2018.02.23

パンダ親子に会ってきましたが・・・・2018年2月

香香(シャンシャン)は寝てました!
面会時間は2分弱でした!
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上野の美術館に行ったついでというか・・・整理券が手に入りそうだったので列に加わってみました。
10時半ころ並び始めて整理券を貰ったのは11時頃でした。

券売所で入園券を購入し、入場ゲートを通過して(入園券を渡して)整理券配布場所に向かいます。

(私は予め入場券を持っていましたが、並びました)

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10時半頃の行列です。

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整理券はテント内で配布することになっています。
この写真は、午後再入園した時に撮りました。(配布は既に終了している状態)

集合時間が15時10分~30分という整理券を貰いました。
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整理券を貰った後、直ぐ動物園を出て美術館へ行きました。
整理券があれば、再入園できますので。


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行列に並んでいるときに気が付いたのですが・・・並ばずに、団体入場口から入園している人が結構いるようです!
後で知ったのですが、予め入園券をもっている方は、並ばずに入園して整理券を受け取ることができるようです!

要するに行列は当日入園券を購入するためのものだった!
因みに私は入場券を持っていました。
(行列整理をしている方に訊いたら、入園券を持っていても、並んで・・と言われたんだけど?)
しかし、小さいお子さんを連れた方、ご高齢の方も並んでいます。
我慢です。
動物園も配慮が足りないな~
(これから行こうと思っている方、動物園に確認してくださいね)

上野動物園のHPはこちら

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午後2時半過ぎに動物園に戻って・・・
お父さんの「りーりー」は運動場で公開されていますので、整理券がなくても会えます。
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会場整理の方が15時10分の看板を掲げたので既にできている行列に加わりました。
30分弱並んだあと、受付テントで待機している方に整理券を渡して・・・・・・

ここから20人(だと思う)のグループに分けられて、いよいよ「シンシン」「シャンシャン」母子のもとへ・・・・

観覧時間は、HPでは4ヶ所で夫々30秒になっていますが、実際はもう少し短い感じでした。

香香(シャンシャン)は寝てました、お疲れかな~
動いてるシャンシャン見たいな~


当日は動物園が(シャンシャンに会うのが)目的ではなかったので、カメラは持っていませんでした、スマホで撮りました。

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2018.02.22

仁和寺の観音堂を展示室に再現! トーハク

東京国立博物館の特別展「仁和寺と御室派のみほとけ ― 天平と真言密教の名宝 ―」で
仁和寺の観音堂を展示室に再現!しています。

特別展では、この展示のみ撮影可です。
監視員が「フラッシュはお切りください」と常時アナウンスしているにもかかわらず、あちらこちらで”ピカッ、ピカッ”
その都度、駆け寄り注意・・・・監視員大忙しです。

そんな喧噪状態ですが・・・上野でこの空間を体験できるのは有難いです。
写真を撮ってさっさと行ってしまう方も多いですが・・・・じっくり見てきました。

他にも素晴らしい作品が沢山展示されていて、大満足の企画展です。

展覧会の感想も、後で再度投稿するつもりです。


HPの解説
江戸時代の仁和寺再興期に再建され、僧侶の修行道場のため一般には非公開の観音堂を、展示室に再現します。実際に安置されている仏像33体に加え、壁画も高精細画像で再現し、仁和寺の僧侶により守り伝えられてきた観音堂の姿を体感いただきます。本展が観音堂改修工事を記念して開催されることにより実現した、特別な空間となります。

スマホで撮りました。
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仏像は江戸時代・17世紀 京都・仁和寺

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風神立像(左端)と二十八部衆立像(画像の右端は不動明王立像)

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手観音菩薩立像の左下に不動明王立像

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手観音菩薩立像(中央)  

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手観音菩薩立像の右下に 降三世明王立像

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雷神立像(右端)と二十八部衆立像

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観音堂壁画再現

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2018.02.19

Amazon echoとグーグルホームminiを使ってみました

日経電子版2018/2/15 に、「AIスピーカー、日本語機能の充実競う
アマゾンが仮想通貨情報、LINEは3カ国語翻訳」という記事が掲載されました。

野村総合研究所によると国内の世帯普及率は2023年に48%になるという。AIスピーカーは1人の消費者が複数社の製品を使い分けるといった使い方は想定しにくい。早期のシェア獲得に向けて、サービス拡充の競争が続きそうだ。

Amazon echo、LINE、グーグルホーム共に日本向けの機能強化を急いでいますが・・・

アマゾンやグーグルのAIスピーカーは英語対応が先行している。アマゾンのAI「アレクサ」は英語では既に2万種類もの機能に対応している。国内では日本語での使用が大半になるため、日本語機能への対応度合いがシェア獲得競争に影響しそうだ。

と、結んでいます。

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Amazon echoを購入しました。
昨年11月にリクエストして、招待メールが届いたのは2月中旬、既にグーグルホームminiを使っていたので、購入を控えようとも思いましたが、miniが思いがけない廉価で購入できたこともあって、Amazon echoも買ってみました。


まだ使い始めですが・・・・個性がありますね・・・双方に一長一短があって、もう少し使ってみないと何とも言えません。

朝の挨拶から・・・・


AIスピーカーをoffにしてみましょう。
echo(アレクサ)は「ストップ」にしか応答しない様です。
グーグルホームは、「終了」「終わり」「ストップ」いずれにも応答してくれます。
チョットしたことですが、こんなところにも日本語機能の違いを感じてしまいます。


テレビを見ている時などに、分からない単語に出会うとAIスピーカーに聞くことにています・・・・
どの辞書(ウキペディアなどの)を引用するかによって違いが顕著になりますね。


3社共に個性があり、購入者の使用頻度の高い機能の良し悪しによって選択すれば良いと思いますが、
日本語機能の充実はシェア獲得の決定的要素であろことは間違いありませんね。
これからが(進歩が)楽しみです。

Amazon echoとグーグルホームminiを居間と寝室に分けて置こうと思いますが・・・・何をどちらに・・・・一長一短があって結論が出ない〜

もう少し使った後に、再度投稿できると思います。


関連投稿

Google Home miniを買ってみました。


Google Home mini&Googleカレンダー

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2018.02.16

古代アンデス文明展

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古代アンデス文明展は、
国立科学博物館で開催されています。

会期 10月21日(土)~2018年2月18日(日)

人類のアンデス到達(紀元前3000年頃)からスペインによるインカ帝国征服(1572年)まで5000年、アンデス文明を代表する9つの文化を通して、宗教、社会、文化、政治について解説展示しています。
最終章(第6章)は、
「身体から見たアンデス文明」チリバヤ文化(紀元900年頃から1440年頃)
アンデスの自然から生まれた死生観がとても印象に残りました。

アンデスで思いつくのは、「マチュピチュ」と「ナスカの地上絵」くらいしか無かったのですが・・・勉強になりました。 


HPの解説です。
アンデス文明を代表する9つの文化の特徴や、いまだ残る数々の「謎」、身体加工の風習など最新の知見を、優れた意匠の土器・織物、黄金の仮面やミイラなど約200点の貴重な資料で紹介します。


古代アンデス文明展公式動画

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序章「人類のアンデス到達とその後の生活」
・アンデスへの人類到達
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第1章アンデスの神殿と宗教の始まり

・カラル文化(紀元前3000年頃~前2000年頃)

第2章「複雑な社会の始まり」
・チャビン文化(紀元前1300年頃~前500年頃)
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自身の首を斬る人物の象形鐙型土器
宗教指導者の象形と類推されている

神様の話
太陽、月、海、山、川。アンデスの人たちは自然のもの全てに神様が宿っていると考えました。その中でも特に、アンデスの高い山々は、雨や作物の実を助けてくれる神様として信仰を集め、ときには子供を高い山に連れて行って神に捧げる儀式を行いました。神様に自分たちの1番大切なものを捧げることで、願いを叶えてもらうおうとしたのです。
(展示会場のキャプションから)

第3章「さまざまな地方文化の始まり」
・ナスカ文化(紀元前200年頃~紀元650年頃)
・モチェ文化(紀元200年頃~750/800年頃)
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死者を包むマント

モチェ人が住む4つの世界
モチェの立体土器を観察すると、彼らは折り重なるように存在している4つの世界を生きていたと感じていたことがわかる。ひとつは植物が茂り動物が遊ぶ自然の世界、そして同じ自然の世界に隣あわせに行きながら独特な世界を形作る人間の世界、三つ目が自然と人間に影響を与えて支配する神々の世界、最後が死者や祖先たちの世界である。本展覧会に出品された死者をかたどった2つの土器を見ると、モチェの人々は死者が身近に暮らし、人間の世界と交わり影響を与えていると感じていたことがわかる。
(展示会場のキャプションから)

文字のない文明
アンデスには文字がありませんでした。その代わりに、神話や物語が描かれた土器や、キープと呼ばれる道具があります。キープは、結目の場所、ひもの色、素材、作り方などを区別することで、数だけではなく品物の名前や産地や使い道など様々な情報を記録できました。
(展示会場のキャプションから)


国立科学博物館 古代アンデス文明展
序章・第1章〜第3章
InternetMuseum


第4章「地域を超えた政治システムの始まり」
・ティワナク文化(紀元500年頃~1100年頃)
・ワリ文化(紀元650年頃~1000年頃)
・シカン文化(紀元800年頃~1375年頃
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お金のない文明
アンデスにはお金がありませんでした。では、どうやって品物を手に入れていたのでしょうか。ひとつは何でも自分で作ってしまうことです。アンデスは標高4,000メートルの涼しい高地から50メートルの暑い砂漠までいろいろな環境がそろっているので、いろいろな農作物を作ることができました。もう一つは物々交換です。例えば土器を手に入れるにはその土器に入るだけのトウモロコシと交換することもありました。
(展示会場のキャプションから)


国立科学博物館 古代アンデス文明展
第4章
InternetMuseum

第5章「最後の帝国―チムー王国とインカ帝国」
・チムー王国(紀元1100年頃~1470年頃)
・インカ帝国(紀元15世紀早期~1572年)
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金合金製の小型人物像

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アンデスの黄金
アンデスの人々は黄金をお金としてではなく、太陽であり神様への儀式に使う道具を作るときの素材として扱っていました。そのためスペイン人が金を集めるのを見て、スペイン人が金を食べていると言う噂が流れたほどです。インカ帝国時代の金はスペイン人に奪われたため、現在残っているアンデス文明の金製品は発掘で発見されたものがほとんどです。
(展示会場のキャプションから)

アンデスの戦闘
アンデスの人たちの戦争は、遠くにいるときは石を投げ合い、近くでは棍棒ので殴り合うというものでした。武器として使われたのは、棍棒の外には石つきの投げ縄などで、攻撃力があまり強くありませんでした。インカが少人数のスペイン人に征服された理由の一つとして、彼らの武器がスペイン人に比べてあまりに原始的で、戦争のルールも全く異なったものだったことがあげられます。
(展示会場のキャプションから)

第6章「身体から見たアンデス文明」
チリバヤ文化(紀元900年頃から1440年頃)

インカ帝国には、死後もミイラとして生き続けるというミイラ信仰がありました。死者がミイラとして残っていれば、いつまでも子孫を守ってくれると考えていたからです。
ある地方ではミイラを家の中に置き、衣服を着せ替え食事を与えるなど、まるで生きている家族の一員のように暮らしていたといわれています。


国立科学博物館 古代アンデス文明展
第5章〜第6章
InternetMuseum


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2018.02.12

特集 刀剣鑑賞の歴史

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「特集展示 刀剣鑑賞の歴史 」 は、

東京国立博物館 本館 14室 で開催されています。

会期 2017年12月5日(火) ~ 2018年2月25日(日)

昨日の上野は三連休の中日とあって、科学博物館の企画展は、30分の入場待ちも・・・、常設展入口も長蛇の列が出来ていました。
科博の企画展目的で上野に行ったのですが、とてもまともに見られそうにないので、この日はパスに決めました。

そして東博へ・・・・
東博も多くの観賞客で賑わっていました。
刀剣女子は健在でした・・・刀剣展示室では国宝の刀剣展示ケースには行列が出来ていました。


国宝の工芸品に分類される文化財の中でも、その数が多い(約半数)のが刀剣(日本刀 ):太刀、大太刀、短刀などです。


東博も国宝、重文指定の太刀、刀、短刀などを所蔵しています。
国宝は年間の展示期間が決められているので、常時展示というわけにはいきません。
東博総合文化展の刀剣展示室でも、展示替えをして順次公開しています。

現在(25日まで)別途14室で特集展示も行っています。
平安時代、南北朝、鎌倉時代の刀剣15件が展示されています。

HPの解説です。
わが国では、刀剣を単なる武器ではなく、鑑賞する対象として扱ってきた長い歴史があります。それは、現在に残る記録などからみると600年ほど遡ります。

その長い時のなかで行なわれてきた刀剣鑑賞においては、刀工の名が銘に切られた刀剣と、銘はないものの、作風を整理した知識によってその刀工の作とみなすことが盛んに行なわれており、こうしたとき、二口(ふたくち)の刀剣はよく似ています。しかし、実際の鑑賞は、そう単純なものだけではありません。たとえば、歴史的に高い評価を受けてきた刀剣のなかには、銘がないものでも、名が知られている刀工による作品とみなされているものが数多くあります。また、作風が違う刀剣であっても、同じ刀工の作とされているものさえ見受けられます。日本刀には、作風の整理が高度に進められてきた歴史がある一方で、こうした鑑賞の様相があり、刀剣に関する知識や理屈を超越した美しさも大事であることを教えてくれます。

刀剣の鑑賞は、見どころが抽象的で、その特徴を表現することばも、日常生活では使わない用語が多く理解するのが困難です。しかしながら、先人たちは刀剣の美を尊重し、特殊な用語を駆使して理解しようと試みてきました。

この特集を通じて、刀剣鑑賞の歴史から紡ぎ出された「理解しがたい、しかし、確実に存在する美」をご覧いただければ幸いです。


以下の画像は別の日にスマホで撮りました。

HPに展示品リストがありますので参考にされるといいと思います。

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古今銘尽大全 4冊のうち1冊 江戸時代・享保2年(1717) ページ替あり


展示ケース1
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展示ケース2
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展示ケース3
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展示ケース4
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国宝 刀(金象嵌銘 城和泉守所持 正宗磨上 本阿(花押)) 相州正宗 鎌倉時代・14世紀
相州正宗は地鉄の強さと、沸(にえ)のはげしい大きなのたれば刃の妙を表現した刀工で、相州伝の作風を完成した。これは武田家家臣で、のちに家康に仕えた城昌茂が所有したもので、本阿弥光徳が正宗と極め、埋忠寿斎に象嵌させた。正宗の代表作で、陸奥津軽家に伝来した。(本展キャプションから)

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国宝 刀(無銘) 相州正宗(名物 観世正宗) 鎌倉時代・14世紀
相州政宗の代表作で、その名は能楽の観世家に伝わったことに由来し、観世家から徳川家康に献じられ、明治に徳川慶喜から有栖川熾仁親王に献上された。上図の正宗の刀に比べると大胆で力強い印象を受けるが、沸(にえ)を主体にした刀中の複雑な変化は共通している。(本展キャプションから)

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2018.02.10

石内都 肌理と写真

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「石内都 肌理と写真」は、
横浜美術館で開催されています。

会期 2017年12月9日(土)~2018年3月4日(日)

「どうしても見に行きたい」というよりも「気になる」写真家です。
今回の展示作品の殆どが、既に観てきたシリーズです。(絹のシリーズを除いて)
「扱うテーマが重い」 という印象を持っているからかな〜


森村泰昌氏も記しています。(図録から)
「重い記憶を記録する写真家であると思われている石内都の根幹にある、この覚悟のできた人の見事なまでの透明感を見逃してはなるまい」

三脚を使わず手持ちの35ミリカメラで自然光のもとで撮る写真と、暗室作業で作り上げる作品が被写体にさらなる”何か”を付けくわえているのかもしれません。

展示会場には、暗室作業の様子が放映されています。
大きな印画紙に”焼き付け”そして”現像”と”定着”乾燥”・・・・・
自ら、黙々と作業をされるんですね・・・

この暗室工程の微妙な調整で石内作品の肌理を作っているんですね。

この展覧会は、石内都全仕事を概観する良い機会だと思います。

展示構成は次の通りです。
・横浜
金沢八景」1975-76年/「Apartment」1977-78年/「連夜の街」1978-80年/「yokohama 互楽荘」1986-87年/「Bayside Courts」1988-89年/「1906 to the skin」1991-93年/「Yokohama Days」2011年
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《Bayside Courts #76》

・絹
「絹の夢」2011年/「幼き衣へ」2013年 他
(このコーナーは撮影可です)
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《絹の夢 #84》 2011年

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エントランスに展示されている作品です。(撮影可です)

・映像作品

・無垢
「Innocence」1995-2017年/「不知火の指」2014年
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《1906 to the skin #60》 1991-93年

・残されたもの
「Mother’s」2000-2005年/「Frida by Ishiuchi」2012年/「Frida Love and Pain」2012年/「ひろしま」2007年〜
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《Frida by Ishiuchi #24》 2012年

・写真展示室(撮影可です)
絶唱、横須賀ストーリー
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横浜の地に暗室を設けて早くも40年の歳月が過ぎた。暗室から生まれた写真はヴィンテージプリントとなり、時間と空気をたっぷり吸って粒子の粒を際だたせる。横須賀からスタートした写真の行方は、固有の気風をのせて歴史と身体と遺されたもの達が一体となり、肌理(きめ)を整え、未来へ向けて発信する。

石内 都

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HPの解説です。
石内都(1947年生まれ)は、2014年にアジア人女性として初めてハッセルブラッド国際写真賞を受賞するなど、現在、国際的に最も高く評価される写真家のひとりです。

多摩美術大学で織りを学んだ石内は、1975年より独学で写真を撮り始め、思春期を過ごした街・横須賀や、日本各地の旧赤線跡地などを撮影した粒子の粗いモノクローム写真で一躍注目を集めました。近年は、被爆者の遺品を被写体とする「ひろしま」やメキシコの画家フリーダ・カーロの遺品を撮影したシリーズで、その活動は広く知られています。

2017年は、石内が個展「絶唱、横須賀ストーリー」で実質的なデビューを果たしてから40年を迎える年にあたります。本展は、この節目の年に、石内自らが「肌理(きめ)」というキーワードを掲げ、初期から未発表作にいたる約240点を展示構成するものです。

住人のいなくなったアパート、身体の傷跡、日本の近代化を支えた大正・昭和の女性たちが愛用した絹織物、亡き母や被爆者らの遺品の写真を通して、存在と不在、人間の記憶と時間の痕跡を一貫して表現し続ける石内の世界を紹介します。



「横浜 Yokohama」「絹 Silk」
InternetMuseum



「無垢 Innocence」「遺されたもの Belongings」
InternetMuseum


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2018.02.06

坂本龍一 with 高谷史郎|設置音楽2 IS YOUR TIME

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「坂本龍一 with 高谷史郎|設置音楽2 IS YOUR TIME」は、NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]ギャラリーAで開催されています。

会期 2017年12月9日(土)—2018年3月11日(日)


ライブパフォーマンスを鑑賞してきました。(坂本龍一 さんはライブ参加はしていませんよ)
(行かれる方は、せっかくですから、HPの日程を参考にパフォーマンスに参加しては如何でしょうか)

長方形の空間、暗闇の奥中央、ほのかな明かりの中にピアノが置かれています。
左右の側面に正方形のディスプレー、それぞれのディスプレーの下にはスピーカーが設置してあります。

鑑賞者の殆どがフロアに座り込み、その間を楽器を携えたパフォーマーが単調な音を奏でながらゆっくり歩きまわります。クラリネット、バイオリン、アルトフルート、バスクラリネット、笙、アコーディオン・・・近づいて、離れて音空間が拡がります。
そして、たまに呟くようにスピンドルがピアノの鍵盤をたたきます。

”東日本大震災の津波で被災した宮城県名取市の高校のピアノ”です。

楽器を置いたパフォーマー、”1(いち)”2(に)”3(さん)”を順不同に発音しながら鑑賞者の間をめぐります。リズミカルに、和音の様に、そして”ぽつり”と呟くように・・・・・
そして、スピンドルが”ぽつり”とピアノの鍵盤をたたきます。

30分ほどのパフォーマンスですが、とても印象深いものでした。


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ライブ終了後は皆さんそれぞれ、ピアノを囲んで・・・・・・
「坂本龍一 with 高谷史郎|設置音楽2 IS YOUR TIME」インスタレーションが進行する中、スピンドルの動きなどを見てました。

電子音が暗闇を包むように流れます(14台のスピーカーから)
左右に設置されたディスプレー10台が明滅し、ノイズ画面、パルス状になったり・・・・
そして時々スピンドルがピアノの鍵盤をたたきます。
「世界中の地震のデータと連動して演奏するよう、プログラムした」そうです。
”東日本大震災の津波で被災した宮城県名取市の高校のピアノ”の鍵盤をたたきます。

座り込んでじっくり聞き入る人も・・・、さまようように歩く鑑賞者も・・・・・


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展覧会に寄せて
もとはモノだったものが,人によって変形され,時間とともに,あるいは巨大な自然の力によってまたモノに還っていく.
都市もそうだ.都市の素材も鉄,ガラス,コンクリートなど,もとはみな自然のモノ.それらを人は惑星各地から集積し,あたかも彫刻のように形を与えていく.しかしそれも時間の経過とともに,モノに還っていく.

自分が住んでいるマンハッタンを見ていて,以前からそう思えて仕方なかった.これは単なる個人の妄想ではないんだと最近は思うようになった.

坂本龍一

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HPの解説です。

はじめに
坂本龍一は,近年,美術展や芸術祭への参加など,展示作品としてのインスタレーションの制作を行ない,これまでの自身の音楽の発表の場と異なる状況で発表を行なうことが増えています.また,音楽活動のみならず社会活動にも重点を置いた活動を精力的に行なっており,その活動は,音楽や社会,あるいは自然や根源的な生の思索へと向かっています.
坂本が2017年に発表した8年ぶりのアルバム『async』は,坂本にとっての新境地であるだけではなく,その音楽自体これまでにない新たな聴取体験をもたらすものでした.また,『async』はCDやレコードといったフォーマットで発表された後に,5.1チャンネルオーディオと3組のアーティストによる映像とのコラボレーションによって展示空間に設置され,「設置音楽」というフォーマットによって提示されました.

本展覧会は,そのタイトルが示すように,「坂本龍一|設置音楽展」(ワタリウム美術館)に続く二番目の「設置音楽」シリーズです.展示される《IS YOUR TIME》は,坂本とアーティスト・グループ,ダムタイプおよびソロ・アーティストとしても世界的に活躍する高谷史郎によって,今回の展覧会のために制作された新作インスタレーションです.

東日本大震災の津波で被災した宮城県名取市の高校のピアノに出会い,近代を象徴する楽器を自然が物に返したと感じた坂本が,そこから音楽の再生を試みながら,物理的な音を感知することだけではない音楽を感覚する場を作り上げます.


ICC企画展「坂本龍一 with 高谷史郎|設置音楽2 IS YOUR TIME」トレイラー vol. 1
NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]



ICC企画展「坂本龍一 with 高谷史郎|設置音楽2 IS YOUR TIME」トレイラー vol. 2 坂本龍一+高谷史郎インタヴュー(short ver.)
NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]


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2018.02.03

没後40年 熊谷守一 生きるよろこび

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没後40年 熊谷守一 生きるよろこび展は、
国立近代美術館で開催されています。

会期 2018年1月12日(金)~3月25日(日)


熊谷守一の作品が存在すると”その空間がとても豊かになる”そんな印象をもちながら鑑賞してきました。

動物好きの私にとって”猫ちゃんのシリーズ”はたまりません!
熊谷守一の長男、黄は「家には野良猫か飼い猫かわからない猫が常にいて、熊谷は猫が暮らしやすいように細かく気を配っていた」と語っています。

この展覧会でいうところの「守一になった守一 1950-70年代」の作品です。すでに70歳を過ぎていました。
70代半ばに身体を壊して以降は、それまでのように海や山に出かけて風景を描くことはむずかしくなり、自宅の庭の植物や昆虫を主題にすることが増えました。

01
白仔猫 1958(昭和33)年 油彩・キャンバス 愛知県立美術館 木村定三コレクション


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白猫 1962(昭和37)年 油彩・板 愛知県立美術館 木村定三コレクション


03
三毛猫 1959(昭和38)年 油彩・キャンバス 愛知県立美術館 木村定三コレクション


05
猫 1965(昭和40)年 油彩・板 愛知県立美術館 木村定三コレクション

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展覧会の構成は次の通りです。

第1章 闇の守一 1900-10年代
この時期熊谷がもっぱら関心を抱いたのは、光と影の問題です。
列車に飛び込んで亡くなった女性を描く《轢死》(1908年)や《蝋燭》 (1909年)はいずれも暗闇で対象がどのように見えるかという問題を扱った作品です。
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蝋燭(ローソク)1909(明治42)年 油彩・キャンバス 岐阜県美術館


第2章 守一を探す守一 1020-50年代
守一は両親の死で一時期故郷に帰って、木材運搬の仕事などをしていましたが、友人の勧めで東京に戻ります。
この時期に注目すべきは、またしても光と影です。風景画にも裸婦にも、山や岩の縁を照らす日の光や、裸婦の身体を縁取る逆光の描写などを見ることができます。
いわゆる守一様式の特徴の一つ、赤い輪郭線が姿を現します。
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野火 1961(昭和36)年 油彩・板 愛知県立美術館 木村定三コレクション


守一は、色彩の科学を研究しています。
また、海外の作家からも学んでいます。
06
ヤキバノカエリ 1956(昭和319年 油彩・キャンバス 岐阜県美術館
アンドレ・ドランの《ル・ペックを流れるセーヌ川》を下敷きに制作したと考えられます。
長女、萬の遺骨を抱いて帰る次女、榧、長男、黄、そして熊谷守一自身を描いています。

こちらはアンリ・マティスの《ダンス》からですね・・
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稚魚 1958(昭和33)年 油彩・板 天童市美術館


第3章 守一になった守一 1950-70年代
1950年代になると、赤い輪郭線に囲まれた明快な色と形を特徴とする作風がほぼ完成します。風景、静物、裸婦、動植物など良く知られる作品が生み出されます。
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ハルシヤ菊 1954(昭和29)年 油彩・板 愛知県立美術館 木村定三コレクション


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朝の日輪 1955(昭和30)年 油彩・板 愛知県立美術館 木村定三コレクション


HPの解説です。
熊谷守一(くまがい・もりかず 1880‐1977)は、明るい色彩とはっきりしたかたちを特徴とする作風で広く知られます。特に、花や虫、鳥など身近な生きものを描く晩年の作品は、世代を超えて多くの人に愛されています。
その作品は一見ユーモラスで、何の苦もなく描かれたように思えます。しかし、70年以上に及ぶ制作活動をたどると、暗闇でのものの見え方を探ったり、同じ図柄を何度も使うための手順を編み出したりと、実にさまざまな探究を行っていたことがわかります。描かれた花や鳥が生き生きと見えるのも、色やかたちの高度な工夫があってのことです。穏やかな作品の背後には、科学者にも似た観察眼と、考え抜かれた制作手法とが隠されているのです。
東京で久々となるこの回顧展では、200点以上の作品に加え、スケッチや日記などもご紹介し、画家の創造の秘密に迫ります。
明治から昭和におよぶ97年の長い人生には、貧困や家族の死などさまざまなことがありました。しかし熊谷はひたすらに描き、95歳にしてなお「いつまでも生きていたい」と語りました。その驚くべき作品世界に、この冬、どうぞ触れてみて下さい。


色と形の科学者 熊谷守一の画業をたどる
日本経済新聞

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2018.02.01

観てきた展覧会備忘録 2018年1月

博物館に初もうで  (会期終了)
日程 2018年1月2日(火) ~ 2018年1月28日(日)
東京国立博物館


TOP Collection アジェのインスピレーション ひきつがれる精神 (会期終了)
会期 2017年12月2日(土)~2018年1月28日(日)
東京都写真美術館


無垢と経験の写真 日本の新進作家 vol. 14 (会期終了)
会期 2017年12月2日(土)~2018年1月28日(日)
東京都写真美術館


生誕100年 ユージン・スミス写真展 (会期終了)
会期 2017年11月25日(土)~2018年1月28日(日)
東京都写真美術館


装飾は流転する 「今」と向きあう7つの方法
会期 2017年11月18日(土)~2018年2月25日(日)
東京都庭園美術館


松岡コレクション 屏風と掛軸
大画面の魅力・多幅対の愉しみ
会期 2017年10月4日(水)~2018年1月21日(日)
松岡美術館


古伊万里にみるうわぐすり展
会期 2018年1月7日(日)~3月21日(水・祝)
戸栗美術館


神聖ローマ帝国皇帝 ルドルフ2世の驚異の世界展
会期 2018年1月6日(土)〜3月11日(日)
Bunkamuraザ・ミュージアム


渡邊 耕一展 Moving Plants
会期 2018年1月13日(土)~3月25日(日)
資生堂ギャラリー


没後40年 熊谷守一 生きるよろこび
会期 2018年1月12日(金)~3月25日(日)
国立近代美術館


所蔵作品展 日本の工芸ー自然を愛でるー
会期 2017年12月1日(金)~2018年2月18日(日)
国立近代美術館工芸館


ポスターでみる映画史Part 3 SF・怪獣映画の世界
会期 2018年1月4日(木)~年3月25日(日)
国立近代美術館フィルムセンター


グレース・タン「Materials &Methods」
会期 2018年1月19日(金)~2月18日(日)
ポーラミュージアムアネックス


「本をめぐる美術、美術になった本-近代日本の装幀美本からブック・アートまで:1905-2004」
会期 2018年1月20日(土)~3月18日(日)
町田市民文学館ことばらんど


国宝 雪松図と花鳥 -美術館でバードウォッチング-
会期 2017年12月9日(土)~2018年2月4日(日)
三井記念美術館


野生展 飼いならされない感覚と思考
会期 2017年10月20日(金)~ 2018年2月4日(日)
21_21 DESIGN SIGHT


未来を担う美術家たち 20th DOMANI・明日展 文化庁新進芸術家海外研修制度の成果
会期 2018年1月13日(土)~2018年3月4日(日)
国立新美術館


クインテットIV 五つ星の作家たち
会期 2018年1月13日(土)~2月18日(日)
東郷青児記念 損保ジャパン日本興和美術館


色絵 Japan CUTE !
会期 2018年1月12日(金)~3月25日(日)
出光美術館


写真歴史博物館 企画写真展 「民俗写真の巨匠 芳賀日出男 伝えるべきもの、守るべきもの」
会期 2018年1月4日(木)~2018年3月31日(土)
フジフイルム スクエア

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2018.01.30

「本をめぐる美術、美術になった本-近代日本の装幀美本からブック・アートまで:1905-2004」

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「本をめぐる美術、美術になった本-近代日本の装幀美本からブック・アートまで:1905-2004」は、
町田市民文学館 ことばらんどで開催されています。


会期 2018年1月20日(土)~3月18日(日)

本に纏わる思い入れが伝わってきます。
展示会場壁面に綴られた文面がその思いを伝えています。
頑張ってメモしてきました。
装幀そのものが美術品ですし、作者との関係が楽しく、興味が尽きません。
再訪したい展覧会です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

第一章 夏目漱石にはじまる美本の世界
此書を公にするに就いて、中村不折氏は数葉の挿絵を描いてくれた。
橋口五葉氏は表紙其他の模様を意匠してくれた。
両者のおかげに因って文章以外に一種の趣味を添へ得たるは余の深く徳とする所である。
夏目漱石「吾輩は猫である」序
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(左)夏目漱石「四篇」 1910年  (右)二葉亭四迷訳「浮草」 1908年
装幀:ともに橋口五葉

漱石先生はその点で非常に気が楽だった。
「まかした以上相手を信頼する」と言うのが先生の信条だった。
津田青楓「装幀の話」

第二章 近代文学の成熟とともに ―多様化する装幀の世界
本屋の見世先で本を買った時、第一箱というものが邪魔なので、私は中味だけ持って本屋を出る。
ところが装幀がまだ気になる。
装幀が気になる第一は、材料の色と文様が生で、私の着物や持ち物と調和が取れない。
竹久夢二「装幀に就いての私の意見」


現下出版界に行われている装幀についての小生の意見は別にこれなく、只美しいと思う様なものにはめったにお目にかからず候。
夏目さんの自装のもの中々面白きものこれあり候。
徳川期の浄瑠璃正本其の他の表紙に、さすがに世界中に冠たる味を備えおり候。
岸田劉生「装幀に就いての私の意見」


私は自分の作品を単行本の形にして出したときに初めてほんとうの自分のもの、真に「創作」ができ上がったと言う気がする。
単に内容のみならず形式と体裁、例えば装幀、本文の紙質、活字の組方等、すべてが渾然と融合して一つの作品を成すのだと考えている。
谷崎潤一郎「装幀漫談」
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谷崎潤一郎 「鍵」 1956年 装幀:棟方志功 町田市民文学館 ことばらんど蔵

私も多年書籍の装幀をやってきたが、一冊を装幀するごとに仮綴の本と大差のない、単純なものしか作れなくなって来た。
用紙の色を選定し、活字の大きさを指定する。
ただこのことだけで実に素晴らしい本ができるのではあるが、依頼者の方では究極の美が其処にあるとはどうしても思ってくれない。
東郷青児「装幀のこと」
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コレット 「紫の恋」 1928年 装幀:東郷青児 個人蔵

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橋田東聲 「無限の道」 1933年 装幀:川端龍子  個人蔵


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小林秀雄著書 1931-1949年 装幀:青山二郎 町田市民文学館 ことばらんど蔵

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加納光於、滝口修造 「煌文庫1 掌中破片」 1979年 うらわ美術館蔵


書物における装幀の趣味は絵画に於ける額縁や表装と同じく一つの明白な、芸術の「続き」ではないか。
萩原朔太郎「装幀の意義」


たしかに物も書いた。絵も描いた装幀もしてみた。が、それらは生活のためと言うより、あくまで趣味の問題で、一つの仕事をするたびに原稿料の数倍もの金がかかったであろう。
白洲正子「いまなぜ青山次郎なのか」

第三章 「詩集」と「詩画集」 ―近代詩を彩る絵画」
本は文明の旗だ、その旗は当然美しくあらねばならない。
美しくない旗は、旗の効用を無意味若しくは薄弱にする。
美しくない本は、その効用を減殺される。
即ち本である以上美しくなければ意味がない。
恩地孝四郎「本というもの」
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吉田紘二郎著書1923-1935年 装幀:恩地孝四郎 個人蔵


第四章 町田市ゆかりの装幀家たち ―若林奮、赤瀬川源平、柄澤斎を中心に
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柄澤斎 「Hours」 1992年 うらわ美術館蔵

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若林奮 「7月の冷却と過熱 ミズキの一枝」 1986年 うらわ美術館蔵


第五章 美術になった本「本」なのか「美術作品なのか」 
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福田尚代 「佇む人たち」 2004年 うらわ美術館蔵

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2018.01.27

国宝 雪松図と花鳥 - 美術館でバードウォッチング -

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「国宝 雪松図と花鳥 - 美術館でバードウォッチング -」は、
三井記念美術館で開催されています。

会期 2017年12月9日(土)~2018年2月4日(日)

三井記念美術館新年恒例の「国宝 雪松図屏風」展示、今年は花鳥の(花鳥にまつわる)作品、花鳥図、茶道具、工芸品とともに展示しています。


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国宝 雪松図屏風(右隻) 丸山応挙 六曲一隻 江戸時代 北三井家旧蔵
応挙の作品で国宝に指定されているのは”この屏風のみ”です。
三井家の注文により特別に制作されたものとされる。

展示室 3 の 茶室「如庵」展示ケース には、国宝の志野茶碗「銘卯花墻」が展示されています。
02
国宝 志野茶碗「銘卯花墻」 桃山時代 室町三井家 旧蔵

04
鳥類真写図巻 渡辺始」興 紙本着色 江戸時代 新町三井家旧蔵
本上46枚全長17m余りに全部で63種の鳥が描かれている。
各図には多くの書き込みがあるが、色や形など描くときの参考としてのコメントがほとんどである。
鳥類真写図巻は博物学を好んだ近衛家煕の影響下で制作されたものと考えられ、円山応挙などの後世の絵師に大きな影響を与えた。
(キャプションから)

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蓬莱山・竹鶏図(三幅の中、左幅、右幅) 丸山応挙 江戸時代 北三井家旧蔵
松と鶏に楼閣山水の蓬莱山を中幅とし、左、右幅に竹と雌雄の鶏を描いている。
蓬莱山に鶏の組合せは珍しいが新春のおめでたい画題であることは想像できる。
(キャプションから)

名品ぞろいの展示品の中で、他に注目した作品は・・・・
小林古径の 「木菟図」

沈 南蘋の写実性に富んだ素晴らしい花鳥画。
北三井家に古くから伝来した沈 南蘋の11幅の作品から鳥が描かれた6幅を展示しています。
(円山応挙、伊藤若冲など江戸中期の画家に影響を与えたのも、うなずけますね)

東山御物として伝わった伝牧谿「蓮燕図」
江戸時代に数寄大名松平不昧の所持したもので昭和初期に三井家所蔵になった作品。
ハスの花托にとまるツバメを描いた”かれた”趣が素晴らしい。

・・・・等々です。
素晴らしい工芸品も!

HPの解説です。
国宝 雪松図屏風の新春公開にあわせ、館蔵品のなかから、今回は花鳥、なかでも「鳥」に焦点をあわせた展覧会です。鳥に関連した茶道具や工芸品、花や鳥が描かれた屏風や掛軸などを展示いたしますが、特に、渡辺始興筆「鳥類真写図巻」は、全長17m余りの長大な鳥類図巻で、近世の写生図を考える上でも重要な作品として知られています。今回はこの図巻の全図を一挙に展示いたします。

この鳥類真写図巻を収集したのは、新町三井家の三井高遂(たかなる)氏(1896~1986)ですが、高遂氏は、大正時代に東京帝国大学(現在の東京大学)の大学院で動物学(遺伝学)を修めました。小さいころからニワトリが好きで、大学での研究も鶏を研究し、卒業後の昭和8年には衣川氏との共著『家禽図鑑』を著しています。また昭和16年から亡くなるまで、全日本チャボ保存協会の会長を務められました。

このほか三井家では北三井家の7代高就(たかなり)(1786~1857)と9代高朗(たかあき)(1837~1894)が、鳥を趣味としており、特に高朗は亡くなったときに400羽以上の鳥を飼っていた記録があり、京都の博覧会に多くの飼鳥を出品した記録もあります。三井家は概して鳥好きの人が多かったようで、三井家の人が描いた鳥の絵も伝わっています。今回の展示は、三井家の鳥好きを反映した展示にもなっています。また、最近の新寄贈作品を3点紹介しますが、この中にも渡辺始興の花鳥画が含まれています。

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2018.01.24

民俗写真の巨匠 芳賀日出男 伝えるべきもの、守るべきもの

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写真歴史博物館 企画写真展 「民俗写真の巨匠 芳賀日出男 伝えるべきもの、守るべきもの」は、
フジフイルム スクエアで開催されています。

会期 2018年1月4日(木)~2018年3月31日(土)

六本木方面に行ったときには、必ずフジフイルム スクエアを訪れます。
特に、写真歴史博物館 企画写真展では、質の高い作品を観ることができます。
ミニ展示場ですが充実しています。

21_21 DESIGN SIGHTの野生展の後に行ってのですが・・・・野生展と通底するものを感じて・・・・忘れかけていたものを「しみじみとした思い」で鑑賞してきました。 


今回の企画展は撮影可でしたので、スマホで撮りました。
 
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供える
静岡県伊東市 新井神社 1995(平成7年)
祭りの日に、お神酒を三方にのせ、目より高く捧げて運ぶ。

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三十三回忌 鹿児島県大島郡和泊町国頭(沖永良部島) 1957(昭和32)年
墓前に故人の子孫が集まり、賑やかに祝い歌をうたい「お前風」を踊る。今日より死者が先祖神になったことを喜ぶ。沖永良部島の儀式「ミンブチ}

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田の神迎え
石川県鳳至郡能都町波並 1956(昭和29)年
田の神が座敷に入ると、家族そろって挨拶をする。長い間、土の中におられた苦労をねぎらい豊作を感謝する言葉を述べる。主婦は御馳走について、いちいち説明申し上げる。

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嫁入り
福島県田村郡三春町 1960(昭和35)年
花嫁は仲人の介添えで婚家の縁側から座敷に上がってくる。敷居をまたぐ時さしかけられた笠が空に投げっられる。あとに戻らぬまじないである。座敷の内側では婚方の親戚が祝言の謡曲「高砂」をうたいだす。

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一粒の種から
愛知県海部郡大地治村馬島 1956(昭和31)年
稲は一粒の種から生まれてくる。春の種まきの日に、握りしめた拳の間から種もみは水苗代にまかれ、静かに沈んでいく。その時誰もが田の神に、稲霊のよみがえりを祈る。

HPの解説です。
約60年以上にわたって日本のみならず世界各地のさまざまな祭礼を撮り続けてきた芳賀日出男は、民俗に対する独自の哲学に裏打ちされたその写真によって、単なる記録写真にとどまらない「民俗写真」の地位を確立した写真家です。
 芳賀日出男は、1921年、満州の大連(現・中国大連市)に生まれました。大学受験のために初めて踏んだ母国の地で、その豊かな季節感に衝撃を受けます。まさに春を迎えんとする季節の中、ぬるんでいく陽気につれて、梅や桜の蕾が開花していく美しい様は、若い芳賀の感性を大きく揺さぶるにふさわしいものでした。
 その後、進学した慶應義塾大学で、カメラ好きの父親の元で小学生の頃から写真を撮り続けていた芳賀は、カメラクラブに入り写真にのめりこんでいきます。もっぱら、勉学より写真に精力を傾けた芳賀でしたが、折口信夫の講義は民俗学に開眼する契機となり、後の芳賀に大きな影響を与えることになりました。
 卒業後は、日本の年中行事を中心に撮影を続け、1959年には丹念に稲作行事を追った『田の神』を出版。以後も精力的に各地の習俗を撮り続け、当初はなかなか認知されなかった民俗写真の第一人者として、1970年の大阪万国博覧会では<お祭り広場>のプロデューサーにも任命されました。
 本展「民俗写真の巨匠 芳賀日出男 伝えるべきもの、守るべきもの」では、これまで撮影された40万点にものぼる作品から、芳賀日出男の原点ともいえる稲作儀礼を中心とした祭礼と人生儀礼をテーマにした約30点を展示します。「季節に合わせて祈るという心豊かな宗教的風土をもっているのが日本人だ。(中略)文明がもたらす利益は多々あるが、失ったものも多いことに気づいていただきたい。そのひとつが祭礼だろうと思う。祭礼には民の願いや叫び、報謝が籠められているものが多い。」(芳賀日出男『写真民俗学』、KADOKAWA、2017年)あらゆる場所に宿る神々と共に生き、日々の恵みに感謝を捧げてきた日本の祭礼を確かな眼差しでとらえた芳賀の作品は、私たちが生きている「今」という時間を紡いでくれた古(いにしえ)からの長い時間の連なりに思いを馳せるとともに、豊かな美しい自然の恵みに改めて畏敬の念を起こさせてくれます。


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2018.01.22

「野生展:飼いならされない感覚と思考」

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「野生展:飼いならされない感覚と思考」は、
21_21 DESIGN SIGHTで開催されています。


会期 2017年10月20日(金)~ 2018年2月4日(日)

この展覧会のディレクター、中沢新一氏のメッセージ

「人間みんなが同じ世界に生き、同じような体験をして、夜見る夢も同じようになっていく現代に、まだ管理され尽くしていない、まだ飼いならされていない心の領域が、どこかに生き残っている。私たちはそれを「野生の領域」と呼ぶことにした。

この「野生の領域」に触れることができなければ、どんな分野でも新しい発見や創造は不可能だ。

どうやったら、私たちは心の中の「野生の領域」に触れることができるか、どうしたらそこへの通路を開くことができるか。生活と仕事の中でこの「野生の領域」への通路を開く鍵を発見することが、「野生展」のテーマである。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

丸石信仰(自然信仰)から始まり、南方熊楠の思考方法における「野生発見方法の着想」。
「野生の依り代」としての土偶、埴輪など・・・
野生の化身としてのかわいい玩具など。
さらに、芸術における研究やインスピレーションのフィールドを「野」ととらえ、大地に根付いた思考、信仰などから生まれた、仮面、人形、映像などを展示しています。

(南方熊楠の思考、方法論を上手く解説していました)
実践的な科学者であった熊楠は、世界の真実のありさまは「因果関係」のような狭いデータ処理方法ではとらえることができないことを体験でよく知っていました。熊楠は科学者であると同時に、仏教思想にも深い知識と理解を持っていましたから、「因果」の論理を超える「縁起」のネットワークによって、はじめて世界の実相はわかると考えました。そしてこの「縁起」の超論理を土台に据えた新しい科学方法論を構想したのです。


展覧会の構成は次の通りです。
野生への入り口
脳の中の森 - 南方熊楠の発見方法
「かわいい」の考古学:野生の化身たち
野(の)をひらく鍵


展示風景です。
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この展覧会は一部の展示品を除いて撮影可です。(条件あり)
以下にまとめてみました。


HPの解説です。
21_21 DESIGN SIGHTでは、2017年10月20日より企画展「野生展:飼いならされない感覚と思考」を開催します。展覧会ディレクターには、思想家で人類学者の中沢新一を迎えます。中沢は、各地のフィールドワークを通じて、時代や領域を横断し、学問の垣根を超えた研究を行ってきました。

人間の文化と生活には、心の土台となる「野生」の能力が欠かせません。私たちのもつ本能であり、知性でもある野生は、創造力に大きな刺激を与えるきっかけになります。たとえば、明治時代の日本が生んだ大博物学者、南方熊楠(みなかたくまぐす)は、偶然の域を超えた発見や発明、的中(てきちゅう)を「やりあて」と呼び、それを繰り返すことで、粘菌学の領域をはじめ神話学や民俗学にも優れた足跡を残しています。熊楠のような思考の跳躍は、ものづくりや表現の歴史においても、度々その例を見いだすことができます。

理性や合理性ばかりが前面にあらわれる現代においても、野生の感覚と思考は、いまだ失われていません。中沢は、「私たち人間の内に潜み、『まだ飼いならされていない心の領域』こそが、今まさに大切になってきている『野生』のすみかである」と言います。

現代における野生とはなにか。自身の内に潜む野生をどのように見いだすのか。見たことのない物事の意味をどのように理解し、表現するのか。本展では、現代の表現者たちのもつ野生の魅力に着目し、さまざまな作品や資料を通して、その力を発動させるための「野生の発見方法」を紐解いていきます。

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2018.01.18

生誕100年 ユージン・スミス写真展

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生誕100年 ユージン・スミス写真展は、
東京都写真美術館で開催されています。

会期 2017年11月25日(土)~2018年1月28日(日)


「写真は、せいぜい小さな声に過ぎないが、ときたま ― ほんの時たま ― 1枚の写真あるいは1組の写真が我々の意識を呼び覚ますことができる。
私は写真を信じている。
もし十分に熟成されていれば、写真は、ときにはものを言う。
それが私 ― そしてアイリーン ― が水俣で写真を撮る理由である」
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水俣問題の中央公害審査委員会 東京1973年頃
© Aileen M. Smith
ユージン・スミスというと、やはり水俣に取材した写真でしょうか、日本人にとっては・・・
ユージン・スミスは、日本に特別な思い入れがあるようです。
若き日の日本人写真家との出会い、第二次世界大戦の沖縄、そして水俣・・・・・
ライフ誌で手掛けた、多くのフォトエッセイから続くユージン・スミスの仕事を150点の作品で概観しています。

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「私がねらっていたのは、それを見た人々には”これが戦争なのだ”と言ってもらえる。
戦争に行ったことのある人には”私が正しく彼らの体験を捉えている”と思ってもらえるひと組の写真だった。
私は、戦争は悲惨だと言う捉え方で仕事をしてきた。
これらの写真で試みてきた事を私はこれからも続けていきたい。
戦争は、この世の縮図であり、様々な事柄が、ごまかしようもなく鮮明に現れる。
人種的偏見・貧困・憎悪・偏狭は平時の生活のうちにも蔓延するが、戦争の中でほど否応なくはっきりとは捉えられない。
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発煙手榴弾で追い立てられる民間日本人 サイパン 1944年
© 2017 The Heirs of W. Eugene Smith

「私は今なお真実を必死に追い求めている。
いかにしてピクチャーストーリーを仕上げるかと言う答えを見出そうと努めている。
ほとんどの作品は、写真に絵画的、編集的一貫性を持たせるため、ある程度の演出・再構成・ト書きを必要とする。
とは言え写真をよりドラマチックにし商業的価値を高めると言うだけの理由でこうした細工を施すのは現実の歪曲につながる。
私は私自身のやり方に固執する。それが正当性を持つ限りにおいてではあるが」


展覧会の構成は以下の通りです。
1. 初期作品
2. 太平洋戦争
3. カントリー・ドクター
4. イギリス
5. スペインの村
6. 助産師モード
7. 化学の君臨
8. 季節農場労働
9. 慈悲の人
10. ピッツバーグ
11. ロフトの暮らし
12. 日立
13. 水俣

01
ウォーターライドのカップル ニューヨーク郊外 1941年
© 2017 The Heirs of W. Eugene Smith

03
馬に蹴られて負傷した少女緊急処置をほどこす デンヴァー郊外 1948年
© 2017 The Heirs of W. Eugene Smith

04
三世代の炭鉱労働者 ウェールズ 1950年
© 2017 The Heirs of W. Eugene Smith

05
ゴーグルをはめた鉄鋼労働者 ピッツバーグ 1955年
© 2017 The Heirs of W. Eugene Smith

06
通夜 スペイン 1950年
© 2017 The Heirs of W. Eugene Smith

07
建設現場のシュヴァイツァー ガボン 1954年
© 2017 The Heirs of W. Eugene Smith

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巨大な鉄製暗渠の検査 日立 1961年頃
© 2017 The Heirs of W. Eugene Smith

HPの解説。
W.ユージン・スミス(1918-1978)は、写真史上、もっとも偉大なドキュメンタリー写真家のひとりです。グラフ雑誌『ライフ』を中心に「カントリー・ドクター」、「スペインの村」、「助産師モード」、「慈悲の人」など数多くの優れたフォト・エッセイを発表し、フォト・ジャーナリズムの歴史に多大な功績を残しました。
とりわけ日本とのかかわりが深く、17歳のときニューヨークで偶然であった日系写真家の作品につよい感銘をうけ写真の道を志すきっかけになったこと、太平洋戦争に従軍して、戦争の悲惨で冷酷な現実をカメラで世に伝えんとして自らも沖縄戦で重傷を負ったこと、戦後の日本経済復興の象徴ともいえる巨大企業を取材した「日立」、その経済復興の過程で生じた公害汚染に苦しむ「水俣」の漁民たちによりそった取材などがあります。
本展覧会は、生誕100年を回顧するもので、スミス自身が生前にネガ、作品保管を寄託したアリゾナ大学クリエイティヴ写真センターによる協力のもと、同館所蔵の貴重なヴィンテージ・プリント作品を150点展示します。情報あふれる現代社会に生きる私たちにとって、ジャーナリズムの原点をいま一度見つめ直すきっかけになることでしょう。

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2018.01.16

色絵 Japan CUTE !

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「色絵 Japan CUTE !」展は、
出光美術館で開催されています。


会期 2018年1月12日(金)~3月25日(日)

展示会場の冒頭で、色絵の器を、寿ぎのモチーフ・季節のモチーフ(春・夏・秋)に分けて紹介し
次のコーナーでは小袖の摸様、文学の景色を反映した器
さらに、西欧を魅了した柿右衛門・古伊万里と、模倣(応用)して作られたウースター窯、チェルシー窯などの作品を並置して分かり訳す解説しています。

後半では、丸文・多角形・などの器形・摸様に分類して
また、青と緑・赤の色彩の組み合わせと、花模様の数々を表した器

最終章では、茶会に用いられる多様な器が展示されています。(輸出用のものも含めて)

江戸時代前期から、明治、昭和(展示数は少ないですが)までの色絵を施した器を分かり易く解説した展覧会になっています。

柿右衛門、鍋島、乾山、仁清の作品が、やはり印象に残りました。
色絵の器の中で、これらの作品の位置づけを再確認するのにも役立つ展覧会だと思いました。

展覧会に構成は以下の通りです。
第1章 季節を祝う、慶びを贈る
第2章 ファッションと文学
第3章 Japan CUTE、世界を駆ける
第4章 かたち・色 百花繚乱
第5章 色彩茶会(カラフル・ティーパーティ)

01
色絵七福神文酒器 古伊万里 江戸時代中期
欧州へ輸出された古伊万里の酒器。
七福神や美しい飾りがついていて、欧州に美しい色絵への憧憬を掻き立てた。

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色絵花鳥文大皿 古伊万里 江戸時代中期 出光美術館蔵

03
色絵紅葉文壺 尾形乾山 江戸時代中期 出光美術館蔵
小さな壺をあざやかな緑色で塗りこめ、その上に星のような形に抽象化した紅葉文を、型紙摺であらわしています。紅葉文の中央は赤・青・黄・黒といったさまざまな色彩で飾られ、素朴な筆づかい
とあいまって、にぎやかな可愛らしい器になっています。(キャプションを引用しました)

04
色絵梅菊文水注・ティーカップ ドイツ・マイセン窯 18世紀 出光美術館蔵

05
色絵菊花文鉢 江戸時代前期 出光美術館蔵

06
色絵花鳥流水紋蓋者 柿右衛門 江戸時代前期 出光美術館蔵
白くなめらかな白磁に流水文が彫られ、その波間に浮かぶように藍・赤・緑の菊花が漂っています。流水文は流麗な線をみせ、白い陰影の効果は、浮世絵の「空摺を連想させます。清明な色彩にもまして、柿右衛門色絵の見どころといえるのが、乳白色の白磁の美しさです。(キャプションを引用しました)

07
色絵熨斗文茶碗 野々村仁清 江戸時代前期 出光美術館蔵
ゆったりとした椀形の茶碗に金彩で縁取りをした赤・藍・水色の熨斗がめぐっています。熨斗文は祝儀に用いる吉祥意匠で、友禅染などにも使われました。椀をめぐる熨斗の動きはよどみなく明るく澄んだ色調、ほつれた根元おの部分を表あらわす表す繊細な金彩など茶席においてどの角度から見ても美しく人々を魅了したことでしょう。
(キャプションを引用しました)


HPの解説。
色絵は、古九谷・柿右衛門・鍋島といった磁器や、野々村仁清(ののむら にんせい)・尾形乾山(おがた けんざん)の京焼に代表される、江戸時代に花開いたカラフルなやきものです。
将軍家や御三家への贈物として、佐賀・鍋島藩で作られた特別なうつわ〈鍋島〉に宿るのは、こまやかな季節の移ろいに心を寄せ、上巳(じょうし 雛祭)や七夕(しちせき)といった「五節句」に季節を祝う、日本人の繊細な季節感です。小袖意匠をアレンジした〈古九谷〉には、流行に敏感で、時に大胆なデザインを生活に取り入れる、斬新なファッション性がみられます。
仁清や乾山の京焼を飾る和歌・能の意匠は、豊かな文学の伝統を、遊戯性あふれる宴のうつわに仕立てたもの。そして欧州の王侯貴族など、世界を魅了した〈柿右衛門〉〈古伊万里〉は、カラフルで楽しい日本デザインに、国境を越えて人々を幸せにする、普遍的な魅力があることを物語っています。
色絵は、狭義には釉薬(ゆうやく)をかけて焼いてから、色絵具で絵付けをしたやきものです。しかしこの展覧会では「色絵」をより広く、カラフルな色彩の美を楽しむやきものとしてご紹介いたします。日本文化の多彩な特性を映し出す、絢爛として愛らしい色絵の世界を、どうぞお楽しみください。

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