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2010.03.11

ベルナール・ビュフェ展

Byufeblog_2

日本橋三越の岩合光昭ネコ展を観て、目黒美術館へ.....雨の土曜日に行ってきました。
4月11日まで開催されています。

ということで、話は変わるのですが。変わらないかー?
昨晩の朝日夕刊の水曜アートで取り上げていました。
「キリストの十字架からの降下です」
Byufekirisutoblog

静岡のベルナール・ビュフェ美術館の木村由香学芸員の解説です。
女性を、ビュフェが17歳の時に急死した母親とみる。ならば、ベレー帽の男性は画家自身。よく似た自画像があるという。父親との関係が希薄だった分、母親への思いは強く、「母を失った自らの受難をキリストに重ねたのでは」

右端の2人連れは、おそらくビュフェと父親。男性の腰に回した少年の心細げな父親への複雑な感情を物語るようでもある。
なるほど......と思った次第ですです。

これだけのビュフェ作品を纏めて見るのは、久しぶりです。
私は、ビュフェの静物画が好きなのですが、(あのアンバランスなフォルムが好き)今回は少な目、でも楽しめました。

以下HPの解説文の引用です。(私、相変わらず横着ですね)

ベルナール・ビュフェは(1928~1999年)はパリ生まれ.。 第二次世界大戦中は占領下で絵画を学びました。戦後にアンデパンダン展、サロン・ドートンヌに出品、19歳の時に批評家賞を受賞して、一躍、フランス美術界の具象絵画における時代の寵児となります。
しかし、華々しい成功の陰で、ビュフェは戦争の悲惨さや都会の荒廃に傷ついた心を抱えてもいました。22歳の時、突然、「木を植えた男」の原作者、55歳の反骨の文学者ジャン・ジオノの住むプロヴァンスを訪れます。ジオノの家に滞在し親交を深めたビュフェは、その後も約5年間この地に住み続けました。
そこから生まれた挿画本「純粋の探求」は、戦前にジオノが「純粋に平和を探求しよう」と主張したことから反戦的とされ出版禁止となっていた文章に、15年後の1953年、ビュフェが23点の挿画をつけたもので、二人の精神の交流の深さを示しています。ジオノが「木を植えた男」を執筆したのも同じ頃のことでした。
本展では、ベルナール・ビュフェ美術館のご協力により、この時期、1950年代までの深い精神性や宗教性を示す多数の初期油彩をご覧いただきます。これらの作品には、ビュフェの創造の原点を見ることができるでしょう。そして、ビュフェが大きな影響を受けたジャン・ジオノについても明らかにしていく予定です。 日本では、1959年神奈川県立近代美術館、1963年東京国立近代美術館でビュフェ展が開催されましたが、2009年は没後10周年として各地で注目されています。

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