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2011.10.30

宗廣コレクション「芹沢銈介」展

Serizawa

この展覧会は渋谷区立松濤美術館で10月4日から11月20日まで開催されています。
恵比寿駅で降りて、たこ公園を経由し山種美術館、そして歩いて松濤美術館へという一日でした。

静岡市の呉服商の家に生まれた芹沢銈介(1895~1984)は、30才代前半に民芸運動の創始者で、生涯の師となった柳宗悦と出会い、そして沖縄の伝統的な染色である紅型に衝撃を受けたことを契機に、本格的に染色の道へ入りました。河井寛次郎、浜田庄司らとともに民芸運動に参加し、紅型を精神的な支柱にすえつつ、極めて独創的な型絵染を考案しました。
(チラシの解説文から引用しました)

型染めも考えてみれば版画の一種と言えるかもしれません、そんな感じで観てきました。
それにしてもこのデザインは今現在でも斬新さが際立ちますね。
布文字はユーモラスでもあり、その季節の服をまとった人間にも見えてきます。
いろは文字屏風の鮮やかな色彩はどうでしょう、暖簾の落ち着いた色合はどうでしょう・・・・
ガラス絵、芹沢銈介デザインの着物等々の多彩な展示に懐かしさと新鮮なイメージを感じさせてくれる、とても良い展覧会ですよ。

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春夏秋冬 1954

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御滝図文のれん


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沖縄風物1 往来屋上魔除けの獅子をしいさあと云う  1948

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棚に並ぶ本 1969 
ガラス絵です

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壺屋風物文着物

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沖縄笠団扇文部屋着地 1960


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いろは文屏風 1958


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2011.10.27

視角の実験室 モホイ=ナジ/イン・モーション

Mohoi

この展覧会はDIC川村記念美術館で9月17日~12月11日まで開催されています。

モホイ=ナジは、たくさんの芸術作品と著述をを遺した。それはあらゆる視角芸術に及んでいる。さまざまな分野で華やかな貢献を成し遂げた彼は、まるで「レオナルドのよう」だ。
建築家ヴァルター・グロビウスが語ったそうですが、まさに多岐にわたる先駆的な仕事をしたモホイ=ナジ・ラースロー。
社会主義革命や世界大戦が勃発する不安定な情勢下、母国ハンガリーからオーストリア、ドイツ、オランダ、イギリス、アメリカへと移り住みながら、「アートとテクノロジーの融合」を目指して実験を繰り返し、新たな芸術価値の創造に挑み続けました。また、バウ・ハウスで教え、またシカゴで設立したニュー・バウ・ハウスの校長をを務めるなど教育にも熱心でした
この展覧会でも、視角の実験室とコピーにある様に多彩な作品が展示されています。
ドローイング、油彩、版画(リトグラフ、エッチィング他)写真、フォトグラム、タイポグラフィー、広告デザイン、コラージュ、ミクストメディア、キネティック彫刻、映画、舞台美術、著作(出版物)まだ他にあったような・・・と言うほどです。
約270点の展示です。
革命と戦争に揺れた時代背景を基に、モホイ=ナジの多彩なエネルギッシュな創作人生に思いを馳せるのも良いかなと。

展覧会の構成は次の通りです。
・ブタペスト 1917~1919
  芸術家への道
・ベルリン 1920~1922
  ダダから構成主義へ
・ワイマール→デッサラ 1923~1928 
  視角の実験
・ベルリン→ロンドン 1928~1937
  舞台芸術、広告デザイン、写真、映画
・シカゴ 1937~1946
  アメリカに渡ったモダンアートの思想 

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自画像 1919-1920頃

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建築1あるいは青の上の構成  1922(?)

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自画像 1926

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モホイ=ナジのポートレイト 1926頃

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ライト・スペース・モデュレーター(電気舞台の為の光の小道具) 1922-30

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スペース・モデュレーターCH1 1943

おまけ

この美術館のマーク・ロスコの部屋、バーネット・ニューマンの部屋は良いですよね。
陽気のいい日は公園散策も日向ぼっこも良いですね。


  

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2011.10.25

生誕130年 松岡映丘-日本の雅-やまと絵復興のトップランナー

Matuokaeikyuu

この展覧会は10月9日~11月23日まで練馬区立美術館で開催されています。

松岡映丘の作品を纏めてみる機会は今までなかったと言う事もあって行ってきました。
今まで知りませんでしたが、その錚々たる一族にはびっくり。
末っ子なんですね。 
実父:松岡操 - 儒者、医者
松岡鼎 - 医師
松岡俊次(早世)
井上通泰(松岡泰蔵) - 国文学者、歌人、医師
松岡芳江(早世)
松岡友治(早世)
柳田國男 - 民俗学者
松岡 静雄‐海軍軍人、言語学者、民族学者。最終階級は海軍大佐。
松岡輝夫(松岡映丘) - 日本画家

名を成す方は、幼少期に既にその片鱗が見られますよね、「明治十九年 六才 輝夫画」と署名しています。
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「古典の教養に立脚して時代を生きよ」と弟子に語った松岡映丘の古典的大和絵に始まり新興大和絵そしてモダンな作品へと展開していく作品。実際に甲冑を着てみての作品への応用・研究等々のエピソードも含め楽しいですし、作品の色彩の美しさは言うまでもありません。物語性に富んだ作品も多く楽しいですよ。
会期中展示替えがありますのでご注意を!

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道成寺 1917年

安珍・清姫の話に取材した作品は多くの画家が描いていますが、この作品の場面描写は心の情景まで想起させてくれます。、

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伊香保の沼 1925年

伊香保の近くの榛名湖には古くから伝わる「木部姫伝説」がある。それによると榛名湖には昔から大蛇が棲むといわれ、それはかつて湖に身を投げた木部姫の化身だという。


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右大臣実朝 1932年

鶴岡八幡宮で頼家の子公暁に暗殺される、その日の実朝を描いている。その表情がとても良い。

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千草の丘 1926年
初代水谷八重子がモデル。当時21歳、といっても晩年の水谷八重子しか知りませんが・・・

Matuokaeikyuu0002migusi みぐしあげ 1926年
時の皇后が淑景舎に対面するために、登花殿にに置いて装束を着替え、御櫛をを上げるところを描いたもの。
Matuokaeikyuu0002ya 矢表 1937年
屋島の合戦で義経を弓で狙う平能登守教経に対して義経の馬前に立ち塞がり矢表に立った佐藤三郎兵衛継信は、矢で射ぬかれてしまう。


以下にHPの解説を引用させて頂きます。

兵庫県に生まれた松岡映丘(えいきゅう)(1881~1938)は儒学者の父、民俗学者の柳田國男をはじめ歌人、言語学者らを兄にもつ学者一家に育ちました。東京美術学校を首席で卒業、平安・鎌倉期の絵巻物や有職故実を丹念に研究し、『源氏物語』をはじめとした古典文学に取材した王朝貴族、鎧武者たちを優美に、叙情豊かに描き、やまと絵の再興に努めています。しかし、その表現は古典だけにはとどまらず、近代的な造形感覚を加味した「新興大和絵」を展開していきました。そうした成果が《右大臣実朝》へと結実し、初代水谷八重子をモデルとした《千草の丘》で、よりモダンな作品へと花開いていきます。「古典の教養に立脚して時代に生きよ」と弟子たちに語った言葉はまさに映丘の画業そのままを表している言葉といえるでしょう。
 30年ぶりの大規模な回顧展となる本展では、映丘16歳の最初期の作品から晩年にいたる約70点の作品に加えて、映丘の生家に残されたスケッチ、画稿類合わせて20点余りを展示し、その画業を紹介するものです。

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2011.10.22

薔薇2011‐10

先日、本当に久しぶりに花の写真を撮りに行きました。
場所は、神代植物公園です。
薔薇の他、ダリアも綺麗に咲いていました。
行ってみようかな、とお考えの方は、必ず公園のHP等で開花情況を確認して下さいね

さらにご覧いただける方はここをクリックしてマイフォトをご覧ください。
左のマイフォトrose201110をクリックでもご覧いただけます。

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2011.10.19

三十三間堂本坊 妙法院門跡 障壁画完成記念 石踊達哉展

Ishiodori

この展覧会は10月12日~24日まで日本橋三越本店 新館7階ギャラリーで開催されています。

京都の古刹が誘い出す、日本画の逆説。異才石踊達哉の覚悟。

チラシのコピーですけど、どう解釈しましょう?
平成琳派と呼ばれ、伝統日本画をベースに大胆な抽象表現も交え独特の個性を表現してきた石踊達哉。
オリジナリティーを重視した作風は多面的な楽しさを提供してくれます。

この展覧会の主題である妙法院門跡 障壁画32展が展示されていますが、流石に大人しめ?に描かれています。襖絵の隙間なく埋める断雲(千切れ雲)が個性かもしれません。チラシの輪廻転生は構図が大胆ですけど。
これらの作品はこの機会に見ておいて方が良いかもしれませんね。

大震災直後に継続中の作品制作を中断して、描き始めた記憶都市(入口正面に展示されています)を始め現在進行形の日本画新作30余点も展示されていて、まさに今現在の石踊達哉を見ることが出来ます。
私は2006年9月に渋谷区立松濤美術館で開催された「石踊達哉展」以来纏めてみるのはひさしぶり。
展示方法によっても作品の印象が違いますね。
妙法院門跡 障壁画はその空間を想像しながら拝見すのが良いかもしれません、間取りと作品配置図もパネル展示されていますので。

以下の画像はちらしから
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断雲四季草花図 紙本金時着色 各4面 2011

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断雲四季草花図 紙本金時着色 各4面 2011


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輪廻転生 2011

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天行健 4曲半双 2011

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流水秋草図屏風  4曲半双 2011


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花降る大地 4曲半双 2011

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2011.10.18

ナチュラル・ストーリーズ 畠山直哉展

Hatakeyama

この展覧会は、東京写真美術館で10月1日~12月4日まで開催されています。

この展覧会場に入って先ず印象に残るのが作品の美しさです。
これって、とても重要だと思っています。
展覧会で会場に入って直ぐ感じるイメージってとても重要です。
良い写真はどんな悲惨な場面を撮った写真でも、構図であったり、光の表現であったり、色彩が訴えてくるもの、眼の(視線の)印象であったり、そこの輝く何かがあります。

畠山直哉の作品も理屈抜きに美しい、そして大自然への畏敬と人間の営みとの対比を上手くとらえています。時に、大自然に中に小さな、本当に小さな人影が写し込まれています。
川合玉堂の風景画を思い浮かべたりして・・・・・
そして被災地気仙川のスライドショー、陸前高田の三月から八月にかけての作品展示もあります。ラストは、大型スクリーンに岩盤にハッパをかけ爆破する映像(ビデオ・インスタレーション)がスロー、ストップモーションで流れます。

展示構成は以下の通り。
画像はチラシから。

・タイトルなし(もう一つの山)
・テリル
山の頂上に二人、みえますTか?
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テリル#2607 2010

・アトモス
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アトモス#7303 2003

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アトモス#3407 2003

・シェル・トンべ
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シェル・トンべ#4414 2007

・ヴェートファーレン炭鉱Ⅰ・Ⅱアーレン
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ヴェートファーレン炭鉱Ⅰ・Ⅱアーレン#276 2004

・気仙川
・陸前高田
・ライム・ヒルズ
・ブラスト#12113‐#12117
・TWENTY-FOUR BLASTS 2011
・ア・バード・ブラスト#130
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ア・バード・ブラスト#130 2006

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2011.10.17

孤愁の詩人・画家 蕗谷虹児展

Fukiyakotoba

この天覧会は町田市民文学館ことばらんどで10月15日~12月18日まで開催ています。

町田市立国際版画美術館へ向かう途中にありますので、ペア-での鑑賞がお薦め。
横浜そごう美術館で今年6月「魅惑のモダニスト 蕗谷虹児展」が開催されました。
拙ブログでも投稿しました。ご覧になって頂ける方はこちらをクリック→「魅惑のモダニスト 蕗谷虹児展」横浜そごうの展覧会では大量の絵画作品が展示されていましたが、この会場は展示スペースが限られている事もあり、まあ、”文学館ことばらんど”ですから、書籍(詩画集)を中心に展示されています。
蕗谷虹児が55歳の時から20年間町田市玉川学園に住んでいたことがあってこの展覧会が企画されたようです。

展示構成はシンプル。
Ⅰ虹児の詩画集
Ⅱ生涯と作品

会場には、詩画集4冊他関連記事等のファイルが展示されていて、手にとって読むことが出来ます。
詩を読みながら、絵画を見ながら蕗谷虹児の波乱に富んだ人生を反映した作品をじっくり鑑賞するにはいい機会かもしれません。
遠方から、見に行くと言うほどの規模ではないかもしれませんが、版画美術館の「版画でつくる驚異の部屋にようこそ展」と組み合わせれば、結構楽しめるかもしれませんよ。
私は、そごう展とこの展覧会で蕗谷虹児の世界一纏めと言う感想。

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蕗谷虹児 24歳


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「銀の吹雪」1922年交蘭社

魯迅も大変お気に入りだった様です
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魯迅「蕗谷虹児画選」(復刻) 1929年 上海合記教育用品社 

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「或る夜の夢」(「令女界」第1巻第4号表紙原画)1922年

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「花嫁」1968年

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「花嫁人形」(詩画集「花嫁人形」原画)1935年

画像はチラシからです。


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2011.10.13

イケムラレイコ うつりゆくもの

Ikemuratira

東京国立近代美術館で8月23日から10月23日まで開催されています。

展覧会が始まって早々出かけた展覧会です。
時に監視員と私だけの状態も・・・何か落ち着かないものですよね。
とても良い展覧会なのに、と思いながら観てきました。

三重県津市生まれのイケムラレイコは1972年にスペインに渡ってセビリア美術大学に学び、その後スイスを経て、現在はドイツのベルリンとケルンを拠点に活躍しています。
展覧会”ごあいさつ”の一文です。 1972年というと、学園紛争が大荒れに荒れた時より幾分終息に向かいつつある、そんな時期にあたると記憶しています。 こんな社会体制には参加したくない、と思う若者が溢れていたように思います。 イケムラレイコ氏はそんな時代にスペインに渡ったわけです。そして西洋で創作活動し続けて今日に至ったわけです。そんなことを思いながら、この展覧会を見てきました。 初期の作品は、西洋ともろに格闘したのでしょうか、挑戦的、煽動的的な形、彩色と、私には見えました。これらの作品は、展覧会の後半に展示さています。 そして、この展覧会展示作品を印象付けるのは、茫洋としたとらえどころの無い横たわる少女の姿。 そこには、ほとんど脚が描き込まれていません。 ”うつりゆくもの”その心象風景をそのまま描き込んだような・・・・足を描くと移ろう心象が固定されてしまうかのように。 絵画、彫刻、ドローイング約145点を展示する展示空間も上手く設計されていて、作品の意図を増幅くしてくれます。


1:イントロダクション
2:新作:風景
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《マンダリン》2010年

3:インターヴァル(写真)
Ikemurasyasin
《少女‐v》2004年

4:横たわる人物像:彫刻と絵画
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《ひざまずいて(目に身をあずけながら》1997年

5:写真
6:うみのけしき
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《mizu umi》2004年

7:木々
8:進化
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《Cabagged head》1994年

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《無題》1993年

9:インターヴァル(本の仕事)
10:ブラック・ペインティング
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<横たわる少女》1997年

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《黒に舞う》1998‐1999年

11:出現する像
12:アルペンインディアナ
13:80年代の作品
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《さかな》1985年

14:インターヴァル(これまでの展覧会)
15:新作(顔)

以上、書いていて、もう一度見に行きたくなってきました。

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2011.10.11

ユーサフ・カーシュが撮ったジョージア・オキーフ

東京ミッドタウンに行くと必ず覗いてくるのがFUJIFULM SQUAREです。この日は、サントリー美術館で「あこがれのヴェネチアン・グラス展」(期間終了)国立新美術館で「モダン・アート、アメリカン展」を見てからでした。
FUJIFULM SQUARE写真歴史博物館では、本当に小規模ですが作品展が常時開催されていて、良い写真作品が見られます。今は10月31日まで「ユーサフ・カーシュ作品展 ポートフォリオ FIFITEEN PORTPAITSが開催されています。そこに展示されていたオキーフの写真。
どうでしょう、オキーフ作品とこの写真、イメージは膨らみますか?

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葉のかたち 1924年


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ジョージア・オキーフ(1887-1986) 1956

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ランチョス教会、№2、ニューメキシコ 1929年 

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チラシのチャーチル、誰でも一度は見たことがあるのでは・・・・・

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2011.10.10

横浜ジャズ・プロムナード2011スナップ

毎年行っているので今年も・・・
今年はチケットを購入しなかったので街頭ライブを中心に、一日目(土曜) の午後に出かけました。
二日目はそごう美術館とヨコトリ2011を観に行って通りすがりにチョット気分だけでもと。
結局、ヨコトリ2011はパス、次の機会に変更。
好天のなか、港みらい地区、赤レンガ倉庫周辺をのんびり?(混んでましたけど)歩きながら。

以下にスナップを。
時系列にはなっていませんので・・・・
Dog
ドッグヤードガーデン会場


ドッグヤードガーデン(動画)

Hoor
ランドマークプラザ会場

Kodo
クイーンズサークル会場

Yokotorisen
横浜トリエンナーレにも来てね!バンド入れ替えの時に宣伝(土曜日)

Yokoretu
横浜トリエンナーレ(横浜美術館)チケット購入の長い列 (日曜日)
この列を見て、次の機会にしようと。    


Yokobijyzsu
横浜美術館前の街頭ライブ

Gakusei
クイーンズパーク街頭ライブ会場


Eki
桜木町駅前街頭ライブ

赤レンガ倉庫に向かう途中カップヌードル・ミュージアムへ、入り口だけで展示室には入らず、SHOPは混雑。
Cap_2
カップヌードル・ミュージアム(エントランス)

赤レンガ倉庫ではオクトーバフェスタ開催中、入場待ちの長い列、のどが渇いてて飲みたかったけど、途中まで車なので、断念、残念。
Beer
赤レンガ倉庫 オクトーバ・フェスタ

大桟橋に停泊中の飛鳥Ⅱ・・・乗りたいな~
Asuka
飛鳥Ⅱ

と言う事で良い天気で楽しかったですよ。

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2011.10.07

あこがれのヴェネチアン・グラス 時を超え、海を越えて

Benetian

この展覧会はサントリー美術館で10月10日まで開催されています。

私が行った日は結構混んでいました。
この類の展覧会はそんなに混まないと思って行ったのですが・・・観客のほとんどが女性でした(99パーセント?)

「時を超え、海を越えて」とある様に15世紀に始まるヴェネチアン・グラスの起源から現在まで、日本との関わりも含めて、歴史をたどります。最終コーナーには、まさに今活躍している現代グラスアートの作品が展示されています。時代の政治、社会環境の変化に如何に対応してきたかも含め興味深い展示になっています。私のなかではレースグラスは象徴的に思えていたのですが、この展覧会でも数多く展示されていました、その清楚な雰囲気は良いですよね。第五章の現代グラスアート作品は作家それぞれの個性が溢れていて楽しいですよ。三嶋りつ恵作品 のガラスの透明感と大胆なフォルムは魅力です。今年、資生堂ギャラリーの個展もありました、良い個展でしたよね。


以下は、この展覧会HPの解説引用です。

軽やかで繊細優美なヴェネチアン・グラス。その芸術性は1450年頃に開発された無色透明ガラス「クリスタッロ」の誕生と、都市経済の繁栄を背景に、大輪の花を咲かせました。エナメル彩、ラッティモ(乳白色ガラス)、レースグラス、アイスグラス等、その多彩な手わざには目を奪われるばかりです。装飾性豊かな珠玉のガラスは、ヨーロッパ各国で王侯貴族や富裕層の羨望の的となりました。
秘密保持、あるいは火災の拡大防止のため、ムラーノ島に限って行なわれていた制作技術も、周辺諸国の求めに応じ、次第に流出を始めます。そして模倣と地域性との狭間で生まれた「ヴェネチア様式」は、16世紀から18世紀にかけて、ヨーロッパを席巻したのです。国外への伝播は西洋に留まりません。南蛮船の渡来によって日本にもたらされたその瀟洒な美しさが、和ガラスの誕生にも少なからず影響を与えたと考えられています。
ヴェネチアン・グラスは、今なお、見る者すべてを魅了し続けています。本展では、ルネサンス期の作品から、影響を受けたヨーロッパや日本のガラス、そしてそのエッセンスを引き継ぐ現代グラス・アートまで、約150件の優品をご覧いただきます。時を超え、海を越えて、人々の心を捉え続ける「あこがれのヴェネチアン・グラス」の魅力をご堪能ください。


展示構成は次の通り。
第1章 ヴェネチアン興隆―技術の応酬
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エナメル彩ゴブレット ヴェネチア 1500年頃

第2章 流出したヴェネチアン―「ヴェネチア様式」の誕生
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レースグラス蓋付瓶 ヴェネチアあるいはネーデルランド 16世紀末から17世紀初頭


第3章 ヴェネチアンと和ガラス
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藍色ちろり 日本 18世紀


第4章 ヴェネチアン再興―19世紀イタリア
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スレイドコレクション婚礼用ゴブレットのレプリカ  ヴェニス&ムラーノ・ガラス会社 1878年頃


第5章 今に息づくヴェネチアン―現代アートへの影響
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Sea Form デイル・チフーリ 1989年

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STELLA NUVOLA 三嶋りつ恵 2008年


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2011.10.05

映画(DVD) わたしを離さないで

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製作年度: 2010年
上映時間: 105分

キャスト(役名)
キャリー・マリガン (Kathy)
アンドリュー・ガーフィールド (Tommy)
キーラ・ナイトレイ (Ruth)
シャーロット・ランプリング (Miss Emily)

スタッフ
監督 マーク・ロマネク
製作総指揮 アレックス・ガーランド
カズオ・イシグロ
テッサ・ロス
製作 アンドリュー・マクドナルド
アロン・ライヒ
脚本 アレックス・ガーランド
原作 カズオ・イシグロ
撮影 アダム・キンメル
音楽 レイチェル・ポートマン

カズオ・イシグロの名著を底本として映画化されています。
完全なコピーではありませんが、見事にカズオ・イシグロの問うている根源的ものを映画化しています。映画を見てから本を読んでも良いのかもしれないと思いました、いや矢張り本からの方うが良いかな~
是非、本も映画も。
キャシー役のキャリー・マリガン がとても良い、勿論ルース役のキーラ・ナイトレイも。

ラストシーンは忘れられませんね。
ルースは夕日に照らされ地平線を見ながら・・・・・
私は自分に問う、私達と私達が救った人々に違いが?
皆”終了”する。
”生”を理解することなく
命は尽きるのだ。

以下、本の紹介で投稿した時の拙文を再度(映画のストーリー展開はチョット違います)

私の名前はキャシー・H。いま三十一歳で、介護人を十一年以上やってます。
この小説の冒頭部分です。
寄宿施設ヘールシャムで生まれ育った、親友トミー、ルースの介護人も努めたキャシーは、あと八か月、今年の終わりまでは勤めてくれと言われている。

物語は、遡って生まれ育ったヘールシャムでの生活が、親友キャシー、トミー、ルースを中心に丹念な筆致で回想されていきます。
保護官といわれる教師、図画工作に熱心な教育、定期的に訪れる謎めいたマダム、展示会の存在?そして作品がマダムに選ばれる喜び。淡々と描かれていくヘールシャムの生活に謎めいた挿話が埋め込まれていきます。

そんな中、ルーシー先生は、決意を込めて言います。
「あなた方は、教わっているようで実は教わっていません。それが問題です。形ばかり教わっていても、誰一人、本当に理解しているとは思えません。そういう現状をよしとしておられる方も一部いるようですが、わたしはいやです。あなた方には見苦しい人生を送ってほしくありません。そのためにも、正しく知っておいてほしい。
ーー中略ーー
あなた方は一つの目的のためにこの世に生み出されていて、将来は決定済みです。ですから、無益な空想はもうやめなかればなりません。間もなくヘールシャムを出ていき、遠からず、最初の提供を準備する日が来るでしょう。それを覚えておいてください。みっともない人生にしないため、自分が何者で、先に何が待っているかを知っておいてください」
そして、ルーシー先生はへルーシャムを去っていきます。

やがて、十八歳になると仲間たちはヘールシャムを出ていくことになります。
いよいよ提供者としての彼らの生活が始まります。
トミーをめぐるキャシーーとルースの恋心と終了と言う言葉の意味の冷徹と猶予申請とは・・・


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2011.10.04

土門拳の古寺巡礼

Domokenn

この展覧会は11月23日まで八王子夢美術館で開催されています。

「ぼくは人生の過半をカメラを背負って古寺を巡ってきた」
土門拳のライフワークとなった古寺巡礼は、1939年の暮れに室生寺を訪ねたことから始まりました。奈良県の山間にひっそりと建つこの美しい寺は、平安時代の初期の木彫物(引仁仏)の宝庫であり、土門はそのたたずまいにひと目で魅了されます。以後、北は東北から南は九州まで、仏像撮影の行脚を続けることになりました。

「僕は荒木良仙老子が40年前に云った
白皚々(はくがいがい)たる雪の室生寺をついに観た。
そしてついに撮った。
どんなに淡く薄くあろうとも、
そして午前10時頃には
あとかたもなく消えてしまった雪であろうとも、
ぼくは雪を、室生寺の雪を撮ったのだ。」

名作古寺巡礼から、大型作品を含む170点の展示です。
(チラシ、図録から引用しています)

素人の私が言うのはとんでもない僭越な事ですが、全てが非の打ちどころのない写真です。
時に絵画のように、時に張りつめた空気を感じさせる作品、これらの作品に囲まれいる・・・・えもいわれぬ、心静まる感覚。

展示構成は以下の通り。
・僕の好きなもの
・『古寺巡礼』
・仏像行脚
・母なる寺・室生寺
・参考資料
(『古寺巡礼』美術出版社刊の第一集から五集が展示されています。その桐箱題字は夫々、梅原龍三郎、福田平八郎、安田靭彦、川端康成、井伏鱒二の書です。これも豪華)

Domokenn0001murou
室生寺雪の五重塔全景

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飛鳥寺金堂釈迦如来坐像面相詳細

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浄瑠璃時本堂 吉祥天立像頭部

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三十三間堂内陣 雷神像面相

Domon
法隆寺 観音菩薩立像(百済観音)

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広隆寺 弥勒菩薩半跏像右反面相

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2011.10.02

木を植えた男 フレデリック・バック展

Kiwouetatira

この展覧会は10月2日までの予定でしたが、好評のため1日延長して3日まで開催されています。

今月は首都圏以外の展覧会を見に行ったりしてで、閉幕ぎりぎりに滑り込という展覧会が多くて・・・・
この展覧会見逃さなくてよかった。

展覧会場に入ると先ず「木を植えた男が放映されています、ここでもうメロメロですね。
引き続き若いころからスナップ写真を撮るように絵を描き続けたフレデリック・バックの膨大な作品が展示されたいます。
要所要所にアニメ作品が流れます。フレデリック・バックの人生の旅路を辿るような展示に、フレデリック・バックの人間性がにじみ出ています。職人的な画力こそが、この圧倒的な作品を作り上げたのですね。

荒涼とした大地に、ひちつひとつ、木を植え続けて男がいた。そこはやがて緑あふれる森になった。

目的地に着くと男は鉄の棒を地面に打ち込み始めた。
そこに穴を掘り、ドングリを一つ入れ、穴を埋めました。
ナラを植えていたのです。
男の土地かと尋ねると、違うと言います。
所有者すら知らないと言うのです。村有地かもしれないし地主に忘れられた土地かもしれない。
けれど男にはどうでもいいことでした。
100個のドングリを丁寧に埋めていきました。
昼飯のあとまた実の選別を始めました。
しつこく聞いたので男は重い口を開きました。
3年前からこの荒れた地に木を植えていて
既に10万個の実を埋めました。
2万個が芽を出しますがその半分しか成長しません。
ネズミにかじられたり自然淘汰されるからです。
でも何もなかったこの土地に
1万本のナラの木が根づいたのです。

世界的な植林運動の切っ掛けになったアニメとされています。


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