション Israel Goldman Collection, London 
Photo:立命館大学アート・リサーチセンター


手の込んだ幽霊ですよ!
16
《幽霊図》
慶応4/明治元-3(1868-70)年頃 絹本淡彩、金泥
イスラエル・ゴールドマン コレクション Israel Goldman Collection, London 
Photo:立命館大学アート・リサーチセンター
亡き妻お登勢の臨終時のスケッチが元になっているいわれる作品。
生まれ持った画家の性なのですかね~?


百鬼夜行図は巻物が多いですね、巻物も展示されています。
3
《百鬼夜行図屏風》
明治4–22(1871–89)年 紙本着彩、金砂子 


最終コーナーです。
13
《半身達磨》
明治18(1885)年 紙本淡彩
イスラエル・ゴールドマン コレクション Israel Goldman Collection, London
Photo:立命館大学アート・リサーチセンター
暁斎は達磨図を多く描きました。
後年「如空」と号した暁斎は仏画も多く描いています。絵を描くことが祈りの行為であり、日々の祈りが絵の修練となりました。


ーーーーーーーーーーーーーーーー

展覧会の構成は次の通り。
序章 出会い ゴールドマン コレクションのはじまり
第1章 万国飛 世界を飛び回った鴉たち
第2章 躍動する命 動物たちの世界
第3章 幕末明治 転換期のざわめきとにぎわい
第4章 戯れる 福と笑いをもたらす守り神
第5章 百鬼繚乱 異界への誘い
第6章 祈る 神と神仙 先人への尊崇

HPの解説。

河鍋暁斎(1831─1889)は、時代が大きく揺れ動いた幕末から明治を生きた絵師です。幼い頃に浮世絵師の歌川国芳に入門したのち、狩野派に学び19歳の若さで修業を終え、さらに流派に捉われず様々な画法を習得しました。仏画から戯画まで幅広い画題を、ときに独特のユーモアを交えながら、圧倒的な画力によって描き上げた暁斎。本展は、世界屈指の暁斎コレクションとして知られるイスラエル・ゴールドマン氏所蔵の作品によって、多岐に渡る暁斎作品の全体像を示します。


Bunkamuraザ・ミュージアム「これぞ暁斎! 世界が認めたその画力」展覧会紹介動画(3分バージョン)
Bunkamurachannel


Bunkamuraザ・ミュージアム「これぞ暁斎! 世界が認めたその画力」ビジュアルツアー
Bunkamurachannel

|

« 「江戸と北京-18世紀の都市と暮らし-」展 | トップページ | ティツィアーノとヴェネツィア派展 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/26694/65024045

この記事へのトラックバック一覧です: ゴールドマン コレクション これぞ暁斎!世界が認めたその画力:

« 「江戸と北京-18世紀の都市と暮らし-」展 | トップページ | ティツィアーノとヴェネツィア派展 »