2020.04.04

「スマホ用ジンバル」で試し撮り その2

今回は、ジンバルにiPhone11を装着し、広角モードで撮影してみました。
撮ったままで、ほとんど編集してませんので、だらだら長く、ちょっと見ずらいかもしれません。

ご容赦願います。

花盛りのぼたん園です。
ぼたん自体はまだ蕾みのままでしたが。

同じ場所で、先日ジンバル+iPhone8で撮っています。
ご興味があればこちら「スマホ用ジンバル」で試し撮りもご覧ください。

菜の花も咲いてきました。

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2020.03.29

青空文庫で芥川龍之介の「河童」を読んでみました。

長年利用させてもらっている「電子図書館青空文庫」で、芥川龍之介の「河童」を読んでみました。

高校生の頃に読んだ記憶があるのですが?
以下に稚拙ですが要約してみました。


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僕は上高地の温泉宿から穂高山を目指しましたが、途中梓川の谷で深い霧に包まれてしまいました。
とりあえず、水際の岩に腰かけて食事をとろうとしました。

すると、一匹の河童が珍しそうに僕を見下ろしているではありませんか・・・
僕は、取り押さえようと河童を追いかけました。
すると、僕の知らない穴でも開いていたのでしょう、たちまち深い闇の中に転げ落ちてしまいました。

気が付いてみると僕は仰向けに倒れたまま、大勢の河童に取り囲まれていました。

 

河童社会での様々な出来事が綴られていきます。
医者のチャック、ガラス会社社長のゲエル、漁夫のバッグ、

河童の出産にも立ち会います。
(この小説で、よく引用される一節ですね)
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僕は学生ラップを介して様々ま河童と出会いました。
詩人トックと一緒にたびたび超人倶楽部に遊びに行きました。
倶楽部に集まってくるのは、詩人、小説家、戯曲家、批評家、画家、哲学者、音楽家芸術上の素人です。

これは哲学者マッグが書いた「阿保の言葉」の何章かです。
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詩人トックは自殺してしまいます。
トックの住んでいた家は写真館に代わるのですが、幽霊が出るというのです。
心霊学会は「詩人トック君の幽霊に関する報告」を協会雑誌に掲載します。
問 君は何ゆえに幽霊に出か?
答 死後の名声を知らんがためなり。
問 君ーあるいは心霊諸君は死後にもなお名声を欲するや?
答 少なくとも予は欲せざるにあたわず。しかれども予の邂逅したる日本の一詩人のごときは死後の名声を軽蔑しいたり。
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僕はこうゆう記事を読んだ後、だんだんこの国にいるのが憂鬱になってきましたから、
つてを頼って、日本に戻ることにしました。

日本に戻ってから、ある事業に失敗した僕は、河童の国に帰りたいと思いました。そうです。
「行きたい」ではありません。「帰りたい」と思い出したのです。

僕はそっと家を脱け出し、中央線の汽車に乗ろうとしました。そこをあいにく巡査につかまり、とうとう病院に入れられたのです。
すると、夜になると漁夫のバッグをはじめ医者のチャック、ガラス会社の社長ゲエル、哲学者のマッグがお見舞いに来てくれるではないか。
音楽家のクラバックはヴァイオリンを一曲引いてくれました。
向こうの机の上に黒百合の花束が乗っているでしょう?あれもゆうべクラバックが土産に持ってきてくれたものです。
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2020.03.27

このごろ・・・2020年3月

新コロナウィルスの世界的蔓延に、罹患者の指数関数的増加に驚く日々・・・
東京も、厳戒体制。

感染してしまうのも困りますが、自分の安易な行動で感染の連鎖に加わってしまうのも申し訳ない、という気持ちが強いです。
ということで、新宿御苑で予定していた花見は中止、美術館・博物館にも今月は一度も行っていません。
購入済みのチケットも無駄になりました。

花盛りの春を迎え、せめてもの息抜きに人の少ない場所を選んで・・・・

展覧会用に購入した双眼鏡をもって出かけてみました。
これが予想外の発見でした。
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美術館での作品鑑賞向きということで購入した双眼鏡(家電量販店の陳列棚に美術館向きと書いてありました)
以前は(今でも)単眼鏡を使っていたのですが、この双眼鏡・・・明るく、視野が広くて重宝しています。
ちょっとサイズに難ありかな?

美術作品鑑賞用ということで、焦点調整範囲が0.5m~無限遠です。
50cm先の対象物に焦点があうということです。

短焦点距離と視野の広さ、そして明るいレンズ・・・
この双眼鏡で花に焦点を合わせると、花がくっきり浮かび上がります。
おしべ、めしべ?もくっきりと、周囲のボケ具合が絶妙。
驚くほど楽しい世界です。
花の季節の散歩の必需品になりそうです。

池に遊ぶ「かいつぶりの親子」偶然?カワセミを見ることもできました。
倍率が6.5倍なので大満足とは言えませんが、鳥類鑑賞にも、それなりに使えるように思えました。

残念ながら、ネットで見たら、この双眼鏡「メーカー販売終了」になっていました。
通販ではまだ販売しているようですが・・・

仕様
ポロプリズムセンターフォーカス式(連動2軸型)
倍率 6.5倍
対物レンズの有効径 21㎜
実視界 7.5°
1000mでの視界 131m
ひとみ径 3.2㎜
明るさ 10.21
アイレリーフ 15㎜
焦点調整範囲 0.5m~無限遠
眼幅調整範囲 56㎜~74㎜

以下はスマホ(iPhone11)で撮った写真です。
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2020.03.20

長崎盛輝著 日本の傳統色 その色名と色調

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日本の傳統色 その色名と色調
著者 長崎盛輝
発行 2001年10月初版発行
発行者 安田英樹
発行所 青幻舎

本書カバーに記された解説です。
文学を彩る様々な色は、これまで実際にその正しい色を見ることができず、
文献を検索して推理する以外にありませんでした。
本書は、色彩学の権威者である著者が
長年にわたって蒐集した故文献・古裂・染見本帳など、
権威ある典拠により考証し、
さらにそれを試染して色調を確かめてあります。
225色すべてに、染料・古染法・色調や流行沿革などを収蔵、
あわせて文献年表・和洋色名対照一覧表・参考文献・英名を付し、
また活用に至便なようにカラー・チャートを添えた、
日本色彩芸術辞典です。

では、この時期”春”を象徴する色の一つ「桜色」を本書解説から引用してみます。

桜の色に似て、ほんのり紅みを含んだ淡紅色をいう。それは、『延喜縫殿式』の「退紅(あらぞめ)」より更に淡く、紅染の最も淡い色である。桜に因んだ色名は平安文学の装束の重色の名称によくあらわれてくるが、染色の名称の桜色はこの時代には見つからない。「桜」の重色の配合については諸説があるが、その中で実物の花色に最も近いのは「表白・裏赤花」とする説(『女官飾抄』)であろう。この色目は、赤みを帯びた若葉の上に白い花を咲かせた山桜を表したものである。織色では、経(たて)を紅、緯(ぬき)を白にとったものがこの色に近い。「染色」の「桜色」は江戸時代後期の『手鑑模様節用』「新古典染色考節附色付譜」や、中期ごろのものとされている『紺屋伊三郎染見本帳』にも見えているから、この染色は中期ころには広く行われていたのではないかと思われる。
英名「ベリー ペール オーキッド ピンク」 らんの花に見る紅味のごくうすい色。
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225色についてこのような詳細な解説が記されています。
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先日スマホで撮った桜


昨年話題になった、陛下の御召物「黄櫨染の御袍」についても本書が参考になりました。
櫨の木(ハゼノキ)の黄色の下染めに蘇芳又は柴根を上掛けした黄褐色をいう。この染色は「延喜縫殿式」に綾一疋に櫨14斤、蘇芳11斤、酢2升・・・・この染色は引仁十一年(820)に天皇の晴の儀式に着用の袍の色と定められ、地の文様は桐、竹、鳳凰(のちに麒麟が加えられる)で、天皇以外は用いることができない「絶対禁色」とされた・・・・
(文字変換に時間がかかりそうな単語が含まれているので、かなりの部分を省略しました)

色の命名にもさまざな歴史・由来が潜んでいて、奥深いですね。 

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2020.03.14

NHKブックス 仏像 心とかたち

十年以上前に、展覧会での仏像鑑賞の予習、復習にと買い求めた本です。
再読したいと思い立ったので・・・紹介します。
放送の録画もあると思うのですが、みつかりませんでした。

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NHKブックス 仏像 心とかたち
著者 望月信成 佐和隆研 梅原猛
昭和40年4月20日 第一刷発行
発効 日本放送出版協会

 

目次
仏像のこころ
仏像の誕生ー釈迦如来像
  釈迦如来像に心を探る
現世利益の仏ー薬師如来像
  薬師如来像に心を探る
彼岸への憧憬ー阿弥陀如来像
  阿弥陀如来像に心を探る
絶対の探求ー大日如来像
  大日如来像に心を探る
変化の仏ー観音菩薩像
  観音菩薩に心を探る
路傍の仏ー地蔵菩薩
  地蔵菩薩に心を探る

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本書の冒頭「仏像のこころ」で、仏像を鑑賞する二つの方法を記していて、
本書の概論的内容と思われます。

仏像を鑑賞する第一の道
従来、仏像の鑑賞法には、大体二つの方法があった。一つは、いわば仏像を対象とした抒情詩をつづる方法である。われわれの人生において、われわれはしばしば人と出会うのである。われわれが人生の途上でふと出会った人がわらわれの一生を支配し、決定することがある。一生に何回かわれわれは、自己の運命を支配する人と出会うわけであるが、時とするとわれわれは仏とも運命的な出会いをすることがある。大正六年、和辻哲郎氏は、奈良の古寺の仏像の美に感動して「古寺巡礼」を書き、ヨーロッパ的教養で仏像を見る新しい仏像鑑賞の道を教えた。彼のその後の日本文化への関心が、その仏像との出会いによって決定されたであろうことは疑いない。そしてまた、昭和十二年亀井勝一郎氏は転向の罪に傷ついた心を抱いて、ふと訪れた中宮寺の弥勒菩薩の微笑に一切の罪を許す慈悲を見て「大和古寺風物詩」を書いた。

ー中略ー

このように仏像に対して、恋文にも似た賛美を送るより、仏像の表す客観的な思想の意味を知り、その仏像に表された思想とわれわれの魂とを格闘させたらどうか。高い調べの美しく悲痛な仏像に関する抒情詩をつづるかわりに、仏像の語る思想と真摯な哲学的対話をすることが必要ではないか。

 

仏像を鑑賞する第二の道
しかし、このようなロマン的というべき仏像の鑑賞法に対してむしろ実証的な仏像の鑑賞法がある。それは、仏像の様式論である。つまりこの仏像は、何々時代にできたか、この仏像はもとはどこにあったなどということを、克明な資料のもとづいて研究する方法なのである。日本の美術史学会の方向は、大体その方向であり、この方向にそって日本の美術史学は、発展してきたのであろうが、単なる形だけの美術史では、仏像は今のわれわれにほとんどなにも語りかけないのである。実際形の中に心がかくされているのである。仏像は何よりも仏教の像なのである。それゆえ、形は形だけで表されることはないのである。何気ない形の変化の中に、仏教思想の変化がかくされているのである。しかも仏教、一般的に宗教は、何よりも人間の心の問題なのである。それゆえ、形の変化の中に思想の変化が、思想の変化の中に心の変化がかくされているのである。

ー中略ー

形を形としてみるのは、いわば、精神に対する禁欲を命じる美学である。それはいわば、人間の精神のあり方にほとんど関心を示そうとしない、あるいは関心を示すことをあきらめた美学なのである。たしかに精神は物質のごとくつかみやすいものではない。仏像の形の中に心を探る試みは、生きた人間の表情と言葉の中にかくされた真実の心を探るより、難しいことかもしれない。しかし、もしわれわれが、形の背後にある心を探る試みをやめたら、到底生きた人間をつかむことげできないように、仏像の真の意味をもとらえることができないであろう。

 

次に、「彼岸への憧憬ー阿弥陀如来像」の中身・項目を記します。
阿弥陀如来は十万億土の西方に
阿弥陀如来の印は九種ある
阿弥陀像は丈六が基準になった
阿弥陀堂は二つの考え方からできていた
阿弥陀如来の来迎引接
来迎図の前で法悦にひたって息を引きとる念仏行者
二河白道図 迷いの凡夫

阿弥陀如来像に心を探る
現代人の無神論と阿弥陀信仰の受身性
阿弥陀の浄土と彼岸の思想は現代人に信じられるか
マガダ国の乱世の話、観経は一大ドラマだ
日想観、水想観など十三の観想
極楽浄土に行きたいと思う念仏行者の執念
九品の阿弥陀の印相の意味
阿弥陀信仰によって癒される絶望と不安など
坐像から立像への来迎のスピード・アップ
親鸞、この偉大な合理的浄土教の師
浄土不信の状況にある現代人

このような、細部にわたる解説が載っていて大変参考・勉強になる本だと思っています。

 

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2020.03.08

「スマホ用ジンバル」で試し撮り

大手家電販売店フロアを歩いていて・・・「ジンバル」がずいぶん安くなったな〜と、
下取りに出さずに手元に残っているiPhone8の使いみちにどうだろう?
ということで衝動買い。

購入したジンバル「DJI Osmo Mobile 3」と「iPhone8」の組合せで、とりあえず試し撮りしました。
順次様々な機能の試し撮りもしてみたいと思います。
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スマホ用ジンバルについて詳しく知りたい方は、ガジェット系のYou Tuberが沢山の動画をUPしていますので、そちらを参考にしてくださいね。(わたしではプレゼン能力不足なので)

今回撮影時のセッティングは、
ジンバルの動作モード:フォローモード(水平固定、上下左右稼働)
解像度1920×1080
ビデオフレームレート60fps

歩行による上下動は仕方ないですね。

横パーンの映像
安定してるかな?コマ飛びのような場面がありますが、偶然か?

 

今使っているスマホは、iPhone11なので以下のスペックの違いを参考に、使い分けようかなと思っていますが?
そんなに撮りたい場面があるだろうか?なんて既に思ったりしてます。
iPhone11の手ブレ補正(光学式)で十分という人もいますからね。

スペックの比較
モデル   iPhone 11                            iPhone 8
画素数
(アウトカメラ) 1200万画素                  1200万画素
画素数
(インカメラ) 1200万画素                      700万画素
超広角レンズ F2.4            ー
広角レンズ F1.8                                    F1.8
望遠レンズ  ー                                       ー
光学ズーム 2倍(ズームアウト)               ー
デジタルズーム 最大5倍                          最大5倍
手ブレ補正 光学式                                 光学式
ポートレートモード 搭載                          ー
ナイトモード 搭載                                  ー
HDR機能 次世代スマートHDR                 自動HDR

iPhone 11カメラの進化
超広角と広角の2つのカメラを搭載
背景がボカせれるポートレートモード搭載
次世代スマートHDR機能で格段に高画質
ナイトモードで夜や暗いところも綺麗に撮影可能

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2020.03.05

画家が見たこども展  ゴッホ、ボナール、ヴュイヤール、ドニ、ヴァロットン

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「画家が見たこども展  ゴッホ、ボナール、ヴュイヤール、ドニ、ヴァロットン」展は、
三菱一号館美術館で開催されています。

会期 2020年2月15日(土)~ 6月7日(日)
臨時休業のお知らせ【2月28日~3月16日】
三菱一号館美術館に併設するStore 1894では、新型コロナウイルス感染症の感染予防・拡散防止のため、2月28日から3月16日の期間、美術館の休館にあわせて休業とさせていただきます。その後の予定は、3月10日以降改めて当館WEBサイトにてお知らせいたします。

 

ゴーギャンは印象派の色彩から多くを学びましたが、思想的深みが欠けていると感じて独自の技法を深めました。目に見えた色彩そのものでなく心象に従って描くようにと・・・

ゴーギャンに学び、新たな美の創造を目指したのがナビ派の画家たちです。
彼らは、精神性、宗教、夢などの神秘的なもの「目に見えない世界」に関心を寄せました。

ナビ派の画家の中には、生涯にわたって家族など身近な人々をモデルに、何気ない日常のひとこまを、親密さを込めて描き続けた親密派(アンティミスト)といわれる画家、ボナールやヴュイヤールも・・

この美術館で何度か取り上げられてきたナビ派の画家、ボナール、ヴュイヤール、ドニ、ヴァロットンが描いた子供たち(画家が見たこども)に注目した展覧会です。作品の中に垣間見られる、家庭の空気感、子供の服装などから、19世紀末の時代背景を想像するのも良いかと思いました。

展覧会の構成は以下の通りです。(写真は特別の許可をいただいて撮影したものです)
プローグ 「子ども」の誕生
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ウジェーヌ・カリエール 《病める子ども》 1885年、油彩・カンヴァス   パリ、オルセー美術館
ウジェーヌ・カリエール 《画家の家族の肖像》 1893年、油彩・カンヴァス   パリ、オルセー美術館

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フィンセント・ファン・ゴッホ 《 マルセル・ルーランの肖像 》1888年、油彩・カンヴァス  アムステルダム、ファン・ゴッホ美術館
メイエル・デ・ハーン《ミミの横顔のある静物》 1889年、油彩・カンヴァス   アムステルダム、ファン・ゴッホ美術館
 
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モーリス・ブーテ・ド・モンヴェル 《ブレのベルナールとロジェ》 1883年、油彩・カンヴァス   パリ、オルセー美術館  


1 路上の光景、散策する人々
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ピエール・ボナール《 パリの朝》 1920年頃、油彩・カンヴァス  北九州市立美術館 

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エドゥアール・ヴュイヤール《 赤いスカーフの子ども 》1891年頃、油彩・厚紙   ワシントン・ナショナル・ギャラリー

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エドゥアール・ヴュイヤール 《乗り合い馬車》 1895年頃、油彩・厚紙   ロサンゼルス、ハマー美術館


2 都市の公園と家族の庭
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フェリックス・ヴァロットン 《公園、夕暮れ》 1895年、油彩・厚紙  三菱一号館美術館

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モーリス・ドニ《赤いエプロンドレスを着た子ども》 1897年、油彩・厚紙   個人蔵

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(左端)アルフレド・ミュラー《ピクニック 》1903年、リトグラフ・紙 57.5×155 cm 個人蔵(エレーヌ・ケール氏蔵)


3 家族の情景
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ピエール・ボナール 《歌う子どもたち(シャルルとジャン・テラス)》 1900年頃、油彩・板に貼った厚紙   ル・カネ、ボナール美術館寄託 

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ピエール・ボナール 《子どもたちの昼食》 1897年頃、油彩・板  ナンシー美術館 

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モーリス・ドニ 《サクランボを持つノエルの肖像》 1899年、油彩・厚紙   ブリュッセル、個人蔵
アリスティード・マイヨール 《母と子》 1896年、油彩・厚紙   個人蔵(パリ、ギャルリー・ディナ・ヴィエルニーおよび コネリー・アンド・アソシエイツ寄託)


4 挿画と物語、写真
ボナールが撮影した写真が展示されていました。
この時代の反映でもありますね。
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挿絵本、リトグラフ、書籍の展示風景


エピローグ 永遠の子ども時代
ピエール・ボナールの作品5点が展示されています。
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ピエール・ボナール 《雄牛と子ども》 1946年、油彩・カンヴァス   モナコ、個人蔵(マーク・カウフマン氏蔵)


―HPの解説ー
2020年に開館10年目を迎える三菱一号館美術館は、丸の内に位置する美術館として都市と芸術のかかわりにスポットをあてた企画や、建物の特性を活かした親密なテーマによる展覧会を数多く開催してきました。10周年を記念する本展では、19世紀末パリの前衛芸術家グループ「ナビ派」の画家たちが追求した親密なテーマの中から「子ども」に焦点をあて、都市生活や近代芸術と「子ども」との関係を検証します。フランス、ル・カネのボナール美術館の全面協力のもと、国内外の美術館および当館の所蔵品から、ボナール、ヴァロットン、ドニ、ヴュイヤールらナビ派を中心とした油彩・版画・素描・挿絵本・写真等約100点により展覧します。

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2020.03.01

観てきた展覧会備忘録 2020年2月

ほとんどの美術館、博物館が新型コロナウイルス感染症の影響で2月末から3月中旬まで臨時休館となりました。会期終了日を前倒しにした美術館もあります。

白髪一雄展
会期 2020年1月11日(土]─ 3月22日[日]
東京オペラシティアートギャラリー

開かれた可能性——ノンリニアな未来の想像と創造
2020年1月11日(土)—3月1日(日
NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]


日本書紀成立1300年 特別展「出雲と大和」
020年1月15日(水) ~ 2020年3月8日(日)
東京国立博物館

北澤美術館所蔵 ルネ・ラリック
アール・デコのガラス モダン・エレガンスの美 
会期:2020年2月1日(土)– 4月7日(火)
東京都庭園美術館

モダンデザインが結ぶ暮らしの夢展
会期 2020年1月11日(土)~3月22日(日)
パナソニック汐留美術館


茶道具取合せ展
会期 2019年12月14日(土)〜2020年2月16日(日)
五島美術館


磁州窯と宋のやきもの
会期 2020年1月18日(土)〜3月15日(日)
静嘉堂文庫美術館


第65回重要刀剣等新指定展
会期 2020年1月11日(土)~2月16日(日)
刀剣博物館


天下泰平 〜将軍と新しい文化の創造〜
会期 2020年1月2日(木)~2月16日(日)
江戸東京博物館

生誕120年・没後100年 関根正二展
会期 2020年2月1日〜 2020年3月22日<
神奈川県立近代美術館 鎌倉別館

新収蔵作品展 Present for you
会期 2020年1月5日(日)~2月16日(日)
町田市立国際版画美術館


三島由紀夫展-「肉体」という second language
会期 2020年1月18日(土)〜3月22日(日)
町田市民文学館 ことばらんど


壁に世界をみるー吉田穂高展
会期  2019年12月7日(土)〜2020年2月16日(日)
三鷹市美術館ギャラリー


千田泰広 ―イメージからの解放―
2020年01月11日~2020年02月23日
武蔵野市立吉祥寺美術館


ハマスホイとデンマーク絵画
会期 2020年1月21日(火)~3月26日(木)
東京都美術館


開館10周年記念 画家が見たこども展 - ゴッホ、ボナール、ヴュイヤール、ドニ、ヴァロットン
会期 2020年2月15日(土)~ 6月7日(日)
三菱一号館美術館美術館 


狩野派 ─画壇を制した眼と手
会期 2020年2月11日(火・祝)~3月1日(日)
出光美術館


ミイラ「永遠の命」を求めて
会期 2019年11月2日(土)〜2020年2月24日(月・休)
国立科学博物館


日本・ハンガリー外交関係開設150周年記念
ブダペスト国立西洋美術館 & ハンガリー・ナショナル・ギャラリー所蔵
ブダペスト―ヨーロッパとハンガリーの美術400年
会 期2019年12月4日(水)~2020年3月16日(月)
国立新美術館

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2020.02.26

三島由紀夫展-「肉体」という second language

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写真 薔薇刑#25、1961 細江英公

「三島由紀夫展-「肉体」という second language」は、
町田市民文学館 ことばらんどで開催されています。

会期 2020年1月18日(土)〜3月22日(日)

三島由紀夫の死から50年、「青空文庫で読めるようになるのかな~」なんて思ったりして・・・
昨年、NHKでノーベル賞に纏わる三島由紀夫と川端康成の関係、経緯などについての特集が放映されたりで、ちらほらと三島に対する話題が取り上げられています。
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「三島由紀夫VS東大全共闘 50年目の真実」なる映画も公開予定です。
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予告編


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三島由紀夫展-「肉体」という second language
この展覧会は、「肉体」をキーワードに三島由紀夫の生涯を紐解くという企画展です。
タイムリーな企画だと思いました。

各章には、自筆原稿・創作ノート、写真・書簡が展示されていて、添えられたコラムが三島の全体像理解を助けてくれます。
作家が、思想家が社会問題や政治について大いに語った、マスコミも取り上げた、あの時代を懐かしみながら観てきました。


展覧会の構成は次のとおりです。
プロローグ 
言葉が先にあらわれて、次に言葉に蝕まれた肉体があらわれた。「太陽と鉄」より

第一章 言葉の記録  ー 生からの隔絶
「詩を書く少年」のころ
三島由紀夫と二・二六事件
「三島由紀夫」の誕生
夭折への憧れ
戦後文壇へ
書くことによる生の恢復

第二章 second languageとしての肉体の発見
眷恋の地・ギリシャ
肉体改造の開始
「オブジェトしての肉体」

第三章「文武両道」の行く末
「言葉から行動」へ
作家としての集大成
 
エピローグ
肉体の終わり ー三島由紀夫の死
散るという世にも人にもさきがけて
散るこそ花と吹く小夜嵐

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東京オリンピックと三島由紀夫
三島は、東京オリンピック観戦記を各紙に書いている。
東洋と西洋を結ぶ火 ー開会式 (毎日新聞)
競技初日の風景 ーボクシングを見て (朝日新聞)
彼女も泣いた、私も泣いた ー女子バレー (読売新聞)
「別れも楽し」の祭典 ー閉会式 (報知新聞)


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図録 山中湖文学の森 三島由紀夫文学館

ーHPの解説ー
没後50年を迎える現在まで、世界中で読み継がれている作家・三島由紀夫の文学展を開催します。
少年期から類いまれな文学の才能を発揮し、川端康成の支持を受けて戦後文壇に登場した三島は、『仮面の告白』で職業作家としての地位を確立します。初期作品に肉体の存在感が希薄だったのは、生来虚弱であったがゆえに、常に健康への不安と肉体的コンプレックスを感じていたことが影響していました。しかし、30歳でのボディビルとの出会いが、「福音が訪れた」と表すほど大きな変化をもたらします。肉体改造に取り組み、外国語を学ぶように「肉体」と向き合ううちに、他者と自分の現実感覚の一致を確信し、『金閣寺』『鏡子の家』『憂国』などの代表作を次々に発表。作家としての充実期を迎えます。やがて健康を目指すために鍛えられた肉体は、作品にも繰り返し描かれた、三島が心の深部で願う「悲劇」を実現するためのものとなっていきました。本展では、この「肉体」をキーワードに、自筆原稿や創作ノート、書簡などから、三島作品を紐解きます。
また、三島は1964年の東京オリンピックの際に新聞社の特派員となり、開会式や各競技の観戦記を執筆しています。会場内にはそれらを紹介するコーナーも設け、作家の言葉から先の東京オリンピックを回顧します。

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2020.02.22

ハマスホイとデンマーク絵画

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ハマスホイとデンマーク絵画展は、
東京都美術館で開催されています。

会期 2020年1月21日(火)~3月26日(木)


「私はかねてより、古い部屋には、たとえそこに誰もいなかったとしても、独特の美しさがあると思っています。あるいは、まさに誰もいないときにこそ、それは美しいものかもしれません」
1907年 ヴィルヘルム・ハマスホイ
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ヴィルフェルム・ハマスホイ《室内ー開いた扉、ストランゲーゼ30番地》 1905年 油彩/カンヴァス デーヴィズ・コレクション蔵
1989年から 約10年間住んだストランゲーゼ30番地の住まいの食堂からの眺めを描いた作品。この住まいを描いた一連の室内画はハマスホイの評価を決定ずけるものとなった。(キャプションより)

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ヴィルヘルム・ハマスホイ《カード・テーブルと鉢植えのある室内、ブレスゲーゼ25番地 1910-11年 油彩/カンヴァス マルムー美術館増
室内に差し込む柔らかい光は、フェルメールの表現を想起させます。

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《背を向けた若い女性のいる室内》 1903-4年 油彩/カンヴァス ラナス美術館蔵
幾何学的な画面構成と女性の肩の曲線が、画面に柔らかさを与えている。

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《室内》1898年 油彩/カンヴァス スウェーデン国立美術館蔵

ハマスホイは当初肖像画を描いていました、本展でも自画像をはじめ数々の肖像画・人物画が展示されています。

そして風景画も・・・ハマスホイの光、空気感が心地よい。

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《農場の家屋、レスネス》 1900年 油彩/カンヴァス デーヴィズ・コレクション蔵
煙突からまっすぐに立ち上る白い煙は、そこが無風であることを表している。
ハマスホイの風景画は、その場の光、空気感を見事に伝えている。

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《聖ペテロ聖堂》 1906年 油彩/カンヴァス デンマーク国立美術館蔵


ハマスホイの展覧会は、「ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情」というタイトルで
2008(平成20)年9月30日(火)~12月7日(日)の会期で国立西洋美術館で開催されて好評でした。
「ハンマースホイの芸術世界を日本で初めて紹介する本展」ということでした。
私も「ハンマースホイ」と記憶していたのですが・・・

同じ国立西洋美術館で、
「日本・デンマーク外交関係樹立150周年記念 スケーエン:デンマークの芸術家村」展も開催されました。
会期 2017年2月10日(金)~5月28日(日)

都美のこの展覧会でも、
「第2章スケーイン派と北欧の光」でスケーイン派の作品を展示しています。(スケーエンではなくスケーインなんですね)
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ピーザ・スィヴェリーン・クロイア 《スケーイン南海岸の夏の夕べ、アナ・アンガと マリーイ・クロイア 》 1893年  油彩/カンヴァス 
ヒアシュプロング・コレクション蔵
クロイアは「芸術家たちの自由研究学校」で教鞭をとっており、そこでハマスホイたちを指導していました。

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ミカエル・アンカー《ボートを漕ぎ出す漁師たち》1881年油彩、カンヴァス スケーイン美術館蔵
ミカエル・アンカーは救助のために嵐の海へ乗り出そうとするスケーインの漁師たちを当代の英雄として描いた大作により、デンマークの美術界で大きな成功を収めました。

もう一つこの展覧会で、取り上げているのがデンマーク文化”ヒュゲ(hygge)くつろいだ心地よい雰囲気”にまつわる作品です。
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ヴィゴ・ヨハンスン 《きよししこの夜》 1891 油彩/カンヴァス  ヒアシュプロング・コレクション蔵
デンマーク人が大切にする価値観”ヒュゲ(hygge)くつろいだ心地よい雰囲気”をこの上なく温かく、そして美しく描き出したイメージとして親しまれている作品。(キャプションより)

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ヴィゴ・ヨハンスン 《春の草花を描く子供たち》 1894 油彩/カンヴァス  スケーイン美術館蔵 

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カール・ホルスーウ《読書する女性のいる室内》 1913年以前 油彩/カンヴァス  アロス・オーフース美術館蔵

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ピーダ・イルステズ《ピアノに向かう少女》 1897年  油彩/カンヴァス  アロス・オーフース美術館蔵  

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クレステン・クプゲ《海岸通りと入り江の風景、静かな夏の午後》 1837年  油彩/カンヴァス  デンマーク国立美術館蔵

HPの「本展のみどころ」から・・
コペンハーゲンで19世紀前半に華開いた、“デンマーク絵画の黄金期”の素朴で純粋な絵画から、印象派風の光の描写を取り入れたスケーイン派、世紀末の首都で活躍した画家たちによる室内画まで、魅力あふれるデンマーク絵画を日本で初めて本格的に紹介します。

展覧会の構成は以下の通りです。
1、日常礼賛─デンマーク絵画の黄金期
2、スケーイン派と北欧の光
3、19世紀末のデンマーク絵画─国際化と室内画の隆盛
4、ヴィルヘルム・ハマスホイ─首都の静寂の中で

 

ーHPの解説ー
身近な人物の肖像、風景、そして静まりかえった室内――限られた主題を黙々と描いたデンマークを代表する画家ヴィルヘルム・ハマスホイ(1864-1916)。17世紀オランダ風俗画の影響が認められることから “北欧のフェルメール” とも呼ばれるハマスホイの作品は、西洋美術の古典を想起させる空気を纏いつつ、近代の都市生活者特有の、ある種の郷愁を感じさせます。
欧米の主要な美術館が続々と作品をコレクションに加えるなど、近年、ハマスホイの評価は世界的に高まり続けています。日本でも2008年にはじめての展覧会が開催され、それまでほぼ無名の画家だったにもかかわらず、多くの美術ファンを魅了しました。
静かなる衝撃から10年余り。日本ではじめての本格的な紹介となる19世紀デンマークの名画とともに、ハマスホイの珠玉の作品が再び来日します。

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2020.02.18

生誕120年・没後100年 関根正二展

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生誕120年・没後100年 関根正二展は、
神奈川県立近代美術館 鎌倉別館で開催されています。

会期 2020年2月1日〜 2020年3月22日
前期 2月1日~16日 後期2月18日~3月22日
会期中展示替えがあります。

「関根のバーミリオン」と讃えられた夭折の画家関根正二の回顧展です。

関根は1899(明治32年)福島県白河で、四男五女の次男として生まれました。

天保の飢饉以来といわれる大凶作に見舞われた関根一家は東京への移住を決め、
1907年(明治40年)に江東深川の棟割長屋に住むことになります。(正二は一年遅れで上京、9歳になっていました)

1914(大正3年)関根は15歳。
共に貧しい生活だった幼馴染の伊藤深水の紹介で東京印刷図案部で働くことになります。
(深水は小学校3年で中退し東京印刷で印刷工として働き、後に図案部に所属する)
伊藤深水に出合って話すうちに「私は興奮のあまり芸術に身を投ずる気になった」という。

1915(大正4年)ニーチェ、クリムト、オスカー・ワイルドなどを知り、刺激を受けた関根は、オスカー・ワイルドかぶれのデカダン的な行動をとるようになり、東京印刷を退社し無銭旅行にでかけました。

この旅行で河野満通勢と出会います。
河野のもとで、ダビンチ、ミケランジェロ、デューラーのルネッサンスの画家、新印象派の画家を知って衝撃を受けるとともに、河野の素描に圧倒されます。河野は、美術教師で敬虔なクリスチャンでした。

1914年に二科展が始まると、第2回二科展に《死を思う日》を出品し入選します。
本格的な画壇デビューです。
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《死を思う日》1915(大正4)年 油彩、カンヴァス 福島県立美術館蔵

表裏に描かれた作品
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表《大樹(子供と木登り)》
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裏《裸婦》1915(大正4)年 福島県立美術館蔵

この二科展に出品された欧州帰りの安井曾太郎の作品に、セザンヌを知り衝撃を受けます。
色彩と造形思考に・・・・
関根は、借金までして本郷洋画研究所に通うことにします。
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《少年》1917(大正6)年 油彩、カンヴァス 個人蔵

 
1918(大正7)年、第5回二科展で《信仰の悲しみ》《姉弟》《自画像》が二科展の新人賞にあたる樗牛賞を受賞します。
この年、結核の症状が現れ、関根の作品は死期を悟ったような作品へと変化していく。
そして年末には病の床に着きます。
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重要文化財《信仰の悲しみ》1918(大正7)年 油彩、カンヴァス 大原美術館蔵
関根の最も大きな作品。730×100

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《姉弟》1918(大正7)年 油彩、カンヴァス 福島県立美術館蔵

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《自画像》1918(大正7)年 油彩、カンヴァス 福島県立美術館蔵

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《神の祈り》1918(大正7)年 油彩、カンヴァス 福島県立美術館蔵

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《チューリップ》1918(大正7)年 油彩、カンヴァス 個人蔵

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《子供》1918(大正7)年 油彩、カンヴァス 個人蔵

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《一本杉の風景》1918(大正7) 油彩、カンヴァス 福島県立美術館蔵


1919(大正8)年6月スペイン風邪により体調は急激に悪化し20年と2か月の生涯(画家として5年)を終えました。
9月の第6回二科展に《慰められつゝなやむ》が展示され、ほぼ同時期に神田で遺作展覧会が開催されました。
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《少女》1919(大正8)年 パステル 、紙 個人蔵
パステルは、病によって体力を奪われた関根が最後に多用した画材。

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《三星》1919(大正8)年 油彩、カンヴァス 東京国立近代美術館蔵
東京国立近代美術館の常設展に行くと、一段と目を引くのがこの作品です。
この作品で関根正二に興味を持った人も多いのではないでしょうか。
左が姉のクラ、右が田口真咲、中央が関根。
最初は中央に女性像を描いたものの、ゴッホの自画像になぞらえた関根の自画像を上描きしている。


展覧会の構成は次の通りです。
第Ⅰ章  関根正二 作品
第Ⅱ章 関根正二 資料・書簡
第Ⅲ章  関連作家 作品・資料
関連作家資料

 

—HPの解説—
大正という日本近代の青春時代を駆け抜け、20歳で世を去った画家、関根正二(1899–1919)。ほぼ独学で絵を志した関根は、北方ルネサンスをはじめとする西洋絵画に感銘をうけ、天性の素描力に独自の色彩感覚を開花させました。
16歳で二科展に初入選、その後5年に満たない画業のなかで、「関根のヴァーミリオン」と称賛された美しい朱色を特徴とし、デカダンス文学や独自の宗教観に基づいた幻視性を帯びる作品群には、時代を越えてみる者に訴える、儚くも鮮烈な魂の響きが感じられます。
短い生涯に残した貴重な油彩作品に加え、このほど100年ぶりに発見されたパステル画《少女》や初公開の作品・資料類、関連作家らの紹介を交えて関根正二を顧みる、当館では20年ぶりにして過去最大規模の回顧展です。

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2020.02.14

壁に世界をみるー吉田穂高展

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壁に世界をみるー吉田穂高展は、
三鷹市美術館ギャラリーで開催されています。

会期  2019年12月7日(土)〜2020年2月16日(日)

どこかで見たことのある、記憶に残っている版画・・・
そして吉田博の次男であることを知ったことがきっかけで見に行きました。

「穂高」は、山を愛した画家、版画家であった博のこだわりの命名なのでしょうね。
本展には、スケッチブック(吉田博、兄の遠志、穂高)や吉田博手製のカードゲーム、漢詩かるたの展示もありました。

両親と兄も画家という家庭に育った穂高は、学生の頃は現代短歌に傾倒しますが、やがて独学で油彩を始めます。1950年前半には短歌を離れ、版画製作へと軸足を移します。

55年に兄と共に訪れたアメリカ、・中南米への旅行をきっかけに、45以上の国を訪れた旅の画家でもありました。

そこで、見た何気ない風景を収めた写真を元に作り始めた作品が、木版に写真製版を併用した独自の手法による作品です。

まさに、吉田穂高の個性が現れた作品・・・本展には、大判の作品が多数展示されていて、充実した鑑賞となりました。

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《サンミゲル旧一番通り》1987年 亜鉛凸版・木版、紙

 

展覧会の構成は、次の通りです。

Ⅰ.誕生から形成期
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《秋》1948年 油彩、カンヴァス

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《Old City Mud Wall》1954年木版、紙    

Ⅱ.メキシコとの出会い(1950年代中頃-60年代前半)
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《地佑(黒い輪 No.3)》1961年 木版、紙

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《呪術者》1956年 モノタイプ木版、紙 東京国立近代美術館蔵

Ⅲ.コラージュと写真製版(1960年代後半-70年代)
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《湖畔の神話 A)1970年 シルクスクリーン、紙 町田市立国際版画美術館蔵

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《町外れの神話、昼》1977年 亜鉛凸版、木版、紙 町田市立国際版画美術館蔵


Ⅳ.私のコレクション(1970年代末-没年・1995年)
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《新しい壁の中の古い壁》1982年 亜鉛凸版、木版・紙

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《赤の壁》1992年 亜鉛凸版・木版、紙 三鷹市美術ギャラリー蔵

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《赭の壁、B》1995年 亜鉛凸版・木版、紙 


ーHPの解説ー

𠮷田穂高(1926-1995)は旅を愛し、45カ国以上の地を訪れた版画家です。旅先で彼の心をとらえたのは名所風景ではなく、その土地に息づく無名の壁や塀、柱、標識、家といった身近な対象物でした。穂高の画風は時代ごとに大きく変化していますが、こうした対象物への偏愛は創作活動と並行して継続し、彼が旅先で撮影した膨大な写真のコレクションはやがて穂高の作品世界を創る際に欠くことのできない要素となっていきます。

穂高の創作活動に大きな影響を与えたのは、「𠮷田家」という家族の存在です。父は太平洋画会の創立に関わった洋画家で後年は版画家となった𠮷田博、母は女流画家の𠮷田ふじを、15歳年上の兄・遠志も画家への道を歩み、世界を旅する「美術一家」のなかで成長しました。中学時代に開戦となり、徴兵猶予のため1944年旧制第一高等学校理系に進学。そこで現代短歌へ傾倒し、家族に習うことなく独学で油彩を始めます。

戦後は短歌活動のほか日本アンデパンダン展などに油彩画を出品し、画家としての一歩を踏み出しますが、50年代前半には短歌から離れて活動の軸足を版画に移します。

55年兄とともにアメリカ・中米を旅行した際、古代マヤ文明に強い衝撃を受け、この後は生命感をテーマにした力強い抽象木版画へと作風を変化させていきます。

63年に再び渡米した際には、当時全盛であったポップアートに触発され、木版に写真製版を併用した独自の技法を開拓します。

72年にはオーストラリアで撮影したスナップ写真を素材にした作品を制作し、『私のコレクション』シリーズを開始します。それまで撮り溜めた各地の写真を素材にしたこのシリーズには、アトリエがある三鷹市井の頭で取材した題材も描かれています。

本展では、穂高の没後25年を機にこれまで紹介されていなかった油彩画や初期版画作品にも注目し、その原点から晩年にいたる作品をご紹介します。もの云わぬ〈壁〉と語り、無限に広がる世界をみた𠮷田穂高の感性は、今なお新鮮な輝きを放っています。

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2020.02.11

白髪一雄展

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白髪一雄展は、
東京オペラシティアートギャラリーで開催されています。

会期 2020年1月11日[土]─ 3月22日[日]

撮影可能作品が数点あります。

ポロックの伝記映画?の中でピカソに対して「くそっ、あいつが全部やっちまった!」と言葉を発する場面があったと記憶しています。

やがてポロックは、キャンバスを床に置き一面に塗料を撒き散らす、ポーリング(流しこみ)やドロッピング(滴らし)などの技法で描き始めました。

白髪一雄は、キャンバスに絵の具を置き、足で描き始めました。
天井からつるしたロープにつかまって、足で描く白髪の姿、その映像を思い出す人も多いのではないでしょうか。

白髪の没後10年以上を経て開催する本展は、東京で初の本格的な個展として、初期から晩年までの絵画約90点をはじめ、実験的な立体作品や伝説的パフォーマンスの映像、ドローイングや資料も加え、総数約130点で作家の活動の全容に迫ります。(HPの解説から)

初期作品は本展で初めて観ました。
初めに日本画を学んだ白髪は、京都の美術専門学校を出てから油彩画に転向します。

1952年に金山明、村上三郎、田中敦子らと「0会(ゼロ会)」を結成。その2年後には、床に広げた支持体に足で描く「フット・ペインティング」を創始します。

1955年、白髪は「0会(ゼロ会)」の仲間とともに、吉原治良率いる「具体美術協会」に参加。以後、実験的作品やパフォーマンスを次々と発表します。

「具体」の国際的評価が高まるようになると、少年時代から愛読した『水滸伝』に登場する豪傑たちのあだ名をタイトルにつけ始めます。

白髪は1960年代頃から密教に関心を深め、1971年に比叡山延暦寺で得度し天台宗の僧侶となります。
吉原治良の死去を機に「具体」は解散。

白髪は1974年に延暦寺で激しい仏道修行を修めて以後、スキージで円相(悟りの象徴?)を多く描きます。
しかし、動きに乏しい作品に気づいた白髪は、改めてフットぺインティングに回帰します。
(HPの解説を参考にしています)

画面いっぱいに、白髪の動きが表現されていて、その描画の様子が手に取るように分かります。
白髪の絵は、楽しい。


展覧会の構成は以下の通りです。
第1章  知られざる初期作品
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《難航》1949年 油彩、キャンバス 尼崎市蔵


第2章 「具体」前夜:抽象からフット・ペインティングへ
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《無題》1959年 油彩、キャンバス 豊田市美術館蔵
 

第3章 「具体」への参加

第4章 「水滸伝シリーズ」の誕生
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《天空星急先鋒》1962年 油彩、キャンバス 兵庫県立美術館蔵

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天異星赤髪鬼 1959年 油彩、キャンバス 兵庫県立美術館(山村コレクション)


第5章 スキージ・ペインティングと制作の変容
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色絵 1966年 油彩、キャンバス 兵庫県立美術館

第6章 「具体」の解散と密教への接近
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《貫流》1973年 油彩、キャンバス 東京オペラシティ アートギャラリー蔵

第7章  フット・ペインティングへの回帰と晩年の活動
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酔獅子 1999年 油彩、カンバス 個人蔵

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《群青》1985年 油彩、キャンバス 尼崎市教育委員会蔵(尼崎市立尼崎高等学校)

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遊墨 壱 1989年 油彩、キャンバス 東京オペラシティ アートギャラリー

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うすさま 1999年 油彩、キャンバス 個人蔵


第8章 水彩・素描にみる形成期の模索と制作の裏側


描画に使ったスキージなどなどの資料も展示されています。

—HPの解説— 
白髪一雄は、戦後日本の前衛芸術を牽引した具体美術協会の中心メンバーとして知られ、近年改めて国際的に熱い注目を集めています。兵庫県尼崎市に生まれた白髪は、具体美術協会に参加する前年の1954年より、床に広げた支持体に足で直接描く「フット・ペインティング」の制作を始め、その実践と探求により、未知の領域を切り拓いてゆきます。
従来は制作の手段にすぎなかった身体運動(アクション/パフォーマンス)をまさに画面の主役に据えるそのラディカルな方法は、既存の芸術的、社会的な常識を一気に飛び越え、人間がものを作る行為の原初にたち返る画期的なアイデアでした。
具体美術協会解散後も先鋭な制作原理を貫いた白髪の作品は、空間や時間、物質や運動のなかで人間存在のすべてを燃焼させる圧倒的な力をはらんでおり、同時に、絵具の滴り、滲み、粘性や流動性、堅牢さ、といった油彩画ならではの魅力を豊かに備えています。
白髪の探求は、人間の資質と感覚をいかに高めるかという問題や、宗教的な精神性の問題など、独自の人間学的アプローチを含んでおり、様々な視点からの検証を待っています。
白髪の没後10年以上を経て開催する本展は、東京で初の本格的な個展として、初期から晩年までの絵画約90点をはじめ、実験的な立体作品や伝説的パフォーマンスの映像、ドローイングや資料も加え、総数約130点で作家の活動の全容に迫ります。

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2020.02.07

北澤美術館所蔵 ルネ・ラリック アール・デコのガラス モダン・エレガンスの美 展示風景

北澤美術館所蔵 ルネ・ラリック
「アール・デコのガラス モダン・エレガンスの美」展は、

東京都庭園美術館で開催されています。

会期:2020年2月1日(土)– 4月7日(火)

「アールデコの館」旧朝香宮邸(庭園美術館)にふさわしい展覧会です。
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ルネ・ラリックは正面玄関ガラスレリーフ扉をデザイン。
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大客室と大食堂のシャンデリアとしてそれぞれ《ブカレスト》、《パイナップルとざくろ》を提供しています。
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以下、展覧会の展示風景です。
本館 第一章 ラリックが生み出した「アール・デコ」のガラス
第一応接室・小客室 アールデコのダイナミスム
大広間 エレクトリック・エイジ
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大客室 アールデコのダイナミズム
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大食堂・小食堂 テーブル・ウェア
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喫煙室 コティのコラボレーションと初期香水瓶
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2階広間 
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若宮寝室・合の間 オパルセントとカラー
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若宮居間 知られざる1点制作品、シール・ペルデュ
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書斎 書斎の名脇役
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殿下居間
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殿下寝室 デザイン画
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浴室・妃殿下寝室&居間 アクセサリーと化粧道具
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北の間 カーマスコット
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姫宮寝室
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姫宮居間
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新館 第2章 特集ーパリの香りを運んだラリック
アール・デコの館 朝香宮邸
皇太子裕仁親王(昭和天皇)のパリ土産、1921(大正10)年
車への情熱
デルスニス展
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202026
 

—HPの解説—
ガラスを素材としたエレガントな作品の数々で、アール・デコの時代を切り開いたルネ・ラリック(1860-1945)。

ガラスは加工が容易で量産にも適していることから、時代の変化とともに、19世紀末頃より日常生活のなかに急速に普及していきました。アール・ヌーヴォーの時代にジュエリーを手がけていた頃から、貴石に代わる新素材としてガラスを用いていたラリックは、20世紀に入ると、芸術性と実用性を兼ね備えた独自のガラス作品によって、新時代を創出したのです。

透き通る光の清らかさや貴金属を思わせる重厚な輝きなど、ラリックのガラス作品にはフランス装飾美術の精神「ラール・ド・ヴィーヴル(生活の芸術)」が豊かに受け継がれています。

本展は、世界屈指のガラス・コレクションを有する北澤美術館所蔵のルネ・ラリック作品より、アール・デコの時代を代表する名品約220点を厳選し、正面玄関ガラスレリーフ扉など、ラリックの作品が内部を飾る「アール・デコの館」旧朝香宮邸を舞台にご紹介するものです。

さらに、朝香宮家が旧蔵していたラリック作品や、昭和天皇が皇太子時代に外遊の記念にパリから持ち帰った花瓶なども併せて特別展示いたします。

 

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2020.02.04

ニューヨークが生んだ伝説の写真家「永遠のソール・ライター」

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ニューヨークが生んだ伝説の写真家「永遠のソール・ライター」展は、
Bunkamura ザ・ミュージアムで開催されています。


会期 2020年1月9日(木)~3月8日(日)


日常の街並みの中に暮らす人々と、その景色を、巧みな構図と独特の色彩感覚で切り取った写真は「ソール・ライターの個性」が明らかです。
2017年にこのミュージアムで開催された回顧展は、ジャポニズム、新印象派、ナビ派との関係性などを取り上げてその芸術性に主眼を置いた企画だったと記憶していますが・・・
今回はソール・ライターの仕事全般と「家族」「愛した女性」などにも焦点を当てての展示です。
約8万点のカラー写真をはじめとする作品の大半を整理することなく世を去った写真家の「発掘作業」は今も続けられています。
本展ではセルフポートレートをはじめ、世界発公開を含むモノクロ・カラー写真、カラースライド等の作品展示でソール・ライターの魅力、仕事を再検証しています。

展覧会の構成は以下の通りです。
Part Ⅰ ソール・ライターの世界
1.Black&White
2. カラー(1)
3. ファッション
4. カラー(2)
Part Ⅱ ソール・ライターを探して
1. セルフ・ポートレート
2. デボラ
3. 絵画
4. ソームズ
5. その他
 

ユダヤ教の聖職者の父の下に生まれたソール・ライターは、神学校へ通いますが、その生活に馴染めず、次第に絵を描くことに喜びを見出すようになっていきます。
12歳の頃になると、母親に買ってもらったカメラで、家族の中で最もライターの理解者だった、妹のデボラを撮るようになります。今でも多くのポートレートが残されており本展にも「デボラ」のコーナーが設けられています。
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《デボラと一緒のセルフポートレート》1940年代、ゼラチン・シルバー・プリント

1946年、23歳になったライターは、画家になることに大反対する父親の理解を得られぬまま、神学と決別、ピッツバーグを離れニューヨークに向かいました。

1940年代後半のアメリカは、抽象表現時代。
写真を応用した様々な実験的作品を創作していたプセット=ダートとの親交を通じて、撮影から暗室作業まで一連の写真術を習得し、ソール・ライターは、表現メディアとしての写真の潜在力にも目覚めていきました。

画家だけでは生計が成り立たなかったライターを救ったのが写真でした。
ライターの写真に興味を持ったファッション誌のアートディレクターに定期的に雑誌への写真掲載を依頼されるようになります。
そしてニューヨーク五番街に写真スタジオを設けるようになります。
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ソール・ライター《『Harper's BAZAAR』》 1959年2月号、発色現像方式印画

ファション写真の仕事で広がった交友関係のなかで、写真家とモデルとして出会い、絵画を通じて接近し、ソール・ライターの人生に大きな影を与えたのがソームズ・バントリーでした。
晩年のライターの成功を見ることなくソームズは亡くなりました。
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ソール・ライター《ソームズ・バントリー》 1950年代、発色現像方式印画
 
もともとファッション写真などの「商業写真」に大きな興味の無かったライターは、1981年に5番街のスタジオを閉鎖し、以後イースト・ヴィレッジのアパートで自分のためだけに作品を創造する隠遁生活へと入っていきました。

「私が写真を撮るのは自宅の周辺だ。神秘的なことは馴染み深い場所で起きると思っている。なにも、世界の裏側まで行く必要はないんだ。」

「私は無視されることに自分の人生を費やした。それで、とても幸福だった。無視されることは偉大な特権である。」

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ソール・ライター《薄紅色の傘》 1950年代、発色現像方式印画

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ソール・ライター《バス》2004年頃、発色現像方式印画

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ソール・ライター《黄色いドット》 1950年代、発色現像方式印画

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ソール・ライター《高架鉄道から》 1955年頃、発色現像方式印画

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ソール・ライター《帽子》 1960年頃、発色現像方式印画

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ソール・ライター《無題》撮影年不詳 発色現像方式印画

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ソール・ライター《セルフ・ポートレイト》 1950年代、ゼラチン・シルバー・プリント

 

—HPの解説—
2017年、Bunkamura ザ・ミュージアムで日本初の回顧展を開催し、大きな話題を呼んだ写真家ソール・ライター(1923-2013)。 1950年代からニューヨークで第一線のファッション写真家として活躍し、1980年代に商業写真から退いた後、世間から突如姿を消しました。ほとんど知られていなかった写真家の展覧会がこれほどの反響を巻き起こした背景には、画家として出発し、天性の色彩感覚によって「カラー写真のパイオニア」と呼ばれた個性と才能がありました。約8万点のカラー写真をはじめとする作品の大半を整理することなく世を去った写真家の「発掘作業」は今もなお、現在進行形で続けられています。 本展では、ニューヨークの膨大なアーカイブから、世界初公開作品を含むモノクロ・カラー写真、カラースライド等の作品をはじめ、豊富な作品資料やデジタル技術を駆使して、知られざる一面を紐解きながらソール・ライターの更なる魅力をご紹介します。

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