« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »

2014.09.08

あしたのジョー、の時代展

0001a_3

この企画展は練馬区立美術館で7月20日~9月21日まで開催されています。

「あしたのジョー」
アニメで見ていました。


矢吹丈がアル中の元ボクサー丹下段平に見込まれたのは、山谷でのジョーの暴力団との乱闘を段平が見たとき。
その時、こいつはボクシングの才能があると・・・
段平の情熱をいいことに、ジョーはドヤ街で子供を連れて暴れ放題、やがて犯罪に手を染めて、鑑別所送りになる。

鑑別所のジョー宛に段平は「あしたのために」に始まる手紙を送る、ボクシング指南が始まる。

みるみる力をつけるジョー・・・
鑑別所から脱走を試みるが力石徹に阻止されて、ボコボコにされる。

先に出院した力石徹、後を追うように院を出たジョーはライセンスを取得。
やがて運命の対戦の日が訪れる。
力石は限界を超える減量をしてリングに上がったのだ。
力石は勝った、しかし勝利と引き換えに命を失ってしまう。

ジョーは精神的なダメージを受け一時期ボクシングを離れる。

やがて復帰したジョーは、相手の顔面が打てないという後遺症を乗り越え、世界選手権まで上り詰めるが、すでにパンチドランカーになっていた。
世界戦に、判定負けしたジョーはコナーにいる葉子にグローブを渡した。

HPの紹介文


「あしたのジョー」は、高森朝雄(梶原一騎の別名義)原作、ちばてつやの作画で1967年暮れから1973年まで『週刊少年マガジン』に連載されたボクシング漫画です。連載当初から人気を博し、アニメ化、実写映画化が行われ、連載終了から40年が経過した今なお、新たなファンを獲得し続けています。
主人公「ジョー」こと矢吹丈は、打たれても打たれても決して相手に屈せず、血反吐にまみれながら強敵に立ち向かいました。その姿は、大人が作り上げた社会体制の矛盾に対し異議申し立てを行った同時代の青年の共感を呼びます。「我々は明日のジョーである」と声明を出し、日本航空「よど号」をハイジャックした赤軍派。ジョーのライバル力石徹の劇中での死に、現実に告別式を執り行った寺山修司たち。本作は様々な事件や人々と結びついて社会現象を呼び起こし、一フィクションをこえ、時代のシンボルとして多くの人々の心に受けいれられていきました。
本展では「あしたのジョー」の作品世界を、ちばてつやによる百点以上におよぶ魅力的な原画の数々によって構成し、アニメやレコードなど同時代の関連資料から本作のひろがりを紹介します。また、ボクシングをこよなく愛し「あしたのジョー」に深く関わった寺山修司、自らの肉体と格闘し暗黒舞踏を立ち上げた土方巽、既成の芸術に反し己の肉体によるパフォーマンスをおこなった秋山祐徳太子ら、ジョーと同じ時代の空気を共有した芸術家たちの活動をたどり、「あしたのジョー」をキーワードにこの時代を振り返ります。


展示構成は以下の通り
1章「あしたのジョー、の世界」
2章「あしたのジョー、の時代」
3章「あしたのジョー、肉体の叛乱」
4章「あしたのジョー、あしたはどっちだ」


企画展のサイトはこちら

寺山修司の短歌に「マッチ擦るつかのま海に霧深し身捨つるほどの祖国はありや」
があります。時代を象徴する歌ですね。
寺山修司などが企画した力石徹の葬儀祭壇も再現展示されていました。
「あしたは~、どおっちだ~」アニメソングも忘れられない、彼の作詞ですね。


00021a


A


0005a


00022a

0003s
力石の葬儀祭壇が再現展示されていました。


00032a


00041a


00031a


00033a
土方巽の舞踏「肉体の叛乱」ビデオ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.09.05

建築家ガウディ✖︎漫画家井上雄彦 シンクロする想像の源泉

A

この企画展は六本木の森アーツセンターギャラリーで7月12日~9月7日迄開催されてます。


サグラダ・ファミリアはいつ完成するの?
そんなことをいつも考えていました。

ガウディは少年の頃リュウマチを患い、他の子どもたちと同じように遊ぶことは難しかった。
自然の造形をよく観察していた子供だったと言われる。
ガウディは自然を「常に開かれて、努めて読むのに適切な偉大な書物である」と語っている。

のちに、バルセロナの建築学校に通い、並行して、幾つかの設計事務所で働いてもいる。修道院の装飾の仕事などを手掛けた。

ガウディの処女作は1867年ごろの産業コロニアだといわれている。この仕事で知り合ったマタロ協同組合の教師ペピタが初恋の人。
結婚には至らず、ガウディは一生独身でした。兄弟の早世などもあり、あまり家庭に恵まれせんでした。
当時、社会的な地位の高い建築士の資格を1878年に取得している。

パリ万博出展のためのショーケースデザインを見て才能を認めた、繊維会社の経営者エウセビオ・グエルがその後のパトロンとなる。グエル邸等々の設計を依頼している。

1882年に着工したサグラダ・ファミリア、翌年にはガウディが専任建築家に推挙される。

建築工事は相次ぐ親族の死、バルセロナ市の財政難などで、停滞が続き、更に1918年、パトロン、グエルが亡くなる。
ガウディは、サグラダ・ファミリアに泊まり込む様になり、この仕事に専念する。

1926年6月7日、ガウディはミサに向かう途中、路面電車に轢かれた。晩年身なりに気をつかわなかったため、浮浪者と間違われて手当てが遅れ、事故の3日後に73歳で息を引き取った。遺体はサグラダ・ファミリアに埋葬されている。

サグラダ・ファミリアには三つの正面があり、生前に完成したのは降誕のファサードのみで、受難のファサードは建設中、栄光のファサードは計画中です。

今はもちろん、コンピュータによるモデル設計、製作等で、建築工事は加速してします。
サクラダファミリアの完成予定は2026年です。
完成後観に行けたらいいな〜

サイトの紹介記事


ガウディ自筆のスケッチや図面、大型の建築模型やガウディがデザインした家具など貴重な資料約100点を通して巨匠ガウディの偉業を紹介するとともに、井上雄彦がその独特な感性と鋭い表現力により、ガウディの人間像とその物語を描きます。また、井上雄彦が本展のために描き下ろした大型作品を含む約40点のほか、3面スクリーンによる映像シアターや、プロジェクション・マッピングなどをご覧いただけます。
建築家・ガウディと漫画家・井上雄彦、異なるジャンルで日西を代表する二人のアーティストによる時空を超えたコラボレーション。ふたつの側面から、ガウディのインスピレーション、そして創造の種を探ることで起こる化学反応にぜひご期待ください。


展示は映像シアターに続き、ガウディの人生を、その作品とともに時系列で展開していきます、井上雄彦の作品とともに・・・・
展示構成は構成は以下の通り。
第1章 トネット少年、バルセロナのガウディへ
第2章 建築家ガウディ誕生
第3章 ガウディの魂 サグラダ・ファミリア


詳細はこちらのWeb サイトで。

0001a1
サクラダ・ファミリア

0001a2
カサ・ミラ

0001a3
グエル公園

0001a4
サグラダ・ファミリア聖堂模型

0001a5
アントニ・ガウディ 大学講堂:横断面

0002a
井上雄彦  トネット 2013年

Dsc04781s
図録


| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »