2017.11.18

ゴッホ;天才の絵筆 (2009年公開映画)

未だ見ていないのですが・・・公開中の映画「ゴッホ 最後の手紙」が評判です。
―世界初、全編が動く油絵で構成される体感型アートサスペンス映画―

この映画には日本人画家として古賀陽子氏が参加しました。

古賀陽子氏は「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」開催(東京都美術館で開催中)に際して行われた《恋人たちのいるラングロアの橋》の復元プロジェクトに参加しています。
その作品は開催中の東京都美術館に展示されています。

この展覧会には浮世絵も沢山展示されていて、パリ以降のゴッホ作品への影響を検証しています。
(印象派から受けた影響とともに・・)

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丸の内の三菱一号館美術館で開催中の「パリ♥グラフィック ロートレックとアートになった版画・ポスター展」はアムステルダム、ファンゴッホ美術館との共催です。
ゴッホ美術館所蔵の保存状態の良い美しい浮世絵も少数ですが展示されています。
ロートレックもジャポニズムの影響を受けた作品を作りました。ゴッホはロートレック、シニャックらとも交流がありました。


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都美と一号館の展覧会を観てこの映画をを思い出しました。
ゴッホ関連映画、ドキュメンタリーは沢山ありますね。
ゴッホは他殺だった!なんていうのも外国の昔のテレビドラマにはありました。

映画「ゴッホ;天才の絵筆」は短編映画(40分)で、ゴッホの生涯と作品を分かり易く紹介していて、お勧めです。
「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」展に出展されている作品も登場します。

製作国:フランス / 上映時間:40分
監督
フランソワ・ベルトラン
脚本
フランソワ・ベルトランピーター・ナップマリー・ゼリアー
出演者
ジャック・ガンブランピーター・ナップヘレネー・スザレ

Photo

エッフェル塔がそびえ立つパリ
今夜 その姿を描く
夜に描くことが好きだ
でも そんな人生は終わった

1990年
「医師ガシェの肖像」が8200万ドルで落札された
生前 売れた絵画は一枚だけだったのに

今は多くの美術館が私の絵を所蔵する
パリのオルセー美術館には20点ほどある
人々は 絵画や画家の逸話に興味を持ち 訪れる

私の逸話と言えば 自分の耳を切り取った事件がある
そして 37歳で自殺未遂を図った事件も

そんな私の作品には 今は高値がつく
時々 人々が興味を示すのは 絵だけのように思える
例外があると信じたい

彼がそうだ
名前はピーター・ナップ
写真家であり映画製作者で 私の絵に夢中だ

私が絵を描いていた場所を訪れる彼の姿を追おう

この絵を覚えているぞ 我ながら満足な出来だ
コバルトブルーの空にバイオレットの教会
窓にはウルトラマリンを使った
屋根にはバイオレットとオレンジ

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エレン・バクハイズのことも気に入っている

私は死んでからの方が 女性に興味を持たれる
生前の私は 神経質で気難ししかったのだと思う 

勤続一年のエレンは ゴッホ美術館の地下で
一人作業をする

緑色の箱に 私の絵が入っている
別の部屋には 弟のテオに送った手紙がある

その数は900通に上る
ほぼ毎日書いた

エレンは私が苦悩した理由を見出そうとしている
読みにくいだろうに
私の文章には句読点はなく フランス語もおぼつかない
画家になったとき フランス語で書くと決めたのだ

テオとの手紙のやり取りを軸に、ゴッホを取り巻く人物が描かれます。

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私が最後を過ごした二週間は
オーヴェル・シュル・オワーズダだ

オーヴェルに住むピーターは
私が住んでいた場所を訪れる 訪れる彼を追うのは楽しい


映画はゴッホが描いた美しい景色とゴッホの作品が重なり合って進行します。
ゴッホ自らが解説するというかたちで・・・・・

10年に満たない画家として生活、900点に上る作品をひたすら描き続けた37年の生涯をこの映画は何とも美しい映像で描いています。

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2017.11.17

上野文化の杜 TOKYO数寄フェス2017

上野文化の杜 TOKYO数寄フェス2017は、上野恩賜公園(不忍池一帯, 噴水前広場 ほか), 東京国立博物館,
東京都美術館, 東京文化会館, 谷中地域 ほかで開催されています。

期間 2017(平成29)年11月10日(金)~11月19日(日), 10日間

昨年より開催期間が延びた分、チョット間延びした感があるかなぁ~

プログラムリストを参考にして、行く日を決めた方が良いかも知れません。
と言ってもこの日曜日が最終日ですが・・・

私は別目的で行ったので、短時間で・・・噴水広場と弁天堂前広場での展示を見てきました。


今年の数寄フェスを象徴するような(私が勝手にそう思った・・)インスタレーションをスマホで撮ってきました。


プラテネス-私が生きたようにそれらも生き、私がなくなったように、それらもなくなった-
大巻伸嗣

公園ができる以前、この場所一帯には寛永寺の仏閣が立ち並んでいました。災害や戦争を経て、明治初期に公園となりました。本作品では、寛永寺の山門「文殊楼」をモティーフに、かつてここに存在したものや時間、空間、記憶の連鎖を体感させる大型インスタレーションを展開します。

201702

ライトアップアップ
201701

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HPの解説。
上野恩賜公園を舞台に、アートで日本文化を世界に発信し、
開催3日間で32万人強の来場者で賑わった昨年の「TOKYO数寄フェス」。
今年はディレクターも新たに、アートが公園を飛び出して街中にも展開、
さらに会期を10日間に延長して開催します。

1876(明治9)年5月に日本初の公園として上野恩賜公園が開園して以来、博物館、美術館、芸術大学、動物園、音楽ホールなど多くの重要な文化施設が一つの公園一帯に集まり、世界でも類を見ない文化芸術拠点が集中するエリアとして発展してきた上野。この地に関わりのある機関・団体が相互に協力し、「上野文化の杜」という連携組織を作り、日本文化と芸術を国内外へ発信する様々なプロジェクトを展開しています。
その活動の一環として、昨年10月『TOKYO数寄フェス』を上野で3日間にわたって開催しました。近代日本美術の発展に大きな功績を残した岡倉天心が茶の湯の文化を通して日本の文化芸術の精神を紹介した『茶の本』の思想を背景とし、上野恩賜公園敷地内に広がる様々な文化施設を舞台に、天心が同書で語った《数寄》という言葉を軸にアート作品やワークショップ、コンサートを展開。日本や東京を「数寄(=好き)」になるコンテンツを、32万人が体感しました。


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2017.11.16

トーハクの一品(その1) 火事羽織

トーハク(東京国立博物館)は頻繁に訪れるのですが、特別展、企画展を観終わると疲労感があって、何時も平常展はさらっと流して観賞ということになります。
記録に残すこともめったにないので・・・・
気になった一品を少しづつ投稿してみようと思います。
スマホで撮っています。定期的に展示替えが行われますので、必ず展示されているわけではありません。


火事羽織
紺木綿地刺子人物摸様 

江戸の町方では鳶職の人々が組体制で火消しの役割を果たした。
表は籠目摸様を型染にし、木綿地を刺し子にして防火を強化した。
無事鎮火したあかつきには、描絵摸様を見せて市中を歩いた。
衿には火消しの組名「平野」の文字を染める。
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颯爽とした、鯔背(いなせ)な姿が想像できますね。


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火事羽織
猩々緋羅紗地波鯉摸様(抱き茗荷紋付)
江戸屋敷に在住する大名家では、男性だけでなく女性も、江戸の火事に備えて火事装束を整えた。
鮮やかな色の羅紗地に刺繍を施し、あるいは燻革(ふすべがわ)を用いた兜頭巾を着し、羅紗の羽織に織物の袴で登場。
火事場の活躍よりもむしろ火事装束の華やかさを競った。
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火消しの様子を描いた浮世絵版画もありますね。
写真に撮った記憶がありますが・・・

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2017.11.13

シャガール 三次元の世界

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「シャガール 三次元の世界」は、
東京ステーションギャラリーで開催されています。


会期 2017年9月16日(土)~12月3日(日)


彫刻家シャガール?ってあまり想像できなかったのですが「シャガールはシャガールでした」当たり前ですけど・・・・

シャガールが彫刻制作を始めたのは1951年、すでに63歳になっていました。

深みのある鮮やかな色彩の平面作品に登場する、抱き合い浮遊する男女、山羊、動植物のモティーフはそのまま彫刻にも登場します。
聖書に取材した一場面もシャガールの作品にはよく使われます。


この展覧会のタイトルは「シャガール 三次元の世界」ですが、油彩・水彩作品が70点展示されていて平面作品も楽しめます。
そして60点の陶器・彫刻作品とその下絵、素描、版画等でシャガールの全体像を概観できる展覧会にもなっています。

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この展覧会のタイトルを象徴する作品。

シャガールの誕生日(28歳)に恋人のベラが花を抱えて部屋を訪れた場面。
この2週間後に2人は結婚することになります。
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《誕生日》 1923年 AOKIホールディングス像


同じ様なモチーフの彫刻作品。
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《二つの頭部と手》 1964年 個人蔵

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シャガールは1910年パリに赴き、5年間の滞在の後、故郷ヴィチェプスク(現ベラルーシ)に戻る。
(ロシア時代、パリに赴いた当初は、新印象派、キュビズムに影響を受けたような作品を制作しています。この時代の作品も展示されたいます)
10月革命(1917年)後のロシアでしばらく生活しますが、1922年、故郷に見切りをつけ、ベルリンを経由して1923年にはふたたびパリへ戻ります。

パリに戻った翌年の作品。
この頃からシャガールの奔放な想像力は次第に影をひそめ、より古典的な趣が前面に出てくる。
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《二重肖像》 1924年 名古屋市美術館蔵


1941年、第二次世界大戦の勃発を受け、ナチスの迫害を避けてアメリカへ亡命した。
亡命後の1943年に完成した作品。
シャガールはたびたび愛する者同士の結びつきを二重肖像として描いています。
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《たそがれ》 1938-43年 個人臓

1948年、シャガールは再度フランスに戻ります。
(ベラはパリに戻る直前にアメリカで亡くなります。後に再婚)
2年後に南フランスに移住してから陶器を作り始めます。
ピカソ、マチスもこの頃制作しています。

シャガールの立体作品への挑戦は、まず陶器において始まりました。
下絵も展示されています。
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《青色ロバ》 1954年 個人蔵
(左が背面)(右が正面)
 

立体への志向を(動物モチーフ)―(肖像、二重肖像)―(重なり合う形)―(垂直性)に分類して平面作品とともに紹介しています。

ヤコブの肩に梯子が掛かり、天使が梯子を昇っていきます。
素材を生かした構成になっています。
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《ヤコブの梯子》 1973年 個人蔵

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《地上の楽園》 1969年 個人蔵

道化師、山羊、ラッパを吹く人物、月、紫色の裸婦、そして下部には俯瞰した街並み、如何にもシャガールらしい構成ですね。
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《紫色の裸婦》 1967年 個人蔵


展覧会の構成は以下の通りです。
■絵画から彫刻へ――《誕生日》をめぐって
■空間への意識――アヴァン・ギャルドの影響
■穿たれた形――陶器における探究
■平面と立体の境界――聖なる主題
■平面と立体の境界――素材とヴォリューム
■立体への志向――動物モチーフ
■立体への志向――肖像、二重肖像
■立体への志向―― 重なり合う形
■立体への志向―― 垂直性

HPの解説。
画家、版画家として著名なマルク・シャガールですが、晩年に多くの彫刻を制作していたことはあまり知られていません。シャガールが彫刻制作を始めたのは1951年、すでに63歳になっていました。この時点で、ブランクーシやジャコメッティといった彫刻家たちによって、またピカソやマティスなどの創意に富んだ彫刻作品によって、20世紀彫刻の造形言語は大きく書き換えられていました。しかしシャガールは、さまざまな新しい試みを知らないかのように、全く独自の、他のどんな20世紀彫刻とも似ていない作品を創り出します。


【東京サイト】2017年11月7日(火)「シャガール 三次元の世界」

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2017.11.10

「あこがれの明清絵画」展

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「あこがれの明清絵画」展~日本が愛した中国絵画の名品たち~は、
静嘉堂文庫美術館で開催されています。

会期 2017年10月28日(土)~12月17日(日) 休館日:月曜日


美術の世界では(展覧会では)「中国憧憬」という言葉はよく使われますが、憧れそして学んできたのですね。
この展覧会でも、本物と摸本が並べて展示されています。

思い込みが影響してしまうのでしょうか?藍瑛作(本物)の方がメリハリの利いた感じを持ちました。

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(左)重要文化財 藍瑛(らんえい)「秋景山水図」
明時代・崇禎(すうてい)11年(1638)
(右)重要文化財 谷文晁「藍瑛筆 秋景山水図模本」
江戸時代・18~19世紀
(谷文晁、下の部分チョット端折ってますね)

会場入り口には狩野探幽の「張翬筆 山水図摸本」も本物と並んで展示されています。


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明代の花鳥画は呉派(江蘇省蘇州市を中心に活動した)による水墨花卉図の系譜と宮廷画院を中心とする浙派による着色花鳥図の系譜が大きな流れとして挙げられる。特に宮廷画家である呂紀による豪華で力強い画風はその後の着色花鳥画の規範となり狩野派をはじめ日本の画風に大きな影響を与えた。


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呂紀の系統を示す「花鳥図」 明時代 16世紀


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余崧「百花図巻」(部分)
清時代・乾隆60年(1795)

江戸時代の日本画家を夢中にさせた沈南蘋の作品がチラシに使われています。猫ちゃんの視線が気になります。(谷文晁はこの作品も模写しています)
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沈南蘋「老圃秋容図」
清時代・雍正9年(1731)

そして明代を代表する 李士達の傑作、この雄大なそして深遠な風景は見事です!
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重要文化財 李士達「秋景山水図」
明時代・万暦46年(1618)

展覧会の構成は以下の通りです。
■初めに~静嘉堂の明清絵画コレクション~
■明清の花鳥画明清絵画
■明清の道釈人物・山水画
■文人の楽しみと明清の書跡

HPの解説 
深遠な山水から愛らしい猫まで多様な様相をみせる中国・明清時代(1368~1912)の絵画は、江戸時代以降の日本でも多くの画家たちの憧れの的でした。静嘉堂の明清絵画コレクションは、質量ともに国内有数のコレクションとして知られていますが、本展ではその中から、日本の画家に多大な影響を与えた沈南蘋(しんなんぴん)の代表作をはじめ、日本が愛した中国絵画の名品を精選し展示いたします。


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2017.11.06

円覚寺 建長寺 宝物風入れ

円覚寺建長寺の「宝物風入れ」に行ってきました。

日程:平成29年11月3日(金・祝)~5日(日)の3日間

数年前にも行っていますが・・・・快晴に誘われて行ってきました。
三連休の中日とあって、鎌倉駅周辺は大混雑、北鎌はそれほどでもありませんでした。

工芸品、絵画作品は勿論素晴らしいのですが、古文書(書状など)は歴史的、社会的背景を詳らかに表していて興味深く見てきました。勿論解説のみでの理解ですが・・・古文書解読もっと勉強しないと!
多くの展示品が重要文化財指定です。


円覚寺宝物風入れ
2017

以下に展示品の一部を記します。

第一展示場(大方丈) 
■工芸類
201701
椿梅竹文堆朱盤 南宋~元時代

■法衣類(毎年一部を展示)

■袱紗類(毎年一部を展示)

■その他の宝物
201702
五百羅漢図 絹本着色 元時代・室町時代・江戸時代
DNPによる複製も展示されていました。

201703
仏涅槃図 絹本着色 鎌倉時代

201704
被帽地蔵菩薩 絹本着色 高麗時代
被帽地蔵菩薩ってあまり見ないですよね。

201711
北条時宗書状(拝請状)円覚寺文書のうち  
弘安元年(1278)12月23日
建長寺開山の蘭渓道隆が亡くなった後、執権・北条時宗(円覚寺開基)は新しい禅の指導者を中国に求めました。このときの依頼状です。これに応じて来日したのが円覚寺開山の無学祖元です。

201712
養儼院手箱(梨地螺鈿海獣蒔絵手箱) 江戸時代
徳川家康の側室・養儼院(お六の方)が円覚寺に奉納した手箱

201705
百衣観音図  伝牧谿筆 絹本墨画 元時代
観音が岩上で片肘をつきながら水面に映る月を眺めている姿から水月観音ともいわれています。


第二展示場(大書院 呈茶室)
201706
無学祖元像・・・自賛 絹本着色 弘安7年(1284)
無学祖元(仏光国師1226~85)は円覚寺開山です。
北条時宗の招請により来日しました。

201707
虚空蔵菩薩像 絹本着色 鎌倉時代

201708
銅造阿弥陀如来及び両脇地蔵  文永8年(1271)
長野・善光寺の本尊を模した、いわゆる善光寺式阿弥陀三尊像


第二展示場(大書院)
201709
足利義満額草 円覚寺文書のうち 室町時代
室町幕府三代将軍・足利義満の筆になる、円覚寺正続院殿堂の額字

201710
鍾馗像 山田道安筆 絹本墨画淡彩 室町時代
山田道安は戦国時代の武将です。

臨済宗大本山 円覚寺
開山
鎌倉時代後半の弘安5年(1282)、ときの執権北条時宗が中国・宋より招いた無学祖元禅師により、円覚寺は開山されました。開基である時宗公は18歳で執権職につき、無学祖元禅師を師として深く禅宗に帰依されていました。国家の鎮護、禅を弘めたいという願い、そして蒙古襲来による殉死者を、敵味方の区別なく平等に弔うため、円覚寺の建立を発願されました。


名前の由来
円覚寺の寺名の由来は、建立の際、大乗経典の「円覚経えんがくきょう」が出土したことからといわれます。また山号である「瑞鹿山ずいろくさん(めでたい鹿のおやま)」は、仏殿開堂落慶の折、開山・無学祖元禅師の法話を聞こうとして白鹿が集まったという逸話からつけられたといわれます。無学祖元禅師の法灯は高峰顕日こうほうけんにち禅師、夢窓疎石むそうそせき禅師と受け継がれ、その法脈は室町時代に日本の禅の中心的存在となり、 五山文学や室町文化に大きな影響を与えました。


歴史
円覚寺は創建以来、北条氏をはじめ朝廷や幕府からの篤い帰依を受け、寺領の寄進などにより経済的基盤を整え、鎌倉時代末期には伽藍が整備されました。 室町時代から江戸時代にかけて、いくたびかの火災に遭い、衰微したこともありましたが、江戸時代後期(天明年間)に大用国師だいゆうこくしが僧堂・山門等の伽藍を復興され、宗風の刷新を図り今日の円覚寺の基礎を築かれました。 明治時代以降、今北洪川いまきたこうせん老師・釈宗演しゃくそうえん老師の師弟のもとに雲水や居士が参集し、多くの人材を輩出しました。今日の静寂な伽藍は、創建以来の七堂伽藍の形式を伝えており、現在もさまざまな坐禅会が行われています。


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建長寺の宝物風入れ
2017_2

円覚寺の展示と比べると少々見劣りする感じはしますが・・・・もちろん一見の価値ありです。

画像が手元にないので残念ですが、「沢庵 宗彭墨蹟」「一休禅師墨蹟」「賢江祥啓筆 三十三観音図」「狩野探幽筆 達磨図、維摩像・達磨図、十六善神図」「伝牧谿筆 猿猴図」などが印象に残りました。
「伝狩野元信筆 花鳥図」の展示もありましたが退色が著しく、残念でした。 
「蘭渓道隆像・・・自賛」「大覚禅師法語規則」は国宝に指定されています。  

話はそれますが・・・・
花見(桜)は建長寺の勝ちかも知れませんね。
去年撮った動画です。

紅葉はいい勝負かなぁ~
円覚寺かなぁ~
両寺とも、この日の色づきは?まだまだでしたよ!

大本山 巨福山 建長寺
開 山
開山大覚禅師は中国西蜀淅江省に生まれた。名は道隆、蘭渓と号した。

十三歳のとき中国中央部にある成都大慈寺に入って出家、修行のため 諸々を遊学した。のちに陽山にいたり、臨済宗松源派の無明惠性禅師について嗣法した。そのころ中国に修行に来ていた月翁智鏡と出会い、日本の事情を聞いて からは日本に渡る志を強くしたという。禅師は淳祐六年(1246)筑前博多に着き、一旦同地の円覚寺にとどまり、翌宝治元年に知友智鏡をたよって泉涌寺来 迎院に入った。智鏡は旧仏教で固められている京都では禅師の活躍の場が少ないと考えたのであろう、鎌倉へ下向するよう勧めた。こうして禅師は鎌倉の地を踏 むことになった。日本に来てから三年後のことと思われる。時に三十六歳。

鎌倉に来た禅師はまず、寿福寺におもむき大歇禅師に参じた。これを知った執権北条時頼は禅師の居を大船常楽寺にうつし、軍務の暇を見ては禅師の元を訪れ道を問うのだった。そして、「常楽寺有一百来僧」というように多くの僧侶が禅師のもとに参じるようになる。

そして時頼は建長五年 (1253)禅師を請して開山説法を乞うた。開堂説法には関東の学徒が多く集まり佇聴したという。こうして、純粋な禅宗をもとに大禅院がかまえられたが、 その功績は主として大覚禅師に負っているといえる。入寺した禅師は、禅林としてのきびしい規式をもうけ、作法を厳重にして門弟をいましめた。開山みずから 書いた規則(法語規則)はいまも国宝としてのこっている。 禅師は鎌倉に十三年いて、弘長二年(1262)京都建仁寺にうつり、その後また鎌倉に戻ったが 叡山僧徒の反抗にあって二回にわたり甲斐に配流されたりした。

禅師はのち弘安元年(1278)四月、建長寺に再住、そして七月二十四日、衆に偈を示して示寂した。ときに六十六歳。

偈 用翳晴術 三十余年 打翻筋斗 地転天旋

後世におくり名された大覚禅師の号は、わが国で最初の禅師号である。


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2017.11.03

散策中に見かけた草花(2017年10月)

先月は長雨で鬱陶しい日が続きました。
そん中でも秋の気配は進んでいます。
イチョウは色付き、ススキが風に揺れて・・・

20171007


20171002

写真は、スマホで撮っています。
過去に同様の花の写真を投稿していますが、写真そのものは、タイトル記載年月に撮ったものを載せています。


20171008
さざんか(山茶花) ツバキ科
我が家の山茶花です、赤、ピンクと三種類咲いています。


20171001
こすもす(秋桜)  きく科


20171003
せきやのあきちょうじ(関屋の秋丁字) しそ科
葉や茎は、防虫剤や香料になる。
秋に丁字形の花を咲かせる。


20171004
てんにんそう(天人草) しそ科
名の由来は、葉を食害される様子を天人の羽衣(破衣)にたとえた


20171005
ふゆのはなわらび(冬の花蕨)  はなやすり科
冬の胞子葉が花のようであるのが名の由来


20171006
あきはぎく(秋葉菊) きく科
名は静岡県秋葉山に由来  分布している千葉県では、きよすみぎくの名で呼ばれている


20171009
たいわんほととぎす(台湾杜鵑草 ) ゆり科
花は、ホトトギスが群れているように咲きそろう。沖縄及び台湾に自生。


20171011
ほととぎす(杜鵑草) ゆり科
若葉や花の斑点がホトトギスの胸にある摸様と似ていることから


20171012
みずあおい(水葵) みずあおい科
花は染物に利用されたはほか食用にもなる万葉植物

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2017.11.02

観てきた展覧会備忘録 2017年10月

フローラ ヤポニカ - 日本人画家が描いた日本の植物 -
会期 2017年 9月12日(火)~12月3日(日)
国立科学博物館 


生誕120年 東郷青児展 抒情と美のひみつ
会期 2017年9月16日(土)~11月12日(日)
東郷青児記念記念 損保ジャパン日本興亜美術館


興福寺中金堂再建記念特別展「運慶」
会期 2017年9月26日(火) ~11月26日(日)
東京国立博物館平成館 特別展示室


「怖い絵」展

会期 2017年10月7日 (土) 〜 12月17日 (日)
上野の森美術館


明治維新から150年 浮世絵にみる 子どもたちの文明開化
会期 2017年10月7日(土)〜11月23日(木)
町田市立国際版画美術館


驚異の超絶技巧!
明治工芸から現代アートへ
会期 2017年9月16日(土)~12月3日(日)
三井記念美術館


中村有里枝 そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々
会期 2017年9月30日(土)~11月26日(日)
東京都写真美術館


総合開館20周年記念TOPコレクション 
「シンクロシティ」平成をスクロールする 終期
会期 2017年9月23日(土・祝)~11月26日(日)
東京都写真美術館


オットー・ネーベル展
会期 2017年10月7(土)~12月17日(日)
Bunkamuraザ・ミュージアム


六本木開館10周年記念展 天下を治めた絵師 狩野元信
会期 2017年9月16日(土)〜11月5日(日)
サントリー美術館


表現への情熱 カンディンスキー、ルオーと色の冒険者たち
会期 2017年10月17日(火) ~ 12月20日(水)
パナソニック 汐留ミュージアム


アルベルト・ヨナタン「TERRENE」
会期 2017年10月7日~11月5日
ポーラ・ミュージアム・アネックス


江戸の琳派芸術
会期 2017年9月16日~11月5日
出光美術館


ヨコハマトリエンナーレ2017「島と星座とガラパゴス」
会期 2017年8月4日(金)~ 11月5日(日)
横浜美術館横浜赤レンガ倉庫1号館横浜市開港記念会館(地下)ほか


池田学展 -The Pen-凝縮の宇宙 (会期終了)
会期 2017年9月27日(水)~10月9日(月・祝)
日本橋高島屋8階ホール

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2017.10.31

江戸の琳派芸術展

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江戸の琳派芸術展は、
出光美術館(東京)で開催されています。

会期 2017年9月16日(土)〜11月5日(日)


出光美術間では、16年ぶりとなる〈江戸琳派〉展です。
所蔵する抱一・其一の絵画作品がほぼすべて展示されています。
1館の所蔵品のみで、これだけの展示ができるのは、流石出光美術館、感心してしまいます。

はじめに、「夏秋草図屏風草稿」が、続いて「風神雷神図屏風」が展示されています。
草稿を観ることができたのは収穫でした。(過去に見た記憶は残っているのですが・・)

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風神雷神図屏風 酒井抱一 文政4年(1821) 出光美術館

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夏秋草図屏風草稿 酒井抱一 江戸時代(19世紀) 出光美術館

「夏秋草図屏風」は、尾形光琳の「風神雷神図」の背面に、酒井抱一が後から描き入れたもので、現在は二つを分けてそれぞれ屏風の形になっています。(共に東京国立博物館蔵)
(今回展示の横に同様解説あり)

因みに、私のスマホの待ち受け画面は夏秋草図屏風(部分)です!


3章には唯一の肉筆浮世絵が展示されています。
抱一「遊女と禿図」と歌川豊春「芸妓と嫖客図」が並べられていて、豊春がらの受容がよくわかります。


4章の光琳、乾山、抱一、基一の立葵図の並列展示では各々の個性がよく判ります。(見比べることによって)
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立葵図 鈴木其一 江戸時代(19世紀) 出光美術館

そして、抱一と、最近人気急上昇?の基一の作品をじっくり鑑賞できます。
基一作品の鮮烈な色づかいと大胆な構図、図案化したフォルム、抱一のいかにも洒脱な作風・・・あらためて見入ってしまいます。

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十二ヶ月花鳥図貼り付け屏風 酒井抱一 江戸時代(19世紀) 出光美術館

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四季花木図屏風(左隻部分) 鈴木其一 江戸時代(19世紀) 出光美術館

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蔬菜群虫図 鈴木其一 江戸時代(19世紀) 出光美術館

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秋草図屏風 鈴木其一 江戸時代(19世紀) 出光美術館

光琳百図、光琳百図後編などの展示も含めて、江戸琳派の特徴とその魅力の全体像を実感できる展覧会です。

八ツ橋図屏風の前にある長椅子?に座って、皆さんじっくり鑑賞です。
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八ツ橋図屏風 酒井抱一 江戸時代 文政4年(1821) 出光美術館


展覧会の構成は以下の通りです。
第1章 光琳へのまなざし ─〈江戸琳派〉が〈琳派〉であること
第2章 〈江戸琳派〉の自我 ─光琳へのあこがれ、光琳風からの脱却
第3章 曲輪の絵画 ─〈江戸琳派〉の原点
第4章 〈琳派〉を結ぶ花 ─立葵図にみる流派の系譜
第5章 師弟の対話  ─抱一と其一の芸術


HPの解説
この度、江戸時代後期に活躍した絵師・酒井抱一(さかい ほういつ 1761 - 1828)と、抱一門きっての俊才・鈴木其一(すずき きいつ 1796 - 1858)の絵画に注目した展覧会を開催いたします。
17世紀の京都に生まれ、華やかに展開した〈琳派〉の美術。19世紀に入ると、姫路藩主・酒井雅楽頭(さかい うたのかみ)家の次男坊として生まれた抱一が江戸の町でこれを再興、さらに其一をはじめとする抱一の弟子たちが、いっそうの洗練を加えました。いわゆる〈江戸琳派〉の誕生です。
若いころから遊里・吉原にあそび、俳諧や狂歌、そして浮世絵など、市井の文化に親しく触れた抱一は、30歳代なかばころより、尾形光琳(おがた こうりん 1658 - 1716)の作風に傾倒してゆきます。光琳の芸術を発見したことは、抱一の画業に最大の転機をもたらす一大事だったといえます。抱一は、光琳を隔世の師と仰ぎ、その表現を積極的に受容、みずからの絵画制作に大いに生かしましたが、それは一律にオリジナルの忠実な再現を目指したものばかりではありませんでした。光琳の芸術に真摯に向き合い、ときに大胆にそれを乗り越えようとする試みこそが、抱一をはじめとする〈江戸琳派〉の画家たちの、光琳に対する敬慕の証しであったといえるでしょう。
この展覧会では、王朝的な美意識に支えられた京都の〈琳派〉を受け継ぎつつ、江戸という都市の文化の美意識のもと、小気味よい表現世界へと転生させた〈江戸琳派〉の特徴とその魅力を紹介いたします。

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2017.10.29

天下を治めた絵師 狩野元信

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「六本木開館10周年記念展
天下を治めた絵師 狩野元信」は、
サントリー美術館で開催されています。

会期 2017年9月16日(土)〜11月5日(日)


今更・・・と言われそうですが、
「元信は「筆様」を整理・発展させ、真・行・草(しん・ぎょう・そう)の三種の「画体」を生み出した」という解説を参考に作品を観て「なるほど」と得心、これからの鑑賞に大いに役立ちそうです。
展示構成、解説を通じ、実に勉強になる、良い展覧会だと思いました。

元信は、さらにやまと絵の画題にも積極的に挑戦し顧客の様々な要求にこたえ続けていきます。

狩野派二代目の元信は何代にも続く狩野派の礎を築き、孫の永徳、その孫の探幽は今でも人気絵師ですね。

狩野派の勢力は絶大で、近所のお寺の天井絵なんかにもその作品を観ることができたりします。

大幅な展示替えがあります。前期に行ってきたので、展示期間終了(11月5日)までにもう一度行ってこようかなと思っています。


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四季花鳥図(旧大仙院方丈障壁画) 狩野元信 八幅 室町時代 16世紀 京都・大仙院


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禅宗祖師図(旧大仙院方丈障壁画) 狩野元信 六幅 室町時代 16世紀 東京国立博物館

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瀟湘八景図 狩野元信 四幅 室町時代 16世紀 京都・東海庵


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細川澄元像 狩野元信筆、景徐周麟賛 一幅 室町時代 永正4年(1507)賛 永青文庫


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酒伝童子絵巻 画/狩野元信詞書/近衛尚通、定法寺公助、青蓮院尊鎮 三巻 室町時代 大永2年(1522) サントリー美術館


展示構成は以下の通りです。
第1章 天下画工の長となる――障壁画の世界
第2章 名家に倣う――人々が憧れた巨匠たち
第3章 画体の確立――真・行・草
第4章 和漢を兼ねる
第5章 信仰を描く
第6章 パトロンの拡大

HPの解説。
狩野元信(1477?~1559)は、室町時代より長きにわたり画壇の中心を担ってきた狩野派の二代目です。狩野派とは、血縁関係でつながった「狩野家」を核とする絵師の専門家集団であり、元信は始祖・正信(まさのぶ・1434~1530)の息子として生まれました。元信は極めて卓越した画技を持ち、その作品は歴代の狩野派絵師の中で最も高く評価されていました。また、工房の主宰者としても優れた能力を発揮した元信は、孫・永徳(えいとく・1543~90)や永徳の孫・探幽(たんゆう・1602~74)などへとつながる、それ以後の狩野派の礎を築きました。幕府の御用絵師となった狩野派は、日本絵画史上最大の画派へと成長していきますが、その繁栄は元信なくしては語れません。


狩野派の台頭を支えた大きな要因のひとつに、「画体(がたい)」の確立があります。従来の漢画系の絵師たちは、中国絵画の名家(めいか)による手本に倣った「筆様(ひつよう)」を巧みに使い分け、注文に応えましたが、元信はそれらの「筆様」を整理・発展させ、真・行・草(しん・ぎょう・そう)の三種の「画体」を生み出します。そして、その「型」を弟子たちに学ばせることで、集団的な作画活動を可能にしました。襖や屛風などの制作時には弟子たちが元信の手足となって動き、様式として揺るぎ無い、質の高い大画面作品を完成させました。

また、父・正信は中国絵画を規範とする漢画系の絵師でしたが、元信はさらにレパートリーを広げ、日本の伝統的なやまと絵の分野にも乗り出します。濃彩の絵巻や、金屛風の伝統を引き継ぐ金碧画(きんぺきが)など、形状・技法の導入に加えて、風俗画や歌仙絵など、やまと絵の画題にも積極的に挑戦しました。とくに、それまでやまと絵系の絵師や町絵師が主導していた扇絵制作には熱心に取り組んでいます。

和漢の両分野で力を発揮し、襖や屛風などの大画面から絵巻や扇絵といった小画面にいたるまで、多様な注文に素早く対応することで、元信工房は多くのパトロンを獲得していきました。狩野派は元信の時代に組織として大きく飛躍したといえます。本展では、元信の代表作を中心に、その幅広い画業をご紹介します。また、元信が学んだ偉大な先人たちの作品も合わせて展示し、人々を魅了した豊かな伝統の世界を浮き彫りにします。

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2017.10.25

ヨコハマトリエンナーレ2017「島と星座とガラパゴス」

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ヨコハマトリエンナーレ2017「島と星座とガラパゴス」は、

横浜美術館横浜赤レンガ倉庫1号館横浜市開港記念会館(地下)ほか、で開催されています。

会期 2017年8月4日(金)~ 11月5日(日)


今回はコンパクトにまとまった展覧会になりました。
嘗てのお祭り騒ぎは感じられません。

それでも、半日では見切れませんでした。
木下晋、畠山直哉等々の、お馴染みのアーティストの作品も多く展示されていました。

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木下晋 掌握 2011 

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畠山直哉 Territ #02607,2009

なんといっても目を引いたのは、
パオラ・ピヴィの 「芸術のために立ち上がらねば」などの作品。
「ふわふわ」は羽毛です。
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そして、トゥアン・アンドリュー・グエンの映像作品「The island」は、
過去のベトナム難民問題と神話、そして人類の生存と死、過去、現在、未来を往還する興味深い作品でした。
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さらに、映像と音楽のインスタレーション
ラグナル・キャルタンソンの「ザ・ビジターズ2012」はとても良い空間を作り出していて、片隅に座り込んで、映像を見、スピーカーから流れる音楽に聴き入っている方もいました。
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他にも良い作品は沢山あります。
以下にまとめてみました。

この展覧会は撮影できます(条件付き)
スマホで撮りましたが、焦点ボケ、ブレがあります、予めご了承ください。
明るいるレンズを付けたカメラを持っていけばよかった!

今回の開催趣旨は、次の通りです(HPから)
各種のセミナー、対話に参加することによって理解が深まる企画だと思いましたが、既に遅しでした。
観るだけでも、勿論楽しめました。

横浜トリエンナーレは、3年に1度開催される現代アートの国際展です。
タイトルの[島][星座][ガラパゴス]は、接続や孤立、想像力や創造力、独自性や多様性などを表すキーワードです。
いま、世界はグローバル化が急速に進む一方で、紛争や難民・移民の問題、英国のEU離脱、ポピュリズムの台頭などで大きく揺れています。
ヨコハマトリエンナーレ2017「島と星座とガラパゴス」では、「接続」と「孤立」をテーマに、相反する価値観が複雑に絡み合う世界の状況について考えます。
本トリエンナーレでは、アーティストを厳選し、その多くが複数作品を展示することで、小さな個展群が緩やかにつながり、星座あるいは多島海を形作るように展覧会を構成します。また、幅広い分野の専門家が参加する公開対話シリーズ「ヨコハマラウンド」を通して討論を重ねます。視覚と対話の両面から深くテーマを掘り下げ、「議論」や「共有・共生」の機会となることを目指します。
先行きの見えない複雑な時代に、人間の勇気と想像力や創造力がどのような可能性を拓くことができるのか。 多くの人々とともに考え、開国、開港の地・横浜から新たな視点を発信します。


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2017.10.21

- 日本人画家が描いた日本の植物 - フローラ ヤポニカ

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日本人が描いた日本の植物 フローラ ヤポニカ」は、
国立科学博物館の日本館1階企画展示室で開催されています。

会期 2017年9月12(火)~12月3日(日)

先月、そして今月も記録的な長雨ですね。
計画していた旅行も延期・・・

路傍に咲く花を探して散策する日が待ち遠しくなってきます。

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ボタニカルアートの展覧会は結構開催されていて、私は大好きです。
科博の日本館企画展示室でも、よく登場します。

画家によっては、背景も描き込んだ作品、単体で描いた作品等それぞれですが、個性があり楽しいものです。

写真では表現できない味わいが堪能できます。
散策中に見つけた花の絵が展示されていると何故か?嬉しくなります。
この企画展、もう一度行きたい!


HPの解説。
日本列島には約6,700種類の陸上植物が自生しています。そのうち約1,800種が、地球上で日本だけに生育している日本固有の植物です。一方私たちの祖先は、野生生物や古く海外から持ち込んだ植物をもとに、食卓や庭を彩る様々な栽培植物を育てあげました。こうした日本の豊かな植物多様性を日本人画家が描いた植物画作品展が、英国キュー王立植物園で2016年9月から2017年3月まで開催されました。本展ではこれらの作品から選んで展示します。また、英国で創刊され、世界の植物画家に大きな影響を与えた『カーティスのボタンカルマガジン』に掲載されたイラストレーションの中から幾つかの原画も展示します。これらの原画は、キュー王立植物園以外では世界で初めての展示となります。

日本人が描いた日本の植物

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キリ ⓒ石川美枝子

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ウンシュウミカン ⓒ冨澤香代子

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ホオノキ ⓒ小西美恵子


『カーティスのボタンカルマガジン』イラストレーション原画

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アサガオ ⓒKew collection

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特別展のついでに立ち寄るという程度に考えがちですが、日本館企画展示室の展示内容は、毎回とても充実しています。

科博の常設展(地球館・日本館)も1日中居ても飽きません、見切れませんね!

特別展 古代アンデス文明展も始まりました。


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2017.10.19

生誕120年 東郷青児展 抒情と美のひみつ

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「生誕120年 東郷青児展 抒情と美のひみつ」は、
東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館で開催されています。

会期 2017年9月16日(土)~11月12日(日)

この美術館に行く度に数点ずつ東郷青児の作品はチラ見(失礼!)してはいますが、まとめて観るのは久しぶりです。

八王子夢美術館で「東郷青児展 女性礼讃— 大正そして昭和を駆けたモダンボーイ」 と題した企画展が2010年上期に開催され、東郷青児美術館の作品48点が展示されました。
確か?由美かおるさんの素描があったような気がしてますが・・・

最近では、ホテルオークラのチャリティーイベントに《ナース像》という作品が出ていました。
昭和49年の作品ですが、今風なインパクトがあるな~?なんて思いました。
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ナース像 昭和49年(1974) 油彩/カンヴァス 日本赤十字社
(この展覧会には出展されていません)


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東郷は山田耕作との出会いから、山田がドイツから持ち帰った作品の中のからキュビズム、未来派などの欧州前衛芸術の知識を得ました。

そして公募展を始めてまもない第3回二科展(1916年(大正3年))に出品した《パラソルをさせる女》で二科賞を受賞します。19歳のときです。
以降、東郷は国内で最初期の前衛画家とみなされるようになります。
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《パラソルさせる女》 1916年 油彩、キャンヴァス 

1921年(大正10年)に渡仏。
7年間滞在し、生活のために働き続けながら欧州各国を訪れています。
未来派、ドイツ表現主義、アール・デコの環境下、ピカソ、ドュシャン、藤田などと交流します。
パリに腰を落ち着けた東郷は独自のスタイルの作品を模索し、確信を得た作品と自負する《サルタンバンク》を描きます。
ピカソに見せるも芳しい評価は得られなかったそうで・・・・
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《サルタンバンク》  1926年 油彩、キャンヴァス 

1928(昭和3年)に帰国。
帰国した年の二科展に滞欧作23点を特別陳列します。
それらの作品は新傾向と評され受け入れられます。
東郷作品は、まもなくサーカス、芸人から、時代を象徴する科学技術、スポーツやレジャーから取材した作品へと描くテーマが変わっていきます。
さらに、装丁、挿絵、デザインも多く手掛けるようになります。
私生活では、愛人との心中未遂事件や、宇野千代との同棲騒動で注目されることもありました。

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山の幸 1936年 油彩、キャンヴァス
シェラトン都ホテル大阪
展覧会場ではこの作品の隣に藤田嗣治の《海の幸》が展示されています。
当時、京都の丸物百貨店の大食堂に対をなすかたちで掲げられた作品です。

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東郷は二科会の再建に奔走するなか、
宇野千代と別れ、心中未遂事件相手の女性と再婚します。
東郷は仕事の範囲を益々拡げていきながら、
所謂、東郷様式と言われる「淡い色調の瞳と、筆跡を残さない滑らかな肌の女性」を多く手掛けるようになります。

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若い日の思い出 1968年 油彩、キャンヴァス
損保ジャパン日本興亜美術館

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「同時代の空気を描きたい」
後年まで、この考えのもと、制作し続けました。


展示構成は以下の通りです。

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第1章 内的生の燃焼 1915~1928年
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第2章 恋とモダニズム 1928~1930年代前半
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第3章 泰西名画と美人画 1930年代後半~1944年 
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第4章 復興の華 1945~1950年代
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記念撮影コーナー

(展示会場風景写真は主催者の許可を得て撮影しています)
スマホで撮りました。

(HPの解説)
二科会を中心に活動した洋画家・東郷青児(1897-1978)の生誕120年を迎えるにあたり、初公開のプライベートコレクションを含む貴重な作品を全国から集めた特別回顧展を開催します。日本で初めて「未来派風」と呼ばれた前衛的絵画から、構成美と抒情性を兼ね備えた代表作《サルタンバンク》を経て、戦後に広く親しまれた女性像まで、「東郷様式」と呼ばれたスタイルがどのように作られたのかをひもときます。
見どころは、藤田嗣治と対で制作した丸物百貨店の大装飾画など、これまで紹介される機会の少なかった1930年代の作品です。激動の時代に抜群の知名度を誇った画家の多彩な仕事ぶりを、美術作品約60点に出版物や写真などの資料をあわせて振り返ります。

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2017.10.16

運慶 興福寺中金堂再建記念特別展

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運慶展は、
東京国立博物館 平成館で開催されています。

会期2017年9月26日(火)~11月26日(日)

人気の展覧会ですので、混んでいます。
一日かけて運慶と向き合うというのはどうでしょうか?
トーハクの門外に出ない限り再入場できますので・・・

疲れたら展覧会場を出て、本館ソファーでゆっくり休むもよしですし、

こちらもお勧めです。
本館14室で開催されている「運慶展」関連展示
運慶の後継者たち―康円と善派を中心に
会期 2017年8月29日(火) ~ 2017年12月3日(日)

拙ブログ関連投稿はこちら

秋の庭園開放も行われます。
2017年10月24日(火) ~ 2017年12月3日(日)

そして再入場。
私が行った日は、16時30分頃(閉館時間30分前)になるととても空いてきました。
予めじっくり鑑賞したい作品を決めておいて・・この時間帯でそこに向かうといいですよ。

あくまでも私が行った日の状況下でのことですが・・・

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運慶作の仏像は現在31体とされていますが、その中の22体が上野トーハクに集合です。
(展示替えがあります)

特に興福寺北円堂を模した空間は圧巻です。
弥勒如来坐像(写真パネル展示)を背景にして右に無著菩薩立像、左に世親菩薩立像が置かれ、
そして四隅に四天王像が配置されています。
無著菩薩立像と世親菩薩立像は、人気仏像ランキングではトップクラスですね。
大振りな体躯に憂いを帯びて僅か俯く無著、その目は潤んでいるようにも見えます。
正面を見据えた弟の世親の面立ち。

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国宝 無著菩薩立像 運慶作
鎌倉時代 建暦2年(1212)頃
奈良 興福寺

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国宝 世親菩薩立像 運慶作
鎌倉時代 建暦2年(1212)頃
奈良 興福寺

老若男女、置かれた立場、その時の感情で、受け取る思いは異なるでしょうが、この菩薩像から全ての人が何らかのメッセージを感受するはずです。

四天王が 無著菩薩と世親菩薩を四方に立って守ります。
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国宝 四天王立像 
奈良時代 13世紀 奈良 興福寺


運慶の仏像の眼(玉眼)は同じものは無いとされます。
「目は心の鏡」運慶仏の魅力の重要要素ですね。
但し如来には玉眼は使わず彫眼の様です。
そこは分けているのですね。
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国宝 大日如来坐像 運慶作
平安時代 安元2年(1176) 奈良 円城寺
運慶の初期作品で師匠康慶(父親)の下で11か月をかけて作られた。
展示会場に入ると直ぐに展示されています。


八大童子立像はとてもリアルに作られていて、観ていて楽しくなります。
その表情、身体の動きが様々な想像に導いてくれます。
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国宝 八大童子立像 運慶作 
鎌倉時代 建久8年(1197)頃 和歌山 金剛峯寺


この毘沙門天立像はかっこいい~
力強い立派な体に、滑らかな肌を感じさせる美男子、この仏像も人気ですね!
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国宝 毘沙門天立像 運慶作
鎌倉時代 文治2年(1186) 静岡 願成就院


平安から鎌倉へと移り行く時代を背景に、貴族仏教から民衆も含めた大乗への変化の兆しの中、仏像に革命をもたらした運慶は、偉大なる仏師として、偉大な彫刻家として、現在の私たちに感動を与えてくれます。
素晴らしい展示空間に立ち去りがたい思いが募ります。

仏像はお寺で拝見するのが良いのでしょうが・・・360度全周を鑑賞できるのは展覧会展示の素晴らしいところですね。


第1章、第3章含めて慶派の全体像を体感することができるのも、この展覧会での収穫のひとつです。

展示構成は次の通りです。
第1章 運慶を生んだ系譜ー康慶から運慶へ
第2章 運慶の彫刻ーその独創性
第3章 運慶風の展開ー運慶の息子と周辺の仏師

HPの解説。
日本で最も著名な仏師・運慶。卓越した造形力で生きているかのような現実感に富んだ仏像を生み出し、輝かしい彫刻の時代をリードしました。本展は、運慶とゆかりの深い興福寺をはじめ各地から名品を集めて、その生涯の事績を通覧します。さらに運慶の父・康慶、実子・湛慶、康弁ら親子3代の作品を揃え、運慶の作風の樹立から次代の継承までをたどります。


東京国立博物館「運慶」展 第1章「運慶を生んだ系譜 ― 康慶から運慶へ」
InternetMuseum


東京国立博物館「運慶」展 第2章「運慶の彫刻 ― その独創性」
InternetMuseum


東京国立博物館「運慶」展 第3章「運慶風の展開 ― 運慶の息子と周辺の仏師」
InternetMuseum

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2017.10.13

「怖い絵」展

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「怖い絵」展は、
上野の森美術館で開催されています。

会期 2017年10月7日 (土) 〜 12月17日 (日)

先ず記しておきますが、この展覧会、開催当初から大人気で大変混んでいます。
ということで、早々とこんなメッセージがHPに載せられました。

好評につき土・日 開館時間延長いたします。
10月14日より土曜日9:00~20:00、日曜日9:00~18:00に開館時間を延長いたします。

私は平日に行ってきました。決して広いとは言えない会場内、場所によっては人との接触無しには歩けない程混んでいました。

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この展覧会が大人気の要因の一つは、チラシに使われている「レディ・ジェーン・グレイの処刑」でしょう。
この作品を見るだけに行ったとしても満足感を得られるはずです。それほどこの作品は圧倒的にうったえる力を持っています。

堂々とした体躯の執行人、その眼差し。
聖職者に導かれて自らの首を置く台を手探りする目隠しされた少女の動きが哀れで切ない。

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《レディ・ジェーン・グレイの処刑》
ポール・ドラローシュ 1833年 油彩・カンヴァス ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵

《中野京子著「怖い絵泣く女扁」より》
左に巨大な円柱があり、宮殿の一間とおぼしき場所で処刑が行われようとしている。その円柱にすがりつき、背中を見せて泣く侍女と、失神しかける侍女。
後者の膝に置かれたマントと、宝石類は、直前までジェーンが身に付けていたものだ。
斬首の際、邪魔になるので脱がねばばならなかった。

若き元女王は真新しい結婚指輪だけを嵌め、サテンの艶やかな純白ドレスは花嫁衣装のようでもあり、自己の潔白を主張するかのようでもある。
目隠しをされたため、首を置く台のありかがわからず手探りするのを、中年の司祭が包み込むように導こうとしている。

台には鉄輪がはめられており、動かないように鎖で床に固定されている。
ジェーンの身分を考慮した房付きの豪華なクッションが足元にあり、ここに腹這いとなって首を差し出すのだ。
床には黒い布が敷かれ、その上に血を吸うための藁が撒いてある。
若々しく清楚な白い肌のこの少女は、一瞬後には血まみれの首なし死体となって、長々と横たわっているのだ。
そこまで想像させて、この残酷な絵は美しく戦慄的である。

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中野氏は仰言います。
「絵は感じるよりも知った方が面白いですよ」
会場では、丁寧な解説を読みながらの鑑賞になります。
展覧会の構成は以下の通りです。
第1章 神話と聖書 
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《オデッセウスに杯を差し出すキルケー》
ジョン・ウィリアム・ウォルターハウス 1891年 油彩・カンヴァス オールダム美術館蔵

第2章 悪魔、地獄、怪物
04
《悪夢》
ヘンリー・フューズリ 1800-10年頃 油彩・カンヴァス ヴァッサー大学 フランシス・リーマン・ロブ・アート・センター

第3章 異界と幻視
05
《そして妖精たちは服を持って逃げた》
チャールズ・シムズ 1918-19年頃 油彩・カンヴァス リーズ美術館蔵

第4章 現実
07
《切り裂きジャックの寝室》
ウオルター・リチャード・シツカート 1906-04年 油彩・カンヴァス マンチェスター美術館蔵

第5章 崇高の風景
06
《ドルバダーン城》
ジョセフ・マロード・ウイリアム・ターナー 1800年 油彩・カンヴァス ロイヤルアカデミー蔵

第6章歴史
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メデューズ号の筏(テアドール・ジェリコー作品の模写)
ジャック=エドゥアール・ジャピオ 1854年 油彩・カンヴァス ボルドー美術館蔵

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HPの解説(展覧会概要)
ドイツ文学者・中野京子氏が2007年に上梓した『怖い絵』は、「恐怖」をキーワードに西洋美術史に登場する様々な名画の場面を読み解き、隠されたストーリーを魅力的に伝える本としてベストセラーとなり多方面で大きな反響を呼びました。
同書の第一巻が発行されてから10周年を記念して開催する本展は、シリーズで取り上げた作品を筆頭に「恐怖」を主題とする傑作を選び出しテーマごとに展示します。

視覚的に直接「怖さ」が伝わるものから、歴史的背景やシチュエーションを知ることによってはじめて「怖さ」を感じるものまで、普段私たちが美術に求める「美」にも匹敵する「恐怖」の魅力を余すことなく紹介する、今までにない展覧会です。


HPの動画

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